No | 128405 | |
著者(漢字) | 藤田,尚子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジタ,ナオコ | |
標題(和) | 雌雄異株植物ヒロハノマンテマのSTSマーカー開発と新規黒穂菌変異体の作出 | |
標題(洋) | Studies on new Y chromosome-specific STS markers in the dioecious plant Silene latifolia and a novel Microbotryum violaceum mutant causing a petal-less flower | |
報告番号 | 128405 | |
報告番号 | 甲28405 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第764号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 ナデシコ科ヒロハノマンテマ(Silene latifolia)は、雌雄異株植物で、雄花(♂)と雌花(♀)に分かれている。雄花には10本の雄蕊がつき、雌蕊は抑制される。雌花には5本の雌蕊と子房がつき、雄蕊は抑制される。ヒロハノマンテマの雌雄性は、植物ホルモンや他の環境要因に影響されず、XY型の性染色体によって遺伝的に決定される。Y染色体には少なくとも3つの雄性決定機能因子(雌蕊抑制、雄蕊促進、雄性稔性)が存在するとされ、雄株(XY)では、Y染色体上のこれらの雄性機能によって雄蕊が促進され、雌蕊が抑制されると考えられている。Y染色体有無による雄蕊と雌蕊の促進・抑制メカニズムは花の性的二形性を考える上で重要な鍵となっている。 Y染色体がなくともヒロハノマンテマの雌花に雄蕊がつく現象がある。黒穂菌(Microbotryum violaceum)の感染である。雌花(XX)には雄蕊がないが、黒穂菌が感染すると雄花のように雄蕊を伸長させる。黒穂菌が感染すると花粉の代わりに大量の黒色の黒穂胞子をつけるが、雌(♀)に感染したときも雄蕊(♂)を促進させ、雄花に感染したときと同じように葯に黒穂胞子をつくる。 本研究では、宿主植物のY染色体による雄蕊形成と、Y染色体によらない黒穂菌感染による雄蕊形成の2つに注目し、花の二形性研究における雄蕊促進メカニズムの解明に新たな進展を目指した。 結果と考察 1.Y染色体特異的STSマーカーの開発 1)PAR近傍Y染色体特異的マーカー:Y202 ヒロハノマンテマのXY性染色体は進化的に若く、その痕跡は組換え領域と非組換え領域(=偽常染色体領域(PAR: Pseudo Autosomal Region))の相同性にみることができる。PAR近傍に位置するSlX/Y1遺伝子は97%の相同性をもつ(Delichere et al. 1999, Filatov et al. 2000) 。性染色体は常染色体→原始XY→XY染色体へと進化したと考えられており(Charlesworth et al. 2005)、組換え領域であるPARとXY染色体の非組換え領域の境界は、XY性染色体の進化を考える上で重要である。 ヒロハノマンテマのPAR全域には染色体末端サテライトDNA, X43.1(Buzek et al. 1997)が散在し、SlY1付近にも孤島状にX43.1の繰返し配列断片が存在することをみつけた。X43.1の配列断片はX染色体側(SlX1近傍)にはなく、SlY1(Y染色体側)近傍のみに存在する(図1)。この違いから新規PAR近傍Y染色体特異的STSマーカー(Y202)を設計した。Y202付近の配列にはXY間25%の相同性しかない領域もあり、PARと非組換え領域の境界はモザイク状の相同性で構成されることが示唆された。 2)SSRを利用した新規Y染色体特異的マーカー:SmicSy1-6 ヒロハノマンテマのXY性染色体には多数のマイクロサテライトが含まれることが、FISH解析により推測されている(Kubat et al. 2008; Kejnovsky et al. 2009)。しかし、ショットガンゲノミックライブラリーから算出されたマイクロサテライトはわずか1.4%にすぎない。