学位論文要旨



No 128348
著者(漢字) 豊永,翔
著者(英字)
著者(カナ) トヨナガ,ショウ
標題(和) 電位依存性プロトンチャネルHv1のN-arachidonoylethanolamineによる活性化機構の構造生物noylethanolamineによる活性化機構の構造生物学的解析
標題(洋)
報告番号 128348
報告番号 甲28348
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1443号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 楠原,洋之
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 特任准教授 加藤,大
内容要旨 要旨を表示する

【序】

電位依存性プロトンチャネル(Hv1)は、膜電位依存的なH+透過を担う4回膜貫通型蛋白質である。Na+, K+, およびCa2+に選択的な電位依存性イオンチャネルは、選択的イオン透過を担うポアドメインと膜電位を感受する電位感受性ドメイン(VSD)を有するが、Hv1はポアドメインを有さず、VSD単独で電位感受と選択的H+透過を担う。近年、ヒト精子鞭毛運動の超活性化には、Hv1を介したH+流出に伴う精子細胞内のアルカリ化が必要であり、Hv1の活性化は内因性カンナビノイドの一種であるN-arachidonoylethanolamine (AEA, Fig.1A)がHv1の活性化電位を低下させることによるという機構が提唱された(Lishko P et al. 2010)。このAEAによるHv1の活性化は、AEAを内因性リガンドとするカンナビノイド受容体を介さずに起こることが示されているが、AEAとHv1が直接相互作用するか否かは不明である。

そこで本研究では、溶液NMR法を用いて、AEAとHv1の直接の相互作用を実験的に示し、AEAによるHv1の活性化の分子機構を明らかにすることを目的とした。

【方法・結果】

AEAは脂溶性が高くほぼ100 %の分子が膜中に分配するため、膜蛋白質であるHv1との相互作用解析は脂質二重膜上で行なう必要がある。そこで、当研究室で研究の進んでいるreconstituted high density lipoprotein (rHDL)として脂質二重膜中にHv1とAEAを再構成し、NMRによる相互作用解析に用いることとした。

1. Hv1およびmembrane scaffold protein 1 (MSP1) 調製法の確立

本研究ではマウス由来Hv1(全長269 残基)のうち、N, C 末端の細胞質領域を除くとともに、膜貫通領域に位置するCys103をSerに置換したHv1 (79-225, C103S) を解析に用いた(以下、このタンパク質をHv1と呼ぶ)。大腸菌を用いて発現後、decyl malotoside (DM) を用いて可溶化・精製した。MSP1の調製は先行報告に従い、大腸菌を用いて発現したものを精製して用いた。

2. リポソームを用いた Hv1のH+透過活性の確認、およびHv1-AEA 間相互作用解析

リポソーム内外のイオン濃度差を利用して約60 mVの膜電位を形成させた際のH+の膜透過を、H+感受性蛍光色素であるACMAの蛍光消光により観測した。Hv1を再構成したリポソームは膜電位形成に伴うACMAの消光を示したことから、調製したHv1は電位依存的H+透過活性を保持していることが示された。

次に、このHv1のH+電流に対してAEAが与える影響を評価した。Hv1を再構成したリポソームに対し、AEA 溶液を終濃度100 μMまで添加したところ、AEA濃度依存的にACMAの蛍光消光速度が増大した(Fig.1B)。AEA非添加時には約60 mVの膜電位により約40 %のHv1が活性化状態に移行することが知られている(Sasaki M et al. 2004)が、AEA添加時により速くリポソーム内にH+が流入したことは、約60 mVの膜電位にて活性化状態にあるHv1の割合が増化したことを示しており、AEAによりHv1の活性化電位が低下したことを強く示唆している。一方、AEAのアラキドン酸骨格を不飽和結合を含まないアラキジンサン骨格に置換したN-arachidoylethanolamine (arachidoyl EA, Fig.1A)添加時にはACMAの蛍光消光速度は変化しなかったことから、AEAによるHv1の活性化にはアラキドン酸骨格中の不飽和結合が寄与していることが示された。また、本再構成系はHv1以外の蛋白質を含まないため、AEAはHv1と直接相互作用することが示唆された。

3.Hv1-rHDL調製法の確立と側鎖メチル基のNMRシグナルの帰属

精製後のHv1に対し、DMにて可溶化した MSP1とリン脂質を添加し、DMを除去することで Hv1-rHDLを調製した。調製した Hv1-rHDLはSEC 解析において10 nmのストークス半径に相当する溶出体積に単分散の溶出プロファイルを示したことから、Hv1-rHDLが正しく調製できたと判断した。

