学位論文要旨



No 128401
著者(漢字) 石川,知一
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,トモカズ
標題(和) 電磁流体力学的現象のモデリングとアニメーションに関する研究
標題(洋) A Study on Modeling and Animation of Magnetohydrodynamic Phenomena
報告番号 128401
報告番号 甲28401
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第760号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西田,友是
 東京工科大学 教授 近藤,邦雄
 東京大学 准教授 高橋,成雄
 東京大学 准教授 溝川,貴司
 東京大学 准教授 井,通暁
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

コンピュータグラフィクス(CG)において,流体現象の可視化は映画やゲーム,商用広告など映像制作の分野で需要がある.流体のリアルな振る舞いを再現するため,従来の研究において,Navier-Stokes方程式の数値計算などを用いた物理ベースの方法を採用した方法が多く提案され,近年では,煙,雲,水,炎のような流体をCGで表現することが可能になってきた.流体といっても,その種類は様々である.例えば,煙や水,炎などは,主として非圧縮性流体としてモデル化してシミュレーションすることにより,アニメーションを生成する.他には,粘性流体や,圧縮性流体を計算するための手法が存在する.

CGの分野において,磁場との相互作用を考慮した流体の研究は行われていない.磁場の影響を受ける流体は,電磁流体と呼ばれ,境界が定義されないプラズマと,流体の境界面を有する磁性流体に二分される.プラズマはさらに電荷を帯びている流体である.プラズマによる自然現象には太陽表面のプロミネンスや,地上から観測されるオーロラがある.磁性流体は磁場との相互作用によりスパイクが伸びる特徴を利用してアート作品に利用される.これら3つの現象は視覚的に興味深いため,CGで再現し映像化することは重要であると考えられる.

しかし,電磁流体による物理現象では,それぞれに物理的に説明が困難な部分が含まれていたり,専門分野における既存モデルでは現象を再現するために現実的ではない計算時間がかかったり,視覚的な効果を再現できなかったりと問題が残存しており,CGによる再現は容易ではない.

本研究では,電磁流体力学の基礎方程式で記述される,太陽表面の活動とオーロラの2つの自然現象と,磁性流体の物理現象のCG表現を目的とする.既存モデルの計算時間がボトルネックになっている場合については,効率的なモデルを提案し,物理的に不明確な点においては,主に視覚的な効果を重要視したCGとしてのアプローチを提案することで,電磁流体の振る舞いによって生じる現象をCGで再現する.

2.太陽プロミネンスのシミュレーション

提案法では,太陽表面付近の現象をモデル化するために,物理法則に基づいた効率的手法を提案する.天文学の分野において,太陽活動をシミュレートするために,いくつかの物理モデルが開発されている.しかし,既存モデルのほとんどは,スーパーコンピュータを使用しても,膨大な計算時間を必要とするため,CG画像を作るために適用することは困難である.

太陽は主に電離プラズマで構成され,その動作は流体として扱うことができる.しかし,通常のガスとは異なり,プラズマは磁場に影響される.プラズマは導電体であり,プラズマ自身の移動のため,磁場の変化と電流が生成される.その結果,電流と磁場の相互作用として,プラズマに外力を与える.このような複雑な挙動は,電磁流体力学(MHD)方程式によって記述される.

提案法では,効率的にMHD方程式を解くことで,物理ベースで,一定の精度を維持しながら,実用的な計算時間で太陽プロミネンスをシミュレートする新しい手法を提案する[1].具体的には以下の磁場の時間発展の方程式(式(1))を,流体の連続の式と,磁束保存の式を考慮することにより,磁場の時間発展を磁力線の変形として計算する新しいアプローチを導入する.

∂B/∂t=▽×(u×B)=(B・▽)u-(u・▽)B

ここでBは磁束密度,uは速度を表す.

シミュレーション結果をレンダリングするときには,天文学の観測方法を再現する.すなわち,プラズマにより生成される特定の波長を選択し,その強度を擬似カラーによってRGBカラーに変換する.この波長計算には量子力学的なアプローチを用いた.結果を図1,図2に示す.提案法は単純な磁場の時間変化では精度良く再現できる.しかし,磁気リコネクションのような磁力線が繋ぎ変わるような現象では,磁束保存の式が成立しないため,提案法のモデルを改良する必要がある.

3.観測データに基づくオーロラのシミュレーション

オーロラは人々の興味関心が高い超高層大気現象の一つであるが,その発生原因は太陽活動に依存し,観測場所が高緯度帯に限定されている上に,天候によっても観測が左右される.そのため,地上からオーロラを観測できることは極めて稀であるため,CGを利用してオーロラの動きを再現し,可視化することは重要であると言える.

