学位論文要旨



No 128368
著者(漢字) 張,珺瑋
著者(英字)
著者(カナ) チャン,ジュンウェイ
標題(和) ストレス環境下における生きた細胞内のmRNAダイナミクスに関する研究
標題(洋) Study of mRNA dynamics during stress in living cells
報告番号 128368
報告番号 甲28368
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1463号
研究科 薬学系研究科
専攻 統合薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

遺伝子調節において、mRNA代謝の役割は極めて重要である。その一例として、mRNAの代謝調節は真核細胞が不利な環境変化に適応するために行うストレス応答において中心的な役割を果たしていることが挙げられる。真核細胞はストレスを受けた時に、細胞質内にストレス顆粒(stress granules, SG)を形成する。SGはストレス環境下にしか存在せず、特定のmRNAを選別、リモデルする働きがあり、mRNAの翻訳制御、分解、貯蔵に機能すると言われている。SGの機能は翻訳調節の一環であり、その制御の対象であるmRNAの動態を直接観察することはmRNAの代謝のみならず翻訳調節機構の解明に大変有意義であると考えられる。しかしながら、今までストレス環境中のSGにおけるmRNAの研究は主にタンパク質をマーカーとして用いて間接的にのみ進められてきたため、mRNAの挙動は不明であった。そこで、本研究では、線形アンチセンスプローブを用い、生きた細胞内における内在性mRNAを可視化し、リアルタイムに解析することによって、細胞がストレスを受けた際の遺伝子発現・調節メカニズムを解明することを目的とした。

Argonaute proteinや、miRNA、RNA editing enzymesなどを取り込んでmiRNAの機能を調節し、SG内にある特定のmRNAに機能する可能性が示唆された。このことから、miRNAを調節することで、細胞は特定のmRNAの発現を変化させてストレスに対応している可能性がある。しかし、従来の生化学的な手法による細胞集団から回収した構成因子の解析や、タンパク質の相互作用解析法では限界を示しており、一細胞レベルでのmiRNAの直接解析法が求められていた。そこで、本研究ではこれまでに構築した内在性mRNAのリアルタイムイメージング法に加え、miRNAを蛍光イメージングすることにより、その細胞内の動態をはじめ、mRNAの動態との同時解析を目的とした。

【結果】

1. ストレス環境下における内在性mRNAのリアルタイムイメージング

1.1 生きた細胞における内在性mRNAの検出

まず、内在性mRNAを可視化するために、5'端にCy3を、3'端にbiotin-streptavidinを標識したpoly(U)22 2'-O-methyl RNA probeをマイクロインジェクションによりCOS7細胞の細胞質に導入し、poly(A)+ mRNAを標識した(図1A,B)。蛍光相関分光法(fluorescence correlation spectroscopy, FCS)によって、プローブ結合率をその拡散運動から定量解析したところ、生きた細胞内の約90%のプローブがmRNAに結合していることを確認できた(図1C)。

1.2 ストレス環境下におけるmRNAのストレス顆粒への集合

0.5 mM arseniteにより酸化ストレスを負荷して落射蛍光顕微鏡で観察したところ、生きた細胞の内在性mRNAが集合し、顆粒を形成する様子をリアルタイムに観察することにはじめて成功した(図2)。内在性poly(A)+ mRNAはストレスを負荷してから20分前後に多くの小さい顆粒が形成し、30分頃から小さい顆粒は徐々に大きい顆粒へと集合していった。一方、ストレスを負荷していない細胞や、コントロールプローブであるpoly(A)18 2'-O-methylRNA probeが導入された細胞ではこのような変化は見られなかった。また、SGに局在するタンパク質であり、マーカーとして広く用いられているTIA-1のGFP融合タンパク質を発現させることで、mRNA顆粒がSGであることを確認した。