Hv1-rHDL のメチルTROSYスペクトルをFig.2に示す。観測対象となるIle, Alaのメチル基のシグナル(計24個)のうち、変異導入により22個のシグナルの帰属を得た。その内、他のシグナルと分離して観測された16個のシグナルを解析対象とした。

4. NMRによるHv1-AEA 間相互作用の構造生物学的解析

DMSO溶液として添加したAEAをHv1-rHDLに再構成できることがNMRを用いて確認できたことから、rHDLの脂質二重膜中にてAEAとHv1の相互作用を部位特異的に解析することを目的として、Hv1-rHDLに対するAEA滴定実験を行なった。

70 μMのHv1-rHDLに対し、2当量(140 μM)、4当量(280 μM)のAEAを添加したところ、いくつかのシグナルに小さいながらもAEA濃度依存的な化学シフト変化が観測された(Fig. 3 A)。4当量のAEA添加時にHv1のシグナルに観測された化学シフト変化量をHv1の残基番号に対してプロットしたところ、化学シフト変化量には部位特異性が見られた(Fig. 3 B)。特に、0.01 ppm より大きな化学シフト変化が観測されたメチル基を有するI101, I102, I150, I154, I168, A206は、Hv1の膜貫通領域の細胞内側に位置していた(Fig. 3 C)。

均一重水素化MSP1とグリセロール基以外のすべての水素が重水素化された1,2-dimyristoyl(d54)-sn-glycero-3-phosphocholine-1,1,2,2-d4-N,N,N-trimethyl-d9 (DMPC-d67)を用いて調製したHv1-rHDLに対しAEAを添加し、AEAのオレフィンプロトン、または7, 10, 13位の1Hの磁化を選択的に飽和し、Hv1の磁化に対する飽和移動実験を行なった。AEA非添加時のコントロール実験に比べて有意なシグナル強度減少の観測されたHv1の残基はHv1のS1とS4の細胞内側と細胞外側に限局されていたことから、Hv1はこの領域を介してAEAと直接相互作用することが明らかとなった。

【考察】

本研究により、AEAとHv1が直接相互作用し、Hv1の活性化電位が低下することが示された。以下に、Hv1とAEAの相互作用に伴うHv1の活性化電位の低下機構を考察する。

先行研究において、AEAは脂質二重膜中において、エタノールアミン基をリン脂質のグリセロール基と同程度の位置に配し、22 A程度の長さを有する伸びた構造にて存在していることが報告されている。したがって、今回の飽和移動の実験において飽和したAEAのオレフィンプロトンの領域は10Å程度の長さを有していると推定できる。

一方で、Hv1上にて飽和移動の観測されたI198とI212はS4ヘリックス上で20Å 以上離れているため、これらの残基はそれぞれ別のAEAからの飽和を受けたことが想定される。したがって、Hv1上に観測された飽和はinner leaflet と outer leafletの2分子のAEAに由来することが示唆された。このことは、Hv1は2分子のAEAと結合することを示唆している

また、AEA添加に伴う化学シフト変化の観測されたHv1の細胞内側の領域にはHv1の静止状態の安定化に寄与するGlu 149とAsp 170、および、S4で電位を感受するアルギニン残基が存在していた。

したがって、AEAがHv1の活性化電位を低下させる機構として、S1とS4に2分子のAEAが結合し、Hv1の静止状態の安定化に寄与する膜貫通領域の細胞内側に構造変化を誘起することでHv1の静止状態を不安定化するという機構を考えた。

【総括】

AEAがHv1の活性化電位を低下させる機構として、S1とS4に2分子のAEAが結合し、Hv1の静止状態の安定化に寄与する膜貫通領域の細胞内側に構造変化を誘起することでHv1の静止状態を不安定化するという機構を提唱した。このようなAEAによるHv1の活性化機構は、精子鞭毛運動の超活性化の制御機構を説明するものである。

従来の構造生物学的解析では、膜蛋白質は界面活性剤により可溶化された状態にて解析されてきたが、このような状態では脂質二重膜中における分子間相互作用を解析することは困難であった。本研究ではrHDLに膜蛋白質と脂質様リガンドをともに再構成することで、脂質二重膜中における分子間相互作用の構造生物学的解析に成功した。本研究にて確立した手法は、脂質二重膜中における膜蛋白質と脂質様リガンドや脂溶性の高い薬剤との相互作用解析に適用可能である。

