学位論文要旨



No 128360
著者(漢字) 上川路,翔悟
著者(英字)
著者(カナ) カミカワジ,ショウゴ
標題(和) 家族性パーキンソン病に連鎖した変異によるLRRK2機能異常の解析 : 自己リン酸化に着目した細胞内LRRK2活性の検出
標題(洋)
報告番号 128360
報告番号 甲28360
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1455号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 入村,達郎
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

パーキンソン病(PD)は、安静時振戦、筋固縮、無動、姿勢反射障害などの運動症状および中脳黒質におけるドパミン神経細胞の選択的な変性、脱落を病理学的な特徴とする、頻度の高い神経変性疾患である。PDの多くは孤発性であるが、一部に家族性PD(FPD)が存在する。PARK8家系の病因遺伝子としてLRRK2、その遺伝子産物として、Leucine-rich repeat kinase 2(LRRK2)が同定された。LRRK2は、Rasなどの低分子量Gタンパク質と相同性の高いROCドメインとプロテインキナーゼドメインという2つの機能ドメインを1分子内に併せ持つユニークなドメイン構造を有しており、FPD変異はこれらの機能ドメイン内に局在している。FPD変異型LRRK2の過剰発現は神経細胞毒性を生じること、この毒性発揮にはキナーゼ活性が必要であることから、キナーゼ活性やその調節機構がFPD変異により異常をきたす可能性が想定されてきた。しかし、LRRK2の細胞内基質は未だに同定されておらず、生理的条件下におけるLRRK2活性を評価することは困難であった。そこで私は、LRRK2が細胞内において活性依存的に自己リン酸化を起こすことに着目し、LRRK2の細胞内自己リン酸化活性を検出するために自己リン酸化部位の同定を行い、LRRK2活性や細胞内リン酸化に対するFPD変異の影響を解析した。

【方法・結果】

1. LRRK2の主要な自己リン酸化部位の同定

全長LRRK2(FL-LRRK2) はin vitroにおいて自身をリン酸化する活性を有するが、細胞内においては他のキナーゼによりリン酸化されるため、自己リン酸化を選択的に検出することは困難であった。他のキナーゼによるリン酸化はLRRドメインのN末端側の領域に限局して生じることから、この領域を含むN末端側を欠損させたΔN-LRRK2を用いて[32P]代謝ラベリングを行い、ΔN-LRRK2が細胞内において他のキナーゼによるリン酸化を受けず、自己リン酸化のみを生じることを明らかにした(Kamikawaji et al., 2009) 。これらの自己リン酸化を個別に解析するために、ΔN-LRRK2のトリプシン消化産物をTLCプレートで2次元に展開することにより、リン酸化ペプチドのマッピングを行った(2D-TLC解析) 。ΔN-LRRK2を、[32P]代謝ラベリングにより細胞内で(図1A) 、または[γ-32P]ATP存在下in vitroで(図1B) 、自己リン酸化を放射性標識し、2D-TLC解析を行った結果、両者で共通のスポットが複数観察され(図1、矢印) 、さらにこれらのスポットはROCドメインに絞った2D-TLC解析においても見られた。ROCドメイン内のThr残基のAla置換体を作製し、2D-TLC解析を行った結果、Thr1348, Thr1349, Thr1357のAla置換によって主要なスポットが移動、消失したことから、これらの残基がLRRK2の主要な自己リン酸化部位であると考えられた。さらに、リン酸化Thr1357に対する特異抗体(pThr1357抗体) を作出し、Thr1357の自己リン酸化は全長LRRK2でも生じることを確認した(図2A) 。また、キナーゼ活性を喪失させるK1906M変異体はpT1357抗体で認識されないこと(図2A) 、培養細胞のLRRK2阻害剤(LRRK2-IN-1) 処理によって用量依存的にThr1357のリン酸化レベルが低下することから(図2B) 、LRRK2のThr1357は、細胞内においても自己リン酸化されることが明らかになった

