学位論文要旨



No 128365
著者(漢字) 丸山,順一
著者(英字)
著者(カナ) マルヤマ,ジュンイチ
標題(和) ASK3-p38 MAPK 経路を介した新たなリン酸化による WNK4-NCC シグナル制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 128365
報告番号 甲28365
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1460号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 村田,茂穗
 東京大学 特任准教授 田口,友彦
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

With No lysine[K]4(WNK4)は,偽性低アルドステロン症II型(Pseudohypoaldosteronism typeII; PHAII)という遺伝性高血圧症の原因遺伝子として同定され,様々なイオンチャネルやイオントランスポータの機能を制御することが知られているフ.ロテインキナーゼである。PHAII変異を有するWNK4は腎臓遠位曲尿細管においてNa-Cl cotransporter(NCC)のタンパク量増加とリン酸化亢進を引き起こし,NaClの再吸収を促進して高血圧病態を引き起こすとされている。しかしながら,野生型WNK4がNCCに対して活性化または不活性化のどちらの制御を行うのかは不明であり,WNK4自体の機能制御機構も殆ど明らかにされていない。

当研究室において新規に同定されたApoptosis signal-regulating kinase3(ASK3)はASKIと高い相同性を有するMAP3Kであり,ストレス応答性MAPK経路であるc-JunN-terminal kinase(JNK)経路及びp38MAPK経路を活性化する。ASK3タンパクの臓器ごとの発現をイムノブロットで確認した結果,腎臓において強い発現が見られた。そこで,ASK3の腎臓における機能を明らかにする目的で,当研究室においてヒト腎臓cDNAライブラリーをpreyとした酵母ツーハイブリッド法によるASK3結合分子スクリーニングが行われた。その結果,ASK3結合分子としてWNK4が同定された。

WNK4はHEK293A細胞にてASK3と共発現すると,ASK3のキナーゼ活性依存的にイムノブロット上でリン酸化によるバンドシフトを起こした。さらにLC-MSIMSを用いた解析により,この時のWNK4におけるリン酸化部位の一つとしてS575が同定された。S575は未知のリン酸化部位であったことから,このリン酸化を介したWNK4の新たな機能制御機構の存在が示唆された。また,S575がPHAII変異部位に一次構造上近接して存在することから,未だ明らかとなっていないWNK4によるPHAII発症の詳細な分子機構の解明に資する可能性も考えられた。そこで私は博士課程において,WNK4S575リン酸化のメカニズム及び生理学的意義,ひいてはWNK4が原因のPHAII発症機構の解明を目指し解析を行った。

【方法・結果】

1.ASK3過剰発現依存的なWNK4S575リン酸化は38MAPK-MK2/3/5経路を介する

まず,ASK3がWNK4S575を直接リン酸化するか否かをinvitroキナーゼアッセイにより検討した。その結果,ASK3による直接のS575リン酸化は検出されなかった。一方で,マウス腎臓集合管上皮由来細胞株mIMCD3細胞において観察されるASK3過剰発現依存的なWNK4S575のリン酸化亢進はp38MAPK阻害剤SB202190の処置により顕著に減弱した(Fig.1A)。この結果より,ASK3過剰発現依存的なWNK4S575リン酸化はp38MAPK経路の活性化を介することが示唆された。S575の周辺配列はp38MAPKの基質コンセンサス配列ではなく,p38MAPKの下流で活性化するMAPK-activated protein kinase2/3/5(MK2/3/5)の基質コンセンサス配列と一致していた。そこで,MK2がWNK4S575を直接リン酸化するか否かをinvitroキナーゼアッセイにより検討したところ,MK2による直接のリン酸化が検出され,上流の他のキナーゼでは検出されなかった(Fig.1B)。以上の結果より,ASK3過剰発現依存的なWNK4S575リン酸化亢進はp38MAPK-MK2/3/5経路を介していることが示唆された。

2.S575リン酸化はWNK4の低浸透圧刺激依存的なキナーゼ活性化に必要である

WNK4のキナーゼ活性にっいてのS575リン酸化の影響をinvitroキナーゼアッセイにより検討した。その結果,低浸透圧刺激依存的なWNK4キナーゼ活性亢進がS575A変異体では有意に減弱していた。この結果より,WNK4は低浸透圧刺激依存的に活性化し,その活性化にS575リン酸化が関与する可能性が示唆された(Fig.2)。

