学位論文要旨



No 128371
著者(漢字) 関根,清薫
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,サヤカ
標題(和) 糖核酸トランスポーターMeigo による神経突起ターゲティング制御機構の遺伝学的解析
標題(洋)
報告番号 128371
報告番号 甲28371
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1466号
研究科 薬学系研究科
専攻 統合薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 池谷,裕二
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序】

機能的な神経回路形成のためには、軸索と樹状突起がそれぞれ的確な標的へターゲティングし、遺伝学的に規定されたシナプスパートナーと出会うことが必要である。これまでの研究では、軸索ターゲティングに関する多くの分子機構が解明されてきた一方で、樹状突起ターゲティングについてはその形態の複雑さゆえほとんど研究が進んでいない。

ショウジョウバエの嗅覚系は一次感覚神経(ORN)の軸索と二次投射神経(PN)の樹状突起が、触角葉を構成する約50 個の糸球体のうち1つを選別してターゲティングし、1対1の厳密な接続を行っている(図1A)。本研究では先行研究のスクリーニングによって得られた樹状突起ターゲティング変異体meigo(medial glomeruli: 迷子)の解析を通して、嗅覚系における回路形成の分子機構の解明を試みた。その結果、糖核酸トランスポーターMeigo がPN 樹状突起・ORN軸索両者のターゲティングにおいて、触角葉内の正中線-側方(ML)軸情報の認識に必須であることが明らかになった。また、軸索ガイダンスや細胞移動などさまざまな生命現象に関わるEphrin を過剰発現することで、meigo 変異体のPN 樹状突起ターゲティング異常が優位に抑制されることを見いだし、触角葉のML 軸情報認識にEphrin が重要であることも示された。これらの結果は、シナプスパートナーとしてのPN 樹状突起とORN 軸索が標的糸球体の位置認識をするために、共通の分子機構を用いていることを示唆するとともに、生体内でのEphrin シグナルにおける糖鎖修飾の重要性を提示するものである。

【方法と結果】

1.meigo 変異はPN 樹状突起とORN 軸索のターゲティングを正中線側へシフトさせる

ショウジョウバエではMARCM法(遺伝学的モザイク解析法)を適用することで、単一神経のみを目的の遺伝子ホモ変異接合にし、かつその神経を遺伝学的にラベルすることができる。私は本学修士課程においてこのMARCM 法を用いmeigo 変異体の表現型解析を行った。

まずPN にMARCM 法を適用し、meigo 変異ホモ接合体のPN(meigo-/-PN)を観察した結果、樹状突起は糸球体から溢れ出し野生型よりも正中線側の糸球体にターゲティングした(図1B)。樹状突起形態を定量解析したところmeigo-/-PN の樹状突起は、背腹軸に関しての投射位置は正常である一方、ML 軸に関してのみ顕著な異常を示していることから、ML 軸に関する位置情報の認識に異常が生じていることが示唆された。更にさまざまな種類の投射神経をラベルしたところ、正中線の糸球体に投射する投射神経は、投射位置は正常だが、糸球体から溢れ出ていた。また、触角葉における糸球体配置を観察したところ、特定の糸球体(DA1 糸球体)の配置が異常になり、正中線側かつ背側に移動するという表現型が見られた。

次にORN にMARCM 法を適用し、軸索ターゲティングを観察した。その結果、meigo-/- ORNの軸索ターゲティングも正中線側へシフトし、糸球体への収束異常を示すことが明らかとなった(図1C)。したがって、meigo はORN 軸索にとっても、ML 軸情報の認識に必要であることが示された。

2.Meigo は糖核酸トランスポーターである

meigo 遺伝子は酵母からヒトまで高度に保存されている8回膜貫通型蛋白質をコードしており、そのアミノ酸配列から糖核酸トランスポーターとして機能すると推定されている(図2)。C末端にはER 保留配列(KKXX)が存在し、実際、抗Meigo 抗体を作製して免疫染色を行ったところショウジョウバエ培養細胞であるS2 細胞では主に小胞体マーカーと共局在した(図2)。また、糖核酸トランスポーターの活性測定を共同研究により行ったところ、GDP-Mannose(Man)輸送活性を持つ傾向があった。しかし、他の糖核酸トランスポーター遺伝子の変異体は、樹状突起ターゲティング異常を示さず、また、それらの遺伝子を過剰発現してもmeigo-/-PN のターゲティング異常は抑制されなかった。この結果は、PN の樹状突起ターゲティングには、他の類似タンパク質には無いMeigo に特有の機能が必要とされていることを示唆している。

