学位論文要旨



No 128336
著者(漢字) 三澤,隆史
著者(英字)
著者(カナ) ミサワ,タカシ
標題(和) PFIC2 の原因となる変異型 BSEP の機能を修正する新規小分子の発見と構造展開
標題(洋)
報告番号 128336
報告番号 甲28336
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1431号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 楠原,洋之
 東京大学 講師 脇本,敏幸
内容要旨 要旨を表示する

胆汁酸は、コレステロールの代謝により肝臓で生合成されるステロイド骨格を有する有機アニオンの総称である。肝細胞から胆汁中へ排出された胆汁酸は浸透圧差を形成し、胆汁流形成の主要な駆動力となる。また、肝細胞内の胆汁酸塩の蓄積はアポトーシス及びネクローシスを招くため、胆汁酸塩排出は肝細胞の生存ひいては肝臓の正常な機能にとって必要不可欠である。近年、哺乳類の肝臓におけるATP依存的胆汁酸塩トランスポーターとしてABCB11/BSEP(Bile Salt Export Pumps)が同定された。BSEPは肝細胞の毛細胆管側膜上に発現し、肝細胞からの胆汁酸 (特にコール酸やグリココール酸、タウロコール酸) 排出に重要な役割を担っている

BSEPの変異による機能不全は致死性の難治疾患であるPFIC2 (Progressive Familial Intrahepatic Cholestasis type2) を引き起こす1。近年、林らはPFIC2 患者に多く認められる BSEP 変異体 (E297G, D483G) を用いて、その細胞内挙動を検討し、細胞膜上の BSEP 発現量が低下していること、2つのBSEP変異体は正常な輸送機能を有していることが報告し、同じく林らは、低温培養、あるいは尿素サイクル異常症治療薬である4-フェニル酪酸 (4-PBA) を処理することで BSEP 膜上発現量が増加し、トランスポーター機能活性を改善することを明らかにした2。4-PBA が示した BSEP 膜上発現量の増加・トランスポーター機能修正活性は PFIC2 に対し有用であり、マウスを用いた実験でも著効を示した2。しかしながら、4-PBA は活性発現に比較的高用量 (mMオーダー) を必要とすることが、PFIC2 治療薬を目指す上で問題となる。そこで私は、より低用量で活性を示す新規化合物の探索とその構造活性相関研究を目的として本研究に着手した。化合物探索の手がかりとしたのがファーマコロジカルシャペロンである。ファーマコロジカルシャペロンとは特定のタンパク質のフォールディング、成熟、トラフィッキングを低用量で促進する特異的な低分子化合物の総称である3。これまでのファーマコロジカルシャペロン研究から、変異型タンパク質に対する基質などのリガンドが、タンパク質の局在異常や機能不全を修正することが明らかにされている。そこで、私はBSEPの基質である胆汁酸に着目し、変異型BSEPのトランスポーター機能修正活性を有する新規化合物の探索を行った。

【方法・結果】

イヌ腎臓尿細管上皮細胞由来細胞であるMDCKII 細胞を培養し、BSEP 遺伝子を組み込んだアデノウィルスを感染させることで、BSEP 発現細胞を構築した。その後、BSEP の基質として知られているタウロコール酸(Tc)の放射標識体[3H] Tc で処理し、細胞内蓄積量を計測することで、BSEP 依存的な基質排出能を評価した。化合物の活性評価では、化合物処理24 時間後に行い、細胞内[3H]Tc 蓄積量(%)を指標とした(Figure2)。

コール酸による変異型BSEP のトランスポーター機能修正まず、BSEP の基質として報告されているコール酸(CA)の活性評価を行った。野生型BSEP は正常に機能し、[3H]-Tc の細胞内蓄積量が少ないのに対し、E297G 変異型では細胞内に[3H]-Tc が多く蓄積する。この変異体をCA で処理した結果、用量依存的に[3H]-Tc の蓄積量が減少しており、E297G 変異型BSEP のトランスポーター活性を改善することが明らかとなった(Figure 3)。

