学位論文要旨



No 128417
著者(漢字) 岩田,倫太朗
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,リンタロウ
標題(和) DDSを指向したRNA二重鎖結合性オリゴジアミノ糖の合成
標題(洋)
報告番号 128417
報告番号 甲28417
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第776号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 鈴木,穣
 東京大学 准教授 泊,幸秀
 東京大学 准教授 富田,野乃
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

近年、RSウイルス感染症、C型肝炎、エイズ関連性悪性リンパ腫など、様々な疾病を標的としたRNAi医薬の開発が盛んに行われている。RNAi(RNA干渉)とは、外来の二本鎖RNA(siRNA)によって対応する遺伝子の発現が抑制される現象であり、これを応用したRNAi医薬は、原因となる疾病関連遺伝子が解明されれば、効率よく新薬が生み出すことが可能な新たな医薬として期待されている。

一方で、このような二重鎖RNAを本体とするRNAi医薬は、細胞膜透過性、生体内安定性の低さや、効率よく標的細胞に導入する手法が確立されていない点など、多くの課題が残されている。

そこで本研究では、RNAi医薬の効率的な細胞導入、ドラッグデリバリーシステム(DDS)への応用を展望し、RNA二重鎖に選択的に結合する化合物の開発を目指した。

RNA二重鎖へ選択的に結合する分子を設計するにあたり、RNA二重鎖メジャーグルーブのリン酸部位と静電相互作用によって効率的に結合することが可能な構造を考え、2,6-ジアミノ-2,6-ジデオキシグルコースがαグリコシド結合により連結したオリゴマー(Fig. 1, 1)をデザインした。この分子は、以下の理由から、RNA二重鎖に強固に結合すると期待できる。

1) 分子の両側にアミノ基を有し、さらに、このアミノ基間の距離(6Å)は、RNA二重鎖のメジャーグルーブ幅(7~8Å)に極めて近いことから、グルーブの両側のリン酸部位と相互作用することが可能である(Fig. 2)

2) 全てα-グリコシド結合により連結したオリゴグルコース骨格は、天然に見られるアミロースのように、湾曲した高次構造をとることが期待できる。この湾曲した構造は、RNA二重鎖のメジャーグルーブに結合する際にエントロピー的に有利である。

【実験結果】

安価で入手容易な化合物であるN-アセチルグルコサミンを出発原料として、有機合成的手法を用い、文献法と新規手法を組み合わせて糖鎖の伸長サイクルを確立し、計26工程の化学反応を経て、1の1~4量体を合成した。RNA二重鎖とオリゴジアミノグルコース1の相互作用を解析するため、融解温度解析(二重鎖の熱力学的安定性の評価)、CDスペクトル(二重鎖の構造変化の観測)、ITC(相互作用により発生する熱量の観測)などの実験を行った。オリゴジアミノグルコース1の1~4量体のうち、糖鎖長の長い3、4量体を用いた場合に、顕著なTm値の上昇とCDスペクトルの若干の変化が観測された(Fig. 3)。一方、対照実験として二重鎖DNAに対しても同様の実験を行ったところ、1の1~4量体いずれを加えた場合にもTm値、CDスペクトルの有意な変化は観測されなかった。さらに、ITCでは、1の4量体を、RNA12量体に加えることで発生する熱量が、DNAの場合と比較し2倍程度の値であるという結果が得られた。つまり、オリゴジアミノグルコースが、RNA二重鎖に対し、DNA二重鎖よりも強く結合することが示された。すなわち、1は、二重鎖RNAと特異的に相互作用し、構造変化を伴いながら熱力学的な安定性を向上させる一方で、DNA二重鎖とはそのような相互作用をしないことが明らかとなった。

以上の実験結果より、湾曲した構造を有するオリゴ糖を基本骨格とし、適切な間隔でアミノ基を配置することで、RNA二重鎖に選択的に結合する分子をデザインすることが可能であることが示された。そこで、このようなRNA二重鎖結合性分子と、臓器特異的なデリバリーが可能な機能性分子を組み合わせることで、RNAi医薬のDDSに用いる新規キャリア分子の構築を目指すこととした。

上述したオリゴジアミノグルコースの合成では、仮説どおりのRNA二重鎖に結合する分子が得られたものの、グリコシル化反応の立体選択性に上限があり、かつ両異性体を分離するために複数回シリカゲルカラムクロマトグラフィーによる精製を行う必要があるなど、合成、精製過程が煩雑であった。そこで、より簡便に合成可能で、同等の性質を有することが期待できる分子として、β-(1→4)結合により連結したオリゴジアミノガラクトース誘導体(Fig. 4上)をデザインした。このような骨格を有する分子も、Fig. 4下に示すように、オリゴジアミノグルコースと類似した湾曲構造をとり得ることを、分子力学計算によって確認した。この分子の場合、グリコシル化反応において、アシル基の隣接基関与を利用すれば、β体の目的物を高立体選択的に得られると期待できる。