3.Ephrin の過剰発現がmeigo-/- PN 樹状突起ターゲティング異常を抑制する

Meigo は主にER で機能し、さまざまな分子の糖鎖修飾及び折りたたみに関わることで、それぞれの分子の機能を間接的に調節していると考えられる(図2)。そこで、PN樹状突起ターゲティングに必要な細胞膜タンパク質がMeigo によって機能調節されていると仮定し、その細胞膜タンパク質を同定するためにサプレッサースクリーニングを行った。ここでは糖鎖修飾がその機能に重要であると知られている糖タンパク質、および軸索ガイダンス分子を候補とし、それらの遺伝子の過剰発現でmeigo-/-PN のターゲティング異常が抑制されるかを検証した。その結果、Ephrin の過剰発現が優位に樹状突起ターゲティング異常を抑制することが明らかとなった(図3)。また、細胞内ドメイン欠失型のEphrin 過剰発現ではこのターゲティング異常を抑制する機能が弱かった(図3)。これらの結果によりEphrin はPN 樹状突起において受容体として機能していることが示唆された。

4.Ephrin の適切な発現レベルがPN 樹状突起ターゲティングに重要である

次に、PN におけるEphrin シグナルの必要性を確認するため、ephrin-shRNA をMARCM 法によって特定のPN にのみ発現させ、その表現型を解析した。その結果、樹状突起が糸球体から溢れ出るというmeigo-/-PN と似た表現型を示した(図3)。その一方で、MARCM 法により特定のPNでephrin を過剰発現させた結果その樹状突起ターゲティングは側方にシフトするというmeigo-/-PN とは逆の表現型を示した(図3)。以上の結果は、PN 樹状突起においてEphrin の発現レベルがML 軸情報の認識に関わることを強く支持するものである。

5.N 型糖鎖修飾は効率的なEphrin シグナルに重要である

それでは、ER に局在するMeigo はどのようにEphrin シグナルに関わるのだろうか。一つの可能性として、Meigo がEphrin 自身の糖鎖修飾に関わり、その糖鎖修飾がEphrin シグナルを調節していることが考えられる。ショウジョウバエのEphrin には4ヶ所のN 型糖鎖付加サイトがある(図4)。S2 培養細胞において、あらかじめ内在性meigo の発現をdsRNA により減弱させところ、この4 ヶ所全てにN 型糖鎖修飾されているEphrin(図4、Band 4)の比率が減少することを見い出した(図4)。更に、N 型糖鎖付加サイトに変異を誘導した非糖鎖付加型EphrinNQ1234の過剰発現は、meigo-/-PN の表現型を抑制する機能が弱いことを明らかにした(図3)。これらの結果は、Meigo がEphrin の効率的な糖鎖修飾に関わっており、その結果Ephrin シグナルを正に制御することを示唆している。

【まとめと考察】

本研究で私は、Meigo が投射神経において、ML 軸に関する樹状突起ターゲティング、糸球体での樹状突起収束、そして糸球体の配置に必要であることを明らかにした。他の糖核酸トランスポーターによってMeigo の機能を補完することができないことから、Meigo は特有の機能を有すると推測できる。Meigo の重要な機能の一つとして、Ephrin シグナルの調節が考えられる。Ephrin は投射神経においてMeigo と遺伝学的相互作用を示し、発現抑制で樹状突起の糸球体への収束異常を示し、発現促進で側方への樹状突起ターゲティングを誘導した。Ephrin が投射神経で機能するためにはN 型糖鎖が重要であることが示されたことから、Meigo はEphrin のN 型糖鎖付加に関わることにより、Ephrin シグナルを間接的に制御すると考えられる。

meigo1/1PN は樹状突起形態形成のさまざまな局面に異常を示す

meigo-/-PN はML 軸に関する樹状突起ターゲティング、樹状突起の糸球体への収束、そして糸球体配置というさまざまな表現型を示した。これは、小胞体におけるMeigo の機能を必要とする分子が一つではなく、複数あることを示唆している。

シナプスパートナーは糸球体ターゲティングにおいて同じ分子メカニズムを採用している

本研究において、meigo1 変異がPN の樹状突起と、ORN の軸索において細胞自律的に、しかも似た様式で必要とされることが観察された。この結果は、シナプスパートナーが、同じ領域へターゲティングする際に、共通の分子メカニズムを採用していることを示唆している。膨大な数の神経細胞からなる回路形成を、限られた分子で正確に行うために、同じ分子メカニズムを異なる種類の神経が採用するのは、合理的な戦略と考えられる。本研究は、通常発生において実際にこのような戦略の存在を示した初の事例となる。

