学位論文要旨



No 128351
著者(漢字) 堀,裕次
著者(英字)
著者(カナ) ホリ,ユウジ
標題(和) G 蛋白質Arl13b の繊毛局在化におけるパルミトイル化修飾の役割
標題(洋)
報告番号 128351
報告番号 甲28351
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1446号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 池谷,裕二
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

繊毛は、細胞膜から突出した細胞小器官であり、脊椎動物の多くの細胞に存在するが、その機能は長らく不明であり、これまでは"無用の長物"と考えられてきた。しかし近年、繊毛の形成・機能異常が、嚢胞腎、Bardet-Biedl 症候群、Joubert 症候群などの疾患の原因であることが明らかとなり、その生理機能が一躍脚光を浴びるようになった。現在、繊毛は細胞外環境を感知して細胞内にシグナルを伝達するアンテナとしての役割を担っており、チャネルや受容体などのシグナル伝達分子が繊毛に密集して存在していることが明らかとなっている。しかし、繊毛局在性の膜タンパク質がどのようにして繊毛内に輸送され要な配列 CTS: Cilia Targeting Signal) がいくつか発見されてきた。繊毛の根元部分には繊毛の膜と図1. 繊毛への蛋白質局在化機構とArl13b の一次構造細胞膜を隔てるバリア構造が存在しており、膜蛋白質の繊毛内への進入は厳密に制御されていると考えられることから、これらのCTS を介した繊毛特異的な膜輸送系の存在が期待される。しかしながら、CTS を介した輸送機構、特にCTS が細胞内のどこでどのように選別されているかについてはほとんど明らかとなっていなかった。

繊毛局在性Arf/Arl ファミリーG タンパク質Arl13b は、一次繊毛の形成や機能に重要であることが知られているG タンパク質であり、最近、繊毛性疾患の一つであるJoubert 症候群の原因遺伝子であることが報告された。Arl13b の機能発現には、Arl13b が繊毛に局在することが重要であるが、Arl13b の繊毛への局在化機構については全く未解明であった。私は以前に、各種欠失変異体および点変異体を用いた解析から、Arl13b の繊毛への局在にはN 末端の パルミトイル化修飾が必要であることを報告した(図1b)。しかしパルミトイル化がArl13b の繊毛への局在にどのような役割を果たしているかについては不明であった。

本研究では、Arl13b のパルミトイル化修飾に着目することによって、Arl13b の繊毛局在化機構の解明を目指した。その結果、Arl13b がゴルジ体に局在する酵素によってパルミトイル化修飾を受け、ゴルジ体を経由して繊毛に輸送されることを見いだした。またArl13b がCTS の一つであるRVxP モチーフを有することを見出し、ゴルジ体でパルミトイル化修飾されることが、RVxPモチーフの認識および選別に重要な役割を果たしている可能性を見出したので以下に報告する。

【方法と結果】

1. Arl13b の繊毛局在性におけるパルミトイル化修飾の重要性の検討

Arl13b が属するArf/Arl ファミリーG タンパク質は一般にN末端にミリストイル化修飾を受けて脂質膜にアンカーされる。そこで私はArl13b の脂質修飾をミリストイル化にした際の繊毛局在への影響を検討するため、Arl13b のArf 相同領域を、ミリストイル化修飾を受けるArf ファミリー分子であるArf6に置換したキメラ蛋白質を作製し局在を検討した。その結果、キメラ蛋白質はArf6 が本来局在する細胞膜に局在し、繊毛への局在は観察されなかった(図2)。次にこのキメラ蛋白質のミリストイル化される部位をArl13b のパルミトイル化修飾を受ける配列に置換したキメラ蛋白質を作製したところ、この蛋白質は繊毛に局在した。この結果は、Arl13b のパルミトイル化修飾が単に脂質膜にアンカーするだけではなく、ミリストイル化では代替できない何らかの役割を担っている可能性が考えられた。

