No | 128410 | |
著者(漢字) | 勝村,啓史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カツムラ,タカフミ | |
標題(和) | ヒト遺伝的多型の機能解析を目的としたメダカ集団を用いる実験系の構築 | |
標題(洋) | Establishing an Experimental System for the Functional Analysis of Human Genetic Polymorphisms Using Wild Medaka (Oryzias latipes) Populations | |
報告番号 | 128410 | |
報告番号 | 甲28410 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第769号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 ヒト(Homo sapiens)には多くの地域集団が存在し、集団間で様々な形質の違いが見られる。例えば、外観(皮膚色や毛髪、顔貌、さらには性的二型の程度など)が挙げられる。近年の大規模な集団サンプルを用いたゲノムワイド関連解析により、多くの形質関連遺伝子が報告されてきた。そして、遺伝子改変マウスを用いて、それらアレル間の機能上の違いを検出する表現型解析も行われている。しかし、そのようなアレルのほとんどは、それ単独では形質への寄与が非常に小さいことも明らかになってきた。そのため、従来の手法のように"遺伝的に均一"で"個"を用いる実験系では、効率よくアレル間の機能差を検出することは困難であり、アレルの違いと形質との因果関係は多くの場合、検証されないままとなっている。アレル間の微細な機能差を解析するためには、"地域集団間の遺伝的な違いが維持"されており、"個"では無く"集団"として比較し、アレル間の違いを頻度として定量できるモデル生物が有効と考えられる。そこで、私は地域集団が系統維持されているメダカ(Oryzias latipes)に着目し、図1に示す実験系を考えた。本研究では、ヒト集団間でアレル頻度が異なり、環境適応への関与も示唆されるシトクロムP450(CYP)遺伝子をテストケースとし、本実験系の可能性を検証した。 第1章 サンプリング方法の確立 まず、メダカ系統維持個体群で十分に集団間多様性が評価できるかを検討した。(I)東アジア33地域35個体の系統維持個体群(grid-based samples)と(II)関東地方3地域373個体の野生集団(deme-based samples)を用いて、mtDNA D-loopの塩基配列から求めた集団遺伝学的統計値を比較した。その結果、gene diversityとnucleotide diversityは、(I)で得られたサンプル群で高く(表1)、これは、地域集団の遺伝的分化を示し、grid-based samplingでも効率よく集団間多様性を評価できることを示す。 第2章 メダカ集団内の遺伝的多様性の調査 野生メダカを用いてより厳密に自然選択の検証・議論をするには、より広くメダカの集団内多様性を明らかにし、集団構造と集団史を把握することが必要である。そこで南日本グループのメダカを中心に、佐賀、広島、岡山、沖縄で自ら野生メダカを採集し、さらに、北関東・東北のメダカDNAサンプルを加え、計13地域976個体についてmtDNA D-loopの塩基配列を決定した。遺伝子系統樹解析から、北部九州集団が系統樹のルートに位置し、もう一つの北部九州集団が本州メダカ集団とクラスターするパターンを示した(図2)。これは、現在の南日本グループのメダカの遺伝的多様性が、北部九州を起源とすることを示唆する。 第3章 メダカ集団における多型の探索及び機能解析 メダカCYPとヒトCYPについて、20個のオルソログ(種分化由来の相同)遺伝子ペアを同定した。そのうち、メダカのCYP1A、CYP1B1、CYP5A1、CYP20A1について、ヒトでSNPが存在する領域と相同であるメダカのゲノム領域を対象に、27地域のメダカ集団の塩基配列を取得した。その結果、メダカCYPにおいてもアミノ酸レベルで多様なバリエーションが存在することが示された。 次に、メダカ集団間で見つかったCYPアレル間の機能比較を行った。その結果、地域集団TanabeとMaegokのCYP1B1アレル間に酵素活性の有意な差が見られた(p < 0.05)(図3左)。測定に用いた基質は、ヒトCYP1B1のアレル間でも有意な活性差を示す(図3右)。