学位論文要旨



No 128414
著者(漢字) 安部,良太
著者(英字)
著者(カナ) アベ,リョウタ
標題(和) 黄色ブドウ球菌由来Isd蛋白質のヘム輸送機能の解析
標題(洋)
報告番号 128414
報告番号 甲28414
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第773号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 準教授 富田,野乃
 東京大学 客員教授 本田,真也
 東京医科歯科大学 教授 中川,一路
内容要旨 要旨を表示する

本論文は黄色ブドウ球菌がヘム取得の際に用いるIsd蛋白質のヘム鉄輸送機能について,主に物理化学的な蛋白質間相互作用解析手法によって解析した結果を報告する。

黄色ブドウ球菌はグラム陽性の常在菌の一種である。健常者に対しては病原性が低いものの,免疫力の弱い幼児や老人に感染した場合には各種の毒素,免疫錯乱物質などを産生し,心内膜炎,骨髄炎,敗血症など重篤化する場合がある。さらに,黄色ブドウ球菌は容易に薬剤耐性を獲得するという特徴を有しており,院内感染の原因として深刻視されている。このため黄色ブドウ球菌に対する新たな薬剤の創出が求められている。

2003年にMazmanianらによって発見されたIron-regulated surface determinant (Isd) 蛋白質群は,変異によって黄色ブドウ球菌の生育が阻害されることから,分子標的薬のターゲットとして注目されている。Isd蛋白質群は鉄欠乏下において黄色ブドウ球菌の細胞表層から細胞壁,細胞膜,細胞内にかけて発現し,宿主から鉄を奪取するために機能する。まず,細胞表層に発現したIsdHやIsdBが宿主のヘモグロビンあるいはハプトグロビンに結合し,ヘムを奪取する。このヘムは細胞壁に発現したIsdAを介して,または直接的にIsdCに輸送され,細胞膜のIsdEに輸送される。その後ヘムは細胞膜トランスポーターIsdFによって膜透過され,細胞内においてIsdG,IsdIによって分解されて鉄原子が取り出される。

Isd蛋白質は黄色ブドウ球菌に対する新たな薬剤の標的として注目され,その機能評価が進められている。とくに薬剤の標的となる,細胞膜外におけるヘム輸送,取り込みについては,ヘム輸送の順序,輸送速度,蛋白質構造などin vitroの解析から明らかになりつつある。その一方,細胞膜外におけるヘム取り込みについて解析が困難な部分については未知の部分が存在している。その部分とは,(1)IsdC-IsdE間のヘム輸送相互作用解析,(2)同一蛋白質間のヘム輸送相互作用解析,(3)ヘム膜透過機構の相互作用解析,である。(1)については,Isd蛋白質はほとんどがNEATドメインであるため,NEATドメイン間の相互作用解析が優先され,異なる構造を持つIsdEへのヘム輸送解析が後回しになっていたことが理由として挙げられる。また,IsdCとIsdEは安定な複合体を形成しないため相互作用解析が困難である。(2)については,今まで見落とされていた部分である。しかしながら,同一蛋白質間の輸送がなければ長い細胞壁をヘムが通り抜けることができない。同一蛋白質間のヘム輸送の場合には,吸光スペクトルの形状が同一であるため,解析には工夫が必要である。(3)については,Isd蛋白質に限らず膜蛋白質一般の発現,解析が困難であるため,可溶性蛋白質と比較して解析が後回しになっていたと思われる。

そこで,我々は主に物理化学的な蛋白質相互作用解析法を用い,これら解析が困難な相互作用の解析を試みた。現在までに解析されていないヘム輸送における相互作用について物理化学的な蛋白質相互作用解析法を用いて解析した。

第1章において研究の緒言を記し,第2章において説明を要する研究手法を紹介した。

第3章においてIsdC-IsdE間のヘム輸送について反応論的理解を目指した。変異体解析,および金属置換ポルフィリンを用いた解析により,ヘム輸送の駆動力はヘムに対する親和性の違いであることがわかった。さらに,ヘム輸送反応における律速段階がIsdC-IsdE複合体形成であったことから,IsdC-IsdE相互作用がヘム輸送を加速していることがわかった。一方,Gaポルフィリンを用いた解析により,黄色ブドウ球菌に有害なGaポルフィリンがヘムと同様に輸送されることがわかった。これより,Gaポルフィリンが黄色ブドウ球菌の生育を阻害する理由が,Gaポルフィリン溶液がIsdシステムによって黄色ブドウ球菌体内に取り込まれることであると示唆された。

