学位論文要旨



No 128345
著者(漢字) 鈴木,美穂
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ミホ
標題(和) 癌転移における細胞接着分子CD44 の分子 基盤の解明
標題(洋)
報告番号 128345
報告番号 甲28345
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1440号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

癌転移は(1)原発巣からの脱離、(2)組織への浸潤、(3)脈管への浸潤、(4)運搬、(5)臓器脈管へのトラップと脈管外への脱出、(6)2次臓器への浸潤と再増殖からなり、これらの過程では様々な細胞接着分子が関与している。細胞外マトリックスの主成分であるヒアルロン酸(HA) 受容体CD44は多くの癌細胞において発現が亢進しており、癌転移における脈管外へのトラップ((5))、組織への浸潤((2),(6)) に関与していると考えられている。これまでの構造生物学的解析から、CD44の細胞外領域に存在するHA結合ドメイン(HA binding domain HABD)は、C 末端領域が一定の構造を形成しHAに対して低親和性の"Ordered (O)-state"(Fig.1A) と、C末端領域が構造を形成していないHA高親和性の"Partially disordered (PD)-state"(Fig.1B) の2状態をとり、その間を常に交換していること、その平衡がHA結合に伴いPD-stateに移行することが判明している。CD44のHA認識様式やそれに伴う構造平衡の変化は構造レベルで詳細に解明されたが、このようなHABDの2状態平衡がCD44 を介した細胞レベルの現象にどのように関与しているか不明である。そこで本研究ではCD44の構造平衡をO-stateおよびPD-stateの片方に固定した変異体を発現する細胞を用いて、癌転移と関連するCD44の細胞運動活性への影響を解析することにより、構造レベルの知見と細胞レベルの現象を統合的に理解することを目的とした。

【結果】

1, 癌細胞のローリングとCD44 の構造平衡

CD44を介して癌細胞が脈管外に漏出する際、まず、血管内皮細胞上のHA と一過的な相互作用によってローリングと呼ばれる細胞運動が起こる。そこで、CD44 HABD のHA 結合親和性の異なる2 状態の平衡が癌細胞のローリングに与える影響を野生型CD44、平衡を制御した変異体を発現する細胞を用いて調べた。まず内在性CD44 が発現していないヒト肺癌由来VMRC-LCD 細胞を用いて野生型CD44 (CD44s)、PD-state変異体、O-state 変異体の安定発現細胞株を調製した。抗CD44 抗体を用いたFCM解析により、野生型CD44発現細胞、各変異体発現細胞とも発現量が同程度であることを確認した。次に、長鎖HAを固定したキャピラリーに野生型、各変異体発現細胞を流速0.25 dyn/cm2にて灌流し、ローリングおよび接着を示す細胞の数を調べた。HA表面上に接着後、15秒間に10 .m以上の移動距離を示す細胞をローリング、それ以下の移動距離を示す細胞を強い接着としてカウントした結果、野生型CD44発現細胞、O-state変異体発現細胞ではHA上に強く接着する細胞よりもローリングする細胞が多く観測された(Fig.2)。一方、PD-state 変異体発現細胞はではHA上に強く接着する細胞の割合が顕著に多いことから、HA高親和性のPD-stateのみではHAと強く接着したまま適切に解離せず、ローリング活性が損なわれることが判明した(Fig.2)。さらに、野生型発現細胞、O-state変異体発現細胞の挙動を比較するため、HA接着後の瞬間移動速度および合計移動距離をプロットした。その結果、野生型発現細胞ではHAと接着すると安定にローリングが持続するのに対し、O-state変異体発現細胞ではHAと接着後、頻繁に解離を繰り返す様子が観測された(Fig.3)。よって、HA低親和性のO-stateのみではHAとの接着が弱く、ローリングを持続できないことがわかった。以上より、CD44を介した細胞のローリングにはCD44 HABDがHA結合親和性の異なる2状態を交換していることが必須であると結論した(Fig.4)