Fig. 1 ACMAの蛍光消光を用いたリポソーム内へのH+流入の観測

(A) AEAとarachidoyl EAの化学構造。

(B) AEAを20~100 μM添加した際の、AEA濃度依存的な蛍光消光速度の増大。

(C) 100 μMのarachidoyl EAを添加した際の蛍光消光速度

Fig. 2 Hv1-rHDL のメチルTROSYスペクトル

(A) Hv1-rHDLの模式図。Hv1と脂質二重膜をMSP1が取り囲んだディスク状の形状をなす。

(B) Hv1-rHDLのメチルTROSY スペクトル。左はAla βメチル基、右はIleのδ1メチル基

(C) 本研究で解析対象とした16個のシグナルのHv1分子における分布

Fig. 3 Hv1-rHDLに対するAEA滴定実験

(A) Hv1-rHDLに対するAEA添加に伴うNMRスペクトル変化70 μM Hv1-rHDL(青)に対し、2当量のAEA添加時(緑)4等量のAEA添加時(赤)を重ね合わせて示した。0.01 ppmより大きな化学シフト変化を示したシグナルに赤で残基番号を付した。

(B) 4当量のAEA添加時に観測された化学シフト変化量のHv1の残基番号に対するプロット0.01 ppmより大きな化学シフト変化を示したシグナルを赤いbarで記した

(C) 4等量のAEA添加時に0.01 ppmより大きな化学シフト変化を示した残基のHv1のスネークプロットへのマッピング

Fig. 4 Hv1-rHDL のメチル TROSY スペクトル

(A) AEAのオレフィンプロトンの磁化を飽和した時のシグナル強度減少率

(B) AEAの7,10.13位のプロトンの磁化を飽和した時のシグナル強度減少率

左にはAEAの化学構造上のラジオ波照射したプロトンに赤い丸を付した。

赤:AEA添加時のシグナル強度減少率

グレー: AEA非添加時のシグナル強度減少率(ネガティブコントロール)

コントロール実験と比べて有意に大きな強度減少が観測されたシグナルに残基番号を付した。

(C) AEA添加時の飽和移動実験において、AEA非添加時に比べて有意に大きな強度減少が観測された残基のHv1のスネークプロット上へのマッピング

Fig. 5 AEAによるHv1の活性化電位の低下機構

(A) AEAはHv1のS1とS4の細胞内側、細胞外側にそれぞれ1分子ずつ結合する。

(B) AEA添加に伴う化学シフト変化の観測されたHv1の細胞内側の領域には、Hv1の静止状態の安定化に寄与するGlu 149とAsp 170、およびS4で電位を感受するアルギニン残基が存在している。

審査要旨 要旨を表示する

電位依存性プロトンチャネルHvlのN-arachidonoylethanolamineによる活性化機構の構造生物学的解析と題する本論文は、HvlがN-arachidonoylethanolamine(AEA)と直接相互作用し、活性化する機構を溶液NMR法を用いて解析した成果を述べたものである。本論文は全5章から構成されており、第1章に序論、第2章に実験材料および実験方法が記されている。第3章に実験結果がまとめられ、第4章では実験結果に対する考察が述べられ、第5章に実験結果と考察のまとめと今後の展望が総括として述べられている。

第3章においては、まず、解析対象としたHvlの調製法を確立している。次に、調製したHvlの膜電位依存的なH+透過活性を確認するとともに、この膜電位依存的な甘透過に対するAEAやZn2+の影響を解析している。最後に、溶液NMR法を用いてHvl上のAEA結合部位を同定するとともに、AEAとの相互作用に伴うHvl上の構造変化部位を同定している。

