No | 128347 | |
著者(漢字) | 徳永,裕二 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | トクナガ,ユウジ | |
標題(和) | MAP キナーゼ p38α の動的機能制御機構の解明 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128347 | |
報告番号 | 甲28347 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1442号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 機能薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 p38αは広く真核生物に保存されたMAPキナーゼの一種であり、様々なストレス刺激に応答して細胞死を誘導する他、LPSなどの炎症性刺激に応答して炎症性サイトカインの産生を促進するなど、多様な生命現象を支配する重要なシグナル伝達分子である。p38αの立体構造はタンパク質キナーゼ間に高度に保存された特徴を保持しており、ATPを結合するNローブと基質リン酸化部位を結合するP+1サイトを有するCローブがヒンジにより連結されている。N,Cローブの間にはリン酸化により活性を制御する活性化ループが配置されている。p38αはMAPキナーゼカスケード上流の特異的なMAPKKにより活性化ループ上のTGYモチーフを二重リン酸化されると、N,Cローブ間がヒンジを中心として閉じた構造を形成できるようになり活性化される。活性化されたp38αはさらに下流の特異的な基質をリン酸化することにより、他のMAPキナーゼカスケードとは独立した経路でのシグナル伝達を達成する。先行報告のp38αと基質MK2の相互作用に注目すると、p38αはMK2全長配列に対して解離定数約2.5nMにて結合する一方、C末端30残基を欠失したMK2に対する解離定数は全長の1,000倍以上であり親和性が顕著に低下する。一方C末端30残基のペプチドに対する解離定数は約20nMと高親和性を保持している。このようにp38αを含めてMAPキナーゼは、MAPKKおよび基質を活性中心とは異なる構造領域で認識することにより結合の特異性と親和性を保障している。この機構はドッキング相互作用と呼ばれる。一方、p38αによる基質リン酸化機構を詳細に理解するためには、ドッキング相互作用に加えて、活性部位であるp38αP+1部位に対して基質リためには、ドッキング相互作用に加えて、活性部位であるp38αP+1部位に対して基質リン酸化部位が結合し、かつATPから基質の被リン酸化残基へのリン酸基転移反応が起こり得る閉構造を形成した機能的複合体が形成される機構、およびその構造状態を解明する必要がある。これまでに報告された唯一のMAPキナーゼー基質複合体構造であるp38α-MK2複合体結晶構造では、MK2はドッキング配列を介してp38αの活性中心から離れた位置に結合している一方、MK2のリン酸化残基Thr222,Ser272およびThr334はp38αのP+1サイトには結合していない。したがって、機能的複合体の形成機構は依然として不明である。この原因は解析に用いられたp38αが閉構造の形成に必要な活性化ループの二重リン酸化を受けていないこと、およびATPが結合していないことであると考えられる。そこで本研究においては、活性化構造を形成しうるリン酸化p38αを解析対象とし、溶液NMR法を駆使してATPおよび基質との相互作用解析を行うことにより機能的複合体形成機構を解明することを目的とした。 【結果】 まずp38αの立体構造に対する活性化ループのリン酸およびATP結合の寄与を解析した。この結果、活性化ループのリン酸化のみではp38αの立体構造の変化は小さく、ATPの結合に伴い初めて構造全体におよぶ変化が誘起された。したがって、ATP結合部位とP+1サイトが近接した閉構造の形成には、活性化ループのリン酸化とATP結合の両方が必要であることが示唆された(Figure 1)。以下では、リン酸化p38αを単にp38αと表記する。 次にp38αの機能的複合体形成要件を解明する目的で、p38αに対して基質MK2の被リン酸化残基Thr334およびC末端ドッキング配列を含む334/Dペプチドの添加実験を行った。この結果、ATPアナログの有無によらずp38αのドッキング相互作用部位に334/Dペプチド添加に伴う化学シフト変化が観測された一方、ATPアナログ結合状態のp38αにのみP+1部位の化学シフト変化が観測された(Figure 2)。