学位論文要旨



No 128367
著者(漢字) 山内,翔太
著者(英字)
著者(カナ) ヤマウチ,ショウタ
標題(和) Fc γ 受容体を介した貪食作用のミオシンII による制御機構の解明
標題(洋)
報告番号 128367
報告番号 甲28367
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1462号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 准教授 垣内,力
 東京大学 准教授 東,伸昭
 東京大学 講師 千原,崇裕
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

細菌やウイルスといった病原微生物などの異物が体内に侵入すると、これを排除するためにさまざまな生体防御反応が誘導される。中でも食細胞(= professional phagocyte)と称されるマクロファージなどの免疫細胞が、異物を細胞内へ取り込み、分解する作用は、その重要な一角を占める。特に直径0.5μm を超える異物の取り込みは貪食(= ファゴサイトーシス)と呼ばれており、食細胞は貪食作用を引き起こすために種々の受容体を発現している。これらの受容体は、異物に付着した血清由来タンパク質と結合するものと、異物の表面分子と結合するものの二種類に分けられる。前者を代表する受容体としては、免疫グロブリンG(IgG)に結合するFcγ受容体がある。IgG に覆われた異物が食細胞と接触すると、Fcγ受容体はIgG のFc 領域に結合し、集積する。その後、細胞膜が異物の一部を包み込みように伸展し、カップのような形状(ファゴサイティックカップ)をとる。それに前後して受容体シグナルが活性化されることで、局所的なアクチン重合が惹起される。この新たに形成されたアクチンフィラメント(F-アクチン)が押し出す形でファゴサイティックカップが異物の表面に沿ってさらに伸展し、最終的にその全体を取り囲む。ファゴサイティックカップの閉塞に伴い、異物は細胞内に取りまれ、分解される。

Fcγ受容体によるシグナル伝達は、γ鎖(FcRγ)のリン酸化によって開始される。FcRγはITAM(immunoreceptor tyrosine-based activation motif)と呼ばれる配列を細胞質領域に有しており、Src ファミリータンパク質がこの配列内の二つのチロシン残基をリン酸化する。このチロシン残基が、チロシンキナーゼSyk の二つのSH2 ドメインと特異的に結合することで、Syk の活性化が誘導される。これまで、ノックアウトマウスなどの解析により、Fcγ受容体を介した貪食作用にはSyk が不可欠であることが明らかにされている。免疫細胞のSrc ファミリーキナーゼの活性制御ではCD45 などの受容体型フォスファターゼが重要な役割を果たすことが知られている。

ミオシンII は、アクチンフィラメントを架橋し収縮作用を担うモータータンパク質で、細胞の分裂や遊走、また接着といった様々な機能に深く関わっている。古くからファゴサイティックカップにミオシンII が局在していることは知られているが、これらのミオシンII は軽鎖がリン酸化された活性型であること、この活性を阻害すると貪食の効率が低下することが近年になり報告されている。このように、ミオシンII のFcγ受容体を介した貪食作用への関与は明らかにされているものの、その制御機構はわかっていない。 そこで本研究ではこの機構の解明を試みた。

<方法・結果>

はじめにRAW264.7マウスマクロファージ様細胞(以下RAW細胞)の貪食作用にミオシンIIが関与していることを確認するため、blebbistatin (ミオシンIIATPase活性阻害剤) またはML-7 (ミオシン軽鎖キナーゼ阻害剤) 存在下で、IgGでオプソニン化したビーズ (以下IgGビーズ)の取り込みを比較した。予想通り、これらの阻害剤で貪食作用は顕著に抑制された(図1)。

ファゴサイティックカップの伸展の駆動力は、主にアクチン重合により供給される。そこで次に、貪食時のF-アクチン動態を可視化するため、イノシトールトリスリン酸3キナーゼA のF-アクチン結合領域(アミノ酸9-40)と蛍光タンパク質tdTomatoの融合タンパク質 (F-Tractin-tdTomato) をRAW細胞に発現させ、共焦点顕微鏡で観察した。阻害剤無処理の細胞では、ビーズの接触位置でファゴサイティックカップが形成されるのに続き、F-アクチンの集積とそれに伴うファゴサイティックカップの伸展がみられた(図2、上段、90秒後)。この伸展の途中からファゴサイティックカップの底において、F-アクチンが離散し始めた(150秒後)。ビーズが細胞内に取り込まれた後は、F-アクチンの集積は検出されなかった(240秒後)。これに対し、ミオシンIIの阻害剤で処理した細胞では浅いファゴサイティックカップは形成されるが、F-actinの集積が抑制されていた(図2、中段.下段)。

