学位論文要旨



No 128359
著者(漢字) 加藤,卓也
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,タクヤ
標題(和) パルミトイル化修飾によるABCG1 の機能制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 128359
報告番号 甲28359
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1454号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 有田,誠
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

ATP binding cassette transporter G1 (ABCG1)はABC ファミリーに属し、6 回膜貫通領域と1 つのATP 結合領域を有するタンパク質である。マクロファージ、血管内皮細胞などの末梢細胞に発現し、cholesterol、oxysterol の細胞外排泄に関与することで動脈硬化の防御因子として機能することが遺伝子改変動物等を用いた研究から明らかとなっている。しかしながら、ABCG1 によるsterol 類の細胞外排泄メカニズムについては未だ不明な点が多い。通常状態において、ABCG1 はその大部分が細胞内、特にゴルジ体に分布することから、細胞内でのsterol 輸送機能を介して、間接的にsterol 類の細胞外排泄に働いていることを支持する報告がある一方で、LXR agonist 処理によりタンパク質の膜移行が促進されるから、細胞膜のsterol 排泄トランスポーターであることを示唆する報告もある。以上の背景から、私はABCG1 の細胞内局在制御機構の解明が、ABCG1 の機能発現部位の同定、ひいてはsterol 類の細胞外排泄機構の解明につながると考え、本研究においてその分子機構を解析することにした。パルミトイル化修飾は、炭素鎖数16 のパルミチン酸が基質タンパク質のCysteine 残基を介してチオエステル結合する可逆的な修飾であり、基質の脂質膜への親和性を高める機能を介して、細胞内局在、タンパク質間相互作用などを動的に制御している。また、パルミトイル化修飾を担う酵素群の多くは、ABCG1 が局在するゴルジ体に存在することが明らかにされている。以上の点から、本研究では特にパルミトイル化修飾に着目し、ABCG1 の細胞内局在制御機構について研究を進めた。

【方法と結果】

1. ABCG1のパルミトイル化修飾の検出及び、関与する酵素群の同定

ABCG1 安定発現HEK293 細胞を[3H]palmitic acid 存在下で培養後、細胞を可溶化し、ABCG1 抗体を用いて調製した免疫沈降物をSDS-PAGE によって解析した結果、ABCG1 の発現と共に、ABCG1 と同じ分子量に3H に由来するシグナルが検出された。更にそのシグナルはパルミトイル化修飾のチオエステル結合を切断するNH2OH処理 (1M, 1 h)やパルミトイル化阻害剤の2-bromopalmitic acid(2BP)処理 (100 μM, 6 h)によって消失したことから、今回検出された3HシグナルがABCG1 へのパルミトイル化修飾によるものであることが示唆された(Figure. 1)。

パルミトイル化修飾はヒトにおいてはDHHC ドメインを有する22 種類のDHHCファミリーによって担われている。HEK293T 細胞にABCG1 とDHHC1~22 を各々共発現させ、ABCG1 に由来する[3H]palmitic acid のシグナル強度を指標とすることにより、ABCG1 のパルミトイル化に関与する酵素群の同定を試みた。その結果、DHHC2、3、9 の共発現により、ABCG1 のパルミトイル化は顕著に亢進し、これら酵素がABCG1を基質とすることが示唆された (Figure. 2)。

また、ABCG1 を発現させたHEK293T 細胞において、DHHC3 をノックダウン (KD)した所、ABCG1 のパルミトイル化修飾の有意な低下が認められ、DHHC3 が細胞内においABCG1 のパルミトイル化を担うことが明らかとなった(Figure. 3)。

2. ABCG1のパルミトイル化部位の同定

ABCG1のN末端側のcytosolic領域をABCG1と同じABCGファミリーに属するABCG2のN末端側のcytosolic 領域と置換したキメラタンパク質は、ABCG1 と同様の細胞内局在、輸送機能を示すことが報告されている。従って、ABCG1 のN 末端側のcytosolic 領域以降のCysteine がパルミトイル化されている可能性が高いと考え、該当領域に存在するCysteine をSerineに置換したCS 置換体を作成し、HEK293T 細胞に発現させた。その結果、506 番目のCysteine をSerine に置換した変異体(ABCG1 C506S)に於いて、ABCG1 のパルミトイル化が有意に減少することが明らかになった。さらに、ABCG1 C506S のパルミトイル化はHEK293T 細胞において、DHHC3 KD の影響を受けないことから、506 番目のCysteineがDHHC3 によるABCG1 のパルミトイル化部位であることが示された (Figure. 4)。