マイクロサテライト配列をプローブしたFISH解析ではY染色体に強いシグナルが検出される。このことからヒロハノマンテマのY染色体には短い単純反復配列(SSR, Simple Sequence Repeat)が多数含まれることが考えられた。そこで複合SSRマーカー(Lian et al. 2001; 2006)を応用し、ヒロハノマンテマのSSRマーカー開発に取り組んだ。20種の複合SSRプライマーを使い、578個のSSRマーカーを設計し、シングルまたはダブルバンドを増幅するマーカーをSmicS(STS marker in combination with SSR primer)とし、そのうち雄特異的に増幅される新規Y染色体STSマーカーを6つ、SmicSy1-6(STS marker in combination with SSR primer y chromosome-specific)を獲得した。これら新規マーカーと既知Y染色体マーカーを用いて、Y染色体欠失変異体の欠失マップを作成した。得られたSmicSy1-6のうち、SmicSy6は雄蕊促進機能(SPF: Stamen promoting Factor)に位置する。さらに、SmicSy6はこれまでSPF最近傍マーカーとされてきたScQ14(Zhang et al. 1998)とSPFを挟んで反対側に位置し、これによりSPFを挟み込むことに成功した。 重イオンビーム照射により作出した雄蕊不全個体はESS (Early stage Stamen Suppressed mutant)とISS(Intermediate stage Stamen Suppressed mutant)に分けることができる。今まで報告された雄蕊不全個体は全てScQ14が欠けていたが、本研究ではESSとISSのScQ14およびSmicSy6の欠失パターンは明らかに異なる。雄蕊促進機能は少なくとも2つ以上存在することがわかった。両性花変異体では完全両性花(図2e)と不完全両性花(図2b-d)に分けられる。不完全両性花における雄蕊・雌蕊の発達レベルはY欠失サイズに比例し、Y欠失サイズが大きいほど雌様の花をつけた。このことからY染色体上には花形成に関わる遺伝子が多数存在し、さらに雄蕊と雌蕊の発達には"トレードオフ"があると考えられた。 2.新規黒穂菌変異体の作出 1)黒穂菌の宿主特異性 黒穂菌(M. violaceum)はナデシコ科を宿主とする植物共生菌である。宿主特異性が高く、同じナデシコ科マンテマ属(例えばS. latifolia, S. vulgaris, S. paradoxa)のなかでも、宿主の種が異なると感染率は著しく低下する(Sloan et al. 2008)。本研究ではさらに、同じS. latifolia 種内でもエコタイプによって感染率が異なることを明らかにした。ヒロハノマンテマU-line(Uchida et al. 2003)では感染率100%の黒穂菌を、4つの異なるエコタイプに感染させ、それぞれの感染率を調べた。過酷な環境下におかれるほど菌に変異が起こりやすい。感染率0%のK-lineとH2005-1-9に繰返し黒穂菌を接種したところ、H2005-1-9の一株(H2005-1-9(11))に花の奇形症状がみられた。 2)花弁完全抑制花 (PETAL-LESS FLOWER) H2005-1-9(11)の奇形花、花弁完全抑制花は、花弁が無く、黒い胞子をつけた葯だけの花弁完全抑制花である(図3C)。正常な雄花には葯に黄色の花粉がつき、黒穂菌に感染した雄花は花粉に代えて黒色の黒穂胞子がつく。花弁完全抑制花を走査型電子顕微鏡で観察すると、肉眼では見えないが、抑制された花弁が観察できた(図3D)。また、花弁内側に位置する後熟雄蕊は雌蕊側に位置する先熟雄蕊より小さく、花弁とあわせて後熟雄蕊も抑制されていることがわかった。 3)新規黒穂菌突然変異体Mv537 花弁完全抑制花をつけたH2005-1-9(11)には半年後に、異なる花弁抑制レベルの花と、正常な雄花もつけた。正常雄花には花粉も形成され、この花粉を正常雌花に受粉させたところ、F1全てが正常な花をつけた。