1.3 ストレス顆粒内のmRNAの動態に関する研究

SGに局在するタンパク質を光退色後蛍光回復法(fluorescence recovery after photobleaching,FRAP)で調べた先行研究により、SGの構成タンパク質は常にSG 内外を出入りしており、ダイナミックな状態にあることが示唆された。しかし、実際にSGへ集まった内在性mRNAの動態は不明であった。そこで、本研究では内在性poly(A)+ mRNAを上述の方法で蛍光標識し、ストレス負荷により形成したSG内の内在性poly(A)+ mRNAのダイナミクスをFRAPで調べた。

その結果、SG中の約34%のpoly(A)+ mRNAは動きが制限されており、SGの中に留まっていることを発見した(図3)。さらに、蛍光回復曲線は異なる時定数を有する二成分の指数関数で近似することができた。なお、ストレスの負荷時間を変えたり、標的mRNAを変えて単一種類のmRNA (c-fos mRNA)を標識したりしても同様の結果が得られた。蛍光回復曲線から得られた二成分の意味を明らかにするため、FRAPを行う際の光照射範囲を拡大し、時定数τ1, τ2の変化を調べた。その結果、τ1は光照射範囲の拡大とともに大きくなったに対し、τ2は変化しなかった(図4)。このことから、τ1は自由に運動するmRNAを示し、τ2は運動が制限されているmRNAのSGとの結合・解離を表していると考えられる。

2. 生きた細胞におけるmiRNAのイメージング

生細胞においてmiRNAをイメージングするため、3'2端にCy3標識したRNA 骨格のlet-7a-1 miRNA guide strandと3'端にCy5標識したRNA 骨格のlet-7a-1 miRNA passenger strandを濃度比1:1で反応させ、miRNA/miRNA* duplexを調製した。それをマイクロインジェクションによりCOS7細胞の細胞質に導入した。0.5 mM arseniteにより酸化ストレスを負荷して落射蛍光顕微鏡で観察したところ、Cy3が示すguide strandは細胞質に分布し、ストレス応答にともないSGへ集合した。一方、Cy5が示すpassenger strandはほぼ細胞質から消失し、このような変化は見られなかった(図5)。また、この結果が標識した蛍光色素に起因しないことを示すため、3'端にCy5標識したguide strandと3'端にCy3標識したpassenger strandを用いて同様の実験を行った結果、Cy5が示すguide strandはストレス環境下にSGへ集合が見られた。さらに、いかなるstrandでも一本鎖で細胞内に導入した場合はストレス応答による局在化は見られなかった。これらの結果から、導入したmiRNAが機能してRISC複合体へ取り込まれること、またmiRNA複合体はストレス環境下でSGに局在することを明らかにした。

【まとめと今後の展望】

本研究では、線形アンチセンスプローブを用いて、ストレスによる内在性mRNAの局在変化に伴うダイナミックな制御の可視化に成功した。この過程で、一部のmRNAの動きはSG内に制限されていることを発見したが、これは生きた細胞の内在性mRNAのリアルタイムイメージングによって初めて明かになった結果である。生理的な意味としては、mRNAがSGに留まることで、その翻訳抑制や、リモデルなどを可能にし、mRNAレベルでのストレス応答の中心的な役割を果たしていると考えられる。本法は種々のダイナミックなmRNA調節の研究への応用が期待される。また、miRNAのmRNA制御への寄与を解明するため、生細胞内でのmiRNAの蛍光イメージング法を開発し、miRNAがSGにおけるmRNA調節に関与することを発見した。miRNAをリアルタイムで追跡することにより、ストレス環境下の局在変化やその役割などの解明はもちろん、miRNAによる遺伝調節の研究の展開も期待される。

Zhang J., Okabe K., Tani T., Funatsu T., J. Cell Sci., 124: 4087-4095 (2011).