したがって、p38αと334/DペプチドはATPアナログの有無によらずドッキング相互作用を介して結合できる一方、基質リン酸化部位がp38αのP+1サイトに対して結合するためには、p38αに対するATPアナログの結合が必要であることが明らかとなった。即ち、p38α-基質-ATPの機能的複合体の形成過程において、ATPアナログの結合と基質リン酸化部位のp38αP+1サイトへの結合の順序がこの順番に厳密に制御されることが初めて見出された。 さらにこの解析過程において、被リン酸化残基を持たずMK2のドッキング配列のみから構成されるDペプチドの結合が、p38αのP+1サイト近傍に対してアロステリックに化学シフト変化を誘起することが見出された(Figure 3)。このことから、ドッキング相互作用がP+1サイトに対してアロステリックに、基質リン酸化部位の結合に適した構造変化を誘起する可能性を想定した。これを含めて、ドッキング相互作用がp38αの機能的複合体の形成に至るATP結合およびp38αP+1サイトに対する基質リン酸化部位の結合を増強するか否か、また機能的複合体中にて進行するリン酸基転移反応を促進するか否かについて網羅的かつ定量的に検証する目的にて、Dペプチドの有無の条件でp38αのATP(アナログ)に対する結合親和性解析、p38αの基質リン酸化部位のみから構成される334ペプチドに対する結合親和性解析、およびp38αの334ペプチドリン酸化活性の解析を行った。この結果、ドッキング相互作用はp38αのATP(アナログ)に対する結合親和性を約10倍に、334ペプチドに対する結合親和性を約2倍に、334ペプチドリン酸化反応における代謝回転率を約1.5倍に増強した(Figure 4,Table 1)。一方、ATPの結合がドッキング相互作用の強さに与える影響を調べる目的で、ATPアナログの有無でp38αのDペプチドに対する結合親和性をITCにて決定し両者を比較した。この結果、ATPアナログの結合に伴いp38αのDペプチドに対する結合親和性は約1.5倍に増強された(Table 2)。 以上の結果から、ATP結合とドッキング相互作用の間には協同性があることが示された。 上記で示されたATP結合とドッキング相互作用の協同性がMK2以外の基質やMAPKKに対しても一般に保持されるか否かを調べる目的で、MEF2A,MKK6,およびMKK3bのドッキングペプチドを用意し、ATPアナログの有無におけるp38αのドッキングペプチドに対する親和性解析、およびドッキングペプチドの有無におけるp38αのATPアナログに対する親和性解析を行った。この結果、ATPアナログの結合に伴いp38αのドッキング配列に対する結合親和性は10-70倍に増強された(Table 2)。また定性的な結果ではあるものの、ドッキングペプチドとの結合に伴いp38αのATPアナログに対する結合親和性は顕著に増強された。データは本論文中に示す。これらの結果より、ATPアナログの結合とドッキング相互作用の協同性が広くMAPキナーゼと相互作用相手分子の間で保持されていることが示唆された。 【結論】 リン酸化p38αを用いたp38α-基質-ATPの機能的複合体形成機構の解析を行った。この結果、機能的複合体はリン酸化p38αに対してまずATPが結合し、次にP+1サイトに対して基質リン酸化部位が結合する過程によって形成されることが明らかとなった。この過程において、基質のドッキング相互作用がp38αに対するATPおよび基質リン酸化部位の結合を増強し、かつリン酸化反応の代謝回転率を増加させることが示された。ドッキング相互作用に伴いp38αのATP結合部位およびP+1サイトにアロステリックな化学シフト変化が誘起されており、ドッキング相互作用に伴う分子内構造変化の伝播が上述のp38αの活性制御に寄与している可能性が強く示唆された。以上の知見は、p38αの機能的複合体の形成要件およびその過程に対するドッキング相互作用の正の寄与を、初めて明確かつ定量的に見出したものである。本知見は、様々なタンパク質が混在する細胞内環境において、MAPキナーゼ経路を介した特異的なシグナルが適切な強度、速度および持続時間で伝達されることにより正しい細胞応答を達成する機構の理解に寄与すると考えられる。 (a)phosphorylatlon-induced change 80μM [ILV] p38,1H-13C HMQC (b)ATP-induced change in p38-2P 70μM [ILV] p38-2P,1H-13C HMQC Figure 1.