学位論文要旨



No 128392
著者(漢字) 西田,理彦
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,トシヒコ
標題(和) 高性能ナノコンポジットゲルの構造解析と力学物性
標題(洋)
報告番号 128392
報告番号 甲28392
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第751号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴山,充弘
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 伊藤,耕三
 東京大学 教授 前田,瑞夫
 東京大学 教授 有馬,孝尚
内容要旨 要旨を表示する

概要

高分子ゲルとは「3次元の高分子鎖ネットワークが多量の溶媒を含んだ粘弾性体」である。ゲルは我々の身の回りのいたるところにある。こんにゃく、ところてん、寒天などの食品や眼の角膜や硝子体、血管壁といった生体組織もまたゲルである。高分子ゲルは生体組織に非常に近いため、生体材料への応用として期待がもたれているが、従来のゲルはゲルを合成する際に生じる架橋による不均一性や高含水率のため(90%以上が水)、非常にもろく応用に限界があり用途が限られているという問題があった。しかし、近年分子設計という観点から新たな架橋様式を持つゲルが登場し、力学物性の優れた高性能ゲルが次々と開発され生体材料への応用の点から重要であるため近年盛んに研究が行われている。本研究では、2002年に原口らにより合成された有機-無機ハイブリッド材料であるNanocompositeゲル(以下、NCゲル)を用い研究を行った。

NCゲルはナノ粒子(厚み1nm、半径15nmの円盤状粒子)によりN-イソプロピルアクリルアミド(NIPAm)網目鎖が面架橋することにより作成されたゲルである。NCゲルは高含水率(90%以上が水)であるにもかかわらずゴムのように大変形可能というきわめて優れた力学特性を持っている。なぜこれほどNCゲルが強靭であるかについては未だ十分に解明されていなかった。

そこで、本研究ではNCゲルに対し様々な変形を加え変形下での微視的構造を詳細に調べた。高分子ゲルの力学物性は溶媒中に広がった三次元網目構造により決定されると一般的に考えられている。そのため、外場として変形を加えた際にゲルの網目構造がどのように変化するかまた、どのような網目構造であれば優れた力学特性であるかがわかれば、今後更なる高性能ゲルを創成していく上の指針となる。

以下本論文の内容を各章ごとに要約する。

第一章では、序論として高分子ゲルとはいかなるものか、また、高分子ゲルの研究の流れについて述べた。特に近年、研究が盛んに行われている力学物性に優れたゲルについて説明した。

第二章では、小角中性子散乱法(SANS)の原理について説明した。本研究はコントラスト変調法と呼ばれる手法を用いており、その測定手法の原理およびコントラスト変調法を用いた研究について説明した。また、変形下でのゲルの構造解析の過去の研究についても説明した。

第三章では、コントラスト変調法を用い一軸延伸下のNC ゲルの構造を詳細に調べた。本研究は変形下(一軸延伸下)における多成分ゲルに対し、コントラスト変調法をはじめて適用した研究である。クレイ、ポリマーの詳細な構造を得ることに成功した。変形下のNC ゲルでは(1)延伸方向に平行な方向へのクレイ粒子が配向する(2)クレイ近傍にまとわりついていたポリマー吸着層がひきはがれる(3)延伸方向に垂直な方向でのクレイ粒子間距離が減少する(排除体積の減少)という微視的な構造の変化が起こっていることが明らかとなった。

第四章では、PNIPA の下限臨界共溶温度(LCST)以上でのNC ゲルの変形下での構造変下をコントラスト変調法により詳細に調べた。クレイ粒子は、(LCST)以上、以下でも定性的には同じ構造変化を示すことが明らかとなった。ミクロ相分離したNC ゲルの中でもクレイ粒子は3 章と同様に延伸方向に平行な方向にクレイ粒子は配向することがわかった。延伸により、ミクロ相分離ドメイン中の高分子鎖が引き伸ばされていくことが明らかとなった。

コントラスト変調法により得られるクロスタームから、クレイ表面のはりついている高分子鎖のひきはがれがLCST 以上ではほとんど生じていないことが明らかとなった。表面近傍ではなく共連続ドメイン全体が解きほぐれるように変形していくと考えられる。LCST 以下とLCST 以上でNC ゲルの力学物性は大きく異なる。特に、LCST 以上のゲルでは延伸倍率2 倍以上の変形領域において応力一定の領域がある。応力一定の起源は、延伸倍率2 倍までにゲル中でのクレイの配向などが終了し延伸倍率2 倍以上でドメイン中において凝集した高分子鎖が解きほぐれているためであると考えられる。

