No | 128418 | |
著者(漢字) | 神馬,繭子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ジンバ,マユコ | |
標題(和) | 牛白血病ウイルスのプロウイルス定量法の開発とその応用 | |
標題(洋) | Development of quantitative determination of bovine leukemia virus proviral load and its application | |
報告番号 | 128418 | |
報告番号 | 甲28418 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第777号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | メディカルゲノム専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景・目的】 地方病性牛白血病( enzootic bovine leukosis; EBL)の原因ウイルスである牛白血病ウイルス(bovine leukemia virus; BLV)はヒト成人T細胞白血病ウイルス(HTLV)に最も近縁なデルタレトロウイルスである。近年その感染率と発症率は世界的に急増しており、畜産産業の緊急課題となっている。 BLV感染後潜伏し、長期間宿主内に留まり、5年~10年という長い潜伏期間の後、白血病を発症させる。感染個体内において、BLV抗原およびmRNAはほとんど発現していない。さらに、既存の牛白血病診断法である酵素結合免疫測定法(ELISA)、ゲル内沈降反(AGID) 、受身赤血球凝集反応(PHA))などの血清診断では感染の有無や病態の進行を正確に判定できないという欠点が指摘されている。近年356種類ものBLV遺伝子配列がデータベースに登録されており、未知の配列を有するBLVが存在する可能性もある。従って、全てのBLV変異株に対応できるゲノムに組み込まれたプロウイルス量を正確に定量できる方法の開発が強く望まれている。 【方法・結果】 【1】牛白血病プロウイルス定量系(BLV-CoCoMo-qPCR)の構築 (1)BLVプロウイルス量の算出法(図1) BLVプロウイルス増幅のターゲットとしてプロウイルスの両端にあるLTR配列を選択した(A) 。また、細胞数の定量はBoLA-DRA遺伝子を指標とした(B) 。BLVプロウイルス量は10万細胞あたりのコピー数として算出した(式)。 BLV provirus load =BLV provirus copy number/diploid cell number×100,000 cells =(BLV LTR copy number/2)/(BoLA-DRAcopy number/2)×100,000 cells (式) (2)CoCoMoアルゴリズムを用いて全てのBLV変異株を増幅可能なプライマーセットの設計(図2-A) GenBankで報告されている356種類のBLV塩基配列情報CoCoMoアルゴリズムにより49種類のプライマーを設計した。それらのプライマーを組み合わせた候補プライマーセットについての縮重度、PCR産物のサイズ、プライマーの組み合わせを示す(A)。候補プライマーセットは縮合度が低い順に72対のプライマーセットを選択した。 (3)プライマーセットとプローブの選択(図2-B,C) PCR touch-down法により72対のプライマーセットのLTRのPCR増幅の有無を検証したところ、16プライマーセットでLTR特異的な増幅産物が得られた(B)。それら対してリアルタイムPCRを用いた融解曲線分析による増幅と特異性の確認を行った。その結果、Primer set ID15(CoCoMo6-81)では、BLV陽性コントロールでワンピークが確認され、非特異的な増幅、プライマーダイマーなどは確認されなかった(C)。また、他のBLV陰性牛3頭のゲノムでも同様なデータが得られた。さらに、検出感度を上げるためにTaqManプローブも作製した。 【2】BLV-CoCoMo-qPCRの精度検定 (1)BLV-CoCoMo-qPCRの精度検定(表1) 構築した定量系の精度検定を行った。リアルタイムPCR法の再現性を確認するための7種類の試料について測定日を変えて3重測定を3回繰り返した。検体番号、プロウイルス量、測定精度を示す実験内変動係数と再現性を示す実験間変動係数を示した。実験内変動係数は同一サンプルを同時に複数測定したときの平均値に対する測定誤差範囲で、3.3~13.2%であった。