No | 128357 | |
著者(漢字) | 宇佐美,篤 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウサミ,アツシ | |
標題(和) | ドパミンによる線虫C. elegans の自発的な運動方向交替の調節 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128357 | |
報告番号 | 甲28357 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1452号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 生命薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 動物にとって外部環境に対応して適切に運動することは生存上重要である。運動に関する過去の研究ではネコやヤツメウナギなどが使用され、精力的に研究がなされてきたが、脊椎動物の神経回路構造は複雑であり、運動制御メカニズムを詳細に記述することは困難であった。近年では、雌雄同体では302 個のニューロンからなるシンプルな神経系を持ち、固形物上ではS 字型の画一的なリズム運動をする線虫C. elegans も研究で使用されるようになった。線虫の運動に関わる神経筋回路の解剖学的な知見については、ほぼ明らかとなっており、113 個の運動ニューロンにより95 個の体壁筋が制御されると考えられている。しかし、どの細胞がどのような活動を通して運動を駆動し、運動が実現されているのかという動的な制御機構に関する知見は少ない。私はその中でも、線虫が前進と後退という2 つの運動のモードを自発的に交替させる現象に着目し、このシンプルな現象をモデルとして用いることで、運動のモードの交替がどのようにして生じるのかという生命科学における基本的な問題に迫った。 本研究の成果としてまず第1 章では、GFP を用いたタンパク質性の蛍光Ca2+センサーである改良型G-CaMP を用いることで、自由運動下での線虫神経筋活動をCa2+イメージングする実験系を確立したので、その成果について述べる。そして、運動方向が交替する際の線虫神経筋活動のイメージングと行動解析を通して、無脊椎動物である線虫においてもドパミンが方向交替時の円滑化に関わることを見出したので、このドパミンの作用について第2 章で述べる。 【本論】 第1章自由運動下での線虫神経筋からのCa2+イメージング法の確立 運動の制御機構を探求する上で、神経筋の活動を記録可能なCa2+イメージング法は有用な手法となると考えられる。しかし、線虫C. elegans の細胞集団から単一細胞の空間解像度で運動中にCa2+イメージングすることは技術的に困難であった。そこで、線虫の神経筋活動を運動中に明瞭にCa2+イメージングするために、既存の蛍光Ca2+センサータンパク質G-CaMP2 に変異を導入し、蛍光強度変化量の大きい改良型G-CaMP を作製した。そして、まずは運動の出力系である体壁筋にセンサーを発現させて、開発したセンサーを用いたイメージング法が機能するのかを検討した。 改良型のG-CaMP を全身の体壁筋細胞に発現する株(jqIs1) を、myo-3 プロモーターを用いて作製し、in vivo 自由運動下にて筋活動を初めてCa2+イメージングすることに成功した。線虫が前進する際、周期的に体の前部の筋細胞で発生したCa2+濃度の上昇がS 字型の体の動きにそって後部の筋細胞へと伝播するCa2+ wave が観察された。逆に、後退時にはCa2+wave が尾部から頭部へと伝播した。また、筋活動量の指標として各時間の全身の体壁筋の蛍光強度の総量(TFG-CaMP) を求め、前進時と後退時とで比較したところ、前進時に比べて後退時には筋活動量が上昇することを見出した(図1)。前進時と後退時とでは筋活動量に差があり、後退時には前進時よりも、より大きな筋収縮により運動が担われていることが分かった。ただし、体壁筋にG-CaMP を発現したGABA 欠失変異体を用いた検討から、後退運動中にGABA による筋の抑制が低下するために筋活動量が上昇するのではなく、むしろ筋に対する興奮性の入力の増加によって筋活動量が上昇し、その際にGABA によって筋の興奮と抑制のバランスをとることが重要であることが示唆された。 このように、運動時の活動を明瞭に可視化できる、改良型G-CaMP によるCa2+イメージングを用いることで、運動方向の交替時の特徴的な現象の可視化に成功した。前進から後退へと方向交替する際には、後退開始のおよそ1 秒前から、一過的にTFG-CaMPが低下した(図1)。