胆汁酸による変異型BSEP のトランスポーター機能修正次に、CA と同様にBSEP の基質として代表的なグリココール酸(Gc)やタウロコール酸(Tc)、また、その他の胆汁酸について活性評価を行った。その結果、Gc とTc には活性が認められず、アミノ酸抱合はトランスポーター機能修正活性を大きく減弱させることが示唆された。一方、ヒドロキシ基の少ないデオキシコール酸(DCA)やケノデオキシコール酸(CDCA)、ウルソデオキシコール酸(UDCA)にも活性が認められた。特に、CDCA とUDCA にはCA と同程度の活性が認められた。以上、各胆汁酸が変異型BSEP のトランスポーター機能を改善することを明らかにした。

非ステロイド骨格を有する変異型トランスポーター機能修正小分子の発見

胆汁酸に変異型BSEP のトランスポーター機能修正活性が認められた。しかし、胆汁酸はステロイド骨格を有し、様々なタンパク質への交叉性や構造展開の際、置換基の導入位置が限られるなどの問題がある。そこで、ステロイド骨格を持たない、新たな小分子化合物の探索を行った。

CDCA は核内受容体のFarnesoid X receptor (FXR) の生体内リガンドとして知られている。FXR は肝臓や小腸に主に発現し、胆汁酸の合成や排出、抱合、輸送等に関わる遺伝子を直接あるいは間接的に制御し、胆汁酸の恒常性を保っている。加えて、FXR はコレステロール及び脂質代謝のみならず、糖代謝にも深く関与しており、動脈硬化やその他の代謝性疾患の治療薬ターゲットとして期待され、これまでに多くの合成リガンドが報告されている4。なかでも、転写活性化作用が強く代表的なリガンドとしてGW4064 が知られている。FXR はCDCA とGW4064 を認識することから、GW4064 はCDCA 等価体として機能しており、CDCA と同様、変異型BSEP のトランスポーター機能修正活性を示すのではないかと考えた。そこで、GW4064 の活性評価を行った。その結果、GW4064 は用量依存的にE297G 変異型BSEP のトランスポーター機能を改善することを見出した(Figure 4)。

化合物デザイン

当研究室ではGW4064 をリード化合物とした構造展開を行い、GW4064 の二重結合をアミド結合に変換したFXR リガンドを見出している。そこで、このアミド型化合物の合成・活性評価・構造展開を行うことで、構造活性相関の獲得を目指した。まず、二重結合をアミド結合へと変換した化合物ならびに、アミド結合窒素原子上にアルキル基を置換した化合物を合成し・活性評価を行った。

構造展開

GW4064 の二重結合部位をアミド結合にすることで、活性が大きく消失することが明らかとなった。しかし、アミド結合の窒素原子上にアルキル基を導入することで、トランスポーター機能修正活性を示すことを見出した。さらに、アルキル鎖を長くすると活性が向上し、ベンジル基を導入した化合物に最も強い活性が認められた。一方、ベンジル基よりも嵩高い置換基を導入すると活性は減弱し、ベンジル基が最適な置換基であることを見出した(Table 2)。アミド結合窒素原子上へのアルキル基の導入は活性発現に重要であり、ベンジル基程度の大きさのポケットの存在が示唆された。

次に、最も強いトランスポーター機能修正活性を示した9cの用量依存性の検討を行った。その結果、9cは用量依存的にE297G変異型BSEPのトランスポーター機能を修正することが明らかとなった。また、その活性はGW4064と同程度であった。

新しく9c をリード化合物として構造展開を行い、カルボン酸の活性への影響や置換基効果といった構造活性相関を得た。

9cの経細胞輸送実験

これまでの展開で得られた化合物である9cの有用性をさらに検討するために、経細胞輸送実験を行った。トランスウェル上でMDCKII細胞を培養し、変異型BSEPを導入すると生理的局在と一致したapical 膜上に局在する。したがって、basal側からapical側への経細胞輸送速度と細胞内濃度を測定し、apical膜を介した[3H]Tc輸送パラメータPSapical を算出することで、より生理的条件に近い系でのBSEP依存的な輸送活性を評価した。活性評価の結果、9cは10 μMで経細胞輸送量を上昇させることが明らかとなった(Figure 6)。

作用メカニズム解析

E297G変異型BSEPの構造展開の過程で得られた化合物群の作用メカニズム解析を行った。その結果、CAや9cはE297G変異型BSEPのトランスポーター機能を修正することが明らかとなり、9cは現在報告されている化合物の中で、最も低用量でトランスポーター機能を修正することが明らかとなった。