ナノコンポジットゲルは力学特性に優れており様々な機能を持っており機能性材料としても様々な応用展開が期待されている。

本研究では、特にナノコンポジットゲルの変形下での構造を詳細に調べそれらの知見をもとにゲルの力学物性のデータを微視的構造の観点から説明することを目的に研究を行った。

高分子ナノコンポジット系の変形下での構造をミクロな構造の観点から詳細に調べ関係性を明らかにした例は本研究の他にはほとんどなく、今後ナノコンポジット材料を研究していく上での一つの指針になりうる研究である。

本研究により、ナノコンポジットゲルにおいてナノ粒子のはたす補強効果を明らかとすることができた。今後、本研究で得られた知見をもとにさらなる力学物性の優れたゲルの開発に役立つと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「高性能ナノコンポジットゲルの構造解析と力学物性」と題し5章より成る。第一章では、序論として高分子ゲルとはいかなるものか、また、高分子ゲルの研究の流れについて述べている。特に近年、研究が盛んに行われている力学物性に優れたゲルについて説明している。

第二章では、小角中性子散乱法(SANS)の原理について説明している。本論文で採用しているコントラスト変調法、および同手法を用いた研究について説明している。また、変形下でのゲルの構造解析の過去の研究について概説している。

第三章では、コントラスト変調法を用い、一軸延伸下のNCゲルの構造を詳細に調べている。本研究は変形下(一軸延伸下)における多成分ゲルに対し、コントラスト変調法をはじめて適用した研究であり、クレイ、ポリマーそれぞれの成分の構造変化を詳細に解析している。そして、変形下のNCゲルでは(1)延伸方向に平行な方向へのクレイ粒子が配向すること、(2)クレイ近傍にまとわりついていたポリマー吸着層がひきはがれること、(3)延伸方向に垂直な方向でのクレイ粒子間距離が減少する(排除体積の減少)ことなど、微視的な構造の変化が起こっていることを明らかにしている。

第四章では、ナノコンポジットゲル中の高分子鎖(ポリイソプロピルアクリルアミド)の下限臨界共溶温度(LCST)以上でのNCゲルの変形下での構造変下をコントラスト変調法により詳細に調べている。クレイ粒子は、(LCST)以上、以下のいずれでも延伸に対しては類似の構造変化が起こることを観察している。つまり、ミクロ相分離したNCゲルの中でもクレイ粒子は第三章と同様に延伸方向に平行な方向に配向することを明らかにした。一方で、ミクロ相分離ドメイン中の高分子鎖は延伸により引き伸ばされていくことを明らかにした。さらに、LCST以上のゲルでは延伸倍率2倍以上の変形領域において応力一定の領域があることを観察し、この応力一定の起源は延伸倍率2倍までにゲル中でのクレイの配向などが終了したあと、クレイ表面で凝集していた高分子鎖が解きほぐれていくためであると推論している。

第五章では、NCゲルを一軸変形下における力学緩和減少および変形を戻した際のヒステリシスについて、応力-歪み試験およびSAXS、SANS測定により調べ、応力緩和現象の微視的な起因を明らかにしている。また、時分割SAXS測定により力学緩和過程ではクレイ粒子の配向などは変化しないものの、クレイ表面に吸着した高分子鎖の解きほぐれにより、力学緩和が起こると結論している。さらに、NCゲルに対し一軸延伸試験をした際、その延伸を終了するのに必要な時間(数十秒)よりも遅い時間スケール(数百秒)で高分子吸着層の解きほぐれ、再吸着が生じていることを明らかにしている。これらより、高分子のクレイ粒子への脱吸着の時間スケールが延伸試験に比べ遅いために、NCゲルは一軸延伸試験をおこなうと一定歪み下では応力緩和挙動を示し、また変形をもどした際にヒステリシスを示すというメカニズムを発見している。

ナノコンポジットゲルは力学特性に優れ、様々な機能を持っていることから機能性材料としても様々な応用展開が期待されている。本論文では、ナノコンポジットゲルの変形下での構造を詳細に調べ、それらの知見をもとにゲルの力学物性のデータを微視的構造の観点から説明している。このような、高分子ナノコンポジット系の変形下での構造をミクロな構造の観点から詳細に調べ関係性を明らかにした例は本研究の他にはほとんどなく、今後ナノコンポジット材料を研究していく上での一つの指針になりうる研究である。本研究で得られた知見は、今後、さらに優れた力学物性をもつゲルの開発に役立てられると考えられる。

なお、本論文第3~5章は、下記の方々との共同研究であるが、すべて論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

(敬称、所属略)第3章:大坂昇、遠藤仁、李歓軍、原口和敏、柴山充弘第4章:遠藤仁、王林明、原口和敏、柴山充弘第5章:王林明、原口和敏、柴山充弘

したがって、博士(科学)の学位を授与できるものと認める。

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