本研究では、C型肝炎の治療薬への応用を目指し、ビタミンE(α-トコフェロール)、あるいはビタミンEアナログを連結させたオリゴアミノガラクトースを合成し、siRNAの肝臓への輸送を目指すこととした。

合成戦略として、オリゴジアミノガラクトースユニットと、ビタミンEユニットをそれぞれ合成し、これらをHuisgen反応(クリック反応)によって連結させる手法を用いることとした。これにより、複数の誘導体を同じ前駆体2から簡便に合成することが可能となる。以上を踏まえ、天然のビタミンEが結合した3と、ビタミンEアナログが連結された4をそれぞれ合成することとした(Fig. 5)

グリコシル化と4位水酸基保護基の脱保護を繰り返すことによって糖鎖を伸長するため、グリコシルドナー6をガラクトサミン塩酸塩5から7段階、38%で合成した。グリコシル化反応では、目的のβグリコシドのみを選択的に得ることに成功し、糖鎖の伸長を問題なく行うことができた(Scheme 1)。しかしながら、Scheme 2に示すように、ベンジル基の適切な脱保護条件を見出すことができなかった。ベンジル基の脱保護に一般的に用いられる接触還元では、2個目以降のベンジル基の脱保護反応がほとんど進行せず(Scheme 2上)、ルイス酸による脱保護では、わずかに目的物の生成も確認できたものの、還元末端側の糖のグリコシド結合が切断をはじめ、多数の副反応が観測された(Scheme 2下)。

そこで、3位水酸基の保護基として、ベンジル基よりも酸性あるいは還元条件下で脱保護が容易な、p-メトキシベンジル基(PMB基)を検討することとした。また、PMB基は6で導入していた4-O-アセチル基の脱保護条件に耐えないことが予想されたため、この保護基を、穏和な塩基性条件下で脱保護が可能な、クロロアセチル基に変更することとした。このように改めてデザインしたグリコシルドナー8を、ガラクトサミン塩酸塩4より7段階、41%で得た後、グリコシル化反応、4位水酸基の脱保護を繰り返すことで、3糖2を得た。これに対しビタミンE及びビタミンE誘導体を、Husigen反応によって連結し、目的化合物3、4をそれぞれ得ることに成功した(Scheme 3)。

続いて、このように合成した3、4が、オリゴジアミノグルコース同様にRNA二重鎖と相互作用するか調べるため、融解温度解析を行った。3を加えた場合、RNA二重鎖のTmの上昇は観測されなかったが、4を加えた場合、有意なTmの上昇が観測された(Fig. 6)。4を加えた系についてはCDスペクトルの測定も行い、オリゴジアミノグルコースの3量体を加えた場合と類似したピークシフト、ピーク強度の増大起こることが明らかとなった。

【結論】

以上のように本研究では、α-(1→4)結合により連結したオリゴジアミノグルコースの合成に成功し、これらのうち、糖鎖長が長い3、4糖がRNA二重鎖に結合し、特異的に相互作用することを見出した。この結果をふまえ、オリゴジアミノグルコースと類似した性質を有し、かつ合成が簡便な化合物として、β-(1→4)結合により連結したオリゴジアミノガラクトースを考案した。さらに、siRNAの肝臓への効率的輸送を展望し、オリゴジアミノガラクトースとビタミンE(α-トコフェロール)及びそのアナログを組み合わせたオリゴジアミノ糖誘導体の合成に成功した。また、これらのうち、ビタミンEアナログ結合型オリゴジアミノガラクトース(化合物4)が、オリゴジアミノグルコース同様にRNA二重鎖と相互作用することを強く示唆する実験結果を得た。本合成手法を利用すれば、ビタミンEに限らず、様々な機能性分子が連結したオリゴジアミノガラクトースを合成することも容易であることから、種々の臓器に特異的なsiRNAのデリバリーキャリア分子を、簡便に構築する手法となることが期待できる。

Fig. 1

Fig. 2

Fig. 3 1によるRNA二重鎖Tm曲線の変化

Fig. 4オリゴジアミノグルコース(左)とオリゴジアミノガラクトース(右)

Fig. 5 VE結合型オリゴジアミノガラクトース

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Fig. 6 4によるRNA二重鎖Tm曲線の変化

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、RNA二重鎖への結合能を有する二種類の新規なオリゴジアミノ糖の合成法、及びRNA二重鎖との相互作用解析について述べたものであり、序論及び四章からなる本論より構成されている。

序論では、RNA干渉の機構及びこれを医薬へ応用したRNAi医薬の特徴について概観し、実用化にあたっての現状の課題点を明確にしている。さらに、これらの課題を克服するために行われている先行研究について概観した上で、本研究の合成標的であるRNA二重鎖特異的に結合する分子の重要性について説明している。RNA二重鎖結合性分子としてオリゴジアミノグルコースを考案し、分子の特徴、これを用いたRNAi医薬キャリア分子への適用可能性、及びこれらの分子の合成戦略を論じ、本研究の目的、意義、位置づけを述べている。

