学位論文要旨



No 128337
著者(漢字) 山川,貴之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマカワ,タカユキ
標題(和) Acutumineの合成研究
標題(洋)
報告番号 128337
報告番号 甲28337
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1432号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 准教授 横島,聡
 東京大学 准教授 杉田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】 Acutumine(1)は1929年に後藤らによってオオツヅラフジ(Sinomenium acutum Rehd. et Wils.)の根茎より単離されたアルカロイドである。その後1967年に富田らによって、コウモリカヅラ(Menispermum dauricum DC.)の根茎からも単離され、X線結晶構造解析により初めてその構造が明らかとなった1。構造上の特徴としては、[4.3.3]プロペランを主骨格として、連続する五つの不斉中心の内、連続する三つが四置換炭素である事に加え、スピロ骨格、ネオペンチル位第二級クロリドを有しているなど、小分子ながら酸化段階の高い多官能基化された化合物であると言える。また1の生物活性として、T細胞増殖抑制作用と抗健忘作用が知られており、白血病の治療薬や、今後の高齢化社会への移行に伴って増加すると予想される記憶障害に対する治療薬として期待されている化合物である。このような興味深い生物活性と特異な分子構造により多くの合成化学者の興味を惹き付けており、これまでに類縁体を含めた多数の合成研究が報告されている2。筆者もまた効率的かつ立体選択的な1の合成法を確立すべく研究を行った。

【逆合成解析】 逆合成解析をScheme 1に示す。プロペラン骨格の構築は合成終盤で窒素原子からの環化により行うとし、前駆体として2のようなエノンを設定した。2のネオペンチル位第二級クロリド及びスピロ五員環の構築はアリルアルコールからセミピナコール転位を用いて一挙に行う計画を立案した。すると前駆体としてシクロブタノン環を含む化合物3が必要となるが、これはトリシルヒドラゾン4からShapiro反応により導けるビニルリチウム種を1,2-シクロブタンジオン(5)へ求核付加させる事により導く事とした。

【結果・考察】 まず文献既知の方法に従い、Hajos-Parrish型ケトン7を合成した(Scheme 2)。次に7のα,β-不飽和ケトンのみを選択的に保護した後に、ネオペンチル位のケトンはトリシルヒドラゾンへと変換し8とした。続いてShapiro反応を行い、生じたビニルリチウム種から1,2-シクロブタンジオン(5)への求核付加を試みたが、望みの付加体は一切得られなかった。一方でベンズアルデヒドへの求核付加は問題なく進行した事から、望みの反応が進行しない原因は、立体障害の大きいビニルリチウム種が5のカルボニル基への付加に先行してα位の活性プロトンを引き抜いてしまう事である考えられた。そこでカルボニル基α位に活性プロトンが存在しないWeinrebアミド9への付加を行い10とした後に、TBS基の除去を行った所、セミピナコール転位が進行し、望みのシクロブタノン環を含むアリルアルコール11を高収率にて得る事に成功した。続いて11のチオケタールの除去を行った後にスピロ五員環への変換を試みた所、望みの化合物は得られず、系が複雑化するのみであった。反応を精査した所、末端二重結合の損壊が観測されたため、Wilkinson触媒を用いた接触水素化による二重結合の還元を行って12とし、再び転位反応を試みた。その結果、ネオペンチル位第二級クロリドを有するスピロ炭素が構築された目的の転位体13を得る事に成功した。しかし副生成物としてカルボン酸14が得られたため、この副反応の抑制を試みた。検討の結果、14の副生を抑制する事は困難であったため、この四員環からの環拡大を用いてスピロ五員環を構築する経路での合成を断念する事とした。

