学位論文要旨



No 128338
著者(漢字) 梅本,良
著者(英字)
著者(カナ) ウメモト,リョウ
標題(和) IQGAP1 の actin 認識機構の解明
標題(洋)
報告番号 128338
報告番号 甲28338
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1433号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 准教授 東,伸昭
 東京大学 特任准教授 加藤,大
内容要旨 要旨を表示する

[序]

Actin は細胞骨格の一種であり、すべての真核細胞に最も大量に存在するタンパク質として知られている。Actin の機能制御には多くの actin 結合タンパク質 (actin binding protein ; ABP)が関わっており、ABP により actin の重合・脱重合や動態が制御され、細胞の形態変化や細胞の運動が生じる。よって ABP と actin との相互作用を解析することは重要である。IQGAP1 (IQ-domain GTPase-activating protein 1) は ABP の一つであり、N 末端に actinと直接結合するドメイン (actin binding domain ; ABD) を有する。IQGAP1 はRac1 や Cdc42といった Rho GTPase によって活性化され、多量体を形成することにより、actin を架橋して網目状に組織化する (Fig.1 A)。このような IQGAP1 と F-actin との相互作用は IQGAP1 の細胞遊走促進能に必須であることが示されている。

多くのABP には、CH (calponin homology) domain とよばれる約100 残基のドメインが共通して見出されている。Fimbrin や α-actinin などの actin 架橋タンパク質は複数の CH domainからなるのに対し、IQGAP1 のABD は単独のCH domain とN, C 末端のextension 領域から構成される (Fig.1 B)。複数の CH domain からなる F-actin 結合タンパク質に関しては、近年、電子顕微鏡により低分解能ながら複合体構造が提唱されている。しかしながら、単独の CHdomain を有する IQGAP1 の ABD の actin 認識様式に関する構造生物学的知見はほとんど得られていないのが現状である。

そこで、本研究においては単独の CH domain を有する IQGAP1 ABD の立体構造を NMR法によって決定し、さらに F-actin のような巨大かつ不均一な分子にも適用可能な NMR 手法である転移交差飽和 (Transferred Cross Saturation ; TCS) 法を用いて ABD 上の F-actin 結合界面を同定したのでここに報告する。

[結果]

ABD の調製法の確立、性状解析および NMR による立体構造決定 (Ref.1)

ABD に関しては F-actin 結合活性が報告されている ABD(1-210) およびトリプシン限定分解実験に基づき N 末端の構造非形成領域を除去した ABD(26-210) のコンストラクトを構築した。両コンストラクトともに、大腸菌により大量発現させ、精製したものを後の解析に用いた。両者がほぼ同等の F-actin 結合活性を有していることを SPR 実験により確認し、立体構造決定には ABD(26-210) を用いた。各種三重共鳴実験により主鎖・側鎖プロトンの帰属を行った。ついでNOE、二面角、水素結合の情報を収集し、それらを拘束条件として Cyana2.1 による立体構造計算を行った。その結果、得られた 20 構造の構造形成領域の主鎖 RMSD 値は 0.62±0.13 A、重原子の RMSD 値は 1.09±0.10 A に収束した。得られた NMR 構造より、ABD は CH domain に共通してみられる 6 本の α-helix およびそれに続くextension 領域からなることが判明した (Fig.2)。この extension 領域はこれまでに複数の CH domain からなる actin 結合タンパク質においてF-actin 結合に重要とされている α6-helix の疎水性残基をマスクしていたことから、ABD の F-actin 認識様式は他の複数の CH domain からなる F-actin 結合タンパク質とは異なるものと考えた。

NMR 法を用いた ABD と actin との相互作用解析

溶液中においてABD とF-actin との相互作用解析を行うのに先立ち、ABD が F-actin と特異的に相互作用しているか否かについて検証を行った。ABD に対して G-actin および F-actin 滴定し1H-15N HSQC スペクトルを測定した結果、G-actin 滴定時においては ABD のシグナル強度減少がごくわずかであったのに対し、F-actin 滴定時においては ABD は顕著なシグナル強度減少を示した (Fig.3A, B)。このことから、ABD は F-actin を特異的に認識することが示された。