第4章において,IsdC-IsdE間のヘム輸送反応における律速段階とされるIsdC-IsdE複合体形成について解析した。フォトクロスリンクにより,IsdCの結合ヘム周辺の残基,特にB7/B8ループがIsdEと相互作用していることが示唆された。さらにB7/B8ループをIsdAに導入することでIsdEへのヘム輸送速度が増加したことから,このループ領域がヘム輸送において寄与していることが示された。この結果と既報の構造を照らし合わせることにより,IsdCとIsdEは互いのくぼみを合わせるような相互作用を介してヘム輸送することが示唆された。この際,ヘムが囲まれることによって疎水的環境が形成され,ヘムの解離が促進されたものと思われる。

第5章において,同一蛋白質間のヘム輸送について解析した。その結果,IsdA,IsdCはそれぞれ同一蛋白質間のヘム輸送をし,さらにその輸送は蛋白質間の相互作用によって加速されていることが示唆された。フォトクロスリンクによってIsdCのダイマーの相互作用部位がヘリックスH1およびB7/B8ループに集まっていたことから,同一蛋白質におけるNEATドメイン間相互作用も既報のIsdA-IsdC間相互作用同様にShake hands modelの相互作用を介していることが示唆された。

第6章において,ヘム膜透過を担うとされる,IsdD,IsdF,FhuCの大量発現を試みたが,FhuCは発現せず,IsdD,IsdFは精製できたものの不活性であり,さらなる条件検討が必要であることがわかった。

最後に第7章において本研究の結論を記述した。

結論として,Isdシステムが巧妙なヘム輸送機構を持つことがわかった。Isdシステムにおいてはヘムに対する親和性が低い蛋白質が細胞表層側へ,親和性が高い蛋白質が細胞膜側へ配置され,エネルギー依存的に細胞膜へ向かってヘムが輸送されていく。長い細胞壁においては,同一蛋白質を多数配置することによって,同一蛋白質間でヘム輸送されていく。これらのヘム輸送では,獲得したヘムと解離しないよう,蛋白質は強固にヘムと結合しつつ直接的な蛋白質間相互作用を介してバケツリレー方式でヘムが確実かつ効率的に輸送されていく。その相互作用においては,NEATドメイン間のShake hands modelや,IsdC-IsdE間の互いのくぼみを合わせる相互作用を使った,非常に弱いが特異的な相互作用が使われている。これにより適度な蛋白質数で効率的にヘムを取り込むことを可能にしている。本研究の結果の創薬への展開を志向した場合には,NEATドメイン間の相互作用が普遍的であることが示唆されたので,その相互作用を阻害する物質が生育阻害に効果的であると考えられた。また,黄色ブドウ球菌にとって有害であるGaを含むポルフィリンは通常のヘム同様に輸送されることが示唆されたので,IsdシステムによってGaポルフィリンを取り込ませることによる生育阻害も考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,黄色ブドウ球菌に対する薬剤標的とされているIsdシステムのヘム取り込み機構を解析した。現在までに解析されていないヘム輸送における相互作用について物理化学的な蛋白質相互作用解析法を用いて解析した。

第1章は、黄色ブドウ球菌が引き起こす諸問題とその対策、創薬の進行状況について近年の動向をまとめ、本研究が取り扱うIsdシステムの重要性について述べている。さらに、Isdシステム研究の現状についてまとめ、本研究の目的と意義について述べている。

第2章において、本研究で用いた手法、原理について簡単に解説している。

第3章においてIsdC-IsdE間のヘム輸送について反応論的解析をした。変異体解析,および金属置換ポルフィリンを用いた解析により,ヘム輸送の駆動力はヘムに対する親和性の違いであることがわかった。さらに,ヘム輸送反応における律速段階がIsdC-IsdE複合体形成であったことから,IsdC-IsdE相互作用がヘム輸送を加速していることがわかった。一方,Gaポルフィリンを用いた解析により,黄色ブドウ球菌に有害なGaポルフィリンがヘムと同様に輸送されることがわかった。これより,Gaポルフィリンが黄色ブドウ球菌の生育を阻害する理由が,Gaポルフィリン溶液がIsdシステムによって黄色ブドウ球菌体内に取り込まれることであると示唆された。