3. ABCG1の発現量、機能に対するパルミトイル化修飾の役割

ABCG1 安定発現HEK293 細胞に対して2BP 処理 (100μM, 6h)、あるいはDHHC2、3、9 をKD し、ABCG1 の機能変化を評価した。ABCG1 の機能は、[3H] cholesterol (2 μCi/ml,12 h)で細胞を標識後、HDL (20 μg/ml, 2h) (2BP 処理)、BSA (200μg/ml, 9 h) (DHHC KD)をacceptor としてABCG1 依存的な細胞外へのcholesterol 排泄を測定することにより評価した。その結果、2BP 処理、DHHC3 KD により、ABCG1 依存的な細胞外へのcholesterol 排泄活性がそれぞれ60 %、50 %低下した (Figure. 5)。

次に、細胞膜非透過性のEZ-LinkSulfo-NHS-SS-Biotin を用いて細胞膜タンパク質を標識し、2BP 処理、DHHC3 KD によるABCG1 の細胞膜上及び、細胞全体での発現量変化を検討したところ、有意な差は認められなかった。ABCG1 を内因性に発現するマクロファージ由来の細胞株であるRAW264.7 細胞を用いて、上記と同様の手法により、ABCG1 の発現量、機能に対するパルミトイル化の影響を評価した際にも、HEK293 細胞と同様の結果が得られた。また、HEK293T 細胞を用いてABCG1-HA C506S 変異体をおいても発現量、輸送機能変化の観察を行ったところ、ABCG1-HA C506S の発現は細胞膜上、細胞全体のどちらにおいても通常のABCG1-HA と同様に観察されたが、ABCG1 依存的なcholesterolの排泄は観察されなかった (Figure. 6)。

4. ABCG1の細胞内局在に対するパルミトイル化修飾の役割

ABCG1 の細胞内局在の変化を観察するため、Hela 細胞にABCG1-HA、ABCG1-HAC506S を発現させ、各種オルガネラマーカーとの共免疫染色を行った。その結果、ABCG1-HA は細胞膜、early endosome (EE)マーカーのEEA1、late endosome/lysosome(LE/LY)マーカーのLAMP1 との共局在が観察され、ABCG1-HA C506S は細胞膜、ゴルジ体マーカーのGM130、TGN46、recycling endosome (RE)マーカーのAcGFP-Rab11 とに共局在することが明らかとなった (Figure. 7)。

【総括】

本研究において私は、ABCG1 によるcholesterol の細胞外排泄がDHHC3 を介したパルミトイル化修飾によって制御されていることを明らかにした。また、パルミトイル化修飾の阻害がABCG1 の発現量に対して影響を与えなかったこと、ABCG1-HA C506S ではABCG1-HA で観察されるLE/LY への局在が認められないことから、ABCG1 によるcholesterol 排泄に於いては、ABCG1 のLE/LY への局在が重要な役割を果たしていることが示唆された。DHHC3 はABCG1 が局在する細胞膜とゴルジ体に発現していることから、これら細胞内小器官でのDHHC3 によるパルミトイル化修飾が、ABCG1 のLE/LY へのsorting に関与しているものと考えられる。細胞内へのcholesterol の供給経路は細胞内での生合成経路と血液から供給されるLDL 由来の取り込み経路の2 つが存在する。LDL などの形で細胞内に取り込まれたcholesterol ester は酸性のLE/LYで加水分解された後に、freecholesterol として細胞膜や様々な細胞内小器官へと輸送される。LE/LY から細胞内小器官へのcholesterol の輸送に関与するNPC1/2 の変異株では細胞全体でのcholesterol 量が増加しているにもかかわらず、細胞膜中cholesterol が低下することが報告されており、LE/LYを介したcholesterol 輸送経路はcholesterol の供給経路として不可欠な経路であると考えられている。現在これらの経路においてcholesterol 輸送に関与する分子はNPC1/2 を介したRab7、9 による輸送以外には明らかにされていないが、今回の研究から、ABCG1 がLE/LYからのcholesterol 輸送に関与している可能性が考えられ、細胞内cholesterol 輸送機構を解明する一助になるものと期待される。