2. LRRK2のキナーゼ活性は自己リン酸化によって負に制御される

Ras/MAPキナーゼシグナル伝達経路において、GTP結合型のRasによってそのエフェクターの1つであるRAFが活性化されるように、LRRK2においても、ROCドメインへのGTP結合によってキナーゼが活性化されるという分子内制御の存在が想定されている。X線結晶構造解析から得られたROCドメインの立体構造において、同定した自己リン酸化部位がGTP結合部位周辺に位置することから、自己リン酸化によってGTP結合能が調節される可能性を考えた。これを検証するため、自己リン酸化状態および非自己リン酸化状態を模倣するAsp変異体およびAla変異体をそれぞれ作製し、各変異体について[32P]代謝ラベリングにより細胞内GTP結合能を評価するとともに、in vitroにおける自己リン酸化活性および人工基質(GST-LRRKtide) に対するリン酸化活性を解析した。T1348A, T1348DおよびT1349D変異体はGTP結合能をほとんど示さず、キナーゼ活性も見られなかった(図3A, B) 。一方、T1349A変異体およびT1357A/D変異体はGTP結合能が若干低下するものの、人工基質に対するキナーゼ活性は変化しなかった(図3A,B) 。Thr1349のAla変異体ではGTP結合、キナーゼ活性が変化せず、Asp変異体でGTP結合能の低下およびキナーゼ活性の低下が見られたことから、Thr1349の自己リン酸化によって、GTP結合能の低下を介してキナーゼ活性の低下に至る可能性が示唆された。一方、Thr1348はAla, Asp変異いずれによっても活性が低下したことから、Thr1348の側鎖が活性に必要であると考えられた

3. FPD変異体の解析: 細胞内キナーゼ活性

FPD変異型LRRK2は活性に依存して神経毒性を発揮するが、その詳細な分子メカニズムは明らかではない。FPD変異がLRRK2活性に与える影響を解析するため、FPD変異体(R1441C, Y1699C, G2019S, I2020T) のin vitroにおける自己リン酸化活性を、pThr1357抗体および[γ-32P]ATPを用いて評価した。キナーゼドメイン内の変異のうち、G2019S LRRK2は野生型に比して顕著な活性上昇を示したが、I2020T変異体の活性は変化しなかった(図4A) 。一方、pThr1357抗体を用いてFPD変異体の細胞内におけるThr1357リン酸化を解析したところ、G2019S変異体のみならず、I2020T変異体もリン酸化の顕著な上昇を示した(図4B) 。また、ROCドメイン内に存在するR1441C変異は、in vitroおよび細胞内におけるLRRK2の自己リン酸化活性を上昇させた(図4A, B) 。一方、CORドメイン内に変異を有するY1699C変異体は、pThr1357抗体と[γ-32P]ATPを用いて評価したin vitro自己リン酸化活性との間に乖離が生じたため、Y1699C変異体の細胞内自己リン酸化活性をpThr1357抗体を用いて評価することは妥当ではないと判断した(図4A) 。以上の結果から、R1441C, G2019S, I2020T変異はLRRK2の細胞内でのキナーゼ活性を上昇させることが示唆された。

【まとめ】

本研究において私は、2D-TLC解析を駆使することにより、LRRK2の細胞内における自己リン酸化部位を同定し、同定した自己リン酸化部位に対する特異抗体(pThr1357抗体) を用いて全長LRRK2の細胞内キナーゼ活性を評価することに世界に先駆けて成功した。LRRK2の詳細な活性制御機構はこれまで明らかではなかったが、同定した自己リン酸化部位の変異体解析から、ROCドメイン内のThr1349の自己リン酸化によってGTP結合能が低下し、キナーゼ活性が負に制御される可能性を示唆した。さらに細胞内においては、FPD変異体のうちR1441C, G2019S, I2020Tの少なくとも3つの変異体は自己リン酸化活性が上昇することを示した。

通常、低分子量G蛋白質は自身のGTPase活性により、GTP型からGDP型へと変化することで機能が制御されるが、たとえばRhoE はGTPase活性を持たないために恒常的にGTP型として存在し、その機能はROCKによるリン酸化により制御されることが知られている。それゆえ、細胞内で主にGTP型として存在するLRRK2のROCドメインの機能がリン酸化によって制御を受ける可能性は十分に考えられる。

キナーゼ活性を上昇させるR1441C, G2019S, I2020T変異は、基質の過剰なリン酸化を介して神経毒性を発揮することが示唆される。今後は、自己リン酸化によるROCドメインの活性制御様式を詳細に検討するとともに、神経毒性に関与する基質の探索を進めていきたい。