従来のオーロラのビジュアルシミュレーションにおいて,オーロラのカーテン状のゆらぎや渦を巻く現象のモデル化は,オーロラを流体として扱うなど,実際の現象にそぐわない簡易な手法によって行われている[2].これはオーロラの動きには物理的に解明されていない部分が残っていることが原因とも考えられる.提案法では,従来法とは異なるアプローチ,すなわち観測データに基づいたオーロラのモデル化を行う方法を提案する[3].ここで観測データとは,人工衛星によって観測された,高緯度帯における電場ポテンシャルと沿磁束線電流(Field-Aligned Current : FAC)の分布を指す(図3参照).図4に示すように,オーロラ内部の電流は沿磁束線電流に従って,宇宙空間から入射され,電離層では東から西に向かって流れることが観測事実として知られている.そこで提案法では,図3に示すように,観測データを利用して,オーロラが発生する電離層における電流回路を観測データに基づいてシミュレーションで再現することにより,オーロラの形状を決定する.我々はシミュレーションの結果として,オーロラが時間的に変化する様子を示す.提案法の結果を図5に示す.提案法は,地球の上空にある磁気圏と電離層の水平断面における電流回路のシミュレーションをもとに,三次元のオーロラ形状を計算するため実装は容易であるが,鉛直方向における複雑さが損なわれるという欠点がある.

4.スパイク現象を再現するための磁性流体のシミュレーション

磁性流体は,米航空宇宙局(NASA)によって研究・開発された.1960年以降,磁性流体は宇宙服の可動部分のシールや,無重力環境下で物体の位置決めを行うために使用されている.最近では,磁性流体の形状が,磁気力に応じて変形するという特性を利用して,スピーカなどの電気機器,医療分野では癌細胞のための造影剤,音楽にあわせて形状が変化する芸術作品など,磁性流体は他分野に渡って使用されている.磁石が磁性流体の近くにある時には,磁性流体は磁石によって生成される磁場の方向に沿って角のような先端のとがった形状を形成する(図6 参照).このように,外部の磁場によって突起物が生じる現象は「スパイク現象」として知られている.これらのスパイクが興味深く,磁性流体は芸術作品を作成するために使用されている.

磁性流体の分野における先行研究では,MPS(Moving Particle Semi-implicit)とFEM(Finite Element Method)を組み合わせて,磁性流体のシミュレーションを行った先行研究はあるが,10万個の粒子,25万個の四面体メッシュを使用しても,再現できたスパイクは一つだけであった[4].この結果から,完全に物理ベースの方法によってスパイク現象をシミュレーションすることは困難であることがわかる.そこで,提案法ではSPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)法と手続き型のアプローチを組み合わせた磁性流体のビジュアルシミュレーション手法を提案する.提案法では,最初に適度な数の粒子を用いてSPH 法によって流体の挙動と流体表面を計算する.次に,手続き型のアプローチによりスパイク形状を計算し,流体の表面にマッピングする.提案法の結果を図7に示す.提案法は完全に物理ベースではないが,実装が容易であり,視覚的にもっともらしい形状を再現することができる.提案法は予めスパイクの形状を用意しておくため,不規則なパターンに対応できない.

5.まとめ

電磁流体力学によって説明される,磁場との相互作用を考慮した流体をCGで再現するための手法を提案した.その代表的な流体としてプラズマと磁性流体を再現した.提案法を用いることにより,太陽プロミネンスとオーロラのような自然現象の表現と,アート作品に応用できる磁性流体のシミュレーションができるようになった.太陽プロミネンスを再現する手法においては,磁場の時間発展について磁力線ベースの新しい計算方法と,量子力学に基づいた確率的な輝度の計算方法を提案した.オーロラの表現については,観測データを用いて形状を再現する新しいアプローチを提案した.磁性流体は,「スパイク現象」と呼ばれる特徴的だが計算が困難な現象を表現するために,物理シミュレーション以外の手続き的なアプローチを用いることで再現することに成功した.提案法によってCGの分野に電磁流体力学という新しいアプローチを導入し,磁場との相互作用の計算が必要な,視覚的に特徴のある現象を網羅的に再現することが可能になった.