Meigo は特殊な糖核酸トランスポーターである

Meigo は小胞体においてGDP-Man トランスポーターとして機能することが示唆されたが、オルソログの知見等により別の機能を持つことも推察されている。例えばN 型糖鎖の合成・フリップ・転移・刈り込みなどの過程において、何らか役割を持つのではないかと考えられる。あるいは、フォールディング過程においてシャペロン等として機能している可能性もある。今後Meigoの機能を詳細に明らかにしていくためには、生化学的な手法により解析する必要がある。

Ephrin が樹状突起ターゲティングにおいて膜受容体として機能する

Ephrin シグナルは神経発生・発達の様々な局面で機能している。しかし、発生過程における樹状突起のターゲティングやリファインメントにおいてEphrin が寄与しているといった例はこれまでになく、本研究はEphrin が樹状突起ターゲティングにおいて受容体として機能することを初めて示唆したものである。

Ephrin にとってのN 型糖鎖の機能

本研究はEphrin の糖鎖修飾に注目した解析を行い、投射神経における機能にとってN 型糖鎖が重要であることを示した。このN 型糖鎖の機能を考察するうえで、タンパク質品質管理に関わる機能に加えて、Ephrin ファミリーメンバー間で広く保存されているN 型糖鎖付加サイトが、Ephrin/Eph の四量体を形成する際の接触面に位置することが報告されている。したがって、N型糖鎖がリガンドレセプターの親和性を調節する可能性がある。

図1.meigo(1/1)変異体の表現型

図2.Meigo は糖核酸トランスポーターである

図3.PN樹状突起ターゲティングには適切なEphrinの発現レベルが重要である

図4.Ephrinの効率的なN型糖鎖修飾にはMeigoが必要である

審査要旨 要旨を表示する

機能的な神経回路形成のためには、軸索と樹状突起がそれぞれ的確な標的へターゲティングし、遺伝学的に規定されたシナプスパートナーと出会うことが必要である。これまでの研究では、軸索ターゲティングに関する多くの分子機構が解明されてきた一方で、樹状突起ターゲティングについてはその形態の複雑さゆえほとんど研究が進んでいない。

ショウジョウバエの嗅覚系は一次感覚神経(ORN)の軸索と二次投射神経(PN)の樹状突起が、触角葉を構成する約50 個の糸球体のうち1つを選別してターゲティングし、1対1の厳密な接続を行っている。本研究では先行研究のスクリーニングによって得られた樹状突起ターゲティング変異体meigo(medial glomeruli: 迷子)の解析を通して、嗅覚系における回路形成の分子機構の解明を試みた。その結果、糖核酸トランスポーターMeigo がPN 樹状突起・ORN軸索両者のターゲティングにおいて、触角葉内の正中線-側方(ML)軸情報の認識に必須であることが明らかになった。また、軸索ガイダンスや細胞移動などさまざまな生命現象に関わるEphrin を過剰発現することで、meigo 変異体のPN 樹状突起ターゲティング異常が優位に抑制されることを見いだし、触角葉のML 軸情報認識にEphrin が重要であることも示された。これらの結果は、シナプスパートナーとしてのPN 樹状突起とORN 軸索が標的糸球体の位置認識をするために、共通の分子機構を用いていることを示唆するとともに、生体内でのEphrin シグナルにおける糖鎖修飾の重要性を提示するものである。

ショウジョウバエではMARCM 法(遺伝学的モザイク解析法)を適用することで、単一神経のみを目的の遺伝子ホモ変異接合にし、かつその神経を遺伝学的にラベルすることができる。私は本学修士課程においてこのMARCM 法を用いmeigo 変異体の表現型解析を行った。まずPN にMARCM 法を適用し、meigo 変異ホモ接合体のPN(meigo-/-PN)を観察した結果、樹状突起は糸球体から溢れ出し、野生型よりも正中線側の糸球体にターゲティングした。樹状突起形態を定量解析したところmeigo-/-PN の樹状突起は、背腹軸に関しての投射位置は正常である一方、ML 軸に関してのみ顕著な異常を示していることから、ML 軸に関する位置情報の認識に異常が生じていることが示唆された。