リン酸化およびATP結合に伴うp38αの1H-13C相関スペクトルの変化 (a)ATP非存在下、リン酸化前(黒)とリン酸化後(青)のスペクトルの重ね合わせ。(b)リン酸化p38αについてATP非存在下(青)とATP存在下(赤)のスペクトルの重ね合わせ。 (a)40μM [ILV] p38,0 mM ATP-analog (b)40μM [ILV] P38,4 mM ATP-analog Figure 2.334/Dペプチド添加に伴うp38αの1H-13C相関スペクトルの変化 (a)ATPアナログ非存在下、(b)ATPアナログ存在下。334/Dペプチド非添加条件を黒、添加条件を青のスペクトルにてそれぞれ示した。ドッキング相互作用部位のI116のシグナルをマゼンタ、P+1部位近傍のI259のシグナルをシアンの四角にて囲った。 Figure 3.I259における特徴的な化学シフト変化 (a)ATPアナログ結合状態のp38aについて、ペプチド非添加条件を黒、334/Dペプチド添加条件を青、Dペプチド添加条件をマゼンタのスペクトルにてそれぞれ示した。シアンの四角で囲ったI259のシグナルを含む領域を(b),(c)に拡大して示し、それぞれペプチド添加前後のシグナルの中心を矢印にてつないだ。 (a)ATP-analog-binding (b)334-peptide-binding (c)Phosphorylation of 334-peptide Figure 3.Dペプチドがp38αに与える影響(a)~(c)それぞれについて、Dペプチド無しを黒、Dペプチド有りをマゼンタにて示した。(a)ATPアナログ濃度に対してATPアナログ非結合状態p38αの存在割合をプロットした。(b)334ペプチド濃度に対してI259のシグナルの化学シフト変化量をプロットした。(c)反応時間に対してリン酸化334ペプチド濃度をプロットした。 Table 1.Dペプチドの有無におけるp38αのATPアナログ親和性、334ペプチド親和性および基質リン酸化活性 Table 2.ATPアナログの有無におけるp38αのドッキングペプチドに対する解離定数[μM] | |
審査要旨 | MAP キナーゼ p38αの動的機能制御機構の解明と題する本論文は、MAP キナーゼの一種である p38α が基質リン酸化を認識する機構に関して、NMR にて解析した成果を述べたものである。本論文は、全 5 章から構成されており、第 1 章に序論、第 2 章に実験材料および実験方法が記されている。第 3 章に実験結果がまとめられ、第 4 章では実験結果に対する考察と今後の展望について述べている。 第 3 章では、まず解析対象とした MAP キナーゼ p38α の活性化に必要なリン酸化を施し、リン酸化および補酵素である ATP の結合が p38α の立体構造に与える影響を解析している。次に、リン酸化 p38α と基質由来ペプチドの相互作用解析を行い、基質リン酸化部位が p38α の活性中心に結合するための条件を同定している。最後に、基質とのドッキング相互作用が p38α の ATP 結合、基質リン酸化部位との結合、および基質へのリン酸基転移反応速度に与える影響を解析している。 MAP キナーゼ p38α は活性中心における基質リン酸化部位との相互作用に加えて、ドッキング相互作用と呼ばれる活性中心から離れた部位を用いた相互作用により基質との特異的な高親和性結合を達成する。これまでに基質のドッキング部位が MAP キナーゼに結合した MAP キナーゼ - 基質複合体構造は報告されている一方、基質リン酸化部位が MAP キナーゼの活性中心に結合した機能的複合体構造は解明されておらず、その構造状態および形成機構は不明であった。この原因は、先行研究では MAP キナーゼが活性に必要な活性化ループ上の二重リン酸化を受けておらず、ATP も結合していない状態を解析対象としている点にある。これに対し、本論文では活性化ループの二重リン酸化を受けた p38α を解析対象とすることにより、機能的複合体の形成機構を解明することに成功していた。まず、MAPKK の一種である MKK6 により p38α をリン酸化し、リン酸化および ATP 結合が p38α の立体構造に与える影響を NMR スペクトルの変化に基づき解析していた。その結果、活性化ループのリン酸化のみでは p38α の立体構造の変化は小さく、ATP の結合に伴い構造全体におよぶ変化が誘起されていた。