ABD が F-actin と特異的に相互作用することが判明したため、ABD上の F-actin 結合界面を同定することを目的として ABD - F-actin間相互作用系に対してアミドおよびメチル検出型の TCS 法を適用した。TCS 法は結合界面に近接した領域にのみ生じる交差飽和現象を利用することで、複合体における結合界面を決定する手法である。アミド検出型 TCS 実験にて 17 % 以上、メチル検出型 TCS 実験にて 30 % 以上のシグナル強度減少を示した残基をABD の NMR 構造上にマッピングした。その結果、それらの残基は構造上の片側の面に集中し、特にα4-helix を中心とした領域に集中していた (Fig.3C)。よってこの領域が ABD 上のF-actin 結合界面であると考えた。

変異体実験による ABD 上の F-actin 結合に重要な残基の同定

先の TCS 実験より、シグナル強度減少を示した残基のうちどの残基が actin 結合に重要であるかを同定するため、F-actin 結合界面に存在することが示唆された残基に変異を導入し、SPR実験により F-actin に対する親和性を野生型と比較した。その結果、D114A および Q118A 変異体は顕著に、N121A 変異体は中程度に F-actin に対する親和性が低下したのに対して、I131A変異体は親和性の低下があまり見られなかった。この結果から α4-helix に位置する残基がF-actin との相互作用に寄与しており、特に D114 および Q118 が F-actin との相互作用において重要であることが明らかとなった (Fig.4)。

[考察]

NMR による立体構造解析により、IQGAP1ABD は 6 本の α-helix からなる CH domainとそれに続く extension 領域からなることが明らかとなった。また、TCS 実験により、 ABD上の F-actin 結合界面は主として α4-helix の残基からなることがわかった。さらに変異体実験により α4-helix の残基が F-actin 結合に寄与しており、特に D114 および Q118 がF-actin 認識に重要であることが判明した。複数の CH domain からなる α-actinin とF-actin との複合体構造 (PDB code : 3LUE)中の α-actinin に対して IQGAP1 ABD の立体構造を重ね合わせた結果、ABD は extension領域に対応する部位にて actin 分子とクラッシュし、両者が同様の F-actin 認識様式を示すことは不可能であることが判明した。このことから、IQGAP1 の ABD は複数の CH domainを有する他の F-actin 結合タンパク質とは異なる相互作用様式にて F-actin と結合すると考えた。この相互作用様式により、 IQGAP1 とα-actinin が共存する環境において、F-actin がα-actinin により束化され、IQGAP1 により網目状に組織化される際に両者が F-actin 上において競合せずに、効率よく F-actin の高次構造形成が達成されると考えた。

1. Umemoto et al. J. Biomol. NMR 48 (2010) 59-64

Fig.1 細胞運動における IQGAP1 の機能および CH domain ファミリータンパク質の模式図

A : 細胞の極性を持った運動において、IQGAP1 は F-actin を網目状に組織化することにより、細胞遊走を促進する

B : CH domain を有するタンパク質の例。Fimbrin や α-actinin は複数の、IQGAP1 は単独の CH domain を有する。

Fig.2 ABD の NMR 構造

Extension 領域を黒にて示した。

Fig.3 TCS 法によるABD 上のF-actin 結合部位の同定

A, B : G-actin および F-actin 滴定に伴う ABD の NMR シグナル強度減少の比較。C : アミド TCS 実験にて 17 % 以上のシグナル強度減少を示した残基(黒)、メチル TCS 実験にて 30 % 以上のシグナル強度減少を示した残基(グレー)の マッピング。上はリボン図、下は surface 表示。

Fig.4 SPR 実験において観測された F-actin のインジェクションに伴うセンサーグラムの上昇の比較

野生型 (破線) および変異体 (実線) を同程度チップ上に固定化し、図中に示す濃度のF-actin をアプライした。野生型におけるセンサーグラムの上昇を 1 として規格化し、変異体と比較した

審査要旨 要旨を表示する

IQGAP1 の actin 認識機構の解明と題する本論文は、Rho GTPase のエフェクター分子の一つである IQGAP1 (IQ-domain GTPase activating protein 1) の actin 結合ドメイン(actin binding domain ; ABD) の actin 認識機構に関して、NMR にて解析した成果を述べたものである。本論文は、全五章から構成されており、第一章に序論、第二章に実験材料および実験方法が記されている。第三章に結果と考察がまとめられ、第四章では総括および今後の展望について述べている。第五章は補遺であり、リコンビナント actin を用いた ABD と F-actin との相互作用解析の結果が記載されている。

