学位論文要旨



No 128339
著者(漢字) 安川,淳一朗
著者(英字)
著者(カナ) ヤスカワ,ジュンイチロウ
標題(和) 黄色ブドウ球菌MvaAタンパク質のペプチドぐリカン合成への寄与
標題(洋)
報告番号 128339
報告番号 甲28339
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1434号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 准教授 楠原,洋之
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

メバロン酸はイソプレノイドの前駆体であり、多様な生体分子の構成成分となる。イソプレノイドの生合成経路は、メバロン酸が中間体となるメバロン酸経路、および非メバロン酸経路(GAP-pyruvate経路)の2つが知られている。黄色ブドウ球菌や、ヒトなど多くの動物は、メバロン酸経路だけを持つ。これらの生物においては、メバロン酸経路がイソプレノイド生合成の律速経路であり、様々な生体分子を生合成する上で必要な経路である。一方で、細菌の分子遺伝学的解析において一般的に用いられてきた大腸菌や枯草菌はメバロン酸経路は持たず、非メバロン酸経路だけを持つ。そのため、細菌におけるメバロン酸経路の意義および役割についての理解は充分になされていない。

HMG-CoAレダクターゼはメバロン酸経路の律速酵素であり、HMG-CoAを還元してメバロン酸を合成する反応を触媒する(図1)。病原性細菌である黄色ブドウ球菌においては、脚溜遺伝子が、HMG-CoAレダクターゼをコードする遺伝子として存在する。また、遺伝子破壊実験により、黄色ブドウ球菌のmvaA副遺伝子は増殖に必要であるとされている。よって、HMG-CoAレダクターゼであるMvaAタンパク質は黄色ブドウ球菌に対する抗菌治療薬の標的分子の有力な候補である。しかしながら、mvaAオ遺伝子の変異株を用いた遺伝学的解析の報告はなく、メバロン酸およびメバロン酸から合成されるイソプレノイドが、黄色ブドウ球菌の増殖に必須なメカニズムは明らかではなかった。

本研究の目的は、mvaA遺伝子が担う黄色ブドウ球菌の増殖に必須なメカニズムの解明、ならびにMvaAタンパク質の酵素活性に寄与するアミノ酸の同定である。本研究で私は黄色ブドウ球菌のmvaA遺伝子に変異を有する温度感受性変異株を初めて分離し、ペプチドグリカン合成ならびに黄色ブドウ球菌の増殖へ与える寄与を遺伝学的に解析した。さらに、野生型ならびに変異型MvaAタンパク質を精製し、アミノ酸変異が酵素活性に与える影響を生化学的に解析した。

【結果】

1.mvaA 遺伝子の温度感受性変異株の分離

一般に、温度感受性変異株は、細菌の増殖および生存に必須な遺伝子の役割を明らかにする上で有用である。菌の増殖に必須な遺伝子であるmvaAがコードするHMG-CoAレダクターゼの分子機構を理解する上で、温度感受性変異株は重要な材料となると考えられる。しかし、どの細菌においてもHMG-CoAレダクターゼをコードする遺伝子の温度感受性変異株が分離された報告例は無かった。当研究室では黄色ブドウ球菌の温度感受性変異株を用いた細菌の増殖に必須な遺伝子の網羅的解析を行ってきた。私は、黄色ブドウ球菌のmvaA遺伝子に変異を有する温度感受性変異株に着目し、その解析に着手した。本研究では、3株のmvaA遺伝子変異株を用いた。これらの株の温度感受性は、野生型mvaA遺伝子を有するプラスミドの導入によって抑圧された(図2)。また、それら3株のゲノムDNAのmvaA遺伝子において、それぞれ、M771、A335V、C366Yというアミノ酸変異を導く一塩基置換変異が生じていた。ファージトランスダクション法を用いて、野生株にmvaA遺伝子変異株のmvaA遺伝子の変異を導入した株は、温度感受性となった。以上の結果は、MvaAタンパク質の77番目のメチオニン、335番目のアラニン、及び366番目のシステインのアミノ酸置換を導く一塩基置換変異が、温度感受性の原因であることを示唆する。なお、mvaA温度感受性変異株において置換が生じている77番目のメチオニンは、基質であるHMG-CoAとの相互作用に関する三次元立体構造解析からは必須アミノ酸とは予想されないアミノ酸であった。私は、mvaA遺伝子変異株(MvaAM771)について、以下の検討を行った。