図1. poly(U)22 probeによるpoly(A)+ mRNAの可視化

A. poly(U)22 probeとpoly(A)+ mRNAの結合の模式図

B. 内在性mRNAの蛍光イメージング

C. FCSによる生細胞内のプローブ結合率の測定

図2.ストレス環境下でpoly(A)+ mRNAがSGへ集合する様子

図3. SGに蓄積したmRNAの光退色後蛍光回復(mean ± SD, n=9)の結果

図4.FRAPにおける光照射範囲を変えた際の時定数の変化

図5.miRNA/miRNA* duplexを細胞内に導入した直後(左列)及びストレス環境下の蛍光イメージング像(右列)

審査要旨 要旨を表示する

遺伝子調節において、mRNA代謝の役割は極めて重要である。その一例として、mRNAの代謝調節は真核細胞が不利な環境変化に適応するために行うストレス応答において中心的な役割を果たしていることが挙げられる。真核細胞はストレスを受けた時に、細胞質内にストレス顆粒(stress granules, SG)を形成する。SGはストレス環境下にしか存在せず、特定のmRNAを選別、リモデルする働きがあり、mRNAの翻訳制御、分解、貯蔵に機能すると言われている。SGの機能は翻訳調節の一環であり、その制御の対象であるmRNAの動態を直接観察することはmRNAの代謝のみならず翻訳調節機構の解明に大変有意義であると考えられる。しかしながら、今までストレス環境中のSGにおけるmRNAの研究は主にタンパク質をマーカーとして用いて間接的にのみ進められてきたため、mRNAの挙動は不明であった。そこで、本論文では、線形アンチセンスプローブを用いて生きた細胞内における内在性mRNAを可視化し、SGにおけるmRNAのダイナミクスをリアルタイムに解析することにより、細胞がストレスを受けた際の遺伝子発現・調節メカニズムを明らかにしようとしている。

まず、第1章では、イントロダクションとしてストレス環境化におけるmRNAやmiRNAの応答など、本研究の背景が述べられている。

第2章では、本研究で用いた材料と実験方法がまとめられている。特に、pre-miRNAの調製、光退色後蛍光回復法(fluorescence recovery after photobleaching, FRAP)、蛍光相関分光法(fluorescence correlation spectroscopy, FCS)が詳細に説明されている。

第3章では、ストレス環境下におけるmRNAの動態について述べられている。まず、内在性mRNAを可視化するために、5'端にCy3を、3'端にbiotin-streptavidinを標識したpoly(U)22 2'-O-methyl RNA probeをマイクロインジェクションによりCOS7細胞の細胞質に導入し、poly(A)+ mRNAを標識した。蛍光相関分光法(fluorescence correlation spectroscopy, FCS)によって、プローブ結合率をその拡散運動から定量解析したところ、生きた細胞内の約90%のプローブがmRNAに結合していることを確認できた。0.5 mM arseniteにより酸化ストレスを負荷して落射蛍光顕微鏡で観察したところ、生きた細胞の内在性mRNAが集合し、顆粒を形成する様子をリアルタイムに観察することにはじめて成功した。内在性poly(A)+ mRNAはストレスを負荷してから20分前後に多くの小さい顆粒が形成し、30分頃から小さい顆粒は徐々に大きい顆粒へと集合していった。一方、ストレスを負荷していない細胞や、コントロールプローブであるpoly(A)18 2'-O-methyl RNA probeが導入された細胞ではこのような変化は見られなかった。また、SGに局在するタンパク質であり、マーカーとして広く用いられているTIA-1のGFP融合タンパク質を発現させることで、mRNA顆粒がSGであることを確認した。引き続き、SG内のmRNAの動態がFRAPにより解析されている。SGに局在するタンパク質をFRAPで調べた先行研究により、SGの構成タンパク質は常にSG 内外を出入りしており、ダイナミックな状態にあることが示唆された。しかし、実際にSGへ集まった内在性mRNAの動態は不明であった。そこで、本研究では内在性poly(A)+ mRNAを上述の方法で蛍光標識し、ストレス負荷により形成したSG内の内在性poly(A)+ mRNAのダイナミクスをFRAPで調べた。その結果、SG中の約34%のpoly(A)+ mRNAは動きが制限されており、SGの中に留まっていることを発見した。さらに、蛍光回復曲線は異なる時定数を有する二成分の指数関数で近似することができた。なお、ストレスの負荷時間を変えたり、標的mRNAを変えて単一種類のmRNA (c-fos mRNA)を標識したりしても同様の結果が得られた。蛍光回復曲線から得られた二成分の意味を明らかにするため、FRAPを行う際の光照射範囲を拡大し、時定数t1, t2の変化を調べた。その結果、t1は光照射範囲の拡大とともに大きくなったに対し、t2は変化しなかった。このことから、t1は自由に運動するmRNAを示し、t2は運動が制限されているmRNAのSGとの結合・解離を表していると考えられた。