後退から前進へと切り換わる際には、TFG-CaMP の低下は生じなかった。さらに第1 章では、G-CaMP を発現するGABA 作動性ニューロンの活動と、G-CaMP を体壁筋に発現したGABA 欠失変異体の筋活動のイメージングによって、GABA がこの現象に部分的に関与するものの、主たる調節因子ではないことが示唆された。 そこで、第1 章で確立した自由運動下での神経筋のCa2+イメージングを用いることで、第2 章ではこの特徴的な前進から後退への運動方向の交替に関して、哺乳類で協調した運動の制御に関わることが知られるドパミンに着目して探求を進めた。 第2章ドパミンによる線虫の自発的な運動方向交替の調節 ドパミンは運動の調節に重要な神経伝達物質である。哺乳類の中枢神経系において、主に大脳基底核の中脳黒質で産生されたドパミンは、線条体を介して筋活動を制御し、筋緊張や姿勢を調節している。ドパミンによって筋活動の協調性が制御されることで、適切に運動することができる。ただし、ドパミンは運動の単なる実現にのみ関わるわけではなく、運動のモードの自発的な交替にも関与することが知られている。ドパミン系の機能の低下によって、前進運動と後退運動という最も基本的な動作の切り替えの一つである方向交替でさえ、円滑に行うことが困難になる。 脊椎動物であるげっ歯類、鳥類、両生類、魚類、そして無脊椎動物である線虫C. elegansにおいても、ドパミンの生合成酵素やドパミン受容体などの分子レベルでは、これらの種で進化的に保存されていることが知られている。また、線虫C. elegans においても、ドパミンによって運動量が調節され、餌のある環境ではドパミンによって運動量が低下することが近年報告された。しかし、運動のモードの自発的な交替、その中でも基本的な交替である方向交替にドパミンが関与するという形質が、進化の過程でいつ獲得されたのかについては依然としてよく分かっていない。第2 章では、無脊椎動物の線虫C. elegans においても、ドパミンが自発的な運動方向の交替の円滑化に関わっているのかどうかについて探求した。線虫は、固形物上で前進運動と後退運動の2 つの運動モードを自発的に交替させながら探索行動する。まず、前進と後退の運動方向の交替時の行動様式について、野生型(WT) とドパミン欠失変異体(cat-2) とで比較した。野生型とドパミン欠失変異体とで、前進から後退に移行する際のlatency に差があった。つまり、前進していて尾が停止してから、頭部側の動きも含めて体が停止し、実際に尾が後退するまでの時間(latency) を計測すると、ドパミン欠失変異体では統計的に有意に野生型に比べて長かった(図2a,b)。このドパミン欠失変異体に対してL-DOPA 10 mM を含んだ培地で3-6 時間飼育した後に計測したところ、野生型と同程度のlatency となった。ドパミンD2 受容体拮抗薬である10 mM Haloperidol を培地に含ませて処置した野生型ではlatency が延長したことから、D2 受容体が前進から後退への方向交替に要する時間に寄与する可能性が示唆された(図2b)。また欠損変異体を用いた検討から、D2 受容体のサブタイプの1 つであるDOP-3 受容体が関与することも見出した。ドパミンならびにDOP-3 受容体が自発的な運動方向の交替の円滑化に関わることが示唆された そしてさらに、Ca2+イメージングによって運動方向交替前後の体壁筋とドパミン作動性ニューロンの活動を詳細に検討した。G-CaMP を体壁筋に発現したドパミン欠失変異体では、TFG-CaMPの低下が生じず、L-DOPAによってこの低下が回復した(図2c)。Haloperidol 処置や、D2 様受容体のdop-3 受容体の欠損によってもこの低下が生じなかった。運動方向の交替の直前の体壁筋の活動量の低下はドパミンによることが示唆された。また、線虫のドパミン作動性ニューロンに関してCEP、ADE、PDE の3 種類の細胞種が存在することが知られている。そこでこれらのうちどのニューロンが前進から後退の方向交替に寄与しているのかについて検討した。ドパミントランスポーターdat-1 のプロモーターを用いて、ドパミン作動性ニューロンにG-CaMP とmCherry を発現する株を作製し、両タンパク質の蛍光強度比を計測することで運動方向の交替前後の神経活動を解析した。ADE、PDE 細胞に関しては、方向交替前後で顕著な活動性の変化は見られなかったが、CEP 細胞に関しては、後退運動開始時ではなく、後退開始の数秒前から活動性が上昇することが観察された(図3a)。CEPパミン作動性ニューロンが運動方向の交替に寄与している可能性を見出した。 