以上から、メダカ集団には機能的にヒトと同様なアレルバリエーションが存在することを示した。 第4章 CYP1B1共通多型の機能解析 CYPは、ステロイドホルモン合成・代謝に関わる。CYP1B1は、エストロゲンの代謝に関与する。メダカでは、エストロゲン濃度と二次性徴形質である尻ビレ長が相関するとの報告がある。以上から、CYP1B1活性の違いがメダカの性的二型の程度に関連する可能性を考え、高活性型CYP1B1アレルを持つTanabeと低活性型CYP1B1アレルを持つMaegokを用いて、遺伝子型間で尻ビレ形態に違いが見られるかを検討した。 まず、メダカの全長画像を取得し、体長と雌雄差が見られる尻ビレ第4条鰭長(尻ビレ長(前))と尻ビレ後方2番目条鰭長(尻ビレ長(後))を測定した(図4)。その結果、Tanabeの雌雄間で、尻ビレの形(尻ビレ長比)に有意な違いが観察された(図5)。 次に、CYP1B1の遺伝子型の尻ビレ形態への関与をさらに検証するために、TanabeとMaegokを交雑させ、F2を作成した。それらF2を同様に計測し、高活性CYP1B1(Tanabe型)と低活性CYP1B1(Maegok型)のどちらのアレルを持つかをタイピングした。その結果、尻ビレ長比においてTanabe型のホモ個体(TT)とヘテロ個体(TM)の雌雄間にそれぞれ有意な違いが示された(図6)。さらに、計測データから大きさ成分を除いたC-SCOREからマハラノビスの一般化距離(D2)を求めた。その結果、Tanabe型のホモ個体群(TT)における雌雄間の距離は、Maegok型のホモ個体群(MM)に比べ、大きい値を示した(図7)。以上の結果は、CYP1B1の遺伝子型がメダカ雌雄間の尻ビレの形の違いに関与することを示唆する。 ヒトCYP1B1において、アレル間で酵素活性が異なる(図3右)。そこで、それらアレルのCYP1B1ハプロタイプ頻度を調べた。その結果、高活性型CYP1B1*3ハプロタイプ頻度は、アフリカ人で高く、次にヨーロッパ人となり、アジア人では、12%以下であった(図8)。性的二型を示す歯冠データを用いた形態人類学の結果から、アフリカ人やヨーロッパ人では、アジア人と比較して性的二型が顕著であることが示されている。ヒトにおいてもCYP1B1酵素活性と性的二型の程度の違いのパターンが一致する。以上のヒトでの結果と今回のメダカの結果から、CYP1B1は地域集団間の性的二型の程度に関与する多数の遺伝子の中の一つであることを示唆する。 【結論】 本研究結果は、メダカ集団からヒト集団と同様の多型を見つけ、メダカの表現型解析からヒトでの機能推定が可能であることを示す。これにより、豊富な多様性を持つメダカ地域集団を用いることで、 ヒトで地域集団間の形質の違いをもたらす遺伝子多型を分析し、そのメカニズムを解明できることを示唆する。また、機能遺伝子において系統的に離れた生物種間において共通する多型が見出され酵素活性に違いが見られたことは、ヒトとメダカの分子レベルでの収斂進化を想像させる。これが中立進化の結果なのか自然選択の結果なのかは、現時点では判断できないが、サンプリングを続けている野生メダカDNAサンプルを用いることで、集団遺伝学的に検証することは十分可能である。以上のことから、野生集団、地域集団(系統維持個体群)、近交系が揃っているメダカは、多型と形質との関係をより深く理解するための有効なツールといえるだろう。 図1 本実験系概念図。ヒト集団と類似の遺伝的多型を相同遺伝子に持つメダカ集団をヒトのモデルとして解析する。まず、ヒト集団で見つかっている多型がメダカ集団の相同遺伝子にも存在するかを調べる(矢印A)。そして、その多型の生体機能解析を行なうことにより、ヒトにおけるアレル間の機能差を推定する(矢印B)。これができればヒトの遺伝的多型の機能的理解につながる(矢印C)。 表1 集団遺伝学的統計値 図2 mtDNA・D-loop配列タイプに基づく南日本グループメダカの遺伝子系統樹。下線は、北部九州集団を示す。Aomoriは外群として加えた北日本グループ。 図3 メダカとヒトCYP1B1の酵素活性比較。ヒトCYPの結果は、Chavarria-Soleyet al.(2008) から引用、改変。 図4 メダカの形態計測項目(オス)。メスでは、特に尻ビレ長(後)が短い。 図5 地域集団TanabeとMaegokの雌雄間比較。 図6 F2個体のCYP1B1遺伝子型・雌雄間比較。 図7 C-SCOREから求めた遺伝子型・雌雄間のマハラノビスの一般化距離(D2)。古典的多次元尺度構成法により、2次元化した。 図8 ヒトCYP1B1ハプロタイプ頻度グラフ。YRI: ヨルバ人、MKK:マサイ人、ASW:アフリカ系アメリカ人、CEU:ヨーロッパ系アメリカ人、TSI:イタリア人、JPT:日本人、CHB:中国人 | |