実験間変動係数は測定日を変えて同じ条件で測定を繰り返したときの測定値の変動係数で5.5~ 19.8% 。いずれも20%以下であったため良好な測定精度と再現性が得られると判断した。 (2)CoCoMo6-81プライマーの特異性の確認(図3) 選択されたCoCoMo6-81プライマーの特異性を調べるためにBLV以外のレトロウイルスを用いたPCR増幅実験を行った。その結果、BLV以外のレトロウイルス、HTLV-1、ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)、サル免疫不全ウイルス(SIV)、マウス乳癌ウイルス(MMTV)、Molonyマウス白血病ウイルス(M-MLV)およびそれらを含む4種のベクターでも増幅されなかった。(A)PCR 産物とDNA marker (φX174-Hae III digest) を3% アガロースゲルで電気泳動した。BLVのみで168 bpのPCR産物の増幅が確認された。 (B) 1 μg のDNAあたりのBLVのコピー数を算出した。BLVでは約8×1010のプロウイルス量が定量されたが、他のレトロウイルスの分子クローン及びそれらのベクターにおいてBLVは検出されなかった。 (3)BLV-CoCoMo-qPCR法と既存の限界希釈Nested PCR法によるプロウイルス量の相関性(図4) BLV-CoCoMo-qPCR法と既存のプロウイルス定量法(限界希釈Nested PCR法)によるプロウイルス量の測定結果の相関性を調べた。1μgのDNAあたりのBLVコピー数を算出して比較を行なった。本方法と既存の方法との相関が確認された。 (4)プロウイルス量とウイルス力価との関係(図5) シンシチウム(多核巨細胞)形成試験により測定したウイルス力価とプロウイルス量との比較を行った。BLV陽性牛5頭から末梢血単核球(PBMC)を分離し、CC81細胞 (マウス肉腫ウイルスにより形質転換したネコ細胞株) と共培養し形成されたシンシチウム細胞数をカウントすることによりウイルス力価を測定した。その結果、プロウイルス量とウイルス力価との間に非常に高い相関が見られた。 (5)海外の牛ゲノムを用いたBLV-CoCoMo-qPCR法の検証(表2) 海外の牛ゲノムを用いたBLV-CoCoMo-qPCR法の検証を行った。BLV-CoCoMo-qPCR法で本当に様々なBLV変異株を検出できるのかについて調べるため、日本のウシ以外にも南米等の海外のウシのゲノムを用いた。166検体についてBLV-CoCoMo-qPCR法とNested PCR法でBLVプロウイルス検出の有無を比較した。その結果BLV-CoCoMo-qPCR法では陽性であるがNested PCR法は陰性だったものが9検体あった。内訳は日本(2検体)、ペルー(1検体)、ボリビア(5検体)、チリ(1検体)である。一方、Nested PCR法で陽性、BLV-CoCoMo-qPCR法で陰性であるサンプルは無かった。 (6)BLV-CoCoMo-qPCR法で陽性、Nested PCR法で陰性検体の BLV-LTR 領域の塩基配列の確認(図7) BLV-CoCoMo-qPCR法で陽性、Nested PCR法で陰性であった9検体について、CoCoMoプライマーによりBLVが検出されていたことを確認するために、BLV-LTR領域のクローニングを行なった。9検体全てからBLVのLTR領域が単離され、その塩基配列の同定に成功した。 【2】BLV-CoCoMo-qPCRと他のBLV検出方法との比較 (1)BLV-CoCoMo-qPCRと既存のTaqMan Real-time PCR法との比較(表3) BLV感染牛9検体のゲノムを用いて、LewらによるTaqMan MGB assay法とTaKaRa Cycleave PCR法(市販のBLV検出キット) 及びBLV-CoCoMo-qPCR法との比較をした。内在性コントロールを用いたゲノム数あたりのプロウイルス量を定量できる方法は本方法のみであるため、プロウイルス量は本法で算出した値である。プロウイルス量が160以上の検体では3つの方法とも全てBLV検出できた。しかし、プロウイルス量が低い値では3回の検出試験の結果に違いがあった。本方法は他の方法と同等あるいはそれ以上の検出感度があることを確認した。 (2)PCR以外のBLV検出方法との比較(図8) プロウイルス検出とBLV抗体検出方法との比較を行なった。391頭の野外牛の検体を用いて、プロウイルス検出(BLV-CoCoMo-qPCR法、Nested PCR法)、抗体検出法(ELISA、AGIDおよびPHA)との比較を行なった。BLV-CoCoMo-qPCR法の感度はNested PCR法に対しては明らかに高かった。