3.WNK4はNCCタンパク量を正に制御する

PHAII発症機構におけるNCCとの関係を考慮し,WNK4とNCCを共に内在性に発現するマウス腎臓遠位曲尿細管上皮由来細胞株であるmpkDCT細胞を用いて,WNK4がNCCに対してどのような制御を行なっているか検討した。RNAiによりWNK4の発現抑制を行ったところ,mpkDCT細胞内在性NCCのバンド強度がメインバンド,アグリゲーションバンドともに減弱した(Fig.3)。この結果より,WNK4がNCCのタンパク量を正に制御する可能性が示唆された。また,WNK4ノックダウン時に見られるNCCタンパク量減少はリソソーム阻害剤処置により部分的に回復することから,WNK4によるNCCタンパク量の正の制御にNCCタンパクのリソソームを介した分解の抑制が関与する可能性が示唆された。

4.WNK4S575上流のキナーゼのASK3とMK2もNCCタンパク量を正に制御する

S575リン酸化の上流のキナーゼであるASK3とMK2についても同様の検討を行った。RNAiによりASK3の発現を抑制したところ,WNK4の発現を抑制した時と同様にNCCタンパク量の減少が観察された。このNCCタンパク量減少は,S575の直接のキナーゼとして機能するMK2の発現抑制によっても観察された。以上の結果から,WNK4によるNCCタンパク量維持制御にS575リン酸化が関与する可能性が示唆された。

5.WNK4S575は低浸透圧低クロライド刺激依存的にASK3-38MAPK経路を介してリン酸化される

NCCの細胞膜発現量は低浸透圧低クロライド刺激依存的に増加することが報告されており,このタンパク量増加にWNK4S575リン酸化による制御が関与する可能1生を考えた。そこで,rnpkDCT細胞を用いてWNK4S575が低浸透圧低クロライド刺激依存的にリン酸化されるか否かを検討した。その結果,mpkDCT細胞内在性WNK4のS575が低浸透圧低クロライド刺激依存的にリン酸化される様子が観察された(Fig.4)。また,このリン酸化はp38MAPK阻害剤であるsB203580,sB202190の処置(Fig.4A)やRNAiによるAsK3発現抑制(Fig.4B)により減弱した。以上の結果より,WNK4S575は低浸透圧低クロライド刺激依存的にASK3-p38MAPK経路を介してリン酸化され,NCC細胞膜発現量増加制御に関与する可能性が示唆された。

6.WNK4は低浸透圧低クロライド刺激依存的なNCC細胞膜発現量増加に関与する

細胞分画法を用いて細胞膜上に発現するNCCを検出する系を立ち上げ,低浸透圧低クロライド刺激依存的なNCC細胞膜発現量増加に対するWNK4の関与を検討した。その結果,WNK4のノックダウンにより低浸透圧低クロライド刺激依存的な細胞膜画分中のNCCタンパク量増加が減少する様子が観察された。以上の結果より,WNK4が低浸透圧低クロライド刺激依存的なNCC細胞膜発現量増加に関与する可能性が示唆された。

【まとめと考察】

WNK4のキナーゼ活性がどのような刺激で亢進するか,またその制御機構についてはこれまで解析が遅れていた。本研究において,WNK4が低浸透圧刺激時に活性化し,その時の十分な活性化にS575リン酸化が必要であることが明らかとなった。今後このリン酸化が関与するWNK4キナーゼ活性の制御機構を解析することで,WNK4の詳細な活性制御機構について新たな治験を提供できるものと思われる。

これまでの過剰発現系の解析から,WNK4はNCCタンパク量の負の制御因子であると考えられてきた。本研究において,NCCを内在性に発現するmpkDCT細胞ではWNK4はNCCタンパク量を正に制御することが明らかとなった。これはWNK4とNCCがともに内在性に発現するmpkDCT細胞を用いて初めて明らかになった結果である。

また,WNK4S575が低浸透圧低クロライド刺激依存的にASK3-p38MAPK経路を介してリン酸化されることを明らかにし,刺激依存的なNCCタンパク量増加制御に関与する可能性を見出した。NCCが発現している遠位曲尿細管においてクロライドイオン濃度の低下はNaCl再吸収を亢進することが報告されており,WNK4が刺激依存的にNCCタンパク量を増加させNCC活性化を促すことは合理的であると考えられる。

WNK4によるNCCタンパク量制御の分子機構や,その制御におけるS575リン酸化の必要性は未だ不明である。今後は,WNK4によるNCCタンパク量制御におけるS575リン酸化の重要性を検証していくとともに,WNK4によるNCCタンパク量制御機構の詳細な解析を行なっていく予定である。