また、花の奇形症状を引き起こすことで知られるファイトプラズマ有無をPCRで調べたが、ファイトプラズマは検出されなかった。このことから花弁完全抑制花は宿主植物ヒロハノマンテマの変異によるものではなく、黒穂菌の変異によることである可能性が高いことが示唆された。花弁完全抑制花から黒穂菌を単離し(Mv537)、4つのエコタイプのヒロハノマンテマに感染させた。その結果、全てのエコタイプで花の奇形がみられたことからMv537は新規黒穂菌変異体であることが確認できた(表1)。 4)黒穂菌の病原性ステージ M. voilaceumは最も宿主植物と密接に共進化した植物病原菌の1つである。複雑な花芽器官のなかから雄蕊原基を探り当て、さらには花粉形成タイミングに合わせて黒穂胞子をつくる。ヒロハノマンテマのメスには雄蕊促進機能はないにも関わらず雄蕊を促進させることから、黒穂菌は雄蕊促進機能にも作用していることがわかる。ヒロハノマンテマの花芽形成過程は12ステージに分けることができる(Grant et al. 1994)。黒穂菌感染によるヒロハノマンテマへの作用は、正確なタイミングで起こる。1)ステージ5で雄蕊促進、2)ステージ11で雌蕊抑制、 3)ステージ11-12で黒穂胞子の形成(Uchida et al. 2003)。Mv537はこれらの病原性に変異が生じたため花弁抑制症状を引き起こしたと考えられる。Mv537感染花は花芽発達ステージ10で生長抑制される。ステージ10の正常雌花とWT黒穂菌感染花は子房中央あたりまで花弁が伸長するが、この時点でMv537感染花では花弁は抑制され、後熟雄蕊も花弁とともに抑制される。Mv537感染による花芽メリステムの攪乱は、ステージ10で胞子形成することから胞子形成のミスタイミングに因る。または、その後の花芽生長が抑制されることから、過剰抑制によるものだと考えられる。 結論 本研究ではヒロハノマンテマのY染色体解析と黒穂菌感染によるY染色体以外の雄蕊促進現象について、以下のことを明らかにした。 1) PAR近傍遺伝子SlY1付近に染色体末端サテライトDNA断片が存在することを見出し、この領域のXY間の違いから新規PAR近傍Y染色体特異的STSマーカーY202を開発した。 2) Y染色体には単純反復配列が散在することを利用し、新規Yマーカーを6つ(SmicSy1-6)を開発した。SmicSy6は雄蕊促進機能近傍マーカーであり、雄性決定機能領域の特定に寄与した。 3) 新規黒穂菌突然変異体Mv537を単離し、ヒロハノマンテマにおけるMv537感染症状を観察した。Mv537は、病原性に変異が生じたと考えられ、花芽ステージ10で顕著な花芽メリステムの攪乱がみられる。 4) 新規Yマーカーと黒穂菌変異体Mv537は花の性的二形性研究の有用なツールである。 図1 SlX1(X染色体)とSlY1(Y染色体)周辺配列模式図 SlY1近くには染色体末端サテライトDNA断片(黒四角)が存在するが、SlX1側にはない(点線四角)。 図2 Y染色体欠失変異体の雄蕊・雌蕊発達レベル 野生型雌花(a)、両性花変異体(b-e)、雄蕊発達不全変異体(f-i)、野生型雄花(j)。両性花変異体(GP: Gynoecium Promoted mutant)は不完全両性花(GP1-3, b-d)と完全両性花(GP4, e)にわけられる。不完全両性花では雄蕊と雌蕊発達レベルが反比例する。雄蕊発達不全変異体は、雄蕊の発達レベルにより、無性花(ESS1, f) ESS: Early stage Stamen Suppressed mutant)、雄蕊不全変異体(ISS1-3, g-h)(ISS: Intermediate stage Stamen Suppressed mutant)、雄性不稔変異体(LSS: Late stage Stamen Suppressed mutant)に分けられる。ESSとISSはY染色体の雄蕊促進領域の欠失パターンも違い、雄蕊促進機能は少なくとも初期雄蕊促進と中期雄蕊促進機能の2つ以上あることがわかる。Bar = 3mm、Double bar = 1cm 図3 黒穂菌変異体Mv537感染による花弁完全抑制花 正常雄花(A)、WT黒穂菌感染雄花(B)、花弁完全抑制花(C)葯だけがつき花弁が抑制されている、花弁完全抑制花の走査型電子顕微鏡像(D)抑制された花弁が観察できる。Bar= 5 mm 表1 野生型と変異体Mv537感染における症状の頻度 図4 黒穂菌感染による花芽の促進・抑制モデル図 雌花の断面図(A)、正常な雌花の雄蕊と雌蕊の促進・抑制(B)、WT黒穂菌感染雌花の各花芽器官 ステージ10~12(C)、Mv537感染雌花の各花芽器官 ステージ10~12(D)。P = Petal(花弁)、LS = Late developing Stamen(後熟雄蕊)、ES = Early developing Stamen(先熟雄蕊)、G = Gynoecium (雌蕊) | |
審査要旨 | 本論文は2つの着目点から進められた雌雄異株植物の雄蕊促進メカニズム研究について述べられている。第1章と2章は、雌雄異株植物ヒロハノマンテマにおけるY染色体による雄蕊形成、第3章はY染色体によらない黒穂菌感染による雄蕊形成花の二形性研究における雄蕊促進メカニズムの解明に新たな進展を目指した研究である。本論文は3章からなり、第1章は偽常染色体領域(PAR: Pseudo Autosomal Region)近傍Y染色体STSマーカーY202、第2章は単純反復配列(SSR, Simple Sequence Repeat)を利用したSTSマーカーSmicSy1-6、第3章は新規黒穂菌変異体Mv537による花弁完全抑制花の研究について述べられている。 ナデシコ科ヒロハノマンテマはXY性染色体によって遺伝的に性決定する。Y染色体の有無によって雄性決定するためY染色体上には雄性決定因子が存在すると考えられている。雄性決定機能因子はY染色体特異的STSマーカーを用いて目的領域を絞り込むことができる。論文ではまず、雄性決定機能因子の一つである雄蕊促進機能近傍マーカーを含む7つのY染色体マーカーを報告している。偽常染色体領域(PAR)近傍マーカーY202は、Y染色体リンク遺伝子SlY1と染色体末端サテライトDNA,SacIの間に位置するマーカーである。既知遺伝子SlX1とSlY1はXY染色体の相同遺伝子で、97%の高い相同性をもつ。本論文では、SlY1付近にSacIが孤島状に存在し、SlX1側には欠けていることを見つけ、この有無から新規Y染色体マーカーY202を設計したことを報告している。ヒロハノマンテマのY染色体はサテライトDNA以外にも3塩基単位のマイクロサテライトが多く含む。これを利用し、新規Y染色体マーカー、SmicSy1-6を設計した。新規マーカーによるY染色体欠失変異体解析から、SmicSy6が雄蕊促進機能近傍マーカーであることがわかった。さらに本論文で報告された両性花変異体では雄蕊と雌蕊の発達・抑制に反比例がみられ、これらがY染色体マーカーの欠失率と相互性があることから、Y染色体上には花芽形成に関わる遺伝子が多数存在することが示唆された。 Y染色体がなくとも雌花に雄蕊が伸びる現象が一つだけ知られている。黒穂菌がヒロハノマンテマの雌花(♀)に感染すると本来なら抑制されるはずの雄蕊(♂)が伸びる。黒穂菌は何らかの方法でY染色体のように挙動し、宿主植物の雄蕊促進に作用する。本論文で報告された新規黒穂菌変異体(Mv537)は花弁を抑制し、雄蕊のみをつけた花弁完全抑制花を生じさせる。黒穂菌は最も宿主植物と密接に共進化した植物病原菌の1つである。複雑な花芽器官のなかから雄蕊原基を探り当て、さらには花粉形成タイミングに合わせて黒穂胞子をつくる。この特徴的な病原性に何らかの変異を生じたのがMv537である。論文では胞子形成のミスタイミングまたは、花芽メリステムの過剰抑制であると考察している。黒穂菌感染による雄蕊促進と、黒穂菌変異体Mv537の花芽メリステムの攪乱のさらなる解析は、植物と菌の相互作用にとどまらず、花の性的二形性研究の新たなツールとして有用な知見となるだろう。 なお、本論文は、石井公太郎、鳥居千寛、青沼航、清水祐史、山中 香、風間裕介、阿部知子、平田愛子、Michael E. Hood、河野重行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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