2, 癌細胞の組織への浸潤とCD44 の構造平衡

CD44は膜貫通型のメタロプロテアーゼによりHABDと膜貫通ドメインの間の細胞外領域にて切断を受ける。このCD44の切断がCD44 自身の発現・分解のターンオーバーを亢進させることで、細胞外マトリックスとの着脱が促進され、細胞運動能が上昇することが提唱されている。さらに転移陽性患者では血清中にCD44細胞外領域の切断産物が多いことが報告され、癌細胞の転移とCD44 の切断が着目されつつある。CD44の切断は、炎症時等に誘導される低分子量HAによっても促進されることが報告されている。そこでHABDの構造平衡がCD44の切断に与える影響を調べることとした。CD44の細胞外領域を切断するメタロプロテアーゼMMP14は細胞外に酵素(CAT)ドメインとhemopexin (HPX)ドメインを持つ1回膜貫通型タンパク質である。まず、野生型CD44 (CD44s)、PD-state変異体、O-state変異体発現細胞をMMP14を共発現させ、培地中に存在するCD44の細胞外領域の切断産物を抗CD44抗体を用いたWestern blotting 解析により調べた。その結果、PD-state変異体のみ切断産物に由来するバンドが観測された(Fig.5)。これより、HABDの構造依存的にCD44が切断を受けることが示唆された

次にこれまでにCD44との相互作用が示唆されているMMP14のHPXドメインとHABDとの相互作用をNMR 法により調べた。その結果、均一15N標識HPXに対して過剰量の野生型HABD (90% 以上がO-state) を添加した条件では複合体形成に伴うシグナル強度の減少が観測された(Fig.6A)。さらにこのサンプルに22merの低分子HAを添加してHABDの平衡をPD-stateにシフトさせると、HPXのシグナルがさらに減少したことから、HPXはHA結合状態のHABDに対してより強く相互作用することが明らかとなった(Fig. 6A)。HPXに非標識O-state 変異体(100% O-state)を添加すると、HA 添加に伴いシグナル強度減少が観測されたものの、その減少率はわずかであった(Fig.6B)。また、HPXにPD-state 変異体(100% PD state)を添加すると、HAの有無にかかわらず、野生型HABDとHAを添加した条件と同程度の顕著なシグナル強度減少が観測された(Fig.6C)。これより、HPXはO-stateよりもPD-stateを形成したHABDと強く相互作用することが示唆された。以上の結果より、炎症時に産生される低分子量HAとの結合によりPD-stateを形成したHABD をMMP14が強く認識し、CD44の細胞外領域の切断が誘起されるというモデルを考えた。

【総括】 本研究では、 本研究では、 CD44CD44CD44 依存的な細胞のローリング、および 依存的な細胞のローリング、および 依存的な細胞のローリング、および 依存的な細胞のローリング、および 依存的な細胞のローリング、および 依存的な細胞のローリング、および CD44CD44CD44 細胞外領域の切断に 細胞外領域の切断に 細胞外領域の切断に おいて、 HABDHABDHABDHABDの 2 状態の 構造平衡が重要な役割を果たしていること示。れら状態の 構造平衡が重要な役割を果たしていること示。れら状態の 構造平衡が重要な役割を果たしていること示。れら状態の 構造平衡が重要な役割を果たしていること示。れら状態の 構造平衡が重要な役割を果たしていること示。れら状態の 構造平衡が重要な役割を果たしていること示。れら状態の 構造平衡が重要な役割を果たしていること示。れら状態の 構造平衡が重要な役割を果たしていること示。れら状態の 構造平衡が重要な役割を果たしていること示。れら現象は CD44CD44CD44 依存的な癌転移と関連する考えられこか、 依存的な癌転移と関連する考えられこか、 依存的な癌転移と関連する考えられこか、 依存的な癌転移と関連する考えられこか、 依存的な癌転移と関連する考えられこか、 依存的な癌転移と関連する考えられこか、 依存的な癌転移と関連する考えられこか、 CD44 HABDCD44 HABDCD44 HABD CD44 HABDCD44 HABDCD44 HABDCD44 HABDの構造平衡を の構造平衡を O-state statestatestateまたは または PD -state statestatestateの片方に制御する抗体や低分子化合物を見出ことより、新しい の片方に制御する抗体や低分子化合物を見出ことより、新しい の片方に制御する抗体や低分子化合物を見出ことより、新しい の片方に制御する抗体や低分子化合物を見出ことより、新しい の片方に制御する抗体や低分子化合物を見出ことより、新しい の片方に制御する抗体や低分子化合物を見出ことより、新しい の片方に制御する抗体や低分子化合物を見出ことより、新しい の片方に制御する抗体や低分子化合物を見出ことより、新しい の片方に制御する抗体や低分子化合物を見出ことより、新しい 作用機序を持った癌転移阻害薬の開発が期待される。 作用機序を持った癌転移阻害薬の開発が期待される。 作用機序を持った癌転移阻害薬の開発が期待される。 作用機序を持った癌転移阻害薬の開発が期待される。 作用機序を持った癌転移阻害薬の開発が期待される。 作用機序を持った癌転移阻害薬の開発が期待される。

Fig. 1 CD44 HABD の構造(A) HA 非存在下の HABD の結晶構造 (PDB code 1UUH)、(B) HA 存在下の HABD の NMR 構造 (PDB code 2I83)、グレイ HA 結合タンパク質間にて保存性の高いリンクモジュール、青 付加配列領域

Fig. 2 CD44発現細胞を用いたローリング実験(A)野生型、 (B) PD-state 変異体、(C) O-state 変異体、細胞が 15 秒間に 10 .m 以上移動したものをローリング (□)、移動しなかったものを強い接着 (■) として示した。

Fig.3 CD44発現細胞のローリングの挙動(A) 野生型 (B) O-state 変異体、1フレーム (0.33秒) ごとの細胞の瞬間移動速度、合計移動距離をプロットした。

Fig.4 細胞のローリングと CD44 HABD の構造平衡の関係

Fig.5 CD44 HABD 構造依存的な細胞外領域の切断野生型 CD44、各変異体と MMP14(左:野生型、右:活性中心残基E240をAlaに置換した変異体) を共発現した。培養上清に放出されたCD44 切断産物を抗CD44 抗体を用いて検出した。

Fig.6 HPXとの相互作用におけるCD44 HABDの構造依存性15N 標識した MMP14 HPX 単独を黒、非標識 CD44 を添加した条件を緑、さらに過剰量の HA (22mer) を添加した条件を赤にて重ねて示した。(A) では野生型 CD44 HABD (HPX に対して2 等量) 、(B) では O-state 変異体を (HPX に対して2 等量) (C) では PD-state 変異体 (0.75 等量) を添加したものを支援した。なお、HPX 濃度が (A)、(C) では 0.2 mM、(B) では 0.04 mM である。

審査要旨 要旨を表示する

癌転移における細胞接着分子CD44 の分子基盤の解明と題する本論文は、細胞接着分子CD44 に存在するリガンドであるヒアルロン酸(HA) 結合親和性の異なる2 状態の構造平衡が細胞運動に与える影響について研究成果を述べたものである。本論文は、全4 章から構成されており、第1 章に序論、第2 章に実験材料および実験方法が記されている。第3 章においては、実験結果および結果に対する考察を記述している。第4 章では、総括と今後の展望について述べている。

第3 章では、CD44 が関与する細胞運動のうち、細胞のローリング、細胞の浸潤の2 種の運動に着目し、それらの細胞運動とCD44 に存在するHA 結合親和性の異なる2 状態の構造平衡について構造を固定した変異体を用いて解析していた。

CD44 は一回膜貫通型の蛋白質で、HA をはじめとした細胞外マトリックスとの相互作用を介し免疫応答を担う分子で、近年、癌転移にも関与することが報告されている。また、CD44 の細胞外領域に存在するHA 結合ドメイン(HABD) がHA の有無にかかわらずHA 結合親和性の異なる2 状態(O-state、PD-state) の構造平衡にあることが解明されている。これまでの構造生物学的な解析からCD44 のHA 認識様式やそれに伴う構造平衡については詳細に解明されたが、CD44 の2 状態平衡がCD44 を介した細胞レベルの現象にどうように関与しているかは不明であった。これに対し、本論文ではCD44 HABD の構造平衡を片側に固定した変異体を用いて解析を行なっている。

