No | 128352 | |
著者(漢字) | 堀江,亮 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ホリエ,リョウ | |
標題(和) | 医薬品探索系としてのカイコの利用 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128352 | |
報告番号 | 甲28352 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1447号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 機能薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <序論> これまでの医薬品候補化合物の探索においては、試験管内での生理活性を指標とした探索の後に、マウスなどの哺乳類モデル動物を用いて治療効果を検討する方法がとられてきた。しかしながら、試験管内で活性を示す候補化合物のほとんどは体内動態や毒性の問題があるために治療効果を示さない。よって、治療効果を指標にした評価必要であるが、多数の哺乳類を犠牲にすることに対して、コストばかりでなく動物愛護の観点から問題があるとされている。この点を解決するためには、無脊椎動物による評価系の確立が有効であると考えられ、線虫やショウジョウバエの利用が提案されている。しかしながら、これらのモデル動物は個体のサイズが小さく定量的な化合物の投与が難しい。そこで、私が所属する研究グループでは医薬品の開発において、哺乳類での評価の前にカイコを用いた評価を行うことを提案してきた。カイコは比較的大型の昆虫であることから、血液内及び腸管内への正確な量の試料の注射や、血液の採取が容易である。さらに、薬物動態に関与する腸管などの臓器を取り出して試験管内での評価系を構築することも可能である。これまでに当研究室において、カイコ感染症モデルや糖尿病モデルなどの病態モデルが確立されてきた。また、感染症モデル用いた治療効果を指標としたスクリーニングにより、マウス感染モデルにおいても治療効果を示す新規抗生物質カイコシンの発見に成功している。 カイコが医薬品の評価系として有用であるかを明らかにするためには、薬物の治療効果を反映する体内動態を評価することが必要である。この考えのもと、私はカイコにおける薬物動態について研究を行ってきた。薬物動態に大きく影響を与える要因として代謝が挙げられるが、カイコを含めた無脊椎動物における薬物代謝について系統的に検討した研究例は無い。本研究ではまず、薬物の代謝において重要な役割を果たすシトクロームP450 による反応について解析を行った。さらに、ヒトとカイコの代謝反応の差異を埋める方法としてヒトシトクロームP450 トランスジェニックカイコの作出が有効か否かについて検討を行った。また、私はカイコの血液中で安定な化合物は哺乳類の血液中でも安定であると予想し、それを利用した良好な体内動態を示す化合物の探索方法の確立を試みた。 <方法と結果> カイコにおけるシトクロームP450 反応 私はシトクロームP450 代謝反応のモデル薬物として汎用される7-ethoxycoumarin がカイコ体内で脱エチル化され、グルコース抱合を受けた後に排泄されることを明らかにしている(3)。さらに私は、カイコでは腸管において7-ethoxycoumarin が脱エチル化されることを報告している。カイコを薬物の治療効果評価系をして用いるうえで、哺乳類とシトクロームP450代謝反応を比較することは重要である。そこで、哺乳類でシトクロームP450 により代謝される化合物がカイコにおいても代謝を受けるか検討した。カイコ摘出腸管を用いたin vitro での器官培養系においてカフェインを除く13 の基質が代謝を受けた(Figure 1A)。さらに、これらの基質の中でシトクロームP450 によって代謝を受けると発光する化合物であるLuciferin-ME はカイコ腸管ミクロソーム画分を用いたin vitro 再構成系においても代謝を受けた(Figure 1B)。以上の結果はカイコにも哺乳類と同様に複数種のシトクロームP450 による薬物の代謝系が存在することを示唆している。 ヒトシトクロームP450 トランスジェニックカイコの作出 カイコを哺乳類における評価の前段階のスクリーニング系として用いる上で、ヒト型代謝酵素を有するカイコの作出は有用であると考えられる。上で述べたように、カイコにおいては哺乳類とは異なり、カフェインの代謝が見られない。そこで私は、カフェインを代謝するヒトのシトクロームP450 1A2 の遺伝子を導入したトランスジェニックカイコを作出し、カフェインの代謝能を獲得させることができるか検討を試みた。まず初めに、ヒトのシトクロームP450 1A2のトランスジェニックカイコ系統を樹立した。ウエスタンブロット解析により、トランスジェニックカイコでは、ヒトシトクロームP450 1A2 タンパク質の発現が検出された。このヒトシトクロームP450 1A2 発現カイコにおいてはカイコ血中におけるカフェインの消失が見られた(Figure 2)。また通常カイコで見られる高濃度のカフェイン投与によって引き起こされる体重増加の抑制が打ち消された(Figure 3)。以上の結果はトランスジェニックカイコにおいて、ヒトシトクロームP450 1A2 タンパク質が発現し、カフェインが代謝されるようになったことを示唆している。 体内動態が良好な化合物のスクリーニング方法の確立 セイヒの抽出物をカイコの腸管に注射し、経時間的に血液を採取し、HPLCによって分析した。その結果、セイヒ由来の腸管から吸収され、血液中に安定に存在する3種類の化合物が検出された。これらの化合物をそれぞれ精製し、構造を決定したところ、いずれもフラボノイド骨格を有する化合物であることが判った(Figure 3)。これらの化合物のカイコ血中半減期はいずれも18 時間以上であった。また、これらの化合物は哺乳類の体内でも安定であることがすでに報告されていた。