第三章においては、まず ABD の大腸菌による大量発現系を構築し、F-actin 結合活性の報告のある ABD (1-210) とトリプシン限定分解実験に基づき N 末端の構造非形成領域を除去した ABD (26-210) が同等の F-actin 結合活性を有することを表面プラズモン共鳴 (SPR) 法 により示し、NMR による立体構造決定には ABD (26-210) を用いている。立体構造決定のため、各種三重共鳴実験により主鎖、側鎖プロトンの帰属を行い、ついでNOE の情報、二面角の情報、水素結合の情報を収集し拘束条件として Cyana2.1 による立体構造計算を行っている。得られた NMR 構造から、ABD は CH (calponin homology)domain に共通してみられる 6 本の α-helix およびそれに続く extension 領域からなることを明らかとしていた。これまでに部分ペプチドを用いた共沈実験から複数の CHdomain を有する α-actinin にて F-actin 結合に重要であることが示されているα6-helix に着目し、ABD においては extension 領域が α6-helix をマスクしていたことから、ABD の actin 認識様式は他の CH domain を有する F-actin 結合タンパク質とは異なることを考察していた。

続いて ABD と actin との溶液 NMR 法による相互作用解析を行っていた。まず、ABDが F-actin と特異的に相互作用するか否かについて、ABD に対する G-actin およびF-actin の NMR 滴定実験により判別していた。滴定実験の結果、G-actin 滴定時には 1次元 1H-15N HSQC スペクトルのシグナル強度減少がほとんど観測されなかったのに対して、F-actin 滴定時には顕著なシグナル強度減少が観測されたことから、ABD は F-actinと特異的に相互作用することを示していた。

ABD が F-actin と特異的に相互作用することが判明したため、ABD と F-actin との相互作用系にアミドおよびメチル検出型の転移交差飽和 (Transferred Cross Saturation ;TCS) 法を適用していた。アミド検出型 TCS 実験の結果、17 % 以上の顕著なシグナル強度減少を示した残基は T113, D114, Q118, W119, N121, F132, E135, N144 であり、メチル検出型 TCS 実験の結果、30 % 以上の顕著なシグナル強度減少を示した残基は I117,L120, I131, I202, I205 であった。これらの残基は ABD の分子上で同じ領域に限局して存在しており、分子片側の面に分布していたことから、これらの残基が F-actin 結合界面を形成すると考察していた。

さらに変異体実験を行い、SPR 法によって野生型および変異体の F-actin 結合活性を比較した結果、結合界面に存在する残基のうち N121, Q118, D114 を含む α4-helix がF-actin 結合に重要であることを示していた。

IQGAP1 の ABD はこれまでで知られている中で唯一、単独の CH domain からなるactin 結合タンパク質である。その actin 認識様式に関しては他の複数の CH domain からなる actin 結合タンパク質との一次配列の比較から予測することは困難であった。これに対して本論文では ABD の NMR による立体構造を行い、さらにアミドおよびメチル検出型の TCS 法を用いて ABD 上の F-actin 結合界面の同定し、ABD 上の F-actin 結合界面が主として α4-helix の残基からなることを示した。さらに、変異体実験により、α4-helix の残基の中でも特に D114 および Q118 が F-actin 結合に重要な残基であることを明らかとした。

本研究では、これまで解析が困難であった F-actin と F-actin 結合タンパク質との相互作用に着目し、F-actin のような巨大かつ不均一性を有する細胞骨格タンパク質とその結合タンパク質との NMR 法を用いた相互作用解析法を確立した。また、これまでに actin 結合タンパク質に共通してみられる複数の CH main においては α6-helix が F-actin 結合に重要であると考えられていたが、IQGAP1 の ABD のように単独の CH domain においては α4-helix が F-actin 認識に重要であることを初めて明らかとした。

以上、本研究の成果は、主要な細胞骨格の一つである actin とその結合タンパク質である IQGAP1 との相互作用様式に対して新たな知見を加えるものであり、これを行った学位申請者は博士 (薬学) の学位を得るにふさわしいと判断した。

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