一方、抗体陽性判定ではBLV-CoCoMo-qPCR法と抗体検出法の陽性判定と大きく異なった。そこで次に、抗体上昇とプロウイルス量との関係を詳細に調べるために、実感感染牛を用いた解析を行った。 (3)BLV感染実験牛でのプロウイルス量と抗体量の動態比較(図9) ウイルス感染後のプロウイルスロードと、抗体価(ELISA、PHA)の推移を比較した。抗体価が始めに上昇し、そののちプロウイルス量が増加してくる過程が観察できた。また、抗体価を強く誘導できた個体ではプロウイルス量の上昇は抑えられているが、抗体価の上昇が不十分であるとプロウイルス量は顕著に増加してくることが確かめられた。この事から、BLVの感染源として摘発・淘汰されるべき個体は高い抗体価を有する個体ではなく、プロウイルス量の高い個体であるということが強く示唆される。 【3】BLV-CoCoMo-qPCR法の応用 (1) BLV感染牛の病態進行とプロウイルス量との比較(図10) プロウイルス量とBLV感染牛の病態進行との相関解析を行った。319頭のウシ全血よりDNAを抽出し、BLV-CoCoMo-qPCR法を用いてウシ個体のBLV感染の有無の確認及びプロウイルス量の定量を行った。268頭の感染牛は血液所見に基づき、未発症健康牛(163頭) と持続性リンパ球増多症(PL)牛(16頭) 及び牛白血病発症牛(89頭) に分類し、各々1×105個の細胞あたりのプロウイルス量を算出した。その結果、病態進行に伴い牛白血病プロウイルス量が有意に増加していることを初めて明らかにした。このことから、プロウイルス量はウイルス力価およびBLV感染牛の病態進行と相関していることが示唆される。 【考察】 現在356種類のBLV遺伝子配列がデータベースに登録されており、さらに未知の配列を有するBLVが存在する可能性もある。本研究では、ウイルス塩基配列のアライメントに基づいてプライマーを設定するという従来の方法と異なり,ウイルス間で共通した相互に相補的でないMotif を自動的に選択することによりウイルス間共通プライマーを設計できるCoCoMoアルゴリズムを用いて、未知を含めた全てのレトロウイルスであるBLVの変異株を検出可能なプライマーを設計し、リアルタイムPCRを用いていBLVプロウイルス量を定量することを可能にした。しかしながら、縮重プライマーを用いる故に、通常のプライマーを用いる方法に対してPCRの増幅効率が劣るとの懸念もあった。その問題点を克服するため標的をプロウイルスの両端にあるLTR領域を選択した。その結果、本方法は精度・感度とも良好であり、既存のプライマーでは検出できなかったBLVプロウイルスの配列を検出できることが明らかとなった。 本研究によって、開発したBLV-CoCoMo-qPCR法は牛白血病の病態進行を正確に判定する技術であることが立証された。既存のreal-time PCR法と異なってBoLA-DRA遺伝子を指標として細胞数あたりのプロウイルス量を定量できたことが成功をもたらした。さらに、抗体価だけではなく、プロウイルスの定量の有効性を明らにした。以上のように本方法は牛白血病清浄化対策であるBLV感染牛を摘発・隔離・淘汰の指標として有効であることから、現在実用化を目指したキット開発が進められている。 本研究で開発したCoCoMoアルゴリズムを用いたウイルス定量法は、HTLV-1やヒト免疫不全ウイルスなどの他のウイルスの変異株の検出にも応用可能である。 図1-(A) 図2-(A) (B) (C) (a) BLV陽性コントロール(BLSC-KU-17のゲノム) (b) BLV非感染のウシNs118ゲノム (c)試薬のみ 表1 図3 図4 図5 表2 図6 表3 図7 図8 図9 | |
審査要旨 | 本論文は、ウイルス塩基配列の間で共通した相互に相補的でないMotif を自動的に選択することによりウイルス間共通プライマーを設計できるCoordination of Common Motif (CoCoMo)アルゴリズムを用いることにより、未知を含めた全ての牛白血病ウイルス(BLV)株を高感度・正確に定量可能な世界で初めてのリアルタイムpolymerase chain reaction(PCR)法(BLV-CoCoMo-qPCR法)を構築し、その方法と他の検出方法との比較解析、そして今まで解析することが困難であった牛白血病の病態進行に伴うウイルス量の増加を始めて明らかにしたことについて述べられている。 BLVは人類の悪性疾患である成人T細胞白血病(ATL)を誘発する成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-1)と最も近縁な高度に進化したレトロウイルスであり、HTLV-1と同様に白血病を惹起する。