[1] T. Ishikawa, Y. Yue, Y. Dobashi, T. Nishita, "Visual Simulation of Solar Photosphere Based on Magnetrohydrodynamics and Quantum Theory", J. of IIEEJ, Vol.40, No.1, pp.141-150, 2011-1[2] G. V. G. Baranoski and J. Wan, "Simulating the Dynamics of Auroral Phenomena", ACM Transactions on Graphics, Vol. 24, No 1, pp 37-59, 2005[3] T. Ishikawa, Y. Yue, K. Iwasaki, Y. Dobashi, T. Nishita, "Modeling of Aurora Borealis Using the Observed Data," Proc. of SCCG, pp.35-38, 2011-4[4] G. Yoshikawa, K. Hirata, F. Miyasaka, and Y. Okaue, "Numerical analysis of transitional behavior of ferrofluid employing MPS method and FEM". IEEE Transactions on Magnetics, 47(5):1370ー1373, 2011

図1:太陽プロミネンスのシミュレーション結果.(a) ~ (d) は提案法によって作成された最終結果画像.(e) ~ (h) は (a) ~ (d) に対応した磁力線の分布を示している.

図2:太陽全体を見た場合のシミュレーション結果の適用例

図3:提案モデルの概念図.(a),(b)はそれぞれ,FACと電場ポテンシャルの観測データを可視化した様子を示す.(c)は電離層への電流の流入を示しており,FACを考慮しながら,電場をトレースすることによってオーロラの輝度分布を計算する.

図4:オーロラ爆発と沿磁力線電流の関係

図5:提案法によるオーロラ形状の計算結果.上は地表からの観測,下は宇宙空間からの観測を再現している.

図6:磁性流体のスパイク現象(写真)

図7:提案法による計算結果

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は導入として、Computer Graphics(以下、CG)による流体現象の再現についての重要性と本論文の研究テーマの位置づけ、論文における貢献について述べられている。第2章は関連研究として、従来のCGにおける流体現象のビジュアルシミュレーション方法について十分に調査しているだけでなく、本論文の研究対象としている電磁流体力学によって説明される現象についての専門分野に目を向けて、その理論を調査しまとめている。

提案手法は3章から5章に渡って述べられている。第3章は、プロミネンスのビジュアルシミュレーション方法を提案している。磁力線を利用したMHD(MagnetoHydroDynamics)方程式の効率的な解法を提案しており、物理ベースで、一定の精度を維持しながら、実用的な計算時間内で太陽プロミネンスをシミュレートすることができている。またレンダリングにおいても、量子力学に基づいた確率的な輝度の計算方法を提案している。提案法は専門分野の研究者から見ても興味深く、画期的な手法であった。

第4章は、観測データに基づいたオーロラのモデリングについて述べられている。観測データとして、高緯度帯における電場ポテンシャルと沿磁束線電流の分布を利用しており、オーロラ内部の現象を再現することができている。オーロラ内部の現象とは、オーロラ内部を電流は沿磁束線電流に従って、宇宙空間から入射され、電離層では東から西に向かって流れるという、観測事実から知られている内容である。観測データに基づいたオーロラのモデリングは、従来のオーロラシミュレーションとは違った新しいアプローチであることが認められる。

第5章は、磁性流体のビジュアルシミュレーションについて述べられている。CGの分野では使用頻度の高い粒子法であるSPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)法と、手続き型のアプローチの組み合わせにより実現している。提案法では、最初に適度な数の粒子を用いてSPH法によって流体の挙動と流体表面を計算する。次に、手続き型のアプローチによりスパイク形状を計算し、流体の表面にマッピングする。「スパイク現象」と呼ばれる特徴的だが計算が困難な現象を表現するために、物理シミュレーション以外の手続き的なアプローチを用いることで再現することに成功しており、その新規性と難題への挑戦は評価に値する。

最後の第6章はまとめと今後の課題について述べられている。今後の課題は、読者に適度な問題提起を残しており、研究テーマとしての拡張性と可能性を感じさせるものであった。

以上の論文内容と審査を実施した結果、論文内に記された論文提出者の主張が妥当であることを評価できる。すなわち、本論文では、電磁流体力学によって説明される、磁場との相互作用を考慮した流体をCGで再現するための手法を提案しており、その代表的な流体としてプラズマと磁性流体を再現したことである。本論文で述べられている手法は、CGの分野に電磁流体力学という新しいアプローチを導入し、磁場との相互作用の計算が必要な、視覚的に特徴のある現象を再現することが可能になったことが認められる。

なお、本論文第3章は、Yonghao Yue、土橋 宜典、西田 友是との、第4章、第5章は、Yonghao Yue、岩崎 慶、土橋 宜典、西田 友是との共同研究であるが、論文提出者が主体となってアルゴリズムの構築及び実装を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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