Hvlは、膜電位依存的なH+透過を担う4回膜貫通型蛋白質である。近年、ヒト精子鞭毛運動の超活性化には、Hvlを介したH+流出に伴う精子細胞内のアルカリ化が必要であり、このHvlの活性化は内因性カンナビノイドの一種であるAEAがHvlの活性化電位を低下させることによるという機構が提唱されていた。しかしながら、このAEAによるHvlの活性化がAEAとHvlの直接の相互作用によるものであるかは不明であった。これに対し、本論文では、まずHvlの大腸菌を用いた発現法、および界面活性剤を用いた可溶化・精製法を確立し、調製したHvlをリボソームに再構成することで、その電位依存的H+透過活性を確認していた。さらに、このように調製したHvlを用いて、HvlとAEA以外の分子の影響を排除した条件にてHvlの電位依存的H+透過活性に対するAEAの影響を解析できる評価系を構築している。このような評価系を用いた結果、20-100μMのAEAを添加した場合にAEA濃度依存的なHvlのH+透過速度の増大を観測し、HvlとAEAの直接の相互作用の存在を強く示唆する結果を得ていた。以上のような解析の結果を受け、次に、HvlとAEAの相互作用を溶液NMR法を用いて部位特異的に解析している。HvlとAEAが直接相互作用する場合、脂質メディエーターの一種であるAEAとHvlの相互作用は脂質二重膜中で起こることが想定されるため、本論文では、Hvlをreconstituted high density lipoprotein(rHDL)として直径10nm程度の脂質二重膜中に再構成する方法を確立していた。また、rHDLとして再構成されたHvlのような巨大分子複合体ゐNMR解析にメチルTROSY法を適用することを着想し、観測対象となるIle,Alaのメチル基のシグナル(計24個)のうち、変異導入により22個のシグナルの帰属を得た上で、他のシグナルと分離して観測された16個のシグナルを解析対象としていた。調製したHvl-rHDL上のHvlの立体構造の妥当性に関しては、Hvl-rHDLに対してZn2+を滴定した際のHvlのNMRスペクトル変化と、リボソームに再構成されたHvlのZn2+による阻害実験の結果が対応していたことから、rHDL中のHvlがリポソーム上と同様に適切な構造を保持していることを確認している。次に、Hvl-rHDLに対してAEAを滴定したところ、I101,I102,I150,I154,1168,A206のNMRシグナルが化学シフト変化を示していた。さらに、Hvl上のAEA結合部位を同定することを目的として、Hvl-rHDLに対しAEAを添加した上で、AEAの1Hの磁化を選択的に飽和した際のHvlの1Hの磁化に対する飽和移動を観測していた。AEA非添加時のコントロール実験に比べて有意なシグナル強度減少の観測されたHvl上の残基は、HvlのS1とS4の細胞内側と細胞外側に限局されていたことから、Hvlはこの領域を介してAEAと直接相互作用することが示されていた。

第4章では、第3章にて得られた結果から、AEAによるHvlの活性化機構を議論している。AEAを添加した際にHvl上で化学シフト変化を示した残基は、膜貫通領域の細胞内側に位置し、Hvlの静止状憩の安定化に寄与することが報告されている残基の近傍に位置していたことから、Hvlに対してAEAが直接結合し、Hvlの静止状態が不安定化されることが示唆された。また、AEAは脂質二重膜中において、エタノールアミン基をリン脂質のグリセロール基と同程度の位置に配し、22A程度の長さを有する伸びた構造にて存在していることが報告されている。したがって、飽和移動の実験において飽和したAEAのオレフィンプロトンの領域は10A程度の長さを有していると推定できる。一方で、Hvl上にて飽和移動の観測されたI198とI212はS4ヘリックス上で20A以上離れているため、これらの残基はそれぞれ別のAEAからの飽和を受けたことが想定される。したがって、Hvl上に観測された飽和はinner leafletとouter leafletの2分子のAEAに由来することが示唆された。このことは、Hvlは2分子のAEAと結合することを示唆している。

第5章では、以上の結果と考察を総括し、AEAがHvlの活性化電位を低下させる機構として、S1とS4に2分子のAEAが結合し、Hv1の静止状態の安定化に寄与する膜貫通領域の細胞内側に構造変化を誘起することでHvlの静止状態を不安定化するという機構を提唱している。

従来の構造生物学的解析では、膜蛋白質は界面活性剤により可溶化された状態にて解析されてきたが、このような状態では脂質二重膜中における分子間相互作用を解析することは困難であった。本研究ではrHDLに膜蛋白質と脂質様リガンドをともに再構成することでぐ脂質二重膜中における分子間相互作用の構造生物学的解析に成功した上で、AEAによるHvlの活性化機構を提唱している。

以上、本研究の成果は、AEAによるHvlの活性化機構を構造生物学的に説明することで、精子鞭毛運動の超活性化機構に関して新たな知見を加えるものであり、これを行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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