【謝辞】

本研究を遂行するにあたり、パルミトイル化転移酵素DHHC1~22 のcDNA を供与頂いた自然科学研究機構 生理学研究所 深田正紀 教授、[3H]palmitic acid を用いたパルミトイル化修飾の検出法をご指導頂いた東京大学 大学院薬学系研究科 生理化学教室 堅田利明教授、紺谷圏二 准教授に深く感謝致します。

Figure. 1 [3H]palmitic acid標識によるABCG1のパルミトイル化修飾の検出

Figure. 2 ABCG1のパルミトイル化に関与する酵素の同定

Figure. 3 DHHC3 KDによるABCG1のパルミトイル化修飾の変化

Figure. 4 ABCG1-HA C506S変異体におけるABCG1のABCG1のパルミトイル化修飾の変化

Figure. 5 パルミトイル化阻害によるABCG1の輸送機能変化の評価

Figure. 5 パルミトイル化阻害によるABCG1の輸送機能変化の評価輸送機能変化の評価

Figure. 7 ABCG1-HA、ABCG1-HA C506Sにおける細胞内局在変化の観察

審査要旨 要旨を表示する

【背景】

ATP binding cassette transporter G1 (ABCG1)はABCファミリーに属し、6回膜貫通領域と1つのATP結合領域を有するタンパク質である。マクロファージ、血管内皮細胞などの末梢細胞に発現し、cholesterol、oxysterolの細胞外排泄に関与することで動脈硬化の防御因子として機能することが遺伝子改変動物等を用いた研究から明らかとなっている。しかしながら、ABCG1によるsterol類の細胞外排泄メカニズムについては未だ不明な点が多い。通常状態において、ABCG1はその大部分が細胞内、特にゴルジ体に分布することから、細胞内でのsterol輸送機能を介して、間接的にsterol類の細胞外排泄に働いていることを支持する報告がある一方で、LXR agonist処理によりタンパク質の膜移行が促進されるから、細胞膜のsterol排泄トランスポーターであることを示唆する報告もある。以上の背景から、申請者はABCG1の細胞内局在制御機構の解明が、ABCG1の機能発現部位の同定、ひいてはsterol類の細胞外排泄機構の解明につながると考え、本研究においてその分子機構を解析した。パルミトイル化修飾は、炭素鎖数16のパルミチン酸が基質タンパク質のCysteine残基を介してチオエステル結合する可逆的な修飾であり、基質の脂質膜への親和性を高める機能を介して、細胞内局在、タンパク質間相互作用などを動的に制御している。また、パルミトイル化修飾を担う酵素群の多くは、ABCG1が局在するゴルジ体に存在することが明らかにされている。以上の点から、本研究では特にパルミトイル化修飾に着目し、ABCG1の細胞内局在制御機構について研究を進めた。

1.ABCG1のパルミトイル化修飾の検出及び、関与する酵素群の同定

初めに申請者はABCG1のパルミトイル化修飾の検出を試みた。ABCG1安定発現HEK293細胞を[3H]palmitic acid存在下で培養後、細胞を可溶化し、ABCG1抗体を用いて調製した免疫沈降物をSDS-PAGEによって解析した結果、ABCG1の発現と共に、ABCG1と同じ分子量に3Hに由来するシグナルを検出した。更にそのシグナルがパルミトイル化修飾のチオエステル結合を切断するNH2OH処理 (1 M, 1 h)やパルミトイル化阻害剤の2-bromopalmitic acid (2BP)処理 (100 μM, 6 h)によって消失したことから、今回検出された3HシグナルがABCG1へのパルミトイル化修飾によるものであることが示唆された。

パルミトイル化修飾はヒトにおいてはDHHCドメインを有する22種類のDHHCファミリーによって担われている。そこで、申請者はHEK293T細胞にABCG1とDHHC1~22を各々共発現させ、ABCG1に由来する[3H]palmitic acidのシグナル強度を指標とすることにより、ABCG1のパルミトイル化に関与する酵素群の同定を試みた。その結果、DHHC2、3、9の共発現により、ABCG1のパルミトイル化は顕著に亢進し、これら酵素がABCG1を基質とすることが示唆された。また、ABCG1を発現させたHEK293T細胞において、DHHC3をノックダウン (KD)した所、ABCG1のパルミトイル化修飾の有意な低下が認められ、DHHC3が細胞内においてABCG1のパルミトイル化を担うことが明らかとなった。