Sykがアクチン重合を引き起こす過程へのミオシンIIの関与を検討した。Fcγ受容体IIAの細胞内ドメインをSykと置換したキメラタンパク質(FcγRIIA-Syk)を内在性のFcγ受容体を持たないCOS-7細胞に発現させることで、IgGビーズの細胞内への取り込みを誘導させたときのミオシンIIの役割について解析した。F-アクチンの集積を蛍光色素で標識したファロイジンによる染色で調べたところ、阻害剤の有無にかかわらず、ビーズの周辺にはF-アクチンが集積することが示された(図3 A)。一方、Sykのキナーゼ活性欠損変異体のキメラタンパク質(FcγRIIA-Syk-K402R)を発現させた細胞では、キメラタンパク質はビーズの接触位置に集積するものの、F-アクチンの集積を伴わなかった (図3B)。以上の結果から、Sykはキナーゼ活性依存的にF-アクチンの集積を促進すること、このF-アクチンの集積はミオシンIIに依存しないことが示された。

そこで、Sykのファゴサイティックカップへの集積に対するミオシンIIの関与を調べた。RAW細胞に、Syk-tdTomatoを発現させ、 Sykの動態を可視化した。阻害剤無処理の細胞では、Sykはビーズの接触位置に集積し(~60秒後)、ファゴサイティックカップの閉塞に先立って離散し始めた(図4、上段)。このようなSykの集積はミオシンII阻害剤の存在下では抑制されていた(図4、中段.下段)。またSykとFcRγの会合を免疫沈降法により調べた結果、IgGビーズの刺激依存的にSykとFcRγは会合したが、この会合はミオシンII阻害剤により抑制された(図5 A)。FcRγとSykの会合には、FcRγのITAMのチロシンリン酸化が必要である。このチロシンリン酸化に対するミオシンIIの関与を調べた。IgGビーズでFcRγ のITAMのリン酸化は誘導されるが、これはミオシンIIの阻害剤で顕著に抑制されることが示され、ミオシンIIの活性が必要であることがわかった(図5 B)。

Fcγ受容体の集積がFcRγのリン酸化に必要であると考えられていることから、FcRγの細胞内分布を免疫蛍光で調べた。ミオシンII阻害剤の有無に関係なく、FcRγはIgGビーズとの接触位置に集積していた(図6)。

貪食受容体Dectin-1 シグナルの活性化にはCD45 などの受容体型フォスファターゼが標的粒子の接触位置から排除されることが必要である。Fcγ 受容体シグナルの活性化においてもCD45 が同様に排除される可能性を検討した。CD45 の細胞内局在を免疫蛍光により調べたところ、CD45 は細胞膜上にほぼ一様に発現していたが、IgG ビーズの接触位置からは排除されていた(図7)。また、この場所にはチロシンリン酸化タンパク質が集積していることが確認された。この結果はFcγ 受容体を介した貪食時にも、標的粒子の接触位置からのCD45 の排除が、受容体シグナルの活性化に必要である可能性を示唆している。

このCD45 の排除に対するミオシンII の寄与を免疫蛍光により調べた。阻害剤無処理の細胞ではビーズの接触位置にFcRγ が集積し、CD45 は排除されていた(図7)。これに対し、blebbstatin あるいはML-7 で処理した細胞ではFcRγ はビーズの接触位置に集積するものの、CD45 は排除されずに留まっていた。これらの結果はCD45 のビーズの接触位置からの排除はミオシンII 活性に依存することを示している。

本研究ではミオシンIIがFcRγのリン酸化を促進することで、Sykのファゴサイティックカップへの集積とその下流で起こるF-アクチンの集積に寄与することが示された。また、標的粒子の接触位置へのFcγ受容体の集積はミオシンII活性非依存的に起こるが、受容体型フォスファターゼであるCD45の排除はミオシンII活性に依存することが分かった。これらの結果はミオシンIIによるFcγ受容体とCD45の隔離がFcRγのリン酸化と標的粒子の取り込みに必要であることを示すと考えられる。