次に、E297G変異型BSEPのトランスポーター機能修正活性が、作業仮説通りファーマコロジカルシャペロンとして機能しているかを検討した。ファーマコロジカルシャペロンとして作用すれば、タンパク質の成熟を促し、膜上発現量の増加が認められるはずである。しかし、各種実験の結果、本研究で見出した化合物はE297G変異型BSEPの成熟過程・膜上発現量いずれにも影響を与えないような結果が得られた。また、膜上発現量の増加が認められなかったため、4-PBAとは異なる作用メカニズムでE297G変異型BSEPのトランスポーター機能を修正している可能性が示唆された。

【まとめと考察】

BSEPの基質である胆汁酸に着目し、E297G変異型BSEPのトランスポーター機能を修正する新規小分子化合物の探索を行った。その結果、基質であるCAやCDCAは100 μM処理でトランスポーター機能修正活性を示すことを見出した。また、非ステロイド骨格を有するGW4064及びその誘導体も同様にトランスポーター機能修正活性を示すことを見出した。本研究により、10 uM処理でE297G変異型BSEPのトランスポーター機能を修正する9cの創製に成功した。今後、化合物の作用メカニズム解析やin vivoでの有効性を評価することで、PFIC2治療薬への新たな創薬ターゲットを提示できるものと考えている。

【謝辞】

本研究を行うにあたり、多大なご支援ならびにご指導ご鞭撻を賜りました

薬学系研究科分子薬物動態学研究室 杉山雄一教授、林久允助教に厚く御礼申し上げます。

(1) N, Arnell H, et al. Nat. Genet. 1998, 20, 233.(2) H. Hayashi and Y Sugiyama. Hepathology, 2007, 45, 1506.(3) T. W. Loo and D. M. Clarke. Expert Rev. Mol. Med., 2007, 28, 1.(4) M. Kainuma, M. Makishima, Y. Hashimoto, and H. Miyachi. Bioorg. Med. Chem. 2007, 15, 2587.

Figure 1. 4-PBAの構造

Figure 2. 活性評価方法

Figure 3. コール酸の活性評価

Table 1. 胆汁酸の構造と活性評価

Figure 4. GW4064 の構造と活性評価

Figure 5. 化合物デザイン

Table 2. アミド型誘導体と活性評価

Figure 6. GW Bnの経細胞輸送実験

審査要旨 要旨を表示する

胆汁酸は、コレステロールの代謝により肝臓で生合成されるステロイド骨格を有する有機アニオンの総称である。肝細胞から胆汁中へ排出された胆汁酸は浸透圧差を形成し、胆汁流形成の主要な駆動力となる。また、肝細胞内の胆汁酸塩の蓄積はアポトーシス及びネクローシスを招くため、胆汁酸塩排出は肝細胞の生存ひいては肝臓の正常な機能にとって必要不可欠である。近年、哺乳類の肝臓におけるATP依存的胆汁酸塩トランスポーターとしてABCB11/BSEP(Bile Salt Export Pumps)が同定された。BSEPは肝細胞の毛細胆管側膜上に発現し、肝細胞からの胆汁酸(特にコール酸やグリココール酸、タウロコール酸)排出に重要な役割を担っている。

BSEPの変異による機能不全は致死性の難治疾患であるPFIC2(Progressive Familial Intrahepatic Cholestasis type2)を引き起こす。林ら(東大・薬)はPFIC2患者に多く認められるBSEP変異体(E297G,D483G)を用いて、その細胞内挙動を検討し、細胞膜上のBSEP発現量が低下していること、2つのBSEP変異体は正常な輸送機能を有していることを報告し、同じく林らは、低温培養、あるいは尿素サイクル異常症治療薬である4・フェニル酪酸(4-PBA)を処理することでBSEP膜上発現量が増加し、トランスポーター機能活性を改善することを明らかにした。4-PBAが示したBSEP膜上発現量の増加・トランスポーター機能修正活性はPFIC2に対し有用であると考えられているが、4-PBAは活性発現に比較的高用量(mMオーダー)を必要とすることが、PFIC2治療薬を目指す上で問題となる。

三澤隆史の研究は、4-PBAの問題点を改善すべく、ファーマコロジカルシャペロンを参考にし、より低用量でE297G変異型「BSEPのトランスポーター機能を修正する新規化合物の探索とその構造活性相関研究をおこなったものである。

