学位論文要旨



No 128413
著者(漢字) 岩川,外史郎
著者(英字)
著者(カナ) イワガワ,トシロウ
標題(和) RNAアプタマーを用いた細胞機能解析・制御技術の開発
標題(洋)
報告番号 128413
報告番号 甲28413
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第772号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 准教授 伊藤,耕一
内容要旨 要旨を表示する

多細胞生物の正常な発生・分化や恒常性維持を担うシグナル伝達機構では、細胞外の様々なシグナル分子を細胞表層上の膜受容体が感知することで、細胞内に情報が伝えられる。細胞表層には、膜受容体以外にも、細胞接着分子や膜輸送体など、細胞機能の制御に密接に関与している分子が多数存在している。従って、細胞外シグナル分子や細胞表層分子といった細胞外分子は、細胞機能制御の標的として重要である。また、細胞表層分子の中には、細胞種特異的に発現しているために、細胞集団の分類や分取において指標となっている分子が存在する。従って、細胞表層分子は細胞標識や細胞種特異的な制御技術への応用における標的としても重要である。細胞外分子を標的とした細胞機能解析・制御技術では、標的分子を特異的に認識する抗体が広く利用されているが、品質の均一性や免疫排除などの点において改善の余地がある。そこで、本研究では、抗体と同様に高い親和性と特異性を示し、更にこれらの点が問題となりにくいRNAアプタマーに着目し、以下に述べる2つの研究課題に取り組んだ。

「マウスES細胞を特異的に認識するRNAアプタマーの取得」

【研究背景・目的】

Embryonic Stem(ES)細胞は、自己複製能と多分化能を併せ持っているため、再生医療への応用や分化制御機構の解明において重要なマテリアルになっている。近年、プロテームやトランスクリプトームの解析技術の向上により、ES細胞の細胞表層分子が多数同定されている。それらの中には、分化初期段階の詳細な分類において指標となる分子や、分化制御機構に深く関わっている分子などが存在すると予想されているが、詳しい解析は行われていない。そこで、本研究では、マウスES細胞の細胞表層分子に対するRNAアプタマーの取得を試み、その分子プローブとしての有用性を検証した。RNAアプタマーは、選別と増幅を繰り返すSystematic Evolution of Ligands by EXponential enrichment(SELEX)法によって取得する事ができる。一般的なSELEX法では、単一種の精製された分子を標的とするが、本研究では、生細胞をそのまま用いて、細胞表層全体を標的とするSELEX法に着目した。この手法では、細胞表層上でネイティブな構造をとった細胞表層分子を、同時に多種類標的にできるため、生細胞の解析において有用なRNAアプタマーを効率良く取得できると考えられる。

【方法・結果】

選別過程においてマウスES細胞に対するポジティブ選別のみを行うSELEX法を実施し、RNAアプタマーを複数種類取得した(ライン1、図1)。一次配列や予測上の二次構造に相同性が認められない事から、それぞれ異なる分子を認識していると予想したが、解析したRNAアプタマーは全て結合活性を競合し、標的分子は同じである事が示された。

ライン1で得られたRNAアプタマーとは異なる標的に対するRNAアプタマーを取得するために、SELEX法の選別過程の改善を検討した(図1)。ライン2、3では、ライン1で得られたRNAアプタマーの一つであるL1-65を競合分子として用いて、L1-65と結合活性を競合しないRNAアプタマーの取得を試みた。また、ライン3では、マウスES細胞に対してより特異的に結合活性を示すRNAアプタマーを取得するために、マウス結合組織由来の細胞に対するネガティブ選別も行った。その結果、L1-65ならびに互いの競合活性を競合しないRNAアプタマーが新たに2グループ取得された。以上のSELEX法から得られた、異なる標的分子を認識していると考えられる3種類のRNAアプタマーグループに関して、それぞれ1クローンずつ選び、更に詳細な解析を行った。

図1 マウスES細胞に対するSELEX法の概略図

まず、結合活性の特異性を評価した。5種類の分化したマウス細胞株に対する結合活性を評価したところ、3種類のRNAアプタマーはいずれも結合活性を殆ど示さず、マウスES細胞に対する特異性が認められた。次に、分子プローブとしての有用性を検証するために、蛍光標識したRNAアプタマーを用いて、細胞の蛍光染色を試みた。マウスES細胞は、RNAアプタマーによって細胞表層が染色され、特に細胞間領域で強い輝点が観察された(図2)。また、マウスES細胞から分化させた細胞に対する染色では、いずれのRNAアプタマーに関しても、分化の進行に伴う蛍光強度の低下が認められた(図2)。