審査要旨 | 本論文は4章で構成されており、第1~2章は集団遺伝学を基礎としたメダカのサンプリング方法の確立と日本列島に棲む野生メダカ集団の集団構造の調査結果が述べられている。第3~4章はメダカCYP遺伝子ファミリーの多型スクリーニングと見つかった多型の細胞系およびメダカ生体を用いた機能解析結果が述べられている。 第1章では、まずメダカ系統維持個体群で十分に集団間多様性が評価できるかが検討された。東アジア33地域35個体の系統維持個体群(grid-based samples)と関東地方3地域373個体の自然集団(deme-based samples)を用いて、mtDNA D-loopの塩基配列から求めた集団遺伝学的統計値が比較された。その結果、遺伝子多様度と塩基多様度は、grid-based法で得られたサンプル群でより高く、地域集団の遺伝的分化を示し、grid-based法で効率よく集団間多様性を評価できることが示された。なお、この第1章の内容は論文提出者を第一著者として米国の査読つき専門誌Geneに2009年出版された。 第2章では、より広くメダカの集団内多様性を明らかにし、集団構造と集団史を把握する目的で南日本グループのメダカを中心に、佐賀、広島、岡山、沖縄で論文提出者みずからが野生メダカを採集し、さらに北関東・東北のメダカDNAサンプルを加え、計13地域976個体についてmtDNA D-loopの塩基配列を決定した。遺伝子系統樹解析から、北部九州集団が系統樹のルートに位置し、もう一つの北部九州集団が本州メダカ集団とクラスターするパターンが示された。これは、現在の南日本グループのメダカの遺伝的多様性が、北部九州を起源とすることを示唆する。なお、この第2章の内容は論文提出者を第一著者として日本の査読つき専門誌Anthropological Scienceに2011年出版された。 第3章では、メダカCYPとヒトCYPについて、20個のオルソログ遺伝子ペアが同定され、そのうちメダカのCYP1A、CYP1B1、CYP5A1、CYP20A1について、ヒトでSNPが存在する領域と相同であるメダカのゲノム領域を対象に27地域のメダカ集団の塩基配列が決定された。その結果、メダカCYPにおいてもアミノ酸レベルで多様なバリエーションが存在することが示された。次に、メダカ集団間で見つかったCYPアレル間の機能比較を行った。その結果、地域集団TanabeとMaegokのCYP1B1アレル間に酵素活性の有意な差が見られた(p < 0.05)。測定に用いた基質は、ヒトCYP1B1のアレル間でも有意な活性差を示す。以上から、メダカ集団には機能的にヒトと類似なアレルバリエーションが存在することが示された。 第4章では、高活性型CYP1B1アレルを持つTanabeと低活性型CYP1B1アレルを持つMaegokを用いて、遺伝子型間で尻ビレ形態に違いが見られるかが検討された。その結果、CYP1B1の遺伝子型がメダカ雌雄間の尻ビレの形の違いに関与することが示された。ヒトCYP1B1において、アレル間で酵素活性が異なる。そこで、それらアレルのCYP1B1ハプロタイプ頻度に着目し、ヒトでの地域間の頻度差をin silico で調査した結果、高活性型CYP1B1*3ハプロタイプ頻度は、アフリカ人で高く、アジア人では低かった(<12%)。古典的な形態人類学の成果から、歯冠データからアフリカ人やヨーロッパ人では、アジア人と比較して性的二型が顕著であることが示されてきている。すなわち、ヒトにおいてもCYP1B1酵素活性と性的二型の程度の違いのパターンが一致する発見があった。ヒトでの結果と今回のメダカの結果から、CYP1B1は地域集団間の性的二型の程度に関与する多数の遺伝子の中の一つであることが示唆された。 以上のように4章からなる論文で論文提出者は、(1)メダカ集団からヒト集団で見つかる多型と類似する多型を見つけ、(2)メダカの表現型解析からヒトでの機能推定が可能であることを示した。これにより、豊富な多様性を持つメダカ地域集団を用いることで、ヒトで地域集団間の形質の違いをもたらす遺伝子多型を分析し、そのメカニズム解明が期待できる。こうした研究自体が世界的にほとんど前例がなく新規性に富んでいる。これらの発見はほとんど全て論文提出者の実験とデータ解析によるものである。したがって博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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