2. ゴルジ体に局在する酵素群によってArl13b はパルミトイル化修飾を受ける

次に私は、細胞内のどこでArl13b がパルミトイル化されるのかを明らかにするために、Arl13bのパルミトイル化修飾酵素の探索を行った。近年の研究から、細胞内における蛋白質のパルミトイル化は主にDHHCパルミトイル化修飾酵素ファミリーにより担われていることが知られている。HEK293T 細胞に全23 種類のDHHC パルミトイル化修飾酵素とArl13bれらの結果により、Arl13b はゴルジ体に局在する酵素群によってパルミトイル化修飾を受けることが示唆された。

3. Arl13b はゴルジ体を経由して繊毛に輸送される

Arl13b がゴルジ体に局在する酵素群によってパルミトイル化修飾を受ける可能性が考えられたことから、Arl13b が実際にゴルジ体を経由して繊毛に輸送されるかを検討した。まず、生合成後のArl13b の細胞内局在を経時的に観察する目的で、ドキシサイクリン依存的にArl13b-GFP を発現するIMCD3 細胞を確立した。一般的に培養温度を19℃ にすると、ゴルジ体からの物質輸送が阻害されることが知られている。そこで前述のIMCD 細胞にドキシサイクリン添加してArl13b を発現させた後、37℃ または19 ℃で細胞を培養した際のArl13b の細胞内局在を観察した。その結果、37 ℃ ではArl13b は繊毛に局在したが、19℃ ではArl13b がゴルジ体に蓄積する様子が観察された(図4 上)。この結果からArl13b がゴルジ体を経由した後に、小胞輸送により繊毛に運ばれていることが示唆された。

4. Arl13b の繊毛への局在にはRVxP モチーフが必要である

ではなぜゴルジ体を経由する必要があるのであろうか。ここで私はArl13b のC 末端側の領域に着目した。私は以前に、Arl13b の繊毛への局在にC 末端側の領域も必要であることを報告していた。そこでArl13b の各種欠失変異体を作製して、繊毛局在に必要なC 末端側の領域の絞り込みを行った結果、Arl13b がRVxP モチーフを有することを見出した(図1b)。RVxP モチーフは、繊毛局在性カルシウムチャネルであるPKD2 において同定されたCTS である。RVxP モチーフをアラニン置換したRVEP/AAEA 変異体が繊毛に局在せず、細胞膜に局在したことから、Arl13b のRVxP モチーフがCTS として機能することが明らかとなった。

5. RVxP モチーフの選別はゴルジ体以降の過程で起こる

RVEP/AAEA 変異体が細胞膜に局在したことから、私は次にRVEP/AAEA 変異体がゴルジ体を経由するかどうかを野生型の際と同様の方法で調べた。その結果、RVEP/AAEA 変異体もゴルジ体からの小胞輸送を阻害した際に、ゴルジ体に蓄積する様子が観察された(図4 下)。したがってRVEP/AAEA 変異体では、ゴルジ体までは野生型と同様に局在するものの、ゴルジ体から先において、挙動が異なっていることが示唆された。このことは、RVxP モチーフの選別がゴルジ体以降の過程で起きていることを示唆していると考えられた。

6. Arl13b の繊毛への局在にはArf4 およびRab8Aが関与している

さらに私はArl13b のゴルジ体から繊毛への輸送過程にどのような因子が関わっているか探る目的で、これまでにゴルジ体から繊毛への輸送過程に関与していることが明らかになっているGMAP210, Arf4 および Rab8Aを発現抑制した際にArl13b の繊毛への局在に影響が出るかどうか検討した。その結果、Arf4 および Rab8Aの発現抑制によりArl13b の繊毛への局在が減弱したことから、Arl13b がArf4 およびRab8A による小胞輸送によってゴルジ体から繊毛へと運ばれることが示唆された。RVxP モチーフが繊毛への局在に必要であることを考え合わせると、この結果はRVxP モチーフの認識および選別がゴルジ体で起こっている可能性を示唆していると考えられた。

