学位論文要旨



No 128354
著者(漢字) 宮﨑,真也
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,シンヤ
標題(和) 糖尿病宿主に対する黄色ブドウ球菌の病原性発現機構の解明
標題(洋)
報告番号 128354
報告番号 甲28354
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1449号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 特任教授 磯貝,隆夫
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 特任准教授 早川,芳弘
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

糖尿病は慢性的な高血糖を主な特徴とする代謝性疾患である。糖尿病患者はヒトの常在菌である黄色ブドウ球菌を含む様々な細菌による感染症に罹患しやすくなる。糖尿病患者において細菌感染症により足部の壊疽や敗血症が重篤化するため、糖尿病患者の細菌感染症の克服は臨床上、重要な課題となっている。しかしながら、細菌が糖尿病宿主に感染する分子メカニズムについては不明な点が多く残されている。細菌が糖尿病状態の宿主に感染する機構を明らかにすることは、糖尿病患者の感染症の治療法や予防法の確立に貢献することが期待される。これまでに、私が所属する研究室では、無脊椎動物であるカイコを用いて、黄色ブドウ球菌、緑膿菌などの病原性細菌の感染モデルが確立されている。またグルコースを多量に含む高カロリー餌の摂食により、カイコが高血糖になるカイコ高血糖モデルも確立されている。本研究において、私はカイコ感染モデルとカイコ高血糖モデルを組み合わせた高血糖カイコ感染モデルを確立し、これを用いて高血糖宿主に対する病原性に必要な黄色ブドウ球菌の遺伝子の同定と分子機構の解析を行った。

【結果と考察】

1. 高血糖カイコ感染モデルの確立

高血糖カイコが、糖尿病患者の感染症の原因となる病原性細菌による感染に感受性であるかを検討した。その結果、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、サルモネラ、リステリアの投与により高血糖カイコの半数が死亡するまでに有する時間は通常カイコより短いことが判明した (図1A-D)。また、これらの菌が高血糖カイコの半数を殺傷するために必要な菌数 (LD50) はいずれも通常カイコより低下していた (図1E)。さらに、高血糖カイコは黄色ブドウ球菌の種々の臨床分離株 (MSSA :Methicillin-sensitive Staphylococcusaureus, MRSA : Methicillin-resistantStaphylococcus aureus) による感染に対しても感受性であった (図1F)。これらの結果は、高血糖カイコが様々な種類の病原性細菌による感染に対して、通常カイコより感受性であることを示唆している。

2. 高血糖カイコに対する病原性に必要な黄色ブドウ球菌の遺伝子の同定

次に私は黄色ブドウ球菌の遺伝子欠損株ライブラリー200 株を用いたスクリーニングにより、糖尿病宿主に対する病原性に必要な遺伝子の同定を試みた。菌体細胞へのヘム取り込みに関与するiron-regulated surface determinant A (isdA)、細胞内シグナル伝達分子であるcyclic-di-GMP の生合成に関与するドメインを有しているGGDEF domain containingprotein from Staphylococci (gdpS) に加えて、機能が未知の遺伝子11 個が候補として挙げられた。私はこれらの黄色ブドウ球菌の機能未知遺伝子をdiabetic state dependentvirulence factor in silkworm (ddv) A~K 遺伝子と命名した。候補遺伝子のうち、isdA, gdpS, ddvA に着目して、さらなる解析を行った。これらの遺伝子を欠損した株の高血糖カイコに対するLD50 は野生株に比べて上昇していたが、通常カイコに対するLD50 は野生株と同程度であった (図2)。さらにgdpS 遺伝子、ddvA 遺伝子を導入することにより、gdpS 欠損株、ddvA 欠損株の高血糖カイコに対する病原性の低下は相補された。以上の結果は、isdA 遺伝子、gdpS 遺伝子、ddvA 遺伝子が高血糖カイコに対する病原性に必要であるが、通常カイコに対する病原性には必要でないことを示唆している。