図1:△N-LRRK2の2D-TLC解析

図2:細胞内LRRK2活性の検出

(A)HEK293細胞内、または(B)in vitroで、自己リン酸化を放射性標識した△N-LRRK2の2D-TLC解析結果を図1に示す。図2:(A)全長LRRK2の細胞内内自己リン酸化(IVK(-):左)、およびin vitro自己リン酸化(IVK(+):右)をpTl357抗体を用いて検出した。(B)HEK293細胞のLRRK2阻害剤で処理によって、Thrl357のリン酸化量が低下した。

図3 自己リン酸化部位の変異体の解析

(A)細胞内GTP結合量を代謝ラベリングにより解析

(B)invitro自己リン酸化活性および人工基質に対するリン酸化活性を解析(n=3,*p<0.05,**p<0.01)

図4 FPD変異体の自己リン酸化活性

(A)in vitro自己リン酸化活性をpThrl357抗体と[γ一32P]ArPの放射活性により評価性をpTl357抗体を用いて評価(n=4~5,*p<0.05,**p<0.01)

審査要旨 要旨を表示する

パーキンソン病(PD)は、安静時振戦、筋固縮、無動、姿勢反射障害などの運動症状および中脳黒質におけるドパミン神経細胞の選択的な変性、脱落を病理学的な特徴とする、頻度の高い神経変性疾患である。PDの多くは孤発性であるが、一部に家族性PD(FPD)が存在する。PARK8家系の病因遺伝子としてlrrk2、その遺伝子産物として、Leucine-rich repeat kinase 2(LRRK2)が同定された。LRRK2は、Rasなどの低分子量Gタンパク質と相同性の高いROCドメインとプロテインキナーゼドメインという2つの機能ドメインを1分子内に併せ持つユニークなドメイン構造を有しており、FPD変異はこれらの機能ドメイン内に局在している。FPD変異型LRRK2の過剰発現は神経細胞毒性を生じること、この毒性発揮にはキナーゼ活性が必要であることから、キナーゼ活性やその調節機構がFPD変異により異常をきたす可能性が想定されてきた。しかし、LRRK2の細胞内基質は未だに同定されておらず、生理的条件下におけるLRRK2活性を評価することは困難であった。申請者は、LRRK2が細胞内において活性依存的に自己リン酸化を起こすことに着目し、LRRK2の細胞内自己リン酸化活性を検出するために自己リン酸化部位の同定を行い、LRRK2活性や細胞内リン酸化に対するFPD変異の影響を解析した。

1.LRRK2の主要な自己リン酸化部位の同定

全長LRRK2(FL-LRRK2)はin vitroにおいて自身をリン酸化する活性を有するが、細胞内においては他のキナーゼによりリン酸化されるため、自己リン酸化を選択的に検出することは困難であった。他のキナーゼによる受動的リン酸化はLRRドメインのN末端側の領域に限局して生じることから、この領域を含むN末端側を欠損させた△N-LRRK2を用いて[32P]代謝ラベリングを行い、△N-LRRK2が細胞内において他のキナーゼによるリン酸化を受けず、自己リン酸化のみを生じることを明らかにした。これらの自己リン酸化を個別に解析するために、△N-LRRK2のトリプシン消化産物をTLCプレートで2次元に展開することにより、リン酸化ペプチドのマッピングを行った(2D-TLC解析)。△N-LRRK2を、[32P]代謝ラベリングにより細胞内で、または[γ-32P]ATP存在下in vitroで、自己リン酸化を放射性標識し、2D-TLC解析を行った結果、両者で共通のスポットが複数観察され、さらにこれらのスポットはROCドメインに絞った2D-TLC解析においても見られた。ROCドメイン内のThr残基のAla置換体を作製し、2D-TLC解析を行った結果、Thr1348,Thr1349,Thr1357のAla置換によって主要なスポットが移動、消失したことから、これらの残基がLRRK2の主要な自己リン酸化部位であると考えられた。さらに、リン酸化Thr1357に対する特異抗体(pT1357抗体)を作出し、Thr1357の自己リン酸化は全長LRRK2でも生じることを確認した。また、キナーゼ活性を喪失させるK1906M変異体はpT1357抗体で認識されないこと、培養細胞のLRRK2阻害剤(LRRK2-IN-1)処理によって用量依存的にThr1357のリン酸化レベルが低下することから、LRRK2のThr1357は、細胞内においても自己リン酸化されることが明らかになった。