図2 RNAアプタマーを用いた生細胞に対する蛍光染色

マウスES細胞やマウスES細胞から分化させた細胞に対して、蛍光標識したL1-65を用いて蛍光染色を行った。ランダムRNAをネガティブコントロールとして用いた。スケールバーは50 μmを示す。

【考察・展望】

本研究で取得されたRNAアプタマーは、マウスES細胞に対して高い結合特異性を示し、また、細胞に対する蛍光染色に利用可能である事が示された。分化初期段階の細胞の解析において、より詳細な細胞の分類を可能にするなど、有用な分子プローブとして利用できる可能性が考えられる。

競合分子を用いたSELEX法により、結合活性を競合しないRNAアプタマーが取得され、本手法の有効性が示された。競合分子種を更に増やす事で、より多種類の細胞表層分子に対するRNAアプタマーの取得が期待される。その中から、発現パターンの異なる分子に対するRNAアプタマーが見出され、それらを用いた解析や標的分子の同定などにより、分化制御機構に関する新たな知見が得られるかもしれない。

「抗FGF-1アプタマーによるFGF-1刺激依存的増殖作用の解明」

【研究背景・目的】

Fibroblast Growth Factor-1(FGF-1)は、ヒトで22種類同定されているFGFファミリーの一種で、細胞膜上のFGF Receptor(FGFR)を介して、細胞内にシグナルを伝達し、増殖や分化の促進あるいは阻害作用を示し、多様な生命現象に関与している。先行研究において、ヒト軟骨肉腫細胞(SW1353)において、FGF-1刺激による細胞増殖作用を促進させるRNAアプタマー(ap.aF)が見出された。ap.aFのように標的分子の機能の亢進に働くアプタマーは非常に稀であるため、その作用メカニズムに興味が持たれるが、詳しい解析は行われていなかった。そこで、本研究では、ap.aFの作用メカニズムの解明を試みた。

【方法・結果】

グルコサミノグリカンの一種であるヘパリンが、ap.aFと同様に、FGF-1の細胞増殖作用を促進させる事が示されている。ヘパリンは、FGF-1をはじめとする様々な生理活性物質と相互作用し、細胞機能の制御に密接に関与している。ap.aFの作用メカニズムの解明に取り組むにあたり、ヘパリンと類似したメカニズムでSW1353の増殖に影響を及ぼしている可能性を考えた。その検証の一つとして、ap.aFとヘパリンのFGF-1に対する結合活性の競合を調べたところ、競合が認められたため、ヘパリンに関する知見を元に以降の解析を進めた。

まず、ヘパリンはプロテアーゼによるFGF-1の分解を防ぎ、安定化に寄与する事から、ap.aFやヘパリンが培地中におけるFGF-1の分解安定性に及ぼす影響を評価した。その結果、ap.aFやヘパリンの明確な安定化効果は認められなかった。

次に、ヘパリンはFGF-1・FGFR複合体形成の促進などに寄与し、FGFシグナルの活性化に働く事から、ap.aFがFGFシグナルに及ぼす影響を評価した。SW1353をap.aFやヘパリンと共にFGF-1で刺激し、一定時間後、FGFシグナルのシグナル伝達分子であるExtracellular signal-Regulated Kinase 1/2(ERK1/2)や Fibroblast growth factor Receptor Substrate 2 α(FRS2α)のリン酸化状態を検出した。その結果、ap.aFやヘパリンはFGF-1刺激によるシグナルの活性化を維持させる事が示された。ただし、FGFシグナルの上流では、ap.aFとヘパリンとの間で作用機序が異なる可能性が示唆された。この可能性を検証するため、表面プラズモン共鳴法により、FGF-1の各FGFRへの親和性に及ぼす影響を評価した。その結果、ヘパリンは各FGFRへの親和性を強めるのに対し、ap.aFはFGFRによって影響が異なり、FGFR1への親和性は強めるが、FGFR3やFGFR4への親和性は弱める可能性が示された。

【考察・展望】

ap.aFは、FGF-1のFGFR1に対する親和性を強める事で、FGF-1刺激によるFGFシグナルの活性化の維持に働き、細胞増殖作用の促進に寄与している可能性が示唆された。この可能性を更に検証するためには、種々のFGFRに関して、FGF-1刺激依存的なリン酸化を解析し、ap.aFやヘパリンの影響を評価する必要があるだろう。また、FGF-1は細胞接着分子であるインテグリンαvβ3と相互作用し、下流のシグナル経路を活性化させる事で、細胞増殖の促進に働く事が示されているため、インテグリンαvβ3への親和性に及ぼす影響の評価も望まれる。

ap.aFのように、標的分子の機能を亢進させるアプタマーの報告例は極めて少ない。本研究の結果から、リガンドと受容体の複合体を標的としたSELEX法により、同様な活性を示すアプタマーが見出される可能性が考えられる。また、細胞外分子の機能の活性化において、二量体化が重要である分子は少なくない。そこで、予め二量体化させてある分子を標的としたSELEX法を実施する事で、二量体化を促進し、標的分子の機能を亢進させるアプタマーが見出されるかもしれない。