次にORN にMARCM 法を適用し、軸索ターゲティングを観察した。その結果、meigo-/-ORNの軸索ターゲティングも正中線側へシフトすることが明らかとなった。したがって、meigo はORN 軸索にとっても、ML 軸情報の認識に必要であることが示された。これらの結果は、シナプスパートナーであるPN 樹状突起とORN 軸索が標的糸球体の位置情報を認識するうえで、それぞれmeigo の機能を必要としていること、すなわち異なる細胞種の異なるコンパートメント(樹状突起/軸索)において共通の分子メカニズムが採用されていることを示唆している。

meigo 遺伝子は酵母からヒトまで高度に保存されている8回膜貫通型蛋白質をコードしており、そのアミノ酸配列から糖核酸トランスポーターとして機能すると推定されている。C 末端にはER 保留配列(KKXX)が存在し、実際、抗Meigo 抗体を作製して免疫染色を行ったところショウジョウバエ培養細胞であるS2 細胞では主に小胞体マーカーと共局在した。興味深いことに、他の糖核酸トランスポーター遺伝子の変異体は、樹状突起ターゲティング異常を示さず、また、それらの遺伝子を過剰発現してもmeigo-/-PN のターゲティング異常は抑制されなかった。この結果は、PN の樹状突起ターゲティングには、他の類似タンパク質には無いMeigo に特有の機能が必要とされていることを示唆している。

Meigo は主にER で機能し、さまざまな分子の糖鎖修飾及び折りたたみに関わることで、それぞれの分子の機能を間接的に調節していると考えられる。そこで、PN 樹状突起ターゲティングに必要な細胞膜タンパク質がMeigo によって機能調節されていると仮定し、その細胞膜タンパク質を同定するためにサプレッサースクリーニングを行った。ここでは糖鎖修飾がその機能に重要であると知られている糖タンパク質、および軸索ガイダンス分子を候補とし、それらの遺伝子の過剰発現でmeigo-/-PN のターゲティング異常が抑制されるかを検証した。その結果、Ephrin の過剰発現が優位に樹状突起ターゲティング異常を抑制することが明らかとなった。また、細胞内ドメイン欠失型のEphrin過剰発現ではこのターゲティング異常を抑制する機能が弱かった。これらの結果によりEphrin はPN 樹状突起において受容体として機能していることが示唆された。

次に、PN におけるEphrin シグナルの必要性を確認するため、ephrin-shRNA をMARCM 法によって特定のPN にのみ発現させ、その表現型を解析した。その結果、樹状突起が糸球体から溢れ出るというmeigo-/-PN とよく似た表現型を示した。その一方で、MARCM 法により特定のPN でephrin を過剰発現させた結果、その樹状突起ターゲティングは側方にシフトするというmeigo-/-PN とは逆の表現型を示した。以上の結果は、PN 樹状突起においてEphrinの発現レベルがML 軸情報の認識に関わることを強く支持するものである。

それでは、ER に局在するMeigo はどのようにEphrin シグナルに関わるのだろうか。一つの可能性として、Meigo がEphrin 自身の糖鎖修飾に関わり、その糖鎖修飾がEphrin シグナルを調節していることが考えられる。ショウジョウバエのEphrin には4ヶ所のN 型糖鎖付加サイトがある。S2培養細胞において、あらかじめ内在性meigo の発現をdsRNAにより減弱させところ、この4ヶ所全てにN 型糖鎖修飾されているEphrinの比率が減少することを見い出した。更に、N 型糖鎖付加サイトに変異を誘導した非糖鎖付加型EphrinNQ1234 の過剰発現は、meigo-/-PN の表現型を抑制する機能が弱いことを明らかにした。これらの結果は、Meigo がEphrin の効率的な糖鎖修飾に関わっており、その結果Ephrinシグナルを正に制御することを示唆している。

本研究は、PN 樹状突起ターゲティングにおいて糖核酸トランスポーターMeigo 及び糖タンパク質Ephrin が、触角葉内のML 軸情報の認識に重要であることを明らかにした。同様のML 軸情報認識機構はORN 軸索でも機能していることが示唆されており、限られた種類のターゲティング分子でシナプスパートナーを同一の場所へ誘導するための合理的な戦略が存在すると考えられる。また、これまでEphrin シグナルにおける糖鎖修飾の重要性は注目されてこなかったが、今回検証したN 型糖鎖付加サイトの一つは種をこえて広く保存されている。したがって、本研究によって明らかにされた糖鎖修飾による機能調節という視点は、神経回路形成だけでなくEphrinが関わる細胞移動、境界形成などの生命現象を解明する一助となることが期待される。以上より、本研究は博士(薬学)の学位に値すると判定した。

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