では、運動の方向交替に異常をもつ線虫に対して、方向交替時にドパミン作動性ニューロンを選択的に活性化させると、交替が円滑に担われるようになるのであろうか。retinal存在下で青色光にて陽イオン透過性が上昇し、発現細胞を脱分極することが可能なChR2(H134R) を、ドパミン作動性ニューロンに選択的に発現する株を作製した(図3b)。Haloperidol を事前に処置し、retinal 存在下で473 nm の波長の青色光を照射し、ドパミン作動性ニューロンをChR2 で選択的に活性化させた。10 秒間の照射中に前進から後退へと運動方向が交替したときのlatency を測定した。retinal 存在下でドパミン作動性ニューロンを選択的に活性化させると、Haloperidol 処置で延長するlatency が有意に短縮し、交替異常が回復した。ChR2 によるドパミン作動性ニューロンの活性化によって放出された過剰量のドパミンが、Haloperidol に対して競合的に作用することで、Haloperidol 処置による交替異常が回復したと考えられる。 【総括】 本研究では、自発的な運動のモードの切替である前進と後退の方向交替に、ドパミンが関与することを線虫神経筋のCa2+イメージングと行動解析により明らかにした。ヒトでも方向交替の円滑化にドパミンが関与するという知見があるが、種を超えて無脊椎動物である線虫でも、この最も基本的な行動のモードの交替である方向交替の円滑化にドパミンが関与することを見出した。他の行動のモードの交替にもドパミンが関与している可能性は高い。また、ドパミンに関わらず今後さまざまな行動のモードの交替に関与する神経調節因子が同定されることも期待される。行動を制御する神経回路メカニズムの研究を進めるにあたって、進化上保存された構成要素を有しながらもシンプルな構造をもつ生物である線虫C. elegans は、きっと今後も有用なモデル生物となるにちがいない。 図1線虫の運動方向交替時の体壁筋の活動 自由運動下の野生型(jqls1)の体壁筋活動をG-CaMPによって可視化した。前進(F)から後退(B)へと方向が切り換わる直前の約1秒間に全身の筋活動量(TFG-CaMP)が低下した。 図2.ドパミンが自発的な方向交替に要する時間に与える影響 (a)運動方向交替時の野生型(WT)とドバミンを欠失したcat-2欠失変異体の透過光像。スケールバー=200μm。矢頭は各時点での最後尾の位置を示す(白矢頭:尾が停止時).細い点線は後退前に尾が停止した際の最後尾の位置を示す。latencyは前進から後退に移行する際に最後尾が停止していた時間とした。(b)ドパ最ン欠失変異体(cat-2)ではlatencyが野生型に比べて長かった。ドパミンD2受容体拮抗薬であるHaloperldol処置によりlatencyが延長し、ドパミン欠失変異休に対するL-DOPA処置で、野生型のコントロール群の値までlatencyが短くなった。(c)後退直前(t=0)のTFG-CaMPの減少(ΔTFG-CaMp)はドパミン欠失変異体では生じず、L-OPAにより回復し、ドパミンD2受容体の関与が示唆された。 **P<0.01 versus WT+ddW,#P<0,05, ##P<0.01 vorsus cat-2+L-DOPA, moan±s.o.m. post-hoc Tukoy's multiple comparison tεst after one-way ANOVA. 図3.ドパミン作動性ニューロンのCa2+imagingならびにChR2を用いた活動性の光制御 (a)ドパミン作動性ニューロンにG-CaMPとmCherryを発現するトランスジェニック線虫を作製し、方向交替前後の神経活動をレシオイメージングした。自発的な後退が生じる数秒前からCEPドパミンニューロンが活動した。 (b)ChR2::mCherryをドバミン作動性ニューロン(CEP,ADE,PDE)に発現する株を作製した.D:dorsal、V:ventral、Rright、L:left。retinal存在下でドパミン作動性ニューロンを選択的に活性化させると、Haloperidol処置で延長する1atencyが有意に短縮した(retina1-:n=8trials from 5 worms, retinal+:n=8 trials from 8 worms, mean±s.g.m.**P<0.01,Welch's t-test.)。スケールバー=30μm。 | |