第一章では、オリゴジアミノグルコースの合成について検討した結果について述べている。まず、適切に保護基を導入したグリコシルドナー、グリコシルアクセプターをそれぞれ合成し、グリコシル化反応を試みた結果、最高でα:β=86:14という立体選択性を達成した。また、6位にフタルイミド基を有するグリコシルドナーを用いることで、グリコシル化反応生成物の両立体異性体を容易に分離することが可能であることを明らかにしている。これにより、オリゴジアミノグルコースの保護体の2~4量体を中程度の収率で単離することに成功している。続いて、各保護基、官能基の適切な脱保護反応、還元反応の条件について検討を行い、目的化合物であるオリゴジアミノグルコースの1~4量体の合成を達成したことについて述べている。

第二章では、第一章で合成したオリゴジアミノグルコースと、RNA二重鎖及び比較対象としてDNA二重鎖との相互作用の評価を行っている。CDスペクトルにおいては、オリゴジアミノグルコースが、RNA二重鎖の構造変化を誘起することを、温度可変UVによる融解温度解析では、オリゴジアミノグルコースを加えることでRNA二重鎖の熱力学的安定性が向上することを示している。一方で、DNA二重鎖を用いた実験では、CDスペクトル、融解温度のいずれについても、オリゴジアミノグルコースを加えることによる有意な変化は観測されなかった。等温滴定カロリメトリーによる実験結果では、オリゴジアミノグルコースをRNA二重鎖へ加えることで発生する熱量が、DNA二重鎖の場合の2倍以上であった。以上の結果より、オリゴジアミノグルコースがRNA二重鎖に対し、特異的に相互作用することを明らかにした。これらの結果は、オリゴジアミノグルコースが核酸二重鎖のメジャーグルーブ幅を認識して結合いる可能性を示唆するものである。また、等温滴定カロリメトリーにおいて、オリゴジアミノグルコース四量体の、十二量体RNAに対する結合比N = 0.73と、メジャーグルーブに結合すると仮定した場合と矛盾のない実験値を得ている。

第三章では、RNA二重鎖結合性のオリゴジアミノ糖とビタミンEを組み合わせたRNA医薬の新規キャリア分子の合成について述べている。前章までで述べた、オリゴジアミノグルコース誘導体と比較して、合成が簡便で、かつRNA二重鎖結合性を有する分子として、オリゴジアミノガラクトースを新たに考案した上で、オリゴジアミノガラクトース-ビタミンE連結分子の設計、合成戦略について詳細に述べている。グリコシルドナー2位の保護基として隣接基関与を利用したβ選択的グリコシル化反応を行うため、フタルイミド基を導入し、それ以外の保護基はオリゴジアミノグルコースと同様のものを用いた。しかしながら、3位水酸基に導入したベンジル基が、種々の条件で除去困難である、という、オリゴジアミノグルコース誘導体の合成では起こらなかった問題により、最終目的化合物への誘導が困難であった。この問題を解決する手法として、グリコシルドナー3位水酸基の保護基をベンジル基からp-メトキシベンジル基へ、4位水酸基の保護基をアセチル基からクロロアセチル基へ変更した。p-メトキシベンジル基は、オリゴマー合成後、良好な収率で除去する条件を見出し、続いてビタミンE及びビタミンEアナログとの連結反応、保護基の除去反応を行うことで、ビタミンEやビタミンEアナログが連結したオリゴジアミノガラクトース三量体を合成することに成功した。続いて、このように合成したオリゴジアミノガラクトース誘導体が、オリゴジアミノグルコースと同様のRNA二重鎖との相互作用を示すかについて調べるために、融解温度解析を行ったところ、ビタミンEアナログが連結したオリゴジアミノガラクトース三量体が、オリゴジアミノグルコースでの実験結果に類似したRNA二重鎖の融解温度の上昇、CDスペクトルの変化を引き起こすことを見出した。

以上のように、RNA二重鎖への結合能を有する二種類のオリゴジアミノ糖、オリゴジアミノグルコースとオリゴジアミノガラクトース誘導体を設計し、これらの合成にあたってそれぞれ単糖ユニットであるグリコシルドナー、グリコシルアクセプターの合成、グリコシル化反応による糖鎖伸長、及び脱保護反応といった一連の合成法を確立した。また、オリゴジアミノガラクトースについては、Huisegen反応を用いることで合成全工程の最終盤でビタミンEやそのアナログと連結する系を確立した。さらに、これらのオリゴジアミノガラクトースが、実際にRNA二重鎖に結合し、特異的に相互作用することを種々の実験によって明らかにした。

これらの成果は、有機合成化学、糖質化学、核酸化学、医学、薬学などの諸分野に大きく寄与することが期待される。

よって本論文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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