2.LRRK2のキナーゼ活性は自己リン酸化によって負に制御される

Ras/MAPキナーゼシグナル伝達経路において、GTP結合型のRasによってそのエフェクターの1つであるRAFが活性化されるように、LRRK2においても、ROCドメインへのGTP結合によってキナーゼが活性化されるという分子内制御の存在が想定されている。X線結晶構造解析から得られたROCドメインの立体構造において、同定した自己リン酸化部位がGTP結合部位周辺に位置することから、自己リン酸化によってGTP結合能が調節される可能性を考えた。これを検証するため、自己リン酸化状態および非自己リン酸化状態を模倣するAsp変異体およびAla変異体をそれぞれ作製し、各変異体について[32P]代謝ラベリングにより細胞内GTP結合能を評価するとともに、in vitroにおける自己リン酸化活性および人工基質(GST-LRRKtide)に対するリン酸化活性を解析した。T1348A,T1348DおよびT1349D変異体はGTP結合能をほとんど示さず、キナーゼ活性も見られなかった。一方、T1349A変異体およびT1357AID変異体はGTP結合能が若干低下するものの、人工基質に対するキナーゼ活性は変化しなかった。Thr1349のAla変異体ではGTP結合、キナーゼ活性が変化せず、Asp変異体でGTP結合能の低下およびキナーゼ活性の低下が見られたことから、Thr1349の自己リン酸化によって、GTP結合能の低下を介してキナーゼ活性の低下に至る可能性が示唆された。一方、Thr1348はAla,Asp変異いずれによっても活性が低下したことから、Thr1348の側鎖が活性に必要であると考えられた。

3.FPD変異体の解析:細胞内キナーゼ活性

FPD変異型LRRK2は活性に依存して神経毒性を発揮するが、その詳細な分子メカニズムは明らかではない。FPD変異がLRRK2活性に与える影響を解析するため、FPD変異体(R1441C,Y1699C,G2019S,12020T)のin vitroにおける自己リン酸化活性を、pT1357抗体および[γ-32P]ATPを用いて評価した。キナーゼドメイン内の変異のうち、G2019S LRRK2は野生型に比して顕著な活性上昇を示したが、I2020T変異体の活性は変化しなかった。一方、pThr1357抗体を用いてFPD変異体の細胞内におけるThr1357リン酸化を解析したところ、G2019S変異体のみならず、I2020T変異体もリン酸化の顕著な上昇を示した。また、△N-LRRK2を用いた代謝ラベリングにより、細胞内の自己リン酸化を解析したところ、G2019S変異体とI2020T変異体の自己リン酸化は有意に上昇していた。以上の結果から、キナーゼドメイン内のFPD変異はLRRK2の細胞内でのキナーゼ活性を上昇させることが示唆された。

以上のごとく本研究において申請者は、2D-TLC解析を駆使することにより、LRRK2の細胞内における自己リン酸化部位を同定し、ROCドメイン内のThr1349の自己リン酸化によってキナーゼ活性が負に制御される可能性を示唆した、通常、低分子量G蛋白質は自身のGTPase活性により、GTP型からGDP型へと変化することで機能が制御されるが、たとえばRhoEはGTPase活性を持たないために恒常的にGTP型として存在し、その機能はROCKによるリン酸化により制御されることが知られている。それゆえ、細胞内で主にGTP型として存在するLRRK2のROCドメインの機能がリン酸化によって制御を受ける可能性は十分に考えられる。また、同定した自己リン酸化に対する特異抗体を応用し、細胞内でのLRRK2活性を検出することに初めて成功し、細胞内においてはG2019SのみならずI2020T変異も活性上昇を引き起こすことを見出した。キナーゼ活性を上昇させるG2019S,I2020T変異は、基質の過剰なリン酸化を介して神経毒性を発揮することが示唆される。これらの成果はパーキンソン病の病因解明ならびにシグナル伝達学に新知見を加えるものであり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定した。

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