3. 糖尿病マウスに対する病原性に必要な黄色ブドウ球菌の遺伝子の同定

次に私はisdA 遺伝子、gdpS 遺伝子及びddvA 遺伝子が黄色ブドウ球菌の糖尿病マウスに対する病原性に必要であるかを検討した。その結果、isdA 欠損株、gdpS 欠損株及びddvA欠損株は糖尿病マウスに対する殺傷能が低下していることが判った (図3)。

4. 糖尿病宿主に対する病原性発現における細菌のIsd システムの役割

糖尿病状態により生じる宿主の変化に応答して作動する病原性発現システムを明らかにするために、私はisdA 遺伝子に着目して解析した。IsdA は、黄色ブドウ球菌の細胞壁に存在するタンパク質であり、菌体外から菌の細胞膜近辺までのヘムの輸送に関与することが報告されている。ヘムの輸送は、IsdB, IsdC, IsdH といったIsd タンパク質から構成されるIsd システムによってなされる。またSortase A (SrtA) はIsd タンパク質を細胞壁に移行させる。IsdB, IsdC, IsdH, SrtA をそれぞれ欠損する黄色ブドウ球菌の高血糖カイコに対するLD50 は上昇していたが、通常カイコに対するLD50 は野生株と同程度であった (図4AB)。加えて、高血糖カイコ感染時に黄色ブドウ球菌のIsd システムの発現が誘導されていた (図4C)。さらにisdA 欠損株における高血糖カイコ殺傷能の低下は、カイコ血液中へのヘム (PPIX-Fe) の供給により抑圧された(図4D)。ヘムの利用に関わるヘムトランスポーターであるHeme transport system (HtsA)ならびにヘムの認識に関わる細胞膜受容体であるHemesensing system S (HssS) の欠損株も高血糖カイコに対する殺傷能が低下していた (図4A)。以上の結果はIsd システムによるヘムの利用が黄色ブドウ球菌の糖尿病宿主に対する病原性の発現に必要であることを示唆している。

【結論】

本研究において、私は初めて高血糖カイコ感染モデルを確立した。さらに、この系を用いて糖尿病宿主に対する病原性に必要な細菌の遺伝子としてisdA 遺伝子、gdpS 遺伝子及びddvA 遺伝子を同定した。加えてIsd システムを介したヘムの利用が黄色ブドウ球菌の糖尿病宿主に対する病原性発現に必要であることを私は明らかにした (図4E)。宿主が糖尿病になったときの生理状態の変化に対応して、病原体がその感染システムを巧みに変化させることを示唆したのは本研究が初めてである。

1. Miyazaki S, Matsumoto Y, Sekimizu K, Kaito C.FEMS Microbiology Letters. 2012 Jan;326(2):116-24.2. Matsumoto Y, Miyazaki S, Fukunaga D, Shimizu K, Kawamoto S, Sekimizu K.Journal of Applied Microbiology. 2012 Jan;112(1):138-46.3Matsumoto Y, Xu Q, Miyazaki S, Kaito C, Farr CL, Axelrod HL, Chiu HJ, Klock HE, KnuthMW, Miller MD, Elsliger MA, Deacon AM, Godzik A, Lesley SA, Sekimizu K, Wilson IA.Structure. 2010 Mar 14;18(4):537-47.4. Usui K, Miyazaki S, Kaito C, Sekimizu K.Microbial Pathogenesis. 2009 Feb;46(2):59-62.