第4章において,その律速段階とされるIsdC-IsdE複合体について解析した。フォトクロスリンクにより,IsdCの結合ヘム周辺の残基,特にB7/B8ループがIsdEと相互作用していることが示唆された。さらにB7/B8ループをIsdAに導入することでIsdEへのヘム輸送速度が増加したことから,このループ領域がヘム輸送において寄与していることが示された。この結果と既報の構造を照らし合わせることにより,IsdCとIsdEは互いのくぼみを合わせるような相互作用を介してヘム輸送することが示唆された。この際,ヘムが囲まれることによって疎水的環境が形成され,ヘムの解離が促進されたものと思われる。

第5章において,同一蛋白質種間、ホモのヘム輸送について解析した。その結果,IsdA,IsdCはそれぞれホモのヘム輸送をし,さらにその輸送は蛋白質間の相互作用によって加速されていることが示された。フォトクロスリンクによってIsdCのダイマーの相互作用部位が310ヘリックスおよびB7/B8ループに集まっていたことから,ホモのNEAT間相互作用においても、点対称に蛋白質が向かい合うShake hands modelの相互作用を介していることが示唆された。

第6章において,ヘム膜透過を担うとされる,IsdD,IsdF,FhuCの大量発現を試みたが,FhuCは発現せず,IsdD,IsdFは精製できたものの不活性であり,さらなる条件検討が必要であることを明らかにした。

第7章においては以上のことを総括し、Isdシステムの更新されたモデルを提唱した。IsdHおよびIsdBによって取り出されたヘムはIsdAへと輸送される。第5章における考察より、IsdAはさらに別のIsdAへとヘムを輸送し,細胞壁間をヘムが移動していく。細胞壁の内側において,IsdAがIsdCへとヘムが輸送する。IsdCはさらに別のIsdCへとヘムを輸送し,細胞膜近傍においてIsdEへとヘム輸送される。この間,NEATドメイン間のヘム輸送はhandclasp modelの相互作用様式であり,IsdC-IsdE間のヘム輸送は第3、4章で提唱したC-E間の相互作用である。最終的には未確認ではあるがIsdE,IsdF,FhuCで構成されるABCトランスポーターによって細胞膜内へとヘム輸送される。IsdA間およびIsdC間のホモヘム輸送の方向は親和性が同じであるのである程度ランダムウォーク様である。しかしながら,IsdCの近傍のIsdAは常にIsdCへとヘム輸送し,IsdE近傍のIsdCは常にIsdEへとヘム輸送し,その親和性の差によって逆方向の輸送はほぼ起こらないため,次第にヘムは細胞内へと輸送されていく。

これらの結果を分子標的創薬に生かすことを考える。ヘム輸送における相互作用はhandclasp modelと我々が同定した互いのくぼみを合わせる相互作用によって,細胞壁から細胞膜へと輸送されている。このいずれの相互作用においても,NEATドメインのB7/B8ループが機能していることがわかっている。―らがB7/B8ループに変異を加えた場合にNEATドメイン間のヘム輸送は阻害され,一方,我々もB7/B8ループがIsdC-IsdE間の相互作用に重要であることを示せている。したがって,このB7/B8ループを阻害する物質が存在すればおそらく鉄取り込みの阻害による黄色ブドウ球菌の生育阻害ができる可能性がある。

本研究は、以上のようなin vitroにおける物理化学的な蛋白質解析から黄色ブドウ球菌内におけるIsdシステムの機能についてin vitroの手法では解明が困難な領域を明らかにしている。特に、未知であったIsdC-IsdE間の蛋白質間相互作用を明らかにし、また、ホモのヘム輸送を報告した、という2点において新規性があり、黄色ブドウ球菌研究に指針を与えている。また、第4章で用いた、フォトクロスリンクとMS/MSを組み合わせて非常に弱い相互作用を解析する手法もまた新規であり、近年ますます重要になっている弱い相互作用を解析する場合の新たな選択肢として意義深い。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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