図1.FcγRを介した貪食にはミオシンII 活性が必要である

図2.貪食のF-アクチンの集積にはミオシンII 活性が必要である

図3.SykによるF-アクチンの集積はミオシンII 活性を要求しない

図4.Sykのファゴサイティックカップへの集積にはミオシンII 活性が必要である

図5.Fcγ受容体シグナルの活性化にはミオシンII 活性が必要である

図6.Fcγ受容体ファゴサイティックカップへの集積はミオシンII 活性を要求しない

図7.FcγR受容体を介した貪食では標的粒子の接触位置からCD45が排除される

図8.CD45の排除にはミオシンII 活性が必要である

審査要旨 要旨を表示する

細菌やウイルスといった異物が体内に侵入すると、これを排除するためにさまざまな生体防御反応が誘導される。マクロファージなどの免疫細胞が異物を細胞内へ取り込み、分解する作用は、その重要な一角を占める。特に直径0.5μm を超える異物の取り込みは貪食(= ファゴサイトーシス)と呼ばれており、食細胞は貪食作用を引き起こすために種々の受容体を発現している。これらの受容体は、異物に付着した血清由来タンパク質と結合するものと異物自体の表面分子と結合するものの二種類に分けられる。前者を代表する受容体としては、免疫グロブリンG(IgG)のFc 領域に結合するFcγ受容体がある。

Fcγ受容体シグナルは、γ鎖(FcRγ)のリン酸化によって開始される。FcRγはITAM(immunoreceptor tyrosine-based activation motif)と呼ばれる配列を細胞質領域に有している。ITAM はT 細胞受容体やB 細胞受容体などの受容体においても見られ、様々な免疫シグナルに関与することが知られている。Fcγ受容体シグナルではITAM 内の二つのチロシン残基がSrc ファミリーキナーゼにリン酸化されると、チロシンキナーゼSyk がSH2 ドメインを介してこれらのリン酸化チロシンと特異的に結合し、活性化される。活性化されたSykは、ファゴサイティックカップにおける局所的なアクチン重合等、貪食に必要な応答を促すと考えられている。IgG とFcγ受容体の結合がITAM のリン酸化を引き起こす機構は不明である。

ミオシンII は、アクチンフィラメントを架橋し収縮力を生ずるモータータンパク質で、分裂、遊走、接着などの細胞機能に必要であることがわかっている。ファゴサイティックカップにミオシンII が局在していること、これらのミオシンII は軽鎖がリン酸化された活性型であること、ミオシンII 活性を阻害すると標的粒子の取り込み効率が低下することなどからミオシンII はFcγ受容体を介した貪食に寄与することがわかっているが、その機構は明らかではない。

近年免疫細胞におけるシグナル伝達におけるミオシンII 活性の必要性が報告されてきている。そこで、申請者はFcγ受容体シグナルとミオシンII の関係を中心にミオシンII の貪食における役割を明らかにすることを目的として研究を行い、ミオシンII 活性が貪食におけるFcγ受容体シグナルの活性化に必要であること、またこのミオシンII 活性に依存したシグナルの活性化は、細胞膜上のシグナル伝達分子の局在制御によることを示した。

申請者はミオシンII 活性を阻害したマクロファージにおいてはSrc ファミリーキナーゼによるFcRγのリン酸化とそれに伴うSyk との結合が抑制されることを見出した。また、Syk の下流で起こる局所的なアクチン重合も抑制されており、その結果ファゴサイティックカップの伸展が抑えられていた。

免疫細胞におけるSrc ファミリーキナーゼの活性はCD45 などの受容体型フォスファターゼにより制御されることが知られている。マクロファージにおいてはCD45 がSrc ファミリーキナーゼの異なる二つのチロシン残基を脱リン酸化することにより、活性化と不活性化の両方に寄与することがわかっている。

本研究ではIgG で覆われた標的粒子がマクロファージと接触するとFcγ受容体が接触位置に集積するのに対し、CD45 がこの場所から排除されること、すなわちFcγ受容体とCD45が細胞膜上で分離されることが見出された。また、このCD45 の排除はミオシンII 活性に依存することが示された。

以上の結果から、Fcγ受容体シグナルを阻害しうるCD45 がミオシンII 活性依存的にFcγ受容体と隔離されることが、Fcγ受容体シグナルの活性化とそれに続くアクチン重合、標的粒子の取り込みに必要であると考えられる。

このように申請者はミオシンII が細胞膜上におけるシグナル伝達分子の分布を制御することで、受容体シグナルの活性化に寄与する機構を明らかにした。T 細胞受容体シグナルはFcγ受容体シグナルと同様ITAM のリン酸化により開始されるが、ミオシンII 活性がこのT 細胞受容体シグナルに必要であるとする報告がある。本研究で示されたミオシンII によるシグナル活性化機構がT 細胞受容体をはじめ、Fcγ受容体以外のITAM を有する受容体でも共有されている可能性が考えられる。

以上より、本研究は博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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