学位論文要旨



No 128422
著者(漢字) 宮房,孝光
著者(英字)
著者(カナ) ミヤフサ,タカミツ
標題(和) 黄色ブドウ球菌由来莢膜合成酵素の構造生物学
標題(洋)
報告番号 128422
報告番号 甲28422
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第781号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 准教授 富田,野乃
 産業技術総合研究所 教授 本田,真也
 東京医科歯科大学 教授 中川,一路
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

黄色ブドウ球菌はヒトの皮膚上や鼻腔内に常在しているが、免疫力の低い乳児や疾病患者に感染した場合は各種の外毒素を産生し、致死的な疾患を惹起する。加えて、容易に薬剤耐性を獲得するという特徴を持っており、黄色ブドウ球菌に対する新規な戦略に基づく抗菌剤の開発が、社会的に強く求められている。

黄色ブドウ球菌の病原性に深く関わる物質として莢膜が古くから注目されている。莢膜は多糖類から構成される厚い膜で、これにより黄色ブドウ球菌は宿主の貪食活性から免れていると報告されている。しかし、莢膜の発現量は感染のステップに応じて動的に変化するため、莢膜そのものを標的とした薬剤設計は困難であることが示唆されている。以上より、莢膜合成酵素を標的とした研究は莢膜合成を阻害する薬剤の設計および莢膜発現の機序を解明する上で極めて重要である。

【研究目的】

黄色ブドウ球菌の主要な莢膜であるtype5、type8はともに、N-アセチルマンノサミンウロン酸、N-アセチル-L-フコサミン(L-FucNAc)、N-アセチル-D-フコサミンから構成されている。type5とtype8の合成酵素は2種の間で相同性の高い12種類を含め、それぞれ16種類が知られている。その中で、L-FucNAcの合成を触媒する酵素であるCapE、CapF、CapGは莢膜合成に必須であることが報告されている。

本研究ではこれらの3つの酵素の作用機序を分子レベルで解明し、その特性評価を通して、莢膜合成の阻害剤設計に有用な情報基盤を構築することを目的とした。

出発物質であるUDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)から重合反応に用いられるUDP-FucNAcまでには5つの反応ステップを経るが、3つの酵素がそれぞれいくつの反応を触媒しているのかについては、CapE、CapFがそれぞれ3ステップ、1ステップを触媒するという報告とそれぞれ2ステップずつ触媒するという報告がある。

そこで、CapE、CapF、CapGのキャラクタライズを進める上で、それぞれに局在する機能の同定を目指した。また、これらの酵素はshort-chain dehydratase reductase family(SDRファミリー)というファミリーに属する蛋白質であり、一次配列から詳細な機能を予測することが困難であったため、X線結晶構造解析から立体構造を解明し、反応機構を理解することとした。また、立体構造から得られた知見を基に各酵素の変異体を作製、機能評価を行った。

【結果】

1.CapEの結晶構造解析

CapEに関しては、CapE単独の構造から、UDP-GlcNAcとの複合体、UDP-GlcNAcの6位のOH基をジアゾ基に置換した類縁体との複合体、さらにCapEの活性残基の1つである126番目のリジンをグルタミン酸に置換した変異体(K126E)とUDP-GlcNAcとの複合体を結晶化し、それぞれ2.90 A、1.88 A、2.10 A、2.20 Aの回折データの収集に成功した。ホモログ蛋白質であるFlaA1(PDB ID ; 2gn4)をサーチモデルとして分子置換法を行い、構造決定に成功した。CapE単独の構造はコア領域以外のループにおいて電子密度が不明瞭で評価ができなかったため、残りの3つの構造を用いて研究を進めた。

CapEは結晶中で二量体を構成単位とする六量体構造を有していた。これは溶液状態における会合状態と合致するものでる。サーチモデルとしたFlaA1は4位と6位からの脱水反応と5位のエピマー化反応を触媒している酵素であると報告されている。これは、CapEの反応経路における1ステップ目と2ステップ目の反応にあたる。しかし、FlaA1においては活性中心となりうる領域が1分子中に1つしか観察されず、2つの反応を触媒する機構は未だ明らかとなっていない。CapEとFlaA1の全体構造を比較すると、よく合致しており、CapEも活性部位は1分子中に1つしか見つからなかった。しかし、後述する活性測定の結果、少なくとも2つの反応を触媒することが明らかであるため、CapEはが2つの反応を触媒する酵素であると予測した。

UDP-GlcNAcとの複合体中ではUDP-GlcNAcとNADP+の電子密度が観察された。しかし、NADP+のニコチン環の電子密度は不明瞭であった。興味深いことに隣接する164番目のチロシンには2つのコンフォメーションが観察され、そのうちの1つはニコチン環の存在するはずの領域に侵入していた。また、K126EにおいてはUDP-GlCNAcは観察できずアポ体の構造を有していたが、この活性中心にはニコチン環が観察されており、164番目のチロシンはそれと平行に位置するコンフォメーションをとっていた。さらに、基質類縁体との複合体中にはNADP+が全く観察されず、164番目のチロシンはニコチン環の存在するはずの領域に位置するコンフォメーションのみを有していた。これらのデータは164番目のチロシンのコンフォメーション変化が補酵素の配置を変化させていることを強く示唆しており、活性中心の再構成を期待させるものである。

また、全体構造に着目すると、K126Eにおいて284番目のアスパラギン酸から305番目のチロシンまでの領域の電子密度が確認されなかった。この領域は、残り2つの構造中では六量体の界面に位置していた。126番目のグルタミン酸を含む、その他の領域では有意な構造変化がないため、この構造の違いは変異導入に由来するものではなく、結晶化条件の違いによるものと考察しており、K126Eで観察されなかったループは溶液中では大きな構造変化を取りうる領域であることが示唆された。

2.CapEの機能解析

CapE、CapFの活性測定にはHPLCを用いた。反応混合物を分離し、それらのピーク面積を比較することで評価を行った。CapEの反応後に2つのピークが得られるが、それらを既報の論文に沿って1ステップ目の反応産物、2ステップ目の反応産物と見なした。

上記の164番目のチロシンをフェニルアラニン、アラニンに置換したところ、フェニルアラニン変異体はほとんど活性が変化しなかったのに対し、アラニン置換体は完全に活性を失った。以上の結果より、164番目のチロシンの嵩高さが活性に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。また、アラニン置換体が不活化したことから、芳香環がニコチン環の配向を厳密に制御していること示している。

また、284番目のアスパラギン酸から305番目のチロシンまでの領域のうち、3つのチロシンをアラニンに置換したところ(Y290A、Y293A、Y305A)、Y290AとY305Aにおいては1ステップ目の反応効率が著しく低下しているのに対して、Y293Aにおいては1ステップ目の反応効率には変化がないにも関わらず、2ステップ目の反応効率が有意に低下していた。この結果は、これらの領域が活性に寄与していることを示すとともに、CapEの活性中心の再構成に影響を与えていることを示唆している。

3.CapFの結晶構造解析

CapFはセレノメチオニン置換体を結晶化し、単波長異常分散法により位相決定した。分解能2.45 Aの回折データにより構造決定に成功した。CapFはホモ二量体を形成しており、単量体はN末端ドメインとC末端ドメインがループを介して亜鈴状につながった構造を有していた。N末端ドメインはロスマンフォールドという典型的なSDRファミリーの構造を有しており、還元活性を保持することが予測された。一方、C末端ドメインはキュピンフォールドをとっており構造からの機能予測は不可能であった。

4.CapFの機能解析

CapFの2つのドメインに対する機能の局在を明らかにするために、CapFの分割変異体を用いた機能解析を行った。分割変異体として1番目のメチオニンから244番目のロイシンを切り出したN末端ドメイン、255番目のメチオニンから369番目のロイシンまでを切り出したC末端ドメインを作製した。また、二量体構造を維持したC末端ドメインとして、94番目のセリンと103番目のチロシンをアラニンに置換した変異体を作製した。

これらを用いた機能解析の結果より、C末端ドメインは二量体化した状態で3ステップ目を触媒しており、N末端ドメインが4ステップ目を触媒していることが明らかとなった。

【考察】

X線結晶構造解析の結果より、CapEは補酵素、活性残基の配置を変化させることで1つの活性ポケットを複数の反応に対して使い分けているということが示唆された。このような活性中心の再構成機構については2011年に好熱古細菌において報告があるが、一般的な環境に生息する生物種においては本研究の報告が初めてである。

また、CapFについて構造解析から2つのドメインを有していること、機能解析からそれぞれのドメインに機能が存在していることが明らかとなった。

総合すると、CapEとCapFは4つの反応を2つずつ触媒していることが明らかとなった。同様の反応を触媒する酵素群としてRmlB、RmlC、RmlDが知られているが、これらはそれぞれ1つ、2つ、1つの反応を触媒している。即ち、CapEとCapFはRmlCの触媒する反応を分割して有しているということである。その生物学的な意義については今後さらなる研究が必要であるが、Rml群がCap群と比較して広く保存されていることを考慮すると、CapE、CapFは黄色ブドウ球菌に特異的に作用する薬剤を設計するうえで標的蛋白質として適していることは間違いない。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は黄色ブドウ球菌の病原因子の1つである莢膜の合成酵素、CapE、CapFに関する構造解析、機能解析を行い、抗菌剤の標的分子としての可能性を探ることを目的とした。