2.mvaA遺云子のペプチドグリカン合成への寄与

HMG-CoAレダクターゼはメバロン酸経路の律速酵素であり、HMG-CoAを還元してメバロン酸を合成する。メバロン酸から生合成されるイソプレノイドはペプチドグリカンの基質となることが知られている。そこで私は、高温条件下において、mvaA遺伝子変異株(MvaA M771)のペプチドグリカン合成能が低下しているか検証を試みた。その結果、mvaA遺伝子変異株(MvaA M771)においては、高温条件下で、野生株と比べ、放射標識したGlcNAcの取り込みが低下しており、ペプチドグリカン合成能が低下していることがわかった(図3)。細菌のペプチドグリカン合成変異株の温度感受性は高浸透圧条件下で抑圧されることが知られている。mvaA遺伝子変異株(MvaA M771)の温度感受性も、高濃度のSucrose、あるいはNaCl添加により抑圧された(図4)。また、MvaAタンパク質が有するHMG-CoAレダクターゼ活性により生成されるメバロン酸の培地への添加により、mvaA遺伝子変異株(MvaA M771)の温度感受性は抑圧された(図5)。以上の結果は、黄色ブドウ球菌のメバロン酸合成酵素であるHMG-CoAレダクターゼにより生成されるメバロン酸が、ペプチドグリカン合成の基質となり、菌の増殖に寄与することを示唆する。さらに、私は、このMvaAの77番目のメチオニンの変異により、HMG-CoAレダクターゼ活性が低下しているか次に検討した。

3.MvaAタンパク質の生化学的解析

mvaA遺伝子変異株(MvaAM771)から調製した粗抽出液中のHMG-CoAレダクターゼの比活性は、野生株のそれと比べて低下していた。さらに私は、黄色ブドウ球菌の野生型および変異型MvaAタンパク質を、それぞれリコンビナントタンパク質として大腸菌で発現させ、精製した(図6A)。変異型MvaAタンパク質は、野生型MvaAタンパク質と比べ、基質であるHMG-CoAレダクターゼ及びNADPHに対する親和性は変わらないが、最大反応速度は5分の1以下に低下していた(図6B)。以上の結果は、MvaAタンパク質の77番目のメチオニンのアミノ酸置換が、MvaAタンパク質の酵素活性を低下させることを示唆する。

【まとめと考察】

本研究において私は、黄色ブドウ球菌のHMG-CoAレダクターゼであるMvaAタンパク質をコードするmvaA遺伝子の温度感受性変異株を分離し、1)MvaAタンパク質がペプチドグリカン合成に寄与すること2)MvaAタンパク質のM771変異が活性を低下させることを明らかにした。

メバロン酸は、ペプチドグリカンの前駆体となるイソプレノイドの前駆体である。また、イソプレノイドは、ペプチドグリカンの前駆体である。しかし、これまでに、細菌のHMG-CoAレダクターゼがペプチドグリカンの合成に寄与するという報告はない。細菌のHMG-CoAレダクターゼの温度感受性変異株を分離し、解析したのは本研究が初めてである。温度感受性変異株を用いることにより、HMG-CoAレダクターゼが、ペプチドグリカン合成に必要であることが明らかとなった。すなわち、HMG-CoAレダクターゼは黄色ブドウ球菌の増殖に必要なペプチドグリカンの前駆体の供給を担う酵素である。