以上の結果は、カイコ体内での安定性を指標にして哺乳類の体内においても安定な化合物を探索できることを示唆している(2)。 <まとめと考察> 私は本研究でカイコはヒトと同様にシトクロームP450 による第1相の代謝反応及び、抱合反応による第2 相の代謝反応を有していることを明らかにした。さらに私は、ヒトのシトクロームP450 の基質の多くがカイコにおいても代謝を受けることを明らかにした。ヒトと同様の機構の代謝反応を有することは、カイコを用いたモデルが薬物の治療効果を評価する系として有用であることを示唆している。また、本研究で確立したカイコ血液中における安定性を指標とした化合物の探索方法により、哺乳類血液中で安定な化合物のライブラリーを構築することが可能になると考えられる。このライブラリーは治療効果を有する薬物の探索に有用であろう。さらに、本研究で初めて作出したヒト代謝酵素のトランスジェニックカイコは、哺乳類とカイコの薬物代謝能の差異を埋める手段として有効であると期待される。さらに、様々なヒト代謝酵素のトランスジェニックカイコを作出すれば、「ヒト型カイコ」として、哺乳類における薬効評価の前段階の探索系としてより有効なものとなると考えられる。 Figure 1 カイコ腸管におけるシトクロームP450の代謝反応 Figure 2 hCYP450 1A2トランスジェニックカイコと野生型カイコにおける血中におけるカフェインの濃度推移の比較 Figure 3 hCYP450 1A2 トランスジェニックカイコにおけるカフェイン投与による体重増加抑制効果の消失 Figure 4 得られたフラボノイド骨格の化合物の構造 | |
審査要旨 | 本論文はカイコを薬物の評価系としての利用における有効性に関する論文である。申請者はカイコにおける薬物動態の研究を行い、本論文でカイコが薬物の評価系として薬物動態を反映した系であることについて述べている。 第1章の序論では研究の背景が述べられている。これまでの医薬品開発において試験管内における活性の評価では多くの候補化合物がマウスはどの哺乳類のモデル動物において治療効果を示さないという問題が提示されている。この解決には個体を用いた探索が重要であると考えられるが、多数の哺乳類の使用が困難である。そこで、より簡便に使用できるモデル動物をしてカイコが提案されている。堀江のこれまでの研究として、カイコにおける抗生物質の濃度推移から分布容積がカイコと哺乳類で一致することや、ヒトにおいて見られる抱合反応と呼ばれる代謝反応がカイコにも存在することを明らかにしたことが示されている。また、本論文においては代謝に大きな影響を与えるシトクロームP450による代謝反応を研究の対象とすることが示されている。 第2章で申請者は、カイコとヒトにおけるシトクロームP450の代謝反応の共通性を検証している。その結果、ヒトにおけるシトクロームP450の基質のうちカフェインを除く13の基質がカイコ腸管において代謝を受けることを明らかにした。さらにこれらの基質はカイコ腸管ミクロソーム画分を用いたin vitro反応系においても代謝を受けることを明らかにした。以上の結果から、カイコにも哺乳類と同様に多様なシトクロームP450による薬物の代謝系が存在することが示されている。 第3章で申請者はトランスジェニックカイコの作出によりカイコとヒトの代謝能の差を埋めることが可能であるかを検証している。堀江はカイコ体内で代謝を受けないカフェインの代謝を担うヒトのシトクロームP450 1A2の遺伝子を導入したトランスジェニックカイコを作出した。このカイコでは、ヒトシトクロームP450 1A2タンパク質の発現が確認され、血中からのカフェインの消失も観察された。さらに、野生型カイコで観察されるカフェイン投与によって引き起こされる体重増加の抑制が、ヒトシトクロームP450 1A2打ち消された。以上の結果は、ヒトシトクロームP450 1A2トランスジェニックカイコにおいて、ヒトシトクロームP450 1A2タンパク質が発現し、カフェインが代謝されるようになったことを示唆している。 第4章では、申請者はカイコにおいてどのようなシトクロームP450遺伝子が発現しているかについて検証を行っている。その結果、複数のシトクロームP450遺伝子が発現していることが示されている。相同性の検討から、特定のファミリーに属する遺伝子だけでなく複数のファミリーに属する遺伝子が発現していた。以上の結果から、カイコにおいてもヒトと同様に多様な分子種のシトクロームP450が代謝に関わっていることが推測されている。 第5章で申請者はこれまでの研究からカイコと哺乳類の化合物の体内動態には共通する部分を見いだした。よって、カイコの血液内で安定な化合物は哺乳類の血液内においても安定であると予想した。そこで、カイコにおいて血液内に安定する化合物を探索することで、哺乳類の血液中において安定な化合物を探索できるのではないかと考え、この仮説を検証するために化合物の探索を試みた。堀江はセイヒ由来のカイコ血液中に安定に存在する3種類の化合物(ノビレチン、ヘプタメトキシフラボン、タンジェレチン)を同定した。これらの化合物は哺乳類の体内でも安定であることがすでに報告されていた。以上の結果から、カイコ体内での安定性を指標にして哺乳類の体内においても安定な化合物を探索できることが示されている。 以上の結果から申請者はカイコにおいてはヒトと同様の代謝ヒトと同様の機構の代謝反応を有すること、カイコを用いたモデルが薬物の治療効果を評価する系として有用であることを示している。また、本研究で確立したカイコ血液中における安定性を指標とした化合物の探索方法により、哺乳類血液中で安定な化合物のライブラリーを構築することが可能であることが提案されている。さらに、本研究で初めて作出したヒト代謝酵素のトランスジェニックカイコは、哺乳類とカイコの薬物代謝能の差異を埋める手段として有効であることを示している。よって申請者は、博士(薬学)の学位を受けるに十分な資格を有すると判定した。 | |
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