7. ゴルジ体に局在するDHHC7 にRVxP モチーフを付加すると繊毛への局在能を獲得する

RVxP モチーフの認識および選別がゴルジ体で起きている可能性をさらに検証するため、ゴルジ体に局在するDHHC7 にArl13b のRVxP モチーフを含む領域を付加したキメラ蛋白質を作製して局在を観察した(図5)。その結果、キメラ蛋白質はゴルジ体に加えて繊毛にも局在する様子が観察された。前項の結果と合わせると、ゴルジ体においてRVxP モチーフが選別されている可能性が示唆された。

【まとめと考察】

本研究において私は、Arl13b の繊毛への局在に必要な領域を同定し、細胞質で合成されたArl13b がゴルジ体に局在する酵素群によってパルミトイル化を受けてゴルジ膜に係留され、ゴルジ体においてRVxP モチーフが認識および選別されて、Arf4, Rab8A 依存的な小胞輸送によって繊毛へと運ばれることを見出した。これらの結果から、Arl13b のRVxP モチーフの認識過程において、パルミトイル化がArl13b を認識場所へと導く役割を担っていることが示唆された。これまでRVxP モチーフを始めとするCTS が、細胞内のどこでどのように認識および選別されるかについてはあまりよくわかっていなかった。今回のようにパルミトイル化がCTS の認識および選別に重要な役割を示すという報告は、本研究が初めてである。今後、RVxP モチーフを認識する因子の同定や、ゴルジ体から先の輸送機構のより詳細な解析を通じて、繊毛への膜蛋白質局在化機構のさらなる分子メカニズムの解明が期待される。

図1. 繊毛への蛋白質局在化機構とArl13b の一次構造

図2. キメラ蛋白質の一次構造と細胞内局在

図3. パルミトイル化酵素の探索結果

図4. ゴルジ体からの輸送を阻害するとArl13b はゴルジ体に蓄積する(19℃丸枠内)

図5. Arl13 の繊毛への局在にはArf4 およびRab8A が関与している

図6. ゴルジ体に局在するDHHC7 にArl13b C 末端部位を付加すると繊毛局在能を獲得する

図7. Arl13b の繊毛局在化のモデル

審査要旨 要旨を表示する

繊毛は細胞膜から突出した特徴的な構造体で、様々な疾患の原因となる重要な細胞内小器官である。生体内において繊毛は、細胞外環境を感知して細胞内にシグナルを伝達するアンテナとしての役割を担っており、チャネルや受容体などが繊毛に密集して存在していることが明らかとなっている。しかし、繊毛局在性の膜タンパク質がどのようにして繊毛内に輸送されるかに関しては未解明な点が多く残されていた。「G蛋白質Arl13bの繊毛局在化におけるパルミトイル化修飾の役割」と題した本論文においては、G蛋白質Ar113bの繊毛特異的な局在にパルミトイル化修飾とRVxPモチーフと呼ばれる4アミノ酸からなるモチーフが必要である点に着目し、パルミトイル化修飾を介したゴルジ膜への係留が、RVxPモチーフが認識されて繊毛へと輸送されるために重要であることを見出している。

1.Arl13bはゴルジ体に局在する酵素群によってパルミトイル化される

細胞内でのパルミトイル化を担うDHHCファミリーパルミトイル化酵素は、現在までに23種類存在することが知られており、様々な細胞内オルガネラに局在する。Arl13bのパルミトイル化が細胞内のどこで起きるかを調べる目的で、Arl13bのパルミトイル化酵素の探索を行った。その結果、DHHC3、7、15、21がArl13bのパルミトイル化酵素である可能性を見出した。次にこれらの酵素の細胞内局在を観察した結果、どの酵素もゴルジ体に局在することを見出した。したがってArl13bがゴルジ体でパルミトイル化されることが示唆された。