本研究において初めて、77番目のメチオニンのイソロイシンへの置換が、MvaAタンパク質の酵素活性を低下させることを示した。HMG-CoAレダクターゼの立体構造からは、このアミノ酸残基の機能は予測されなかった。黄色ブドウ球菌のHMG-CoAレダクターゼにおける77番目のメチオニン残基は、黄色ブドウ球菌だけでなく、多くの真核生物のHMG-CoAレダクターゼにおいても保存されている。したがって、この残基がメチオニンとして保存されていることが、HMG-CoAレダクターゼの酵素活性にとって普遍的に重要であることが予想される。

図1HMG-CoAレダクターゼが触媒する反応

図2黄色ブドウ球菌のmvaA遺伝子の温度感受性変異株および、mvaAプラスミド導入株の温度感受性

WT(RN4220)、mvaA ts mutant(mvaA遺伝子変異(M771)温度感受性変異株)、及びmvaA t smutant/pSmvaAの、43℃および30℃での寒天培地上での増殖を示す。

図3mvaA遺伝子変異株(M771)におけるペプチドグリカン合成能の低下

WT(RN4220)およびmvaA ts mutant(mvaA遺伝子変異株(M771))生菌のペプチドグリカンの合成能を14CラベルしたGlcNAcが一定時間内に菌体酸不溶性画分へ取り込まれる量で評価した。Vancomycinはペプチドグリカン合成阻害剤、NorfloxacinはDNAジャイレース阻害剤。

図4mvaA遺伝子変異株(MvaAM771)の温度感受性に対する高浸透圧条件の影響

WT〔RN4220〕およびTS〔mvaA遺伝子変異株〔M771〕の、43℃あるいは30℃におけるNaClあるいはSucrose添加寒天培地上での増殖を示す。

図5メバロン酸添加培地におけるmvaA遺伝子変異株(MvaAM771)の温度感受性

WT〔RN4220〕およびmvaA ts mutant〔mvaA遺伝子変異株〔M771〕の、43℃あるいは30℃における1mMメバロン酸添加寒天培地上での増殖を示す。

図6黄色ブドウ球菌MvaAタンパク質の活性測定

(A)活性測定に用いたリコンビナントMvaAタンパク質のSDS一ポリアクリルアミドゲル電気泳動後のCBB染色像(B)野生型MvaAおよびMvaA M771リコンビナントタンパク質のHMG-CoAレダクターゼ触媒活性について、反応の基質であるHMG-CoAの濃度と、生成物であるNADP+の産生速度との関係。

審査要旨 要旨を表示する

申請者は本論文において、黄色ブドウ球菌におけるペプチドグリカン合成におけるメバロン酸合成酵素MvaAの役割について検討した。黄色ブドウ球菌はヒトにおいて感染症を引き起こす病原性細菌であり、既存の抗生物質に耐性を獲得した株の出現が問題となっている。既存の抗生物質の標的タンパク質とは異なる、黄色ブドウ球菌の増殖に寄与するタンパク質の研究は、耐性を克服する新しい抗生物質の開発に寄与する。温度感受性変異株の単離は細菌の増殖に必要なタンパク質が触媒する反応の生理的意義を理解し、その機能に重要なアミノ酸の同定する上で、極めて有用である。申請者は、黄色ブドウ球菌の温度感受性変異株の温度感受性を抑圧する遺伝子を探索し、mvaA遺伝子の導入によってその温度感受性が抑圧する温度感受性変異株を3株得た。

mvaA遺伝子は、黄色ブドウ球菌のHMGCoAレダクターゼをコードする。本酵素は、メバロン酸合成の律速酵素であると考えられる。黄色ブドウ球菌において、メバロン酸から合成されると考えられるイソプレノイドの一種であるイソペンテニル二リン酸(IPP)は、細胞壁合成に関わるウンデカプレノール、電子伝達に関わるメナキノンやユビキノン、またカロテノイドの前駆体となる。よってIPP合成能は細菌の増殖に必要であると推測される。mvaA遺伝子欠損株はメバロン酸添加培地上で増殖できるがメバロン酸非添加培地では増殖できないこと、IPTG発現制御系を用いてMvaAの発現量を低下させることによって、メバロン酸非添加培地で菌の増殖が悪くなることが報告されている。しかし、黄色ブドウ球菌のMvaAタンパク質がその増殖に寄与する詳細な分子メカニズムは不明である。

