学位論文要旨



No 128397
著者(漢字) 寺本,慶之
著者(英字)
著者(カナ) テラモト,ヨシユキ
標題(和) レーザー計測による大気圧ストリーマ中窒素系活性種N2 (A3Σ+u), N, N2(v)の生成・反応機構解明
標題(洋) Study of Production and Reaction Mechanisms of N2(A3Σ+u), N and N2(v) in Atmospheric Pressure Streamer using Laser Diagnostics
報告番号 128397
報告番号 甲28397
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第756号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギ一工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小野,亮
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 小野,靖
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 教授 小紫,公也
内容要旨 要旨を表示する

[研究背景]

現在大気圧非熱平衡プラズマは、空気清浄機を初めとした家電機器、水処理・半導体表面処理・ガス処理など産業界において多岐にわたり、様々な放電形態で応用されている。非熱平衡プラズマは熱平衡プラズマに比べ、非常に高いエネルギー効率で反応性の高い活性分子・原子・イオン(活性種) を生成出来るといった特徴を有する。活性種は大気圧非熱平衡プラズマの様々な応用分野において、重要な役割を果たしていると考えられている。大気圧非熱平衡プラズマによって生成される活性種は多種にわたり、これら活性種の反応は非常に複雑なものとなる。そのため大気圧非熱平衡プラズマの反応機構を理解するためには、活性種の生成・反応メカニズムの解明が必要不可欠である。しかし、大気圧非熱平衡プラズマによって生成される活性種の生成・反応メカニズムの解明は未だ十分ではない。

本研究室では大気圧非熱平衡プラズマによって生成される活性種の生成・反応機構解明を目的とし、活性種の計測を主にレーザー計測技術を用いて行ってきた。これまでの計測対象はガス処理・水処理等で重要な役割を果たしていると考えられている酸化系活性種:OH・O 原子・O3・O2 (v)のみであったが、本研究では新たに金属表面処理・半導体表面処理・ガス処理等で重要な役割を果たしていると考えられている窒素系活性種:準安定準位N2(A3Σ+u)・N 原子・振動励起準位N2 (v)に着目する。上記の三つの窒素系活性種は、これまでの大気圧プラズマシミュレーション、及び間接計測法などの研究結果から、窒素系活性種の中でもとりわけ重要な活性種と考えられている。その理由として、密度が高い、反応性が高い、自然放射寿命が長いといったことが挙げられる。しかし、直接計測法によりこれら活性種の大気圧非熱平衡プラズマ中の密度を計測した例はない。

本研究では大気圧非熱平衡プラズマの発生に大気圧パルスコロナ放電(ストリーマ放電) を使用する。大気圧ストリーマ中における準安定準位N2(A3Σ+u) ・N原子・振動励起準位N2 (v) 計測は世界初となる。これら多種にわたるラジカル種を同一条件で計測した前例は無いため、本研究成果は大気圧非熱平衡プラズマの反応機構解明において非常に重要な知見となる。また本研究で得た知見を用いることで、これまで困難であった理論的アプローチによる大気圧プラズマ技術の開発・改善が行えるようになる。さらに、大気圧プラズマ技術の新たな応用分野への礎となる。

[研究内容]

大気圧パルスコロナ放電により生成された各窒素系活性種の挙動を、レーザー計測技術を用い観測する。N2(A3Σ+u) 計測にはレーザー誘起蛍光法(Laser-Induced Fluorescence :LIF)、N原子計測には2光子吸収レーザー誘起蛍光法(Two-photon Absorption Laser-Induced Fluorescence :TALIF)、N2 (v) 計測にはコヒーレント・ アンチストークスラマン分光法(Coherent Anti-stokes Raman Spectroscopy :CARS)を使用する。上記の計測法を用い放電後における各窒素系活性種の時間変化、及び密度分布等を観測し、密度・生成機構・反応機構の解明を行う。

[研究成果]

同条件下において窒素系活性種:準安定準位N2(A3Σ+u) ・N原子・振動励起準位N2 (v)の計測に成功した。これら活性種の大気圧ストリーマ中における計測は、世界初の成果となる。

N2(A3Σ+u) 計測では、ストリーマ中における生成密度、生成機構を明らかにした。特に生成密度はこれまでシミュレーションにより見積もられていた値の約1/1000程度と、実際には非常に低い密度であることが分かった。このため当初予測されていたほど、N2(A3Σ+u) はプラズマ反応過程に大きな影響を与えていないものと考えられる。しかし、N2(A3Σ+u) は準安定準位のため非常にライフタイムが長ので、放電周波数の如何によっては、放電ギャップ間にN2(A3Σ+u) が蓄積し、これがペニング効果を起こすことにより、放電形態の移行(コロナ放電から火花放電等) も考えられる。

N原子計測では、ストリーマ中における生成密度、生成機構を明らかにした。生成密度はN2(A3Σ+u)の数100倍であることが判明した。このためプラズマ反応過程を考える上で、考慮しなければならない活性種の一つのであることが分かった。生成密度・生成フェイズ・生成エネルギー効率の観点から、N 原子はN2/O2 混合ガス放電において、窒素分子の多段階解離反応により生成されていると結論付けた。これまで活性種生成シミュレーション等では、主に多段階解離反応は考慮せず(重要視されず)、一段階解離反応で活性種の生成を議論してきた。しかし本研究成果から、N原子生成には一段階解離反応よりも、多段階解離反応が重要であることが分かった。これはこれまでの定説を覆す結果であり、非常に重要な知見である。今後化学反応シミュレーション等にこれら多段階解離反応を考慮することで、より実験結果にそくした結果が得られるものと予測される。