BLVの感染率は世界的に拡大の一途を辿っており、多くの被害を出している。BLVは感染後、プロウイルスとなり長期間宿主内に潜伏するため、ウイルス粒子およびmRNAの検出は困難である。プロウイルス自体も非常に微量であることが多く、BLVの病態進行を定量的に高感度に検出する方法の確立が強く望まれている。また、BLVは比較的変異の少ないウイルスとして知られているが、現在356種類のlong terminal repeart (LTR)領域の遺伝子配列がデータベースに登録されており、さらに未知の配列を有するBLVが存在する可能性も示唆されている。そこで本研究では、BLVプロウイルスを定量的に測定し、異なる変異株間でも比較可能な方法の確立を目指してBLV-CoCoMo-qPCR法を確立した。 本研究では最初に、全てのBLV株を高感度・正確に定量できるリアルタイムPCR法の確立を行った。BLVプロウイルス増幅のターゲットとしてプロウイルスの両端にあるLTR配列を選択し、GenBankから356種のBLV-LTR遺伝子配列を収集した。それら全てを特異的に増幅できるプライマーセットをCoCoMoアルゴリズムにより設計した。得られた49種類の候補プライマーから、72対の組み合わせを選択し、タッチダウンPCRによる増幅試験を行い、12対の候補プライマーを選択した。リアルタイムPCRを用いた融解曲線分析により最も特異的にBLV-LTR配列を増幅できるCoCoMo6およびCoCoMo81プライマー対(総縮重度:1.3 x 107)を選択した。さらに、検出感度および特異性をあげるためTaqMan MGBプローブも作成した。また、BoLA-DRA遺伝子を指標とすることでプロウイルス量を10万個の細胞あたりのコピー数として算出することに成功した。 次に、本方法の測定精度を確認したところ、良好な測定精度と再現性が得られた。続いて、BLV以外の6種類のレトロウイルス分子クローン及びコントロールベクターを用いたリアルタイムPCRを行ったところ、BLVのみで増幅は認められたことから高い特異性が示された。さらに、プロウイルス量とシンシチウム形成能を比較したところ、非常に高い相関が認められた。また、国外で蔓延していた、遺伝子情報が不明であり、他のPCR法によって検出できなかったBLVを本方法により検出することに成功し、シークエンスにより、特異性の高さも確認された。 続いて、BLV感染牛の病態進行とプロウイルス量との相関性を調べた。牛白血病の病態は未発症健康、リンパ球増多症(PL)、発症へと進展する。そこで、BLV非感染牛117頭、感染健康牛163頭、PL牛16頭及び発症牛89頭のプロウイルス量を算出した。その結果、病態進行に伴い牛白血病プロウイルス量が有意に増加していることが本方法を用いることにより、初めて明らかになった。 さらに、本方法の感度は既存のTaqMan MGB assay法及び市販のTaKaRa Cycleave PCR法と同等以上であることを確認された。続いて、391頭のウシを用いて本方法とNested PCR法、血清学的検出方法である酵素抗体法(ELISA)、ゲル内沈降 (AGID) 法および受身赤血球凝集反応(PHA)法で得られた結果を比較した。本方法の感度はNested PCR法より高かった。また、本方法と血清学的検査法により得られた結果は必ずしも一致しなかったため、その原因を調べるために2頭のウシを用いてBLV感染実験を行った。ウイルス感染後のプロウイルス量、ELISA及びPHA法による測定された抗体価の推移を比較したところ、高い抗体価を示した個体は低いプロウイルスを維持していた。 本研究において開発したBLV-CoCoMo-qPCR法は、牛白血病の病態進行を正確に判定する技術であることが立証された。また、CoCoMoプライマーを用いることで既存のプライマーでは検出できなかった配列をも検出することが可能となった。さらに、現在汎用されている血清学的診断技術に加えて、プロウイルス定量法の有効性が証明された。 現在、本方法によるBLVプロウイウルス定量キットの実用化を目指した企業による開発が進められている。CoCoMoアルゴリズムを用いたウイルス定量法は、変異の著しいヒト免疫不全ウイルス及びインフルエンザウイルスなどの変異株の検出にも応用可能であると考えられる。 なお、本論文は、竹嶋 伸之輔、遠藤 大二、間 陽子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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