その結果から、ATP 結合部位と基質リン酸化部位の結合部位 (P+1 サイト) が近接しリン酸基転移反応が起こる閉構造の形成には、活性化ループのリン酸化と ATP 結合の両方が必要であることを示していた。次に p38α と基質の機能的複合体形成要件を解明する目的で、p38α に対して基質MK2 の被リン酸化残基 Thr334 および C 末端ドッキング配列を含む 334/D ペプチドの添加実験をATP アナログ有無の条件で行っていた。その結果、P+1 サイト近傍の Ile229 に由来するシグナルの化学シフト変化が ATP アナログ存在下でのみ観測されたことから、基質リン酸化部位が p38α の P+1 サイトに対して結合し機能的複合体を形成するためには、p38α に対する ATP アナログの結合が必要であることを明らかとしていた。さらにこの解析過程において、被リン酸化残基を持たず MK2 のドッキング配列のみから構成される D ペプドの結合が、p38.の P+1 サイト近傍の Ile259 に由来するシグナルにアロステリックな化学シフト変化を誘起することを見出していた。この点に着目し、最後に、ドッキング相互作用がアロステリックな構造変化を介して p38α の機能的複合体形成に至る ATP 結合および基質リン酸化部位の結合を増強するか否か、また機能的複合体中にて進行するリン酸基転移反応を促進するか否かを、D ペプチドの有無の条件での p38α の ATP (アナログ) に対する結合親和性解析、p38α の基質リン酸化部位のみから構成される 334 ペプチドに対する結合親和性解析、および p38α の 334 ペプチドリン酸化活性の解析を行っていた。この結果、ドッキング相互作用は p38α の ATP (アナログ) に対する結合親和性を約 10 倍に、334 ペプチドに対する結合親和性を約 2 倍に、334 ペプチドリン酸化反応における代謝回転率を約 1.5 倍に増強することによりを明らかとしていた。一方、ATP アナログの結合がドッキング相互作用の強さに与える影響を調べる目的で、ATP アナログの有無での p38α の D ペプチドに対する結合親和性解析を行い、両者を比較していた。この結果、ATP アナログの結合に伴い p38α の D ペプチドに対する結合親和性は約 1.5 倍に増強されていた。さらに、MK2 と比較して p38α との親和性が 100 分の 1 から 1000 分の 1 である MEF2A, MKK6, および MKK3b のドッキングペプチドを用いて同様の解析を行った結果、ATP アナログの結合に伴い p38α のこれらドッキングペプチドに対する結合親和性は 10 -70 倍に増強されていた。それらの結果から、ATP 結合とドッキング相互作用の間には協同性があることを示していた。 第 4 章においては、まず、p38α 活性化状態である閉構造の形成に対する活性化ループの二重リン酸化および ATP 結合の寄与について、2 箇所のリン酸化がこれまで考えられていたように明確な役割分担をするのではなく、閉構造形成に協同的に寄与することを議論している。次に、334/D ペプチドの結合実験から決定した ATP アナログおよび基質リン酸化部位の結合順序の合理性に関して議論している。最後に、ドッキング相互作用による p38α の基質リン酸化反応経路の各段階の促進機構の生物学的な意義を議論している。ドッキング相互作用を持たない非特異的なタンパク質がリン酸化される場合を考えると、p38α に対する ATP 結合、リン酸化部位の結合およびリン酸基転移反応効率が低く抑えられるため、ノイズの発生が抑制され、特異的なシグナル伝達が優先的に達成される機構を提唱している。 本研究では、これまで不明であった MAP キナーゼと基質の機能的複合体の形成機構に対して、リン酸化 p38α を観測対象とした NMR 解析を適用した。その結果、機能的複合体形成に至る ATP および基質の結合順序、および、それらの結合およびリン酸基転移反応からなる基質リン酸化反応の各段階がドッキング相互作用により制御される様式を明らかとし、MAP キナーゼカスケードのシグナル純化機構を提唱している。 以上、本研究の成果は、MAP キナーゼ p38α による基質リン酸化機構に対して新たな知見を加えるものであり、これを行った学位申請者は博士 (薬学) の学位を得るにふさわしいと判断した。 | |
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