図1 マウスES 細胞に対するSELEX 法の概略図

図2 RNA アプタマーを用いた生細胞に対する蛍光染色

マウスES 細胞やマウスES 細胞から分化させた細胞に対して、蛍光標識したL1-65 を用いて蛍光染色を行った。ランダムRNA をネガティブコントロールとして用いた。スケールバーは50 μm を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本学位論文は、細胞表層分子を標的としたRNAアプタマーの取得およびその有用性、また、細胞表層受容体に対する細胞外シグナル分子を標的としたRNAアプタマーの新規な作用メカニズムの解明について述べられており、5章から構成される。

第1章は序論であり、細胞機能解析・制御技術研究において、細胞表層分子や細胞外分子が重要な標的であることが述べられ、既知の解析・制御技術の例が取り上げられている。既知の技術として、抗体が有用なツールとして用いられているが、開発にかかるコストや品質の均一性などの点において、改善の余地があることが指摘されている。そして、これらの点を克服する有望な技術として、本論文の研究課題であるRNAアプタマーの応用例について解説している。

第2章では、マウスES細胞の細胞表層分子を標的としたRNAアプタマーの取得とその分子プローブとしての有用性について述べられている。マウスES細胞に特異的に発現する細胞表層分子は多数同定されており、対応する抗体分子も存在するが、これらの積極的な応用例の報告は少なかった。そこで、論文提出者は、マウスES細胞の細胞表層分子に対するRNAアプタマーの取得と応用を試みている。

一般的に、RNAアプタマーは、単一種の精製された分子を標的としたSELEX法によって取得されるが、本研究では、細胞表層に自然な形で発現している分子に対するRNAアプタマーを効率良く取得するために、生細胞をそのまま標的として用いるSELEX法が採用され、選別方法の工夫がなされた。その結果、マウスES細胞に特異的で、かつ異なる標的部位を認識していると考えられる3グループのRNAアプタマーの取得に成功している。また、得られたアプタマーの末端を蛍光色素で標識することにより、従来の抗体による方法と同様に、細胞の蛍光染色法に応用可能であることを示している。

これらの結果から、生細胞を用いたSELEX法において、選別条件を工夫することで目的の活性を持ったRNAアプタマーが取得可能であることや、このように取得されたRNAアプタマーが、従来の抗体を利用した方法の問題点を克服する手法として、有用なツールとなり得ることが結論され、議論されている。

第3章では、先行研究において取得された、FGF-1の細胞増殖作用を亢進させる作用を持つ抗FGF-1アプタマー(ap.aF)の作用メカニズムの解析について述べられている。先行研究では解析されなかった、ap.aFの作用メカニズムに関して、本論文で詳細な解析を行い、その解明を試みている。

まず、FGF-1の細胞増殖作用を促進させる効果は、酸性ムコ多糖類のヘパリンにも認められていることから、リボ核酸であるap.aFとの物性的な類似性に着目し、ap.aFとヘパリンのFGF-1に対する結合競合性が検証され、実証された。また、ap.aFはヘパリンと同様に、FGF-1刺激によるFGFシグナルの活性化を維持することで、細胞増殖作用の促進に寄与することも示された。さらに、表面プラズモン共鳴法による、種々のFGF受容体との詳細な比較解析により、ap.aFは、ヘパリンとは異なり、複数種あるFGF受容体とFGF-1との相互作用のうち、特定のFGF受容体に特異的に作用する可能性が示唆された。ap.aFのように、標的分子の機能を亢進させるアプタマーは珍しく、また、FGF-1の特定の受容体を介したシグナル経路の解析手法はこれまでに報告はなかった。

本章では、これらの結果に基づき、ヘパリンとの違いに注目したFGF-1の作用メカニズムや、標的分子の機能の促進に働くアプタマーの取得戦略について議論されている。

第4章では、第2章、第3章を総括し、本論文で得られた知見の有用性や意義、今後の展開について述べられている。

第5章では、本論文で行われた実験の材料と方法について過不足なく記載されている。

本論文の成果は、細胞表層分子や細胞外分子を標的とするRNAアプタマーを用いた新規な細胞機能解析・制御技術の発展において重要な知見を含んでおり、関連研究分野に大きく寄与する。

なお、本論文の第2章は、大内将司、渡邉すみ子、中村義一、第3章は、大内将司、中村義一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析、検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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