Fig.1 ASK3過剰発現依存的なS575リン酸化はp38MAPK-MK経路を介する

A.ASK3過剰発現によるS575リン酸化はp38MAPK阻害剤により減弱する

B.in vitroキナーゼアッセイ。MK2はS575を直接リン酸化する

Fig.2 S575はWNK4の低浸透圧刺激依存的なキナーゼ活性化に必要である

Fig.3NCCタンパク量はWNK4の発現抑制により減少する

Fig.4低浸透圧低クロライド刺激依存的S575リン酸化はASK3-p38MAPK経路を介する

A.p38 MAPK阻害剤処置実験

B.ASK3発現抑制実験

審査要旨 要旨を表示する

With No lysine [K] 4 (WNK4)は,偽性低アルドステロン症II 型(Pseudohypoaldosteronism type II;PHAII)という遺伝性高血圧症の原因遺伝子として同定され,様々なイオンチャネルやイオントランスポータの機能を制御することが知られているプロテインキナーゼである。PHAII 変異を有するWNK4 は腎臓遠位曲尿細管においてNa-Cl cotransporter (NCC)のタンパク量増加とリン酸化亢進を引き起こし,NaCl の再吸収を促進して高血圧病態を引き起こすとされている。しかしながら,野生型WNK4 がNCC に対して活性化または不活性化のどちらの制御を行うのかは不明であり,WNK4自体の機能制御機構も殆ど明らかにされていない。

申請者所属研究室において新規に同定されたApoptosis signal-regulating kinase 3 (ASK3)はASK1と高い相同性を有するMAP3Kであり,ストレス応答性MAPK経路であるc-Jun N-terminal kinase (JNK)経路及びp38 MAPK 経路を活性化する。ASK3 タンパクの臓器ごとの発現をイムノブロットで確認した結果,腎臓において強い発現が見られた。そこで,ASK3 の腎臓における機能を明らかにする目的で,申請者所属研究室においてヒト腎臓cDNA ライブラリーをprey とした酵母ツーハイブリッド法によるASK3 結合分子スクリーニングが行われた。その結果,ASK3 結合分子としてWNK4が同定された。

WNK4 はHEK293A 細胞にてASK3 と共発現すると,ASK3 のキナーゼ活性依存的にイムノブロット上でリン酸化によるバンドシフトを起こした。さらにLC-MS/MS を用いた解析により,この時のWNK4 におけるリン酸化部位の一つとしてS575 が同定された。S575 は未知のリン酸化部位であったことから,このリン酸化を介したWNK4 の新たな機能制御機構の存在が示唆された。また,S575 がPHAII 変異部位に一次構造上近接して存在することから,未だ明らかとなっていないWNK4によるPHAII 発症の詳細な分子機構の解明に資する可能性も考えられた。そこで申請者は,WNK4S575 リン酸化のメカニズム及び生理学的意義,ひいてはWNK4 が原因のPHAII 発症機構の解明を目指し解析を行った。以下に本研究により得られた主要な知見をまとめた。

1. ASK3 過剰発現依存的なWNK4 S575 リン酸化はp38 MAPK-MK2/3/5 経路を介する

まず,ASK3 がWNK4 S575 を直接リン酸化するか否かをin vitro キナーゼアッセイにより検討した。その結果,ASK3 による直接のS575 リン酸化は検出されなかった。一方で,マウス腎臓集合管上皮由来細胞株mIMCD3 細胞において観察されるASK3 過剰発現依存的なWNK4 S575 のリン酸化亢進は38MAPK 阻害剤SB202190 の処置により顕著に減弱した。この結果より,ASK3 過剰発現依存的なWNK4 S575 リン酸化はp38 MAPK 経路の活性化を介することが示唆された。S575 の周辺配列はp38 MAPK の基質コンセンサス配列ではなく,p38 MAPK の下流で活性化するMAPK-activated protein kinase 2/3/5 (MK2/3/5)の基質コンセンサス配列と一致していた。そこで,MK2がWNK4 S575 を直接リン酸化するか否かをin vitro キナーゼアッセイにより検討したところ,MK2による直接のリン酸化が検出され,上流の他のキナーゼでは検出されなかった。以上の結果より,ASK3 過剰発現依存的なWNK4 S575 リン酸化亢進はp38 MAPK-MK2/3/5 経路を介していることが示唆された。