【逆合成解析2】 新たな逆合成解析をScheme 3に示す。プロペラン骨格の構築は合成終盤でフェノール15の酸化処理により導けると考えられるオルトキノン型中間体に対して、窒素原子または炭素原子の求核付加及び環化反応を用いて行う事を計画した。また15の上部シクロペンテン環は閉環メタセシス反応を用いて、16のようなジエンから構築するとした場合、アルデヒド17が前駆体として想定される。鍵となるネオペンチル位第二級クロリドと隣接する第四級炭素の導入は、18のようなアリルアルコールよりセミピナコール転位を用いて、一挙に構築することを計画した。さらに18はトリシルヒドラゾン19からShapiro反応により導けるビニルリチウム種のtrans-シンナムアルデヒド(20)への付加反応により合成可能であると考えた。

【結果・考察】 まず初めに、鍵となるスピロ四級炭素と隣接するネオペンチル位第二級クロリドの立体選択的な構築についてモデル検討を行った(Scheme 4)。市販のシクロペンタノン(21)を対応するトリシルヒドラゾンへと変換した後に、Shapiro反応を用いてtrans-シンナムアルデヒド(20)とのカップリング反応を行いアリルアルコール22を得た。続いて22に対してWoodらの条件に従って塩化セリウムと次亜塩素酸ナトリウムを作用させた所、セミピナコール転位が進行し、望みのアルデヒド23を中程度の収率ながら立体選択的に得る事に成功した3。この際、望みの1,2-アルキル転位ではなく、1,2-ヒドリド転位が進行した化合物24が副生した事も確認している。得られた23に対して、塩化アリルマグネシウムを作用させて25とした後に、第二世代Grubbs触媒を用いた閉環メタセシス反応を行うことで、スピロ骨格を構築することに成功した。1のスピロ五員環上に存在する第二級水酸基の立体化学構築の足掛かりとするため、26の第二級水酸基の立体化学制御の検討を行った。検討の結果、ジアステレオマー混合物のアルコール26を一度酸化してケトンとした後に、水素化ホウ素ナトリウムを作用させる事でジアステレオ選択的な還元反応を行う事に成功した。得られた27に対して、バナジウム触媒存在下、t-ブチルヒドロペルオキシドを作用させることで二重結合の立体選択的なエポキシ化を行って28とした後に、続くアルコールの酸化とDBUを用いたエポキシドの開環を行って29とした。さらにチオフェノールのマイケル付加と続く酸化を行って30へと変換した後に、スルフィドの酸化とナトリウムメトキシドを用いた付加脱離反応を行う事でacutumine(1)と同一の立体化学を有するスピロ骨格を含んだ31の合成に成功した。

確立した方法を用いて芳香環を含む基質よりacutumine(1)の全合成を目指した(Scheme 5)。市販の6-ヒドロキシ-1-インダノン(32)からShapiro反応により導いた33に対して、セミピナコール転位を行った所、低収率ではあるが望みの34を得る事に成功した。続いてアルデヒドのアリル化と閉環メタセシス反応を経て35とした後に、アルコールの酸化とジアステレオ選択的なケトンの還元、生じた水酸基の保護を経て36とした。フェノールの脱芳香環化と第四級炭素の構築を行って38へと導く事ができればacutumine(1)の全合成を達成できるものと考えられる。

1) K. Goto et al, Bull. Chem. Soc. Jpn., 4, 220 (1929); M. Tomita et al., Tetrahedron Lett., 8, 2421 (1967); M. Tomita et al., Tetrahedron Lett., 8, 2425 (1967); 2) S. L. Castle et al., J. Am. Chem. Soc., 131, 6674 (2009); S. L. Castle et al., J. Org. Chem., 74, 9082 (2009); E. J. Sorensen et al., Tetrahedron, 63, 6446 (2007); 3) J. L. Wood et al., J. Am. Chem. Soc., 130, 2087 (2008)

Scheme 1

Scheme 2

Reagents and conditions: (a) allylacetate, BSA, NaOAc, [(C3H5)PdCI]2, DPPE, THF, reflux, 70%; (b) MVK, Et3N, CH3CN, 70 °C, 91%; (c) D-proline, DMF, rt; p-TsOH・H2O, toluene, reflux, 82% (92% ee); (d) 1,3-propane -dithiol, BF3.0Et2, CH2Cl2, 0 °C, 82%; (e) TrisNHNH2, p-TsOH・H2O, CH3CN-THF, rt, 67%; (f) n-BuLi, hexane -TMEDA (6:1), -78 to 0 °C; 9, -78 to 0 °C, 83%; (g) HF-py, pyridine, THF, 0 °C to rt, 94%; (h) PhI(OAc)2, CH3CN-buffer (pH 6.8), 0 °C, 56%; (i) H2 (1000 psi), RhCI(PPh3)3, benzene, rt, 71%; (j) t-BuOCI, MS4A, CH2Cl2, -78 to 0 °C, 13 (21%), 14 (30%)

Scheme 3

Scheme 4

Reagents and conditions: (a) TrisNHNH2, THF, rt, 76%; (b) n-BuLi, THF, -78 to 0 °C; 20, -78 to 0 °C, 89%; (c) NaOCi aq, CeC13.7H2O, CH3CN, 0 °C, 23 (43%), 24 (26%); (d) allyIMgCl, THF, -78 °C, 90% ((3 : a = 1 : 3); (e) Grubbs' 2nd gen. catalyst, CH2Cl2, rt, 90%; (1) IBX, DMSO, 70 °C; (g) NaBH4, CeC13.7H2O, MeOH-THF, -78 °C, 85% (2 steps, 13 : a = 33 : 1); (h) VO(OEt)3, TBHP, CH2Cl2, 0 °C to rt, 76%; (i) IBX, DMSO, 70 °C; (j) DBU, THF, 0 °C, 95% (2 steps); (k) PhSH, Et3N, Ch2C12, -78 °C, 87%; (I) NCS, CCI4, rt, 74%; (m) m-CPBA, CH2Cl2, 0 °C; (n) NaOMe, MeOH, rt, 97% (2 steps)

Scheme 5

Reagents and conditions: (a) BnBr, K2CO3, DMF, rt, 97%; (b) TrisNHNH2, p-TsOH・H2O, THF, rt, 94%; (c) n-BuLi, THF, -78 to 0 °C; 20, -78 to 0 °C, 81%; (d) NaOCI aq, CeC13.7H2O, CH3CN, 0 °C, 22%; (e) allylMgBr, Et2O, -78 °C, quant (dr = 3 : 4); (f) Grubbs' 2nd gen. catalyst, CH2Cl2, rt, 91%; (g) IBX, DMSO, 70 °C; (h) NaBH4, CeC13.7H2O, MeOH-THF, -78 °C, 88% (2 steps); (I) Ac2O, pyridine, CH2Cl2, rt, quant

審査要旨 要旨を表示する

Acutumine(1)はオオツヅラフジの根茎より単離されたアルカロイドである。1967年にX線結晶構造解析により構造が明らかとされ、[4.3.3]プロペランを主骨格として、連続する五つの不斉中心の内、連続する三つが四置換炭素である事に加え、スピロ骨格、ネオペンチル位第二級クロリドを有しているなど、小分子ながら酸化段階の高い多官能基化された化合物である事が判明した。しかしながら、構造決定から40年以上が経過した現在において、全合成の報告はCastleらの1例のみに留まっており、改善の余地を残している。そこで山川は効率的かつ立体選択的なacutumineの合成法を確立すべく研究を行った。

まず、山川は鍵中間体となる12の合成を行った(Scheme 1)。出発原料として市販の1,3-シクロペンタンジオン(2)を用い、アリル化とメチルビニルケトンへのマイケル付加を行って3とした後にプロリン触媒を用いた不斉ロビンソン環化反応を行う事で光学活性なHajos-Parrish型ケトン4を得た。続いてα,β-不飽和ケトンをチオケタールとして保護して5とした後に、ネオペンチル位ケトンをトリシルヒドラゾンへと変換して6とした。ここでShapim反応によりビニルリチウム種を調製し、1,2-シクロプタンジオン(7)への求核付加を試みたが、得られるのは9のみであった.一方、ベンズアルデヒドへの求核付加は定量的に進行した事から、先の反応が進行しなかった原因は、立体障害の大きいビニルリチウム種が7のカルボニル基に付加する前に、カルボニル基α位の活性プロトンを引き抜いてしまう事であると考えられた。そこで山川は8を得るための新たな戦略として三員環からの環拡大により四員環を得る計画を立てた。6より調製したビニルリチウム種をα位に活性プロトンを有しないWeinrebアミド10への付加を行って、エノン11とした後にTBS基の除去を行った所、即座にセミピナコール転位が進行し、環拡大した望みの8を得る事に成功した。さらにチオケタールの除去を行って12とした。

得られた12に対して、スピロ炭素とネオペンチル位第二級クロリドの構築を行うべく、セミピナコール転位の検討を行った(Scheme 2)。しかし、種々の検討を試みたが目的の転位体13は得られなかった。反応を精査した所、末端二重結合の損壊が観測されたためWikinson触媒を用いた水素添加反応により14へと導き、再び転位反応を行った。その結果、望みの転位体15を得る事には成功したものの、副生成物としてカルボン酸16が得られた。副反応を抑制すべく脱水条件の検討を行ったが、16の副生を抑制する事が困難であったため、四員環からの環拡大を用いてスピロ五員環を構築する経路での合成を断念する事とした。

鍵となるセミピナコール転位を用いたネオペンチル位第二級クロリドの導入およびスピロ炭素の構築に関して、どのような基質に適用可能であるかを調査した所、二重結合を有する基質に関して良好な結果を得たため、山川はそちらの基質を用いてスピロ骨格の構築を目指した(Scheme 3)。市販のシクロペンタノンをトリシルヒドラゾン17へと変換した後にShapiro反応を行って、trans-シンナムアルデヒド(18)へ付加させる事でアリルアルコール19を得た。続いてセミピナコール転位の条件に付した所、スピロ炭素とネオペンチル位第二級クロリドを有する20を中程度の収率で得る事に成功した。Acutumine(1)のスピロ部分骨格の構築を目指し、アルデヒド20からの変換を行った。20に対してアリル基の導入を行った後に、第二世代Grubbs触媒を用いた閉環メタセシス反応を行う事でスピロ骨格を有する22へと導いた。Acutumine(1)のスピロ骨格上に存在する水酸基の立体化学構築の足掛かりとすべく、22の水酸基の立体化学制御を行った。その結果、22のジアステレオマー混合物を酸化してケトンとした後に、水素化ホウ素ナトリウムを用いて還元する事でβ体のアルコールを主生成物として得る事に成功した。続いて、バナジウム触媒を用いたジアステレオ選択的な二重結合のエポキシ化を行って25とした後に、アルコールの酸化とエポキシドの開環反応を経て26へと導いた。そしてチオフェノールのマイケル付加を行って27とした後に、NCSを用いて酸化する事で28とし、m-CPBAによるスルフィドの酸化とナトリウムメトキシドを用いた付加脱離反応により、acutumine(1)と同一の官能基及び立体化学を有する31を合成する事に成功した。

山川は確立した方法を用いて、芳香環を有する基質よりacutumine(1)の全合成にとりかかった。6-ヒドロキシ-1-インダノンより導けるトリシルヒドラゾン32よりShapiro反応、セミピナコール転位を経て、スピロ炭素、ネオペンチル位第二級クロリドを有する34を得た。閉環メタセシス反応と官能基変換により35へと導くことに成功したため、続く芳香環の酸化と第四級炭素の構築を行って37へと導く事ができればacutumine(1)の全合成も達成可能なものと思われる。

以上、山川はacutumine(1)の合成において最も困難が予想されるスピロ骨格および隣接するネオペンチル位第二級クロリドの構築を、三員環を有する化合物から四員環、五員環へと順次環拡大させるという方法により達成した。またモデル基質を用いてacutumine(1)と同一の官能基と立体化学を有するスピロ骨格の構築に成功した。この成果は薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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