2.ABCG1のパルミトイル化部位の同定

次に申請者はABCG1のパルミトイル化部位の同定を試みた。ABCG1のN末端側のcytosolic領域をABCG1と同じABCGファミリーに属するABCG2のN末端側のcytosolic領域と置換したキメラタンパク質は、ABCG1と同様の細胞内局在、輸送機能を示すことが報告されている。従って、ABCG1のN末端側のcytosolic領域以降のCysteineがパルミトイル化されている可能性が高いと考え、該当領域に存在するCysteineをSerineに置換したCS置換体を作成し、HEK293T細胞に発現させた。その結果、506番目のCysteineをSerineに置換した変異体(ABCG1 C506S)に於いて、ABCG1のパルミトイル化が有意に減少することが明らかになった。さらに、ABCG1 C506Sのパルミトイル化はHEK293T細胞において、DHHC3 KDの影響を受けないことから、506番目のCysteineがDHHC3によるABCG1のパルミトイル化部位であることが示された。

3.ABCG1の発現量、機能に対するパルミトイル化修飾の役割

また、申請者はパルミトイル化修飾によるABCG1の発現量、機能の変化を評価した。ABCG1安定発現HEK293細胞に対して2BP処理 (100 μM, 6h)、あるいはDHHC2、3、9をKDし、ABCG1の機能変化を評価した。ABCG1の機能は、[3H] cholesterol (2 μCi/ml, 12 h)で細胞を標識後、HDL (20 μg/ml, 2h) (2BP処理)、BSA (200 μg/ml, 9 h) (DHHC KD)をacceptorとしてABCG1依存的な細胞外へのcholesterol排泄を測定することにより評価した。その結果、2BP処理、DHHC3 KDにより、ABCG1依存的な細胞外へのcholesterol排泄活性がそれぞれ60 %、50 %低下した。

次に、細胞膜非透過性のEZ-Link Sulfo-NHS-SS-Biotinを用いて細胞膜タンパク質を標識し、2BP処理、DHHC3 KDによるABCG1の細胞膜上及び、細胞全体での発現量変化を検討したところ、有意な差は認められなかった。ABCG1を内因性に発現するマクロファージ由来の細胞株であるRAW264.7細胞を用いて、上記と同様の手法により、ABCG1の発現量、機能に対するパルミトイル化の影響を評価した際にも、HEK293細胞と同様の結果が得られた。また、HEK293T細胞を用いてABCG1-HA C506S変異体をおいても発現量、輸送機能変化の観察を行ったところ、ABCG1-HA C506Sの発現は細胞膜上、細胞全体のどちらにおいても通常のABCG1-HA と同様に観察されたが、ABCG1依存的なcholesterolの排泄は観察されなかった。

以上のことから、ABCG1へのパルミトイル化修飾はABCG1の発現量変化を介さずにABCG1の機能自体を制御していることが示唆された。

4.ABCG1の細胞内局在に対するパルミトイル化修飾の役割

申請者は、ABCG1の細胞内局在の変化を観察するため、Hela細胞にABCG1-HA、ABCG1-HA C506Sを発現させ、各種オルガネラマーカーとの共免疫染色を行った。その結果、ABCG1-HAは細胞膜、early endosome (EE)マーカーのEEA1、late endosome/lysosome (LE/LY)マーカーのLAMP1との共局在が観察され、ABCG1-HA C506Sは細胞膜、ゴルジ体マーカーのGM130、TGN46、recycling endosome (RE)マーカーのAcGFP-Rab11とに共局在することが明らかとなった。

以上、本研究において申請者は、ABCG1によるcholesterolの細胞外排泄がDHHC3を介したパルミトイル化修飾によって制御されていることを明らかにした。また、パルミトイル化修飾の阻害がABCG1の発現量に対して影響を与えなかったこと、ABCG1-HA C506SではABCG1-HAで観察されるLE/LYへの局在が認められないことから、ABCG1によるcholesterol排泄に於いては、ABCG1のLE/LYへの局在が重要な役割を果たしていることが示唆された。これまでは、ABCG1はcholesterolの排泄過程において細胞膜を介してcholesterolの排泄に関与しているのか、細胞内のcholesterol輸送に関与しているのかについては明らかとなっていなかったが、今回の結果から、ABCG1は細胞膜を介した輸送というよりはむしろ細胞内でのcholesterolの輸送に関与していることが示唆され、ABCG1の機能発現機構及び、生体内でのcholesterolの恒常性維持機構を理解する上で非常に重要な知見となるものである。

以上の成果は、生体内におけるcholesterolの恒常性維持機構の更なる解明に貢献するものと考えており、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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