第4章では、生細胞におけるmiRNAのイメージングが行われている。近年、miRNAは細胞のストレス応答に関わっていることが報告されている。SGはargonaute proteinや、miRNA、RNA editing enzymesなどを取り込んでmiRNAの機能を調節し、SG内にある特定のmRNAに機能する可能性が示唆された。このことから、miRNAを調節することで、細胞は特定のmRNAの発現を変化させてストレスに対応している可能性がある。しかし、従来の生化学的な手法による細胞集団から回収した構成因子の解析や、タンパク質の相互作用解析法では限界を示しており、一細胞レベルでのmiRNAの直接解析法が求められていた。そこで、本研究ではこれまでに構築した内在性mRNAのリアルタイムイメージング法に加え、miRNAを蛍光イメージングすることにより、その細胞内の動態をはじめ、mRNAの動態との同時解析を目的とした。 生細胞においてmiRNAをイメージングするため、3'端にCy3標識したRNA 骨格のlet-7a-1 miRNA guide strandと3'端にCy5標識したRNA 骨格のlet-7a-1 miRNA passenger strandを濃度比1:1で反応させ、miRNA/miRNA* duplexを調製した。それをマイクロインジェクションによりCOS7細胞の細胞質に導入した。0.5 mM arseniteにより酸化ストレスを負荷して落射蛍光顕微鏡で観察したところ、Cy3が示すguide strandは細胞質に分布し、ストレス応答にともないSGへ集合した。一方、Cy5が示すpassenger strandはほぼ細胞質から消失し、このような変化は見られなかった。また、この結果が標識した蛍光色素に起因しないことを示すため、3'端にCy5標識したguide strandと3'端にCy3標識したpassenger strandを用いて同様の実験を行った結果、Cy5が示すguide strandはストレス環境下にSGへ集合が見られた。さらに、いかなるstrandでも一本鎖で細胞内に導入した場合はストレス応答による局在化は見られなかった。これらの結果から、導入したmiRNAが機能してRISC複合体へ取り込まれること、またmiRNA複合体はストレス環境下でSGに局在することを明らかにした。

第5章では、まとめと今後の展望が述べられている。

以上のように、学位申請者は、線形アンチセンスプローブを用いて、ストレスによる内在性mRNAの局在変化に伴うダイナミックな制御の可視化に成功した。この過程で、一部のmRNAの動きはSG内に制限されていることを発見したが、これは生きた細胞の内在性mRNAのリアルタイムイメージングによって初めて明かになった結果である。生理的な意味としては、mRNAがSGに留まることで、その翻訳抑制や、リモデルなどを可能にし、mRNAレベルでのストレス応答の中心的な役割を果たしていると考えられる。本法は種々のダイナミックなmRNA調節の研究への応用が期待される。また、miRNAのmRNA制御への寄与を解明するため、生細胞内でのmiRNAの蛍光イメージング法を開発し、miRNAがSGにおけるmRNA調節に関与することを発見した。miRNAをリアルタイムで追跡することにより、ストレス環境下の局在変化やその役割などの解明はもちろん、miRNAによる遺伝調節の研究の展開も期待される。よって、本研究を行った張シ゛ュンウェイは博士(薬学)の学位を受けるにふさわしいと判断した。

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