審査要旨 | 動物にとって外部環境に対応して適切に運動することは生存上重要である。運動に関する過去の研究ではネコやヤツメウナギなどが使用され、精力的に研究がなされてきたが、脊椎動物の神経回路構造は複雑であり、運動制御メカニズムを詳細に記述することは困難であった。近年では、雌雄同体では302個のニューロンからなるシンプルな神経系を持ち、固形物上ではS字型の画一的なリズム運動をする線虫C.elegansも研究で使用されるようになった。線虫の運動に関わる神経筋回路の解剖学的な知見については、ほぼ明らかとなっており、113個の運動ニューロンにより95個の体壁筋が制御されると考えられている。しかし、どの細胞がどのような活動を通して運動を駆動し、運動が実現されているのかという動的な制御機構に関する知見は少ない。宇佐美篤はその中でも、線虫が前進と後退という2つの運動のモードを自発的に交替させる現象に着目し、このシンプルな現象をモデルとして用いることで、運動のモードの交替がどのようにして生じるのかという生命科学における基本的な問題に迫った。 1.自由運動下での線虫神経筋からのCa2+イメージング法の確立 運動の制御機構を探求する上で、神経筋の活動を記録可能なCa2+イメージング法は有用な手法となると考えられる。しかし、線虫の細胞集団から単一細胞の空間解像度で運動中にCa2+イメージングすることは技術的に困難であった。そこで、線虫の神経筋活動を運動中に明瞭にCa2+イメージングするために、既存の蛍光Ca2+センサータンパク質G-CaMP2に変異を導入し、蛍光強度変化量の大きい改良型G-CaMPを作製した。そして、まずは運動の出力系である体壁筋にセンサーを発現させて、開発したセンサーを用いたイメージング法が機能するのかを検討した。 改良型のG-CaMPを全身の体壁筋細胞に発現する株(jqls)を、myo-3プロモーターを用いて作製し、in vivo自由運動下にて筋活動を初めてCa2+イメージングすることに成功した。線虫が前進する際、周期的に体の前部の筋細胞で発生したCa2+濃度の上昇がS字型の体の動きにそって後部の筋細胞へと伝播するCa2+ waveが観察された。逆に、後退時にはCa2+ waveが尾部から頭部へと伝播した。また、筋活動量の指標として各時間の全身の体壁筋の蛍光強度の総量(TFG-CaMP)を求め、前進時と後退時とで比較したところ、前進時に比べて後退時には筋活動量が上昇することを見出した。前進時と後退時とでは筋活動量に差があり、後退時には前進時よりも、より大きな筋収縮により運動が担われていることが分かった。ただし、体壁筋にG-CaMPを発現したGABA欠失変異体を用いた検討から、後退運動中にGABAによる筋の抑制が低下するために筋活動量が上昇するのではなく、むしろ筋に対する興奮性の入力の増加によって筋活動量が上昇し、その際にGABAによって筋の興奮と抑制のバランスをとることが重要であることが示唆された。 このように、運動時の活動を明瞭に可視化できる、改良型G-CaMPによるCa2+イメージングを用いることで、運動方向の交替時の特徴的な現象の可視化に成功した。前進から後退へと方向交替する際には、後退開始のおよそ1秒前から、一過的にTFG-CaMPが低下した。後退から前進へと切り換わる際には、TFG-CaMPの低下は生じなかった。G-CaMPを発現するGABA作動性ニューロンの活動と、G-CaMPを体壁筋に発現したGABA欠失変異体の筋活動のイメージングによって、GABAがこの現象に部分的に関与するものの、主たる調節因子ではないことが示唆された。 2.ドパミンによる線虫の自発的な運動方向交替の調節 ドパミンは運動の調節に重要な神経伝達物質である。哺乳類の中枢神経系において、主に大脳基底核の中脳黒質で産生されたドパミンは、線条体を介して筋活動を制御し、筋緊張や姿勢を調節している。ドパミンによって筋活動の協調性が制御されることで、適切に運動することができる。ただし、ドパミンは運動の単なる実現にのみ関わるわけではなく、運動のモードの自発的な交替にも関与することが知られている。ドパミン系の機能の低下によって、前進運動と後退運動という最も基本的な動作の切り替えの一つである方向交替でさえ、円滑に行うことが困難になる。 脊椎動物であるげっ歯類、鳥類、両生類、魚類、そして無脊椎動物である線虫においても、ドパミンの生合成酵素やドパミン受容体などの分子レベルでは、これらの種で進化的に保存されていることが知られている。また、線虫においても、ドパミンによって運動量が調節され、餌のある環境ではドパミンによって運動量が低下することが近年報告された。しかし、運動のモードの自発的な交替、その中でも基本的な交替である方向交替にドパミンが関与するという形質が、進化の過程でいつ獲得されたのかについては依然としてよく分かっていない。そこで、無脊椎動物の線虫においても、ドパミンが自発的な運動方向の交替の円滑化に関わっているのかどうかについて探求した。 