2. S575 リン酸化はWNK4 の低浸透圧刺激依存的なキナーゼ活性化に必要である

WNK4のキナーゼ活性についてのS575 リン酸化の影響をin vitro キナーゼアッセイにより検討した。その結果,低浸透圧刺激依存的なWNK4 キナーゼ活性亢進がS575A 変異体では有意に減弱していた。この結果より,WNK4 は低浸透圧刺激依存的に活性化し,その活性化にS575 リン酸化が関与する可能性が示唆された。

3. WNK4 はNCC タンパク量を正に制御する

PHAII 発症機構におけるNCC との関係を考慮し,WNK4 とNCC を共に内在性に発現するマウス腎臓遠位曲尿細管上皮由来細胞株であるmpkDCT 細胞を用いて,WNK4 がNCC に対してどのような制御を行なっているか検討した。RNAi によりWNK4 の発現抑制を行ったところ,mpkDCT 細胞内在性NCC のバンド強度がメインバンド,アグリゲーションバンドともに減弱した。この結果より,WNK4 がNCC のタンパク量を正に制御する可能性が示唆された。また,WNK4 ノックダウン時に見られるNCC タンパク量減少はリソソーム阻害剤処置により部分的に回復することから,WNK4 によるNCC タンパク量の正の制御にNCC タンパクのリソソームを介した分解の抑制が関与する可能性が示唆された。

4. WNK4 S575 上流のキナーゼのASK3 とMK2 もNCC タンパク量を正に制御する

S575 リン酸化の上流のキナーゼであるASK3 とMK2 についても同様の検討を行った。RNAi によりASK3 の発現を抑制したところ,WNK4 の発現を抑制した時と同様にNCC タンパク量の減少が観察された。このNCC タンパク量減少は,S575 の直接のキナーゼとして機能するMK2 の発現抑制によっても観察された。以上の結果から,WNK4 によるNCC タンパク量維持制御にS575 リン酸化が関与する可能性が示唆された。

5. WNK4 S575 は低浸透圧低クロライド刺激依存的にASK3-p38 MAPK 経路を介してリン酸化される

NCC の細胞膜発現量は低浸透圧低クロライド刺激依存的に増加することが報告されており,このタンパク量増加にWNK4 S575 リン酸化による制御が関与する可能性を考えた。そこで,mpkDCT細胞を用いてWNK4 S57 5 が低浸透圧低クロライド刺激依存的にリン酸化されるか否かを検討した。その結果,pkDCT 細胞内在性WNK4 のS575 が低浸透圧低クロライド刺激依存的にリン酸化される様子が観察された。また,このリン酸化はp38 MAPK 阻害剤であるSB203580, SB202190 の処置やRNAi によるASK3 発現抑制により減弱した。以上の結果より,WNK4 S575 は低浸透圧低クロライド刺激依存的にASK3-p38 MAPK 経路を介してリン酸化され,NCC 細胞膜発現量増加制御に関与する可能性が示唆された。

6. WNK4 は低浸透圧低クロライド刺激依存的なNCC 細胞膜発現量増加に関与する

細胞分画法を用いて細胞膜上に発現するNCC を検出する系を立ち上げ,低浸透圧低クロライド刺激依存的なNCC 細胞膜発現量増加に対するWNK4 の関与を検討した。その結果,WNK4 のノックダウンにより低浸透圧低クロライド刺激依存的な細胞膜画分中のNCC タンパク量増加が減少する様子が観察された。以上の結果より,WNK4 が低浸透圧低クロライド刺激依存的なNCC 細胞膜発現量増加に関与する可能性が示唆された。

本研究において,WNK4 におけるASK3-p38 MAPK-MK 経路依存的な新規リン酸化部位としてS575 を同定し,そのリン酸化がWNK4 のキナーゼ活性制御に関与することを見出した。また,先行研究での過剰発現系による解析からNCC タンパク量の負の制御因子であると考えられてきたWNK4 が,腎臓遠位曲尿細管細胞においてNCC タンパク量を正に制御することを見出した。WNK4のキナーゼ活性制御機構はこれまで殆ど明らかになっておらず,活性制御に関与するリン酸化部位であるS575 を同定したことはWNK4 キナーゼ活性制御機構の解明において重要な知見であると考えられる。また,WNK4 が実際に機能する場である遠位曲尿細管細胞においてNCC タンパク量を正に制御することを見出したことは,これまでWNK4 をNCC の負の制御因子として捉えてきたWNK4 研究に一石を投じ,より正確なWNK4 の機能の理解に繋がる重要な知見であると考えられる。本研究の結果は以上の二点において意義深いと考えられ,博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク