学位論文要旨



No 128408
著者(漢字) 大我,政敏
著者(英字)
著者(カナ) オオガ,マサトシ
標題(和) マウス着床前初期発生における分化全能性調節へのHistone H3 lysine 79 メチル化および Dot1L の関与
標題(洋) Involvement of Histone H3 lysine 79 methylation and Dot1L in the mechanism regulating totipotency in mouse preimplantation embryos
報告番号 128408
報告番号 甲28408
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第767号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,不学
 東京大学 准教授 尾田,正二
 東京大学 准教授 鈴木,雅京
 東京大学 准教授 久恒,辰博
 東京大学 客員准教授 高橋,透
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

受精前の卵は生殖細胞として最終分化を遂げた状態にあるが、受精後の1細胞期胚は全能性を獲得した細胞である。全能性は初期発生の過程で次第に失われ、胚盤胞期では一部の細胞が栄養外胚葉へと分化する(図1)。この分化を調節するメカニズムについては多くの研究がなされているが、それ以前の全能性を調節するメカニズムについてはほとんど明らかにされていない。また、初期発生中の遺伝子発現パターンは発生の進行とともに大きく変化していくが、その調節機構についても未解明のままである。一方、分化した体細胞では分裂後も遺伝子発現パターンが維持され、その分化した状態が維持される。この分化した状態を維持する機構は"cell memory"と呼ばれ、ヒストン修飾に代表されるエピジェネティックな修飾がその調節に重要な役割を果たしていると考えられている。よって、分化した状態になく、さらに、遺伝子発現パターンが分裂後に維持されないで、大きく変化している初期胚では、cell memoryのメカニズムが体細胞とは異なっている可能性がある。

cell memoryのマーカーの一つにヒストンH3のN末端から79番目のリジン残基のジメチル化(H3K79me2)がある。この修飾はDot1L(Disruptor of telomeric silencing 1 Like)によってのみなされることが知られており、Dot1LによるH3K79me2は、活発に転写される遺伝子に多く見られるエピジェネティックな修飾として報告されている。さらに、分裂前に活発に転写されていた遺伝子領域では、分裂後もH3K79me2が維持されることから、分化状態を維持するcell memoryのマーカーとして機能すると考えられている。

そこで本研究では、初期胚の分化全能性を調節するメカニズムを明らかにする目的で、受精前後におけるH3K79me2とそのメチル基転移酵素であるDot1Lの動態解析を行い、さらに、初期胚におけるDot1Lのメチル化活性制御機構の解明を試みた。

[結果と考察]

1. H3K79me2とDot1Lの動態解析

まず、H3K79me2とDot1Lが受精前から初期発生においてどのような動態を示すのかを調べるために、成長期卵、成長卵、1細胞期胚、2細胞期胚、4細胞期胚および胚盤胞期胚におけるH3K79me2とDot1Lの動態を特異的抗体を用いた免疫染色法にて解析を行った。その結果、成長期卵および成長卵ではH3K79me2が高レベルであるのに対して、1細胞期胚、2細胞期胚では低レベルであることが判った(図2A)。続く4細胞期胚ではH3K79me2がやや増加し、胚盤胞期胚では再び高レベルとなっていることが確認された(図2A)。Dot1Lは成長期卵、成長卵および1細胞期胚では、豊富に核に存在していたが、2細胞期胚では殆ど検出されなかった(図2B)。4細胞期胚では再びDot1Lは核に低レベルで観察され始め、胚盤胞期胚では豊富に核内に存在していた(図2B)。以上より、1細胞期胚と2細胞期胚ではH3K79me2がほとんど存在しないため、遺伝子発現パターンが分裂後に維持されないのではないかと考えられた。また、2細胞期胚において、H3K79me2が低いレベルにあることは、Dot1Lが核内にほとんど存在しないことに起因すると考えられた。1細胞期胚に関してはH3K79me2が低レベルであるにも関わらず、Dot1Lが核内に豊富に存在していたことから、1細胞期胚ではH3K79me2が、2細胞期胚とは別の機構によって制御されていると考えられた。

2. 1細胞期胚、2細胞期胚におけるH3K79me2の制御機構の解析

Dot1Lによるメチル化反応には、H2Bの120番目のリジンのユビキチン化(ubH2B)が必要であることが報告されている。そこで、1細胞期胚においてH3K79me2が低いレベルにあることに、このubH2Bが関わっているのではないかと考え、受精前後におけるubH2Bの動態を免疫染色法により解析した。その結果、成長期卵ではubH2Bが検出されたが、受精後の1細胞期胚ではubH2Bは僅かにしか検出されなかった(図3)。そして、2細胞期胚、4細胞期胚、胚盤胞期胚ではubH2Bが検出された(図3)。以上の結果より、1細胞期胚では、Dot1Lが核内に存在しているにも関わらずubH2Bが低いレベルに抑えられていることで、メチル化反応が起こらなくなり、その結果H3K79me2が低いレベルに維持されていると考えられた。

体細胞において、H3K79me2はDot1Lの核局在制御によって調節されることが報告されている。そこで、2細胞期胚でH3K79me2が低いレベルにあることに、Dot1Lの核局制御機構が関与しているかどうかを検証するために、Flag-tagを付与したDot1LのmRNAを1細胞期胚に顕微注入し、Flag-Dot1Lを発現させた。1細胞期胚、2細胞期胚において核への局在が見られるかを抗Flag抗体による免疫染色法で解析した結果、1細胞期胚ではFlag-Dot1Lの核への局在が確認されたが、2細胞期胚では認められなかった(図4)。以上の結果より、2細胞期でH3K79me2が低いレベルにある原因は、この時期にDot1Lの核局在が起こらないためであると考えられた。

Dot1Lの2細胞期胚特異的な核局在の制御機構を調べるために、Dot1L内部の核局在シグナル(NLS)に着目した。先ず、Dot1Lが持つ3つのNLS (NLS1:393-416, NLS2:1089-1112, NLS3:1165-1172) (図5A)のいずれかが機能しなくなることで、2細胞期胚ではDot1Lが核へ局在できなくなっていると考え、それぞれの NLSについて機能の有無を解析した。NLS1とNLS2,3の働きを調べるためにconserved catalytic core region(core : 1-344)を含む1-393(N393)と、これにNLS1またはNLS2,3を付与したコンストラクト(N393-NLS1、N393-NLS2,3)をそれぞれ作製し、2細胞期胚で発現させ、その核への局在の有無を調べた。その結果、N393は核への局在が見られなかったが(図5B)、N393-NLS1とN393-NLS2,3のいずれのコンストラクトも核へ局在した(図5C, D)。この結果は、NLS1とNLS2,3がいずれも2細胞期胚で機能することを示しており、NLS以外の要素が2細胞期胚特異的な核外局在をもたらすことが示唆された。

続いて2細胞期胚でのDot1Lの核外排出機構に着目した。これまでに、Dot1Lの核外排出機構については、Nuclear Export Domain 1(NED1:479-659)(図5A)を介した排出機構が報告されていることから、NED1とその下流のこれまで解析が行われていない領域(660-972と973-1088)をそれぞれ欠失させ、そのDot1Lの核局在への影響を調べた。その結果、660-972の欠失変異体は核への局在が認められないままであったが(図5F)、NED1あるいは973-1088のどちらか一方が欠失している変異体では核への局在が認められるようになった(図5E, G)。以上の結果より2細胞期胚での核局在制御には核外排出活性が関与しており、この顕著な核外排出には既知のNED1と新規の973-1088 domain (NED2)の両方が必要であることが明らかとなった。

3. 2細胞期胚でのH3K79me2の機能解析

これまでの結果より、2細胞期胚においてDot1Lが核外排出されることで、H3K79me2が低いレベルに維持されていることが考えられた。この仮説を検証するために、核内局在するN393-NLS1(図5C)を2細胞期胚に発現させたところ、H3K79me2の増加が見られた(図6A)。対照区としてddH2Oを顕微注入したものではH3K79me2の増加は見られなかった(図6A)。このことから、Dot1Lの核外排出機構がH3K79me2を低いレベルで維持することに重要であることが改めて確認された。続いて、2細胞期胚でのDot1Lの核外排出機構の初期発生への関与を調べるために、N393-NLS1を発現させた胚の発生率を調べた。その結果、N393-NLS1を発現させた胚では2細胞期胚以降の卵割が起こらず、発生が停止した(図6B)。一方で対照区であるddH2Oを顕微注入したものでは、96.3%が胚盤胞期まで発生した(図6B)。以上の結果より、2細胞期胚ではDot1Lの核外排出機構により、H3K79me2が低レベルで維持され、それが、2細胞期胚以降の発生に重要であることが示唆された。

[結論]

本研究ではまず、1細胞期胚、2細胞期胚では、cell memoryのマーカーとして機能するH3K79me2が低いレベルで維持されていることを見出した。その原因として、1細胞期胚ではubH2Bが低レベルであるためにDot1Lによるメチル化が起こらないこと、2細胞期胚ではNED1とNED2が協調して機能することでDot1Lが核外排出されていることを明らかにした(図7)。さらに、H3K79me2の低レベルでの維持は初期発生に必須であることを示した。このようにDot1L活性の時期特異的な制御機構により、受精直後の初期胚ではH3K79me2が低レベルとなるのでcell memoryが機能せず、分裂後に遺伝子発現パターンが維持されなくなる。そしてそのことが、初期胚が未分化な状態、すなわち全能性を持つ状態となっていることに関与しているのではないかと考えられた。