線虫は、固形物上で前進運動と後退運動の2つの運動モードを自発的に交替させながら探索行動する。まず、前進と後退の運動方向の交替時の行動様式について、野生型(WT)とドパミン欠失変異体(cat-2)とで比較した。野生型とドパミン欠失変異体とで、前進から後退に移行する際のlatencyに差があった。つまり、前進していて尾が停止してから、頭部側の動きも含めて体が停止し、実際に尾が後退するまでの時間(latency)を計測すると、ドパミン欠失変異体では統計的に有意に野生型に比べて長かった。このドパミン欠失変異体に対してL-DOPAを含んだ培地で3-6時間飼育した後に計測したところ、野生型と同程度のlatencyとなった。ドパミンD2受容体拮抗薬であるHaloperidolを培地に含ませて処置した野生型ではlatencyが延長したことから、D2受容体が前進から後退への方向交替に要する時間に寄与する可能性が示唆された。また欠損変異体を用いた検討から、D2受容体のサブタイプの1つであるDOP-3受容体が関与することも見出した。ドパミンならびにDOP-3受容体が自発的な運動方向の交替の円滑化に関わることが示唆された。 そしてさらに、Ca2+イメージングによって運動方向交替前後の体壁筋とドパミン作動性ニューロンの活動を詳細に検討した。G-CaMPを体壁筋に発現したドパミン欠失変異体では、TFG-CaMPの低下が生じず、L-DOPAによってこの低下が回復した。Haloperidol処置や、D2様受容体のdop-3受容体の欠損によってもこの低下が生じなかった。運動方向の交替の直前の体壁筋の活動量の低下はドパミンによることが示唆された。また、線虫のドパミン作動性ニューロンに関してCEP、ADE、PDEの3種類の細胞種が存在することが知られている。そこでこれらのうちどのニューロンが前進から後退の方向交替に寄与しているのかについて検討した。ドパミントランスポーターdat-1のプロモーターを用いて、ドパミン作動性ニューロンにG-CaMPとmCherryを発現する株を作製し、両タンパク質の蛍光強度比を計測することで運動方向の交替前後の神経活動を解析した。ADE、PDE細胞に関しては、方向交替前後で顕著な活動性の変化は見られなかったが、CEP細胞に関しては、後退運動開始時ではなく、後退開始の数秒前から活動性が上昇することが観察された。CEPドパミン作動性ニューロンが運動方向の交替に寄与している可能性を見出した。 では、運動の方向交替に異常をもつ線虫に対して、方向交替時にドパミン作動性ニューロンを選択的に活性化させると、交替が円滑に担われるようになるのであろうか。retinal存在下で青色光にて陽イオン透過性が上昇し、発現細胞を脱分極することが可能なChR2(H134R)を、ドパミン作動性ニューロンに選択的に発現する株を作製した。Haloperidolを事前に処置し、retinal存在下で473nmの波長の青色光を照射し、ドパミン作動性ニューロンをChR2で選択的に活性化させた。10秒間の照射中に前進から後退へと運動方向が交替したときのlatencyを測定した。retinal存在下でドパミン作動性ニューロンを選択的に活性化させると、Haloperidol処置で延長するlatencyが有意に短縮し、交替異常が回復した。ChR2によるドパミン作動性ニューロンの活性化によって放出された過剰量のドパミンが、Haloperidolに対して競合的に作用することで、Haloperidol処置による交替異常が回復したと考えられる。 本研究では、自発的な運動のモードの切替である前進と後退の方向交替に、ドパミンが関与することを線虫神経筋のCa2+イメージングと行動解析により明らかにした。ヒトでも方向交替の円滑化にドパミンが関与するという知見があるが、種を超えて無脊椎動物である線虫でも、この最も基本的な行動のモードの交替である方向交替の円滑化にドパミンが関与することを見出した。他の行動のモードの交替にもドパミンが関与している可能性は高い。また、ドパミンに関わらず今後さまざまな行動のモードの交替に関与する神経調節因子が同定されることも期待される。行動を制御する神経回路メカニズムの研究を進めるにあたって、進化上保存された構成要素を有しながらもシンプルな構造をもつ生物である線虫は、きっと今後も有用なモデル生物となるにちがいない。このように本研究は線虫の運動制御に関わる神経筋活動をCa2+イメージングを用いて可視化する手法を確立して解析し、運動方向交替のメカニズムを新たに見いだした生物学的にも重要な内容であり、博士(薬学)の授与に値すると判断した。 | |
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