2.Arl13bはゴルジ体を経由して繊毛に輸送される

Arl13bが実際にゴルジ体を経由して繊毛に輸送されるかを検討した。まず、生合成後のArl13bの細胞内局在を経時的に観察する目的で、ドキシサイクリン依存的にArl13b-GFPを発現する細胞株を樹立した。過去の報告から、細胞培養温度を19℃にすると、ゴルジ体からの物質輸送が阻害されることが知られていた。そこで前述の細胞株にドキシサイクリン添加してArl13bを発現させた後、37℃または19℃で細胞を培養した際のArl13bの細胞内局在を観察した。その結果、37℃ではArl13bは繊毛に局在したが、19℃ではArl13bがゴルジ体に蓄積する様子が観察された。この結果から、Arl13bはゴルジ体を経由した後に、小胞輸送により繊毛に運ばれていることが示唆された。

3.RVxPモチーフの選別はゴルジ体以降の過程で起こる

RVxPモチーフをアラニン置換したRVEP/AAEA変異体は繊毛に局在せず、細胞膜に局在する。そこでRVEP/AAEA変異体がゴルジ体を経由するかどうかを野生型の際と同様の方法で調べた.その結果、RVEP/AAEA変異体もゴルジ体からの小胞輸送を阻害した際に、ゴルジ体に蓄積する様子が観察された。したがってRVEP/AAEA変異体では、ゴルジ体までは野生型と同様に局在するものの、ゴルジ体から先において、挙動が異なっていることが示唆された。このことは、RVxPモチーフの選別がゴルジ体以降の過程で起きていることを示唆していると考えられた。

4.Arl13bの繊毛への局在はArf4,Rab8A依存的である

次にArl13bのゴルジ体から繊毛への輸送過程にどのような因子が関わっているか探る目的で、これまでにゴルジ体から繊毛への輸送過程に関与していることが明らかになっているGMAP210、Arf4およびRab8Aを発現抑制した際にArl13bの繊毛への局在に影響が出るかどうか検討した。その結果、Arf4およびRab8Aの発現抑制によりArl13bの繊毛への局在が減弱したことから、Arl13bがArf4およびRab8Aによる小胞輸送によってゴルジ体から繊毛へと運ばれることが示唆された。RVxPモチーフが繊毛への局在に必要であることを考え合わせると、この結果はRVxPモチーフの認識および選別がゴルジ体で起こっている可能性を示唆していると考えられた。

5.ゴルジ膜局在化DHHC7にRVxPモチーフを付加すると繊毛局在能を獲得する

RVxPモチーフの認識および選別がゴルジ体で起きている可能性をさらに検証するため、パルミトイル化を受けてゴルジ膜に局在するDHHC7にArl13bのRVxPモチーフを含む領域を付加したキメラ蛋白質を作製して局在を観察した。その結果、キメラ蛋白質はゴルジ体への局在に加えて一部繊毛にも局在する様子が観察された。前項の結果と合わせると、ゴルジ体においてRVxPモチーフが選別されている可能性が示唆された。

本論文から、細胞質で合成されたG蛋白質Arl13bがゴルジ体に局在する酵素群によってパルミトイル化を受けてゴルジ膜に係留され、このパルミトイル化依存的なゴルジ膜への係留が、RVxPモチーフの認識とそれに付随する繊毛への小胞輸送に重要であることが明らかとなった。これまでRVxPモチーフをはじめとするCilia TargetingSignal(CTS)が、細胞内のどこでどのように認識・選別されるかについては不明な点が多く残されていた。本論文のように、パルミトイル化がCTSの認識・選別に重要な役割を示すという報告は初めてである。また、Arl13bはジュベール症候群と呼ばれる遺伝性疾患の原因遺伝子産物である。本論文によるこれらの重要な知見は、繊毛局在性の分子機構に加えて、ジュベール症候群の発症メカニズムの理解やそれに基づく創薬への応用へと繋がる可能性も含んでおり、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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