申請者は、mvaA遺伝子の1アミノ酸置換変異によって黄色ブドウ球菌が温度感受性となることを示した。具体的には、申請者は、これらの株が黄色ブドウ球菌のmvaA遺伝子の導入によりその温度感受性が抑圧されること、mvaA遺伝子中に一アミノ酸置換(M77I、A335V、C366Y)を導く変異を有すること、一アミノ酸置換を導く変異と温度感受性との間に、ファージトランスダクション法において同時移入性があることを示した。これまでに、遺伝学的解析が盛んに行われている大腸菌や枯草菌がmvaA遺伝子と相同の遺伝子を有していないこともあり、いずれの細菌種においても、mvaA遺伝子の温度感受性変異株が分離された例はなかった。本研究は、初めて細菌のmvaA遺伝子の温度感受性変異株を分離し、細菌の増殖におけるMvaAタンパク質の重要性を明らかにする道を開く生物材料を得た点で評価される。

次に申請者は、M77I変異を有するmvaA遺伝子変異株の温度感受性が、培地にHMG-CoAレダクターゼの生成物であるメバロン酸や、ペプチドグリカンの前駆体であるファルネシル二リン酸を添加することにより抑圧されることを示した。mvaA遺伝子によるペプチドグリカンの前駆体の供給が、黄色ブドウ球菌の増殖に寄与することを示唆する初めての成果である。

さらに申請者は、このmvaA遺伝子変異株の、非許容温度における放射標識されたN-アセチルグルコサミンの取り込みでみたペプチドグリカン合成速度は、野生株と比べて低下していることを示した。また、塩やスクロースの添加による高浸透圧条件により、このmvaA遺伝子変異株の温度感受性が抑圧されることを示した。mvaA遺伝子がペプチドグリカン合成に寄与することを実験的に証明したのは本研究が初めてである。mvaA遺伝子がペプチドグリカン合成への寄与によって、黄色ブドウ球菌の増殖に必要であることを示唆する知見である。

さらに申請者は、変異型のリコンビナントMvaAタンパク質を精製し、変異型MvaAタンパク質のHMG-CoAレダクターゼ活性が低下していることを生化学的に明らかにした。このときM77I変異型MvaAタンパク質と、基質であるHMG-CoAおよびNADPHとの親和性は野生型と同程度であることを示した。この結果は、MvaAタンパク質の77番目のメチオニンがイソロイシンへと置換することによって、基質との相互作用に影響を与えず酵素活性が低下していることを示唆している。このようなアミノ酸を同定することができたのは、一アミノ酸の置換を導く変異の温度感受性変異株の利点を生かしたことにある。

以上、申請者は、mvaA遺伝子ならびにmvaA遺伝子がコードするHMG-CoAレダクターゼがペプチドグリカンの基質の供給を介して黄色ブドウ球菌の増殖に寄与することを、遺伝学的および生化学的に明らかにした。細菌特異的であり、かつ増殖に必要な構造物であるペプチドグリカンの合成を阻害する化合物は、細菌感染症に対する治療に有用である。しかしながら既存のペプチドグリカン合成阻害剤に対しては耐性菌が出現し問題となっている。本研究の成果により、MvaAタンパク質が、ペプチドグリカン合成の阻害をその作用メカニズムとする、既存の抗菌化合物に耐性を獲得した細菌にも有効な作用標的タンパク質として提案される。本研究によって、申請者は、細菌のHMG-CoAレダクターゼのペプチドグリカン合成への寄与を明らかにし、病原性細菌に対する治療薬の開発に寄与すると期待される重要な知見を示した。よって申請者は、博士(薬学)の学位を受けるに十分な資格を有すると判定した。

UTokyo Repositoryリンク