N原子とNO 分子を同条件下で計測することで、NO 分解の主要因がN 原子であることを定量的に証明した。この証明により、これまで様々な研究者により行われてきた間接計測法によるN原子計測結果が有用であることが分かった。

N2(v) 計測では、ストリーマ中における生成密度(振動温度(Tv))、生成機構を明らかにした。放電直後のTv は非平衡状態であることが分かった。その後、窒素分子同士による振動緩和反応により、Tv は平衡状態へ推移していくことが分かった。乾燥空気にH2Oを添加することで、窒素分子の振動緩和反応が加速されることが分かった。またこの時、緩和された窒素分子の振動エネルギーはH2O を還して、分子の並進エネルギー(ガス温度) へ推移することを実験的に証明した。これらの結果から、H2O はプラズマ中のガス温度、及びこれに伴う活性種の反応過程を大きく左右する特異な物質であることが分かった。

本研究及び本研究グループのこれまでの研究成果を用いることで、これまで不可能であった理論的アプローチによる大気圧プラズマ技術の開発が期待できる。現在トライアンドエラーによる大気圧プラズマ技術の応用研究が盛んに行われているが、本研究成果で得た知見を用いれば、活性種とそれによってもたらされる効果の因果関係を定量的に解明し、理論的アプローチによるプラズマ技術開発が可能となる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「レーザー計測による大気圧ストリーマ中窒素系活性種N2(A3Σu+), N, N2(v)の生成・反応機構解明」と題し、5章から成っている。

第1章は序論であり、研究の背景と目的を述べている。大気圧ストリーマ放電は環境汚染ガス処理、水処理、表面処理、燃焼支援、医療など様々なところで利用されており、これら応用技術で重要な化学活性種の生成および反応機構の解明が喫緊の課題である。これまで、筆者の所属する研究室では大気圧空気中ストリーマ放電においてOH, O, O3, O2(v)など「酸素系活性種」をレーザー計測し、その生成・反応機構を解明してきた。一方、空気中放電でもうひとつ重要な「窒素系活性種」の計測は世界でもほとんど行われておらず、その挙動はよく知られていない。筆者はこの窒素系活性種の中で特に重要と言われているN2(A3Σu+), N, N2(v)の3つの活性種をレーザー計測し、その生成・反応機構解明を行っている。いずれも、大気圧ストリーマ放電では世界初となる計測である。

第2章は、N2(A3Σu+)の計測である。計測にはレーザー誘起蛍光法(Laser-induced fluorescence: LIF)を用い、LIF測定原理と実験装置を示した後に実験結果を述べている。12mm間隔の針-平板電極間で20-30kV、数100nsパルスのストリーマ放電を大気圧N2およびO2/N2中で発生させ、放電後のN2(A3Σu+)密度や空間分布の時間変化を計測している。その結果、N2(A3Σu+)の空間分布から、N2(A3Σu+)は二次ストリーマではなく一次ストリーマで生成されることを明らかにしている。N2(A3Σu+)密度は他文献のシミュレーション結果よりも数桁低い1×1013~1×1014 cm-3と得られ、N2(A3Σu+)は従来考えられているほどストリーマ放電で重要ではない可能性を指摘している。放電電圧を増加させると、N2(A3Σu+)密度は一定のままストリーマが太くなり、N2(A3Σu+)の生成量が放電エネルギーにほぼ比例して増加することが示されている。さらにN2(A3Σu+)とO2, NO2, NO, H2O, COとの反応速度を測定し、ストリーマ放電下でも文献値と2~3倍の誤差範囲内で反応速度が一致することを示している。

第3章は、Nの計測である。計測には二光子励起LIF(Two-photon absorption LIF: TALIF)を用い、TALIF測定原理と実験装置を示した後に実験結果を述べている。第2章のN2(A3Σu+)と同様に、放電後のN密度や空間分布の時間変化を計測している。その結果、N原子の空間分布から、N原子はO2(2%)/N2放電では主に二次ストリーマで生成される一方、N2放電では主に一次ストリーマで生成されることを示している。放電電圧を増加させると、N密度は一定のままストリーマが太くなり、Nの生成量が増えることを示している。Nの生成量は、N2放電では放電エネルギーに対して線形に増加する一方、O2(2%)/N2放電では放電エネルギーの二乗に対して線形に増加することを示し、後者ではN2の二段階解離反応でNが生成される可能性を指摘している。NO/N2放電でNによるNO分解過程を調べるためにNOのLIF計測もあわせて行い、Nはストリーマ内のNOを数μsで高速に分解したのちに、拡散により周囲のNOを分解していくモデルを提案している。

第4章は、N2(v)の計測である。計測にはコヒーレント・アンチストークス・ラマン分光法(Coherent anti-Stokes Raman scattering: CARS)を用い、CARS測定原理と実験装置を示した後に実験結果を述べている。N2(v = 1, 2)の密度を計測し、N2(v)の振動分布は放電直後は非平衡だが、放電後に振動緩和して平衡に達することを観測している。背景ガスを加湿すると、N2とH2Oの振動-振動緩和、およびH2O間での振動-並進緩和により、N2(v)の振動エネルギーが高速に並進エネルギーに遷移する様子を観測している。またN2(v = 1)は、主に二次ストリーマで生成されることも示している。

第5章は総括で、本研究で得られた成果をまとめている。

以上要するに、本論文は3つの窒素系活性種N2(A3Σu+), N, N2(v)を大気圧ストリーマ放電下でレーザー計測し、放電パルス後の各活性種密度の時間変化や空間分布を計測するとともに、放電による各活性種の生成過程や放電後の反応過程を明らかにした点で、先端エネルギー工学、特にプラズマ反応工学に貢献するところが大きい。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク