学位論文要旨



No 128409
著者(漢字) 大薄,麻未
著者(英字)
著者(カナ) オオスギ,アサミ
標題(和) イネの花芽誘導におけるフィトクロム光受容体の多様な作用機作
標題(洋)
報告番号 128409
報告番号 甲28409
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第768号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 林,誠
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 准教授 阿部,光知
 農業生物資源研究所 上級研究員 井澤,毅
内容要旨 要旨を表示する

序論

最適な季節に繁殖活動を行うため、植物は日長に応じて開花時期を調節する。主要作物として研究がさかんなイネは、短日条件で開花を促進する。近年、概日時計と外部からの光刺激が相互作用して日長を認識するという説が、分子レベルで証明されている。実際に、イネをはじめとするいくつかの植物において、赤色光受容体フィトクロムは日長認識に必須であると考えられている。例えば、イネ活性型フィトクロム欠損体photoperiod sensitivity (se5)では長日条件でも短日条件同様に開花が促進される。これは、イネの花成誘導ホルモン・フロリゲンをコードするHeading date 3a (Hd3a)の発現変化が原因である。Hd3aの発現は、野生型において13.5時間以上の日長で発現が著しく抑制され、すなわち13.5時間の限界日長をもつが、se5変異体では日長に関係なくその発現が脱抑制されている。

Hd3aが限界日長に応答するために、開花抑制因子Grain number, plant height and heading date 7 (Ghd7)および開花促進因子Early heading date 1 (Ehd1)が働くことが報告されている(図1A)。Ghd7は、13.5時間以上の長日条件において、フィトクロムシグナルによって強く誘導される。その結果、Ghd7によりEhd1およびその下流のHd3aが13.5時間以上の長日条件で抑制され、限界日長応答を示す。Ghd7の日長応答は、朝方のフィトクロムシグナルがGhd7を誘導できるかどうかによって決定する。長日条件では朝方のフィトクロムシグナルがGhd7を誘導できるが、短日条件では誘導できない(図1B)。また、短日条件では明暗サイクルによってGhd7を誘導することができないが、夜中における人工的な赤色光の照射によって誘導することができる。

イネはフィトクロムA-C(PHYA-C)の3つのフィトクロム遺伝子をもっている。各フィトクロム変異体および二重変異体の開花到達日数を観察すると、いくつかの変異体において開花が早まり、さらに早まる程度も異なる。これは、日長応答において各フィトクロムの機能は重複しておらず、それぞれ異なる機能を持つことを示唆している。各フィトクロムはGhd7の転写誘導において異なる役割をもつのか、また、Ghd7の誘導以外に作用点を持つのか、さらなる解析が期待される。

本研究は、日長応答において重要な役割をもつフィトクロムの機能をさらに詳細に解析するため、各種フィトクロム変異体を用い、各フィトクロムの機能相違点、および新たなフィトクロムの作用点を明らかにすることを目的とした。

結果と考察

1. Ghd7の転写誘導におけるフィトクロムの役割

私は、イネの3つのフィトクロムがどのように限界日長応答に関わっているかを確かめるため、各フィトクロム変異体および二重変異体を様々な日長条件下で生育し、発現解析を行った(図2)。栽培品種日本晴(WT)においては日長が長くなるとGhd7の発現量が緩やかに上昇した(図2A)。これに対し、各フィトクロム変異体および二重変異体では、いくつかの異なるGhd7発現パターンを示した(図2A)。このことは、各フィトクロムがGhd7の誘導において異なる機能を持つことを示唆する。

私は、各フィトクロム変異体の比較から、Ghd7の誘導における各フィトクロムの相違点を検証した。まず、3つのフィトクロム遺伝子のうち1つのみが機能しているフィトクロム二重変異体を解析した。phyBphyC変異体(PHYAのみ機能型)ではGhd7が日長に応答して発現した(図2A)。これに対し、phyAphyC変異体(PHYBのみ機能型)およびphyAphyB変異体(PHYCのみ機能型)では、どの日長でもGhd7が低発現であった(図2A)。この結果から、PHYAのみが単独でGhd7を誘導できることが分かる。しかし、phyA変異体(PHYBとPHYCが機能型)ではPHYAが欠損しているにも関わらず、Ghd7を誘導した(図2A)。これは、PHYBおよびPHYCが同時に存在するとGhd7を誘導できることを示唆する。シロイヌナズナでは、フィトクロムはホモダイマーまたはヘテロダイマーを形成して機能することが報告されている。シロイヌナズナとの比較から、phyA/phyAホモダイマーまたはphyB/phyCヘテロダイマーがGhd7を誘導すると推測される。これら2つのフィトクロムダイマーによるGhd7の誘導は、日長応答に必須であると考えられる。

2. Ehd1の発現制御におけるフィトクロムの役割

次に、各フィトクロム変異体を様々な日長条件下で生育したときのEhd1の発現量を解析した(図2B)。WTにおいては、これまでの報告と同様に、13.5時間の限界日長応答を示した。一方で、phyB変異体、phyBphyC変異体、phyAphyC変異体、phyAphyB変異体では、長日条件においてEhd1が脱抑制され、日長に対して応答しなかった。ghd7欠損体では日長によらずEhd1が脱抑制され、さらに、人工的に誘導されたGhd7はEhd1を抑制するという報告から、Ghd7はEhd1の主要な抑制因子と考えられている。phyAphyC変異体およびphyAphyB変異体ではGhd7が誘導されないため(図2A)、Ehd1が限界日長応答を示さないと考えられる(図2B)。しかし、phyB変異体およびphyBphyC変異体ではGhd7が発現し、日長に応答しているにも関わらず(図2A)、Ehd1は脱抑制されていた(図2B)。この結果から、私は、phyB変異体およびphyBphyC変異体では長日条件下におけるGhd7の機能が弱まっていると推測した。

phyB変異体におけるGhd7の機能を検討するためには、Ghd7以外の長日条件特異的なEhd1制御遺伝子の影響を排除する必要がある。しかし、短日条件においてはGhd7が低発現であるため、Ghd7の機能を検討することが難しい。短日条件の夜中に赤色光を照射するとGhd7が誘導され、さらに翌朝のEhd1の発現が抑制されることが報告されている(図1B、図3A)。この生理学的条件を利用し、短日条件における夜中の赤色光照射によって誘導されたGhd7の機能が、phyB変異体で変化するかを検討した(図3B、C)。Ghd7の発現を誘導できないphyAphyC変異体では、赤色光を照射してもEhd1の発現量が変わらなかった(図3B、C)。これに対し、Ghd7を誘導できるWTおよびphyB変異体では赤色光を照射するとEhd1が抑制された(図3B、C)。これらの結果から、夜中の赤色光照射はGhd7の誘導を介してEhd1を抑制することが強く示唆された。しかしながら、WTとphyB変異体を比較すると、Ghd7の発現量はphyB変異体 > WTであるにも関わらず、Ehd1の発現量はphyB変異体 > WTであった。これは、phyB変異体ではGhd7の機能が弱いことを示唆する。長日条件ではphyBが活性型である明期が長く、不活性型に遷移する暗期が短い。このため、長日条件ではGhd7が高発現であるだけでなく、PHYBによって機能が促進されることにより、さらに強力にEhd1を抑制すると推測される。

3. Hd3aの発現制御におけるフィトクロムの役割

最後に、各フィトクロム変異体を用いて、様々な日長条件下におけるHd3aの発現量を解析した(図2C)。WTではこれまでの知見と同様に、13.5時間の限界日長応答を示した。Ehd1が脱抑制されていたphyB変異体、phyBphyC変異体、phyAphyC変異体、phyAphyB変異体のうち(図2B)、phyAphyC変異体とphyAphyB変異体(共にphyA欠損をもつ)ではどの日長でもHd3aが高発現だった。一方で、phyB変異体とphyBphyC変異体(共に機能的PHYAをもつ)では長日条件下でHd3aが抑制された。これは、Ehd1が高発現であっても、長日条件ではPHYAがEhd1の機能を抑制することを示唆する。Ehd1の機能は日長によって異なるのかを検討するため、Ehd1過剰発現体(機能的PHYAを持つ)を異なる日長条件で育てると、短日条件のみ開花が早まった(図4A)。またEhd1過剰発現体において、Ehd1は日長に関わらず恒常的な発現を示したが、Hd3aは短日条件の夜明け前後のみ促進された(図4B)。これは、Ehd1の機能が長日条件では抑制されることを強く支持する。長日条件下におけるEhd1は、発現がGhd7によって抑制されるだけでなく、遺伝子産物機能もPHYAによって抑制されることで、さらに顕著にHd3aを抑制すると考えられる。

結論

植物はどのようにして日長を認識し、応答するのか?これを明らかにするために、概日時計と光シグナルの相互作用を中心としたいくつかのモデルが提唱されてきた。本研究では、光受容体フィトクロムに着目し、全ての組み合わせの変異体を用い、赤色光の作用を詳細に解析した。その結果、以下の3つの作用点を解明した(図5)。 (1) phyA/phyAまたはphyB/phyCシグナルがGhd7を誘導する。(2) PHYBは長日条件下でGhd7の機能(Ehd1の発現を抑制)を強める。(3) PHYAは長日条件下でEhd1の機能(Hd3aの発現を抑制)を抑制する。

これらの結果は、植物による日長応答は1つの単純なモデルで説明できるものではなく、いくつもの日長認識機構が備わっていることを提示している。PHYBによるGhd7の機能調節およびPHYAによるEhd1の機能調節は、現時点で、概日時計との関与が明らかではない。本研究で明らかとなったこれら2つの作用点は、Ghd7の発現量のわずかな変化(図2A)をEhd1やHd3aの顕著な変化(図2B、C)に変換する仕組みであるだけでなく、光受容体が概日時計とは独立に日長依存的に働く可能性を含んでおり、新しい日長認識機構を示唆する。

図1. イネの限界日長応答

A. 既知の限界日長応答経路 B. 異なる日長における、光刺激によるGhd7の誘導

図2. フィトクロム変異体を用いた様々な日長条件における開花制御遺伝子の発現解析

長日条件で生育した植物を5日間様々な日長条件に移し、6日目の夜明け3時間後における(A)Ghd7、(B)Ehd1、(C)Hd3aの発現量を定量的RT-PCRで解析した。

図3. フィトクロム変異体におけるGhd7の機能

A. 短日条件の夜中の赤色光照射によって誘導されたGhd7は、青色光によって誘導されるEhd1を抑制する。 B, C. 短日条件の夜中に赤色光を照射したときの、2時間後のGhd7 (B)および 3時間後のEhd1 (C)の発現量を解析した。

図4. 異なる日長条件におけるEhd1過剰発現体の機能

A.Ehd1過剰発現体は短日条件において開花を早めた。B.Ehd1過剰発現は、短日条件の夜明け前後のみ、Hd3aの発現を促進した

図5. 日長認識の新しいモデル図

本研究によって明らかになったフィトクロムの機能をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、イネを解析対象とし、日長に応じた開花時期の制御における赤色光受容体フィトクロムの機能について述べられている。

植物は日長に応答して開花時期を制御することが知られていて、短日植物であるイネは長日条件において開花を遅延する。植物の開花時期が日長に応答する最も大きな要因は、花芽組織の形成を誘導するホルモン(フロリゲン)の日長に応じた発現変化である。イネのフロリゲン遺伝子Hd3aの日長応答にはその発現を促進するEhd1およびEhd1の発現を抑制するGhd7が必要とされる。Ghd7は、24時間周期のうち特定の時間にフィトクロムが光刺激を受容することにより誘導される。その結果、Ghd7は長日条件においてのみ光刺激を受容したフィトクロムによって誘導され、Ehd1およびHd3aの発現を抑制する。

イネのゲノム上には3分子種のフィトクロム遺伝子PHYA、PHYB、PHYCが存在する。しかし、イネの日長応答におけるそれぞれのフィトクロムの機能は明らかになっていない。本論文では、6種のフィトクロム単独/二重変異体の解析によって、日長応答における各フィトクロムの特異性を検証することを目的とした。

まず、各フィトクロム変異体においてGhd7、Ehd1、Hd3aの日長応答が野生型と異なるのかを検討するため、各フィトクロム変異体を10時間から16時間の様々な日長条件において生育して発現解析を行った。その結果、3つの興味深いデータが得られた。すなわち、(1)phyAphyB変異体おおよびphyAphyC変異体のみ、長日条件においてGhd7の発現が上昇しなかった。(2)長日条件においてGhd7の発現が上昇するフィトクロム変異体のうち、phyB変異のある系統ではEhd1の発現が抑制されなかった。(3)長日条件においてEhd1が高発現であるフィトクロム変異体のうち、phyA変異を持たない系統はHd3aが低発現であった。学位申請者は、それぞれの結果についてさらに詳細な解析を行った。

最初に、(1)Ghd7の発現誘導における各フィトクロムの機能を解析した。様々な時間において赤色光を照射したときのGhd7の発現量をフィトクロム変異体間で比較することにより、PHYAシグナルおよびPHYB/PHYC複合シグナルがGhd7の発現を誘導することを明らかにした。

次に(2)Ghd7によるEhd1の抑制とphyB変異について解析した。phyB変異体は、長日条件においてGhd7が誘導されるにも関わらず、Ehd1の発現は抑制されなかった。phyB変異体におけるGhd7の機能を検討するため、Ghd7の発現を誘導する生理条件下で野生型およびphyB変異体におけるEhd1の発現量を比較した。その結果、野生型ではGhd7の誘導によってEhd1の発現が強く抑制されたが、phyB変異体では、野生型と同様には強く抑制されなかった。従って、phyB変異体においては、長日条件において誘導されたGhd7がEhd1の発現を抑制する機能が低下していることが示唆された。

最後に、(3)日長特異的なEhd1の機能とphyA変異について解析した。長日条件においてEhd1が高発現であるフィトクロム変異体のうち、機能型PHYAをもつフィトクロム変異体は長日条件においてHd3aが低発現であった。従って、PHYAはEhd1によるHd3aの促進を長日条件において抑制することが示唆された。さらに、Ehd1の機能が日長によって異なるのかを検証するため、Ehd1過剰発現体におけるHd3aの発現量およびEhd1タンパク質量を解析した。その結果、Ehd1タンパク質量は日長によって変化しないにも関わらず、Ehd1は短日条件の夜明け前後のみHd3aの発現を促進できることが明らかになった。

以上のように、Ghd7の誘導において各フィトクロムは特異的な機能をもつことから、イネでは3種のフィトクロムが協調し合うことにより、最終的にHd3aが正確に日長応答することが示唆された。これまで、多くの植物の日長応答においてフィトクロムが必要であることが報告されてきたが、全てのフィトクロムの機能が報告された例はない。本論文は、日長応答における全てのフィトクロム分子種の機能を解析した初めての報告である。また、開花時期の制御に関する知見は、学術上にとどまらず、農業における応用の貢献が期待できる。

なお、本論文は、川勝恭子博士、伊藤博紀博士、高野誠博士、井澤毅博士との共同研究である。川勝博士は形質転換イネの材料を提供し、高野博士はフィトクロム変異イネの材料を提供したが、本論文は論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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