まず、CD44 を介した細胞のローリングにCD44 の構造平衡が与える影響を調べるため、内在性CD44 が発現していないヒト肺がん由来VMRC-LCD 細胞を用いて野生型CD44、各変異体安定発現細胞を調製している。抗CD44 抗体を用いたFCM 解析により、野生型、各変異体とも同程度に蛍光強度が増大することから細胞膜上に同程度発現していること、Western blotting 解析により野生型、各変異体とも移動度に大きな変化が観測されないことから変異導入により糖鎖修飾が変調を受けていないことを確認していた。長鎖HAを固定したキャピラリーに野生型、各変異体発現細胞を流速0.25 dyn/cm2にて灌流し、ローリングおよび接着を示す細胞の数を調べていた。この結果、野生型CD44発現細胞、HA 低親和性のO-state変異体発現細胞ではHA上に強く接着する細胞よりもローリングする細胞が多く観測された。

一方、HA 高親和性のPD-state 変異体発現細胞はではHA上に強く接着する細胞の割合が顕著に多いことから、HA高親和性のPD-stateのみではHAと強く接着したまま適切に解離せず、ローリング活性が損なわれることを解明していた。さらに、野生型発現細胞、O-state変異体発現細胞の挙動を比較するため、HA接着後の瞬間移動速度および合計移動距離をプロットしており、野生型発現細胞ではHAと接着すると安定にローリングが持続するのに対し、O-state変異体発現細胞ではHAと接着後、頻繁に解離を繰り返す様子が観測されていた。これよりHA低親和性のO-stateのみではHAとの接着が弱く、ローリングを持続できないことを示していた。以上より、CD44を介した細胞のローリングにはCD44 HABDがHA結合親和性の異なる2状態を交換していることが必須であると結論していた。

次に、膜貫通型のメタロプロテアーゼによるCD44の細胞外領域切断に着目していた。CD44 の切断がCD44 自身の発現・分解のターンオーバーを亢進させることで、細胞外マトリックスとの着脱が促進され、細胞運動能が上昇すること、CD44の切断は炎症時等に誘導される低分子量HAによっても促進されることが報告されている。そこでHABDの構造平衡がCD44の切断に与える影響を調べていた。

CD44の細胞外領域を切断するメタロプロテアーゼMMP14 は細胞外に酵素(CAT)ドメインとhemopexin (HPX)ドメインを持つ1回膜貫通型タンパク質である。まず、野生型CD44、各変異体発現細胞をMMP14を共発現させ、培地中に存在するCD44の細胞外領域の切断産物を抗CD44抗体を用いたWestern blotting 解析により調べており、PD-state変異体のみ切断産物に由来するバンドが観測されていた。これより、HABDの構造依存的にCD44が切断を受けることが示唆していた。次にこれまでにCD44との相互作用が示唆されているMMP14のHPXドメインとHABDとの相互作用をNMR 法により調べていた。その結果、均一15N標識HPXに対して過剰量の野生型HABD (90% 以上がO-state) を添加した条件では複合体形成に伴うシグナル強度の減少が、さらにこのサンプルに22merの低分子HAを添加してHABDの平衡をPD-stateにシフトさせると、HPXのシグナルがさらに減少したことから、HPXはHA結合状態のHABD(90% 以上がPD-state) に対してより強く相互作用することが明らかとしていた。HPXに非標識O-state 変異体(100% O-state)を添加すると、HA 添加に伴いシグナル強度減少が観測されたものの、その減少率はわずかである一方、HPXにPD-state 変異体(100% PD state)を添加すると、HAの有無にかかわらず、野生型HABDとHAを添加した条件と同程度の顕著なシグナル強度減少が観測されていた。これより、HPXはO-stateよりもPD-stateを形成したHABDと強く相互作用することが示唆していた。以上の結果より、炎症時に産生される低分子量HAとの結合によりPD-stateを形成したHABD をMMP14 が強く認識し、CD44の細胞外領域の切断が誘起されるというモデルを提唱していた。

本研究では、CD44依存的な細胞のローリング、およびCD44細胞外領域の切断において、HABDの2 状態の構造平衡が重要な役割を果たしていることを示していた。これらの現象はCD44依存的な癌転移と関連すると考えられることから、CD44 HABDの構造平衡をO-stateまたはPD-stateの片方に制御する抗体や低分子化合物を見出すことにより、新しい作用機序を持った癌転移阻害薬の開発が可能となると期待できる

以上、本研究の成果は、構造生物学的な解析方法の発展に大きく貢献するものであり、これを行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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