胆汁酸による変異型BSEPのトランスポーター機能修正

BSEPの基質として代表的なコール酸(CA)、グリココール酸(GC)やタウロコール酸(TC)、また、その他の胆汁酸について活性評価を行った。その結果、GCとTCには活性が認められず、アミノ酸抱合はトランスポーター機能修正活性を大きく減弱させることが示唆された、一方、ヒドロキシ基の少ないデオキシコール酸(DCA)やケノデオキシコール酸(CDCA)、ウルソデオキシコール酸(UDCA)にも活性が認められた。特に、CDCAとUDCAにはCAと同程度の活性が認められた。三澤は、ファーマコロジカルシャペロンを利用し、各胆汁酸がE297G変異型BSEPのトランスポーター機能を改善することを明らかにした。

非ステロイド骨格を有する変異型トランスポーター機能修正小分子の発見

胆汁酸に変異型BSEPのトランスポーター機能修正活性が認められた。しかし、胆汁酸はステロイド骨格を有し、様々なタンパク質への交叉性や構造展開の際、置換基の導入位置が限られるなどの問題がある。そこで、三澤はステロイド骨格を持たない、新たな小分子化合物の探索を行った。

CDCAは核内受容体のFarnesoid X receptor(FXR)の生体内リガンドとして知られている。FXRは肝臓や小腸に主に発現し、胆汁酸の合成や排出、抱合、輸送等に関わる遺伝子を直接あるいは間接的に制御し、胆汁酸の恒常性を保っている。加えて、FXRはコレステロール及び脂質代謝のみならず、糖代謝にも深く関与しており、動脈硬化やその他の代謝性疾患の治療薬ターゲットとして期待され、これまでに多くの合成リガンドが報告されている。なかでも、転写活性化作用が強く代表的なリガンドとしてGW4064が知られている。三澤は、GW4064がCDCA等価体として機能しており、CDCAと同様、変異型BSEPのトランスポーター機能修正活性を示すのではないかと考えた。そこで、GW4064の活性評価を行った。その結果、GW4064は用量依存的にE297G変異型BSEPのトランスポーター機能を改善することを見出した(Figure2)。

化合物デザイン

貝沼ら(東大・分生研)はGW4064をリード化合物とした構造展開を行い、GW4o64の二重結合をアミド結合に変換したFXRリガンドを見出している。そこで、このアミド型化合物の合成・活性評価・構造展開を行うことで、構造活性相関の獲得を目指した,まず、二重結合をアミド結合へと変換した化合物ならびに、アミド結合窒素原子上にアルキル基を置換した化合物を合成し・活性評価を行った。(Figure 3)

構造展開

GW4064の二重結合部位をアミド結合にすることで、活性が大きく消失することが明らかとなった(1)。しかし、アミド結合の窒素原子上にアルキル基を導入することで、トランスポーター機能修正活性を示すことを見出した(2,3)。さらに、アルキル鎖を長くすると活性が向上し、ベンジル基を導入した化合物に最も強い活性が認められた(4)。一方、ベンジル基よりも嵩高い置換基を導入すると活性は減弱し(5,6)、ベンジル基が最適な置換基であることを見出した(Table 2)。アミド結合窒素原子上へのアルキル基の導入は活性発現に重要であり、ベンジル基程度の大きさのポケットの存在が示唆された。

次に、最も強いトランスポーター機能修正活性を示した4の用量依存性の検討を行った。その結果、4は用量依存的にE297G変異型BSEPのトランスポーター機能を修正することが明らかとなった。4はGW4064よりも強い活性を示し、現在報告されている化合物の中で最も強い活性を示した。

以上、三澤隆史はBSEPの基質である胆汁酸に着目し、E297G変異型BSEPのトランスポーター機能を修正する新規小分子化合物の探索を行った。その結果、基質であるCAやCDCAは100pM処理でトランスポーター機能修正活性を示すことを見出した。また、非ステロイド骨格を有するGW4064及びその誘導体も同様にトランスポーター機能修正活性を示すことを見出した。本研究により、10 uM処理でE297G変異型BSEPのトランスポーター機能を修正する化合物4の創製に成功した。今後、化合物の作用メカニズム解析やin vivoでの有効性を評価することで、PFIC2治療薬への新たな創薬ターゲットを提示できるものと考えている。本研究結果は、未だ有効な薬物治療が確立されていないPFIC2に対する医薬化学研究に大きく貢献するものであり、博士(薬学)の授与に値するものと認められる。

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