本論文は7章から構成されており、大略は以下の通りである。

まず第1章では序章として研究背景や意義、本研究で採用した研究手法について述べている。黄色ブドウ球菌に対する新規な作用機序を有する抗菌剤の開発は社会的に強く求められている。莢膜とは細胞壁の外側に存在する多糖類の厚い膜であり、宿主の貪食活性からの防御機構として働いていることが知られている。本研究では、莢膜の合成に必須であることが報告されていることを理由として、CapE、CapFを標的蛋白質とした。このCapE、CapFはShort-chain dehydratase/reductase familyに属しており、その作用機序を理解するためには活性部位の詳細な立体構造情報が必須であることが分かっていた。そこで、X線結晶構造解析から情報基盤を構築し、変異体機能解析と熱量測定を用いて溶液中での議論を進めることで、これらの酵素の総合的な理解を目指すこととした。

第2章では、野生型のCapEとCapFを用いた機能解析を行った。同様の反応を触媒する緑膿菌由来のホモログ蛋白質WbjB、WbjCと同様にそれぞれ2段階の反応を触媒する酵素であることが明らかとなった。また、CapEに関しては平衡論的には2段階目の反応が逆反応に有利であるということが示唆され、さらにCapFに関しては1反応につき1当量のNADPHを消費することなど、ホモログ蛋白質では報告例のない特徴が示された。

第3章では、CapEのX線結晶構造解析結果について述べた。酵素単独、基質アナログとの複合体(反応前の複合体とみなした)、基質との複合体(反応中の複合体とみなした)という3種類の条件の異なる立体構造を用いて、CapEの反応触媒中の構造を連続的に観察した。まず、CapEは二量体を構成単位とした六量体構造で安定化していることが示された。その結果、CapEは基質結合前後で基質結合ポケットの構造を大きく変化させていることが明確に示された。具体的には、250番目のイソロイシンから258番目のリジンまでのループに顕著な構造変化が観察された。一方で、284番目のアスパラギン酸から305番目のチロシンの構造変化も極めて大きく、基質複合体の構造中では隣接する分子と強固な相互作用界面を形成しているにも関わらず、酵素単独での構造中では構造変化が大きく電子密度が観察されなかった。ここで示した2つのループは同一分子内では離れた領域に位置しているが二量体界面において向かい合っており、この2つのループの構造変化は同期していることが強く示唆された。

第4章では、CapEの変異体機能解析結果を示した。第3章の構造解析の結果から示唆された基質結合と構造変化の相関を証明するために、アラニン置換体の活性測定を進めた。その結果、284番目のアスパラギン酸から305番目のチロシンまでのループ中に存在するチロシンをアラニンに置換した変異体で顕著な活性の低下が観察され、このループの構造が活性に影響を与えることを明らかとした。

第5章では、CapFのX線結晶構造解析結果を示した。CapFはホモ二量体を形成した2ドメイン蛋白質であった。N末端ドメインとC末端ドメインとが独立しており、それぞれ2つの触媒活性が局在していることが示唆された。N末端ドメインはShort-chani dehydratase/reductase family に共通するRossmann fold であったのに対し、C末端ドメインはcupin foldという構造を有していた。Cupin fold は多様な機能を発現しうる構造モチーフとして知られており、立体構造からの機能予測は困難であった。C末端ドメインには3つのヒスチジンと1つのアスパラギン酸によって包摂された亜鉛原子が観察され、機能への寄与が示唆された。

第6章ではCapFの機能解析の結果を示した。まずドメイン分割体を用いた活性測定の結果、各ドメインの機能の局在が証明された。また、N末端ドメインは反応に際して補酵素の添加を必要とするが、その結合メカニズムが特徴的であることをCapFと補酵素の相互作用測定から明確に示した。等温滴定型熱量測定を用いてCapFとNADPHの親和性を測定したところ還元型のNADPHと選択的に結合し、酸化型のNADP+との親和性は100倍近く低いことが明らかとなった。さらにNADH、NAD+との親和性についても評価したところ、CapFは補酵素を2ヶ所の点で認識していることが示唆された。また、結合エンタルピーが2ヶ所での非共有結合で得られるものより大きいこと、結合に伴い大きなエントロピーの損が生じることから、2ヶ所での結合を契機とした構造変化が誘起されていることが強く示唆された。

第7章ではこれらの構造、機能解析の結果を総括し、CapE、CapFの創薬標的としての可能性や、得られた知見の新規性について総括している。

本研究では、CapE、CapFを標的蛋白質として、X線結晶構造解析、酵素活性測定、熱量測定など多角的な手法を用いた解析を行い、それぞれの酵素が基質、補酵素の認識に大きな構造変化を利用していることを明らかにした。CapEにおいてはX線結晶構造解析を基質、基質アナログを用いて行うことにより、反応ステップを追って議論することに成功した。一方、CapFにおいてはX線結晶構造解析と熱量測定を組み合わせることにより、結晶中での構造から溶液中での構造変化へと議論を進めることに成功した。これらの結果は、蛋白質が構造変化を利用して機能を制御していることを示すための実験的なアプローチとして極めて意義深いものであり、同時に、CapE、CapFを標的とした抗菌剤の開発に向けた情報基盤として完成度の高いものであると言える。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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