図1.初期発生において全能性は次第に失われる

図2.卵および初期胚におけるH3K79me2(A)とDot1L(B)の免疫染色像

図3.卵および初期胚におけるH2Bユビキチン化(ubH2B)の免疫染色像

図4.Flag-Dot1Lの1、2細胞期胚における核移行の有無

図5.核局在制御に関わるdomainの解析

点線はdelet∈されたdomainを示す.

core:Conserved catalytic core domain,NLS:nuclear localization signal.NED:Nuclear export domain

図6.各Deletion mutantを発現した2細胞期でのメチル化誘導(A)とその発生率への影響(B}

図7.卵および初期胚におけるH3K79me2制御機構のモデル図

Me:H3Kア9me2.Ub:ubH2B

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、マウスの初期胚発生期におけるヒストンH3K79ジメチル化(H3K79me2)の動態およびその触媒酵素であるDot1Lのメチル化調節を解析することで、受精後における分化全能性の獲得およびその維持機構の解明を試みたものである。すなわち、体細胞において分化した状態を維持する"cell memory"と呼ばれる機構に着目し、そのマーカーの1つであるH3K79me2について、初期胚が全能性を獲得・維持する際にどのような動態を示し、その調節がどのようになされているかを明らかにすることが本研究の主題である。全体は2章からなり、以下のような内容となっている。

第1章では、H3K79me2とDot1Lの受精前後および初期発生期における動態を調べた結果を記した。各ステージの卵および初期胚について免疫染色法にて解析を行った結果、成長期卵および成長卵ではH3K79me2が高レベルであるのに対して、1細胞期胚、2細胞期胚では低レベルであることが明らかとなった。続く4細胞期胚ではH3K79me2がやや増加し、胚盤胞期胚では再び高レベルとなっていることが確認された。Dot1Lは成長期卵、成長卵および1細胞期胚では、豊富に核に存在していたが、2細胞期胚では殆ど検出されなかった。4細胞期以降では再びDot1Lは核に局在が認められた。以上より、1および2細胞期胚ではH3K79me2がほとんど存在しないため、分化状態が維持されないのではないかと考察した。

第2章では、1、2細胞期胚におけるH3K79me2の制御機構および2細胞期胚でのH3K79me2の機能解析をおこなった。まず、1細胞期胚においてH3K79me2が低いレベルにあることには、H3K79のメチル化に必要とされるubH2Bが関わっているのではないかと考え、受精前後におけるubH2Bの動態を、免疫染色法により解析した。その結果、1細胞期胚では、ubH2Bが低いレベルに抑えられていることが明らかとなった。このことによって、1細胞期胚ではDot1Lが核内に存在しているにも関わらずDot1Lによるメチル化反応が起こらなくなり、その結果H3K79me2が低いレベルに維持されていると考察した。体細胞において、H3K79me2はDot1Lの核局在制御によって調節されることが報告されている。そこで、2細胞期胚でH3K79me2が低いレベルにあることに、Dot1Lの核局制御機構が関与しているかどうかを検証するために、Flag-tagを付与したDot1LのmRNAを1細胞期胚に顕微注入し、Flag-Dot1Lを発現させた。そしてその核への局在を抗Flag抗体による免疫染色法で解析した結果、1細胞期胚ではFlag-Dot1Lの核への局在が確認されたが、2細胞期胚では認められなかった。以上の結果より、2細胞期でH3K79me2が低いレベルにある原因は、この時期にDot1Lの核局在が起こらないためであると考えられた。次いで、Dot1Lの2細胞期胚特異的な核局在の制御機構を調べるために、Dot1L内部の核局在シグナル(NLS)および核排出ドメイン(NED)に着目した。これらのドメインを取り除いたDot1L変異体をコードするmRNAを作成し、これを初期胚に顕微注入することで、これらのドメインがDot1Lの核局在にどの様に貢献しているのかを調べた。その結果、これまでに報告されているNED1以外に核排出に関与するドメインを新たに発見し(NED2)、これら2つのドメインが協調して、2細胞期特異的な核排出(細胞質局在)を調節していることを明らかにした。以上の結果より、2細胞期胚においてDot1Lが核外排出されることで、H3K79me2が低いレベルに維持されていることが考えられた。もしこの仮説が正しければ、Dot1Lを人為的に核内へ局在させることで、2細胞期胚においてもH3K79me2が起こるはずである。この仮説を検証するために、核内局在するDot1L変異体を2細胞期胚に発現させたところ、H3K79me2の増加が見られた。そしてその際、2細胞期胚以降の卵割が起こらず、発生が停止した。以上の結果より、2細胞期胚ではDot1Lの核外排出機構により、H3K79me2が低レベルで維持され、それが、2細胞期胚以降の発生に重要であることが示された。

以上のように、本論文は、これまでまったく明らかにされていなかった初期発生期における分化洗脳性の獲得及び維持機構の解明に大きく寄与するものであると考えられる。

なお、本論文第2章は、影山俊一郎、井上梓、秋山智彦、永田昌男、青木不学との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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