図1 病原性細菌の高血糖カイコ殺傷能

図2 isdA 欠損株、gdpS 欠損株、ddvA欠損株の高血糖カイコ殺傷能

図3 isdA 欠損株、gdpS 欠損株、ddvA 欠損株の糖尿病マウス殺傷能

図4 Isd システムの機能解析

審査要旨 要旨を表示する

申請者は博士学位論文「糖尿病宿主に対する黄色ブドウ球菌の病原性発現機構の解明」において、糖尿病宿主と病原性細菌の関係性について述べている。これまでに糖尿病患者は様々な病原性細菌による感染症に罹りやすいことが知られている。さらに、糖尿病マウスも病原性細菌による感染に感受性である。これらの糖尿病宿主における感染感受性の上昇については高血糖に伴う免疫能の低下で部分的には説明されると考えられてきた。しかしながら、従来の研究では細菌が糖尿病宿主における環境に応答して発現する病原性システムについての研究はなされていなかった。この不明点を明らかにするために申請者はカイコを用いた研究に着手した。

本論の第1章で、申請者は無脊椎動物であるカイコを用いた高血糖感染モデルの確立について述べている。これまでに申請者が所属する教室では、カイコを用いた感染モデルや高血糖モデルが確立されている。申請者は高グルコース餌を与えて高血糖にしたカイコが糖尿病患者の感染症の原因菌である黄色ブドウ球菌、緑膿菌、サルモネラ、リステリアなどの菌による感染に通常カイコより感受性であることを明らかにした。さらに、高血糖に伴う感染感受性の上昇が、黄色ブドウ球菌の臨床分離株においても保存されていることを示した。したがって、高血糖カイコは糖尿病宿主における細菌の病原性を解析するためのモデルとなることが示唆された。

本論の第2章で、申請者は高血糖カイコ感染モデルを用いて糖尿病宿主に対する病原性に必要な黄色ブドウ球菌の遺伝子の同定について述べている。黄色ブドウ球菌遺伝子欠損株ライブラリーから高血糖カイコ殺傷能が低下している欠損株をスクリーニングした結果、isdA, gdpS遺伝子ならびに申請者が命名した機能未知遺伝子であるddvA遺伝子を欠損する黄色ブドウ球菌の高血糖カイコ殺傷能が野生株に比べて低下していることが明らかとなった。さらにこれらの遺伝子欠損株は糖尿病マウスに対しても病原性が低下していた。加えてisdA遺伝子を欠損する黄色ブドウ球菌は野生株と同程度の通常マウス殺傷能を示した。これらの結果は、高血糖カイコ感染モデルが糖尿病宿主に対する病原性に必要な細菌の遺伝子を同定する上で有用であることならびに糖尿病宿主における生理状態の変化に応答して作動するIsdAを介した病原性発現システムの存在を示唆している。

本論文の第3章で、申請者は黄色ブドウ球菌のヘム取り込みシステム、すなわちIsdシステムによるヘムの獲得が糖尿病宿主に対する病原性発現に必須であることを述べている。IsdAタンパク質はIsdB, IsdC, IsdHなどのIsdタンパク質群と協調してはたらくIsdヘム取り込みシステムを構成している。これらのIsdタンパク質欠損する黄色ブドウ球菌はいずれも高血糖カイコに対して病原性が低下していた。さらに、高血糖カイコ感染時において黄色ブドウ球菌のIsdシステムの発現が誘導されをそれぞれていた。さらに、黄色ブドウ球菌の菌体細胞膜に存在するヘムトランスポーターHtsAならびにヘム認識受容体であるHssSが黄色ブドウ球菌の高血糖カイコに対する病原性発現に必須であることが明らかになった。さらに、ヘムを高血糖カイコの血液中に投与することにより黄色ブドウ球菌isdA欠損株の高血糖カイコ対する病原性の低下は解除された。以上の結果は、黄色ブドウ球菌は糖尿病宿主における生理的変化に応答してIsdシステムによるヘム獲得系を作動させることにより病原性を発現することを示唆している。

以上、本論文は病原性細菌が糖尿病宿主に感染する分子機構について新たな示唆を与えるものである。本研究は、黄色ブドウ球菌は糖尿病宿主における生理状態の変化に応答して特定の病原性発現システムを作動させるという新しい概念を提案している。申請者の研究は医学、薬学のみならず基礎生物学にも貢献するものである。よって申請者は、博士(薬学)の学位を受けるに十分な資格を有すると判定した。

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