学位論文要旨



No 128428
著者(漢字) 濱,泰一
著者(英字)
著者(カナ) ハマ,ヤスカズ
標題(和) 高校生の環境問題に対する道徳的価値観に関する研究 : 地域の環境指標による影響
標題(洋) Environmental moral values of Japanese high school students : a study on external effects based on local environmental indicators
報告番号 128428
報告番号 甲28428
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第787号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,馨
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 福田,健二
 東京大学 教授 横張,真
 東京大学 教授 下山,彰男
内容要旨 要旨を表示する

第1章 はじめに

「最大の社会的ジレンマ」と言われている環境問題の解決のためには、高い道徳性を持つことが望ましいと考えられる。コールバーグは、道徳性の発達段階を「正義の推論」「役割取得能力」「人間の尊重」を基に把握した。その結果、道徳性は16歳以上になると発達の差が大きくなることや、低い段階から高い段階に一方向的に進むことが明らかにされている。このことから、高校生の時に、高い段階の道徳性に達している人数が多いということは、将来的により多くの高い道徳性に達する人が見込め、ひいては環境問題の解決には望ましいということになる。道徳性は、さまざまな要素から影響を受けて発達するが、地域の環境からも影響を受けているものと考えられる。もし、道徳性の発達と地域の環境との関係が確認されれば、道徳性が地域の環境の指標となり、地域の環境を保全することにつながる。

そこで本研究では、まず、現代の日本における環境問題に適応させるために、コールバーグの認知発達的アプローチを基にした、環境問題に対する道徳的価値観(以下、単に、道徳的価値観と記す)を定義した。そして、道徳性の発達の差が大きくなると言われる高校生の道徳的価値観が、地域の環境を含めた、どのような要素に影響を受けているのかを把握することとした。なお、環境問題に対する道徳的価値観とは、環境問題の中やそれを解決する際に現れる7つの道徳的価値(「社会的規範と社会的統制」「良心」「愛情と感謝」「公正な行為と実行力」「懲罰の公正」「生命及び生きる喜び」「所有と財産」)に対する個人の感覚のことで道徳的価値を表現する行動力も含む、と定義した。

本研究は、次のことを目的として行った。

1 現在の高校生の環境問題に対する道徳的価値観を把握する。

2 高校生の環境問題に対する道徳的価値観が、地域の環境からどの程度影響を受けているのかを把握する。地域の環境からの影響については、その他の要素からの影響と比較して考察する。

地域の環境を把握する際の指標は(以下、「地域の環境指標」と記す)、「緑被率」「緑視率」「騒音」とした。研究の対象は、神奈川県相模原市と相模原市内にある全日制高校の高校生である。対象地域には、多様な環境が存在しており、本研究で「地域の環境指標」についてもさまざまな値が得られる可能性が高い。また相模原市の中学生は市内の高校への進学希望率が高く、多くの比較分析できる資料が得られる可能性が高い。

本研究では、心理尺度を使って、高校生の環境問題に関する道徳的価値観を把握するのが適当と考え、2回の予備質問紙調査を経て、独自に環境問題に対する道徳的価値観尺度(以下、単に道徳的価値観尺度と記す)を作成することにした。第1回予備質問紙調査や研究対象地内で道徳的価値観尺度を使った道徳的価値観質問紙調査の結果から、高校生の道徳的価値観の実態を把握した。回答者が生活する「地域の環境指標」については資料や実測により把握した。「地域の環境指標」以外で道徳的価値観に影響を与える要素(以下、バイアスと記す)については、道徳的価値観質問紙調査の回答や回答者個人が所属する高校の偏差値より求めた。道徳的価値観の得点と「地域の環境指標」及びバイアスのデータと照らし合わせて、「地域の環境指標」が道徳的価値観に与える影響を分析した。

第2章 高校生の環境問題に関する道徳的価値観尺度の作成

まず下位尺度を考えて、環境問題を「地域と地球の環境(AE)」「自然と生物(NL)」「資源・エネルギー(RE)」「一般的配慮(CC)」という4つに分類した。そして、加藤ら1998、飯島2000などを参考に、環境問題を網羅するように4つの分類の中に、計71の質問と選択肢を作成した。道徳的価値観を評価する際の基準は、「正義の推論」「役割取得能力」「生命の尊重」「規範意識」「道徳的行動力」のいずれかとした。各質問の内容や表現について、誤解されるところがないかを確認した後、2回の予備質問紙調査を実施した。第1回は、神奈川県立X高校の2年生以上を対象に2008年7月に実施した。210名が検査を受け163を有効と判断した。第2回は、神奈川県立X高校の2年生、Y高校の3年生、Z高校の2、3年生を対象に、2009年6、7月に実施した。合計211の回答が得られ198を有効と判断した。2回の予備質問紙調査の結果に対して、被験者の差異を出すのに適さない質問を排除するための平均得点の確認、各質問の回答傾向と尺度全体の回答傾向を調べるためのG-P分析、質問群の信頼性・均質性を調べるためのクロンバックのα係数の確認、そして、第1回と第2回の結果について再現性の確認を行って、道徳的価値観尺度を完成させた。

予備質問紙調査の結果より、高校生の環境問題に関する道徳的価値観の平均得点は、質問の配点から判断すると、4つの分類すべての得点が、配点の中間点にあたる2.50を超えていて、比較的高いことがわかった。またNLの得点は、他の分類の得点より有意に、かなり高くなっていた。また、クラスター分析を行って別の分類で評価を行った結果、税など強制的に徴収されるものに関する道徳的価値観の得点は著しく低くなっていた。このことは、得点の高いNLの中の問題ですら同様であった。

第3章 道徳的価値観質問紙調査の実施と結果

道徳的価値観質問紙調査には、合計60問で構成した質問紙(道徳的価値観質問紙)が使われた。60問は、道徳的価値観尺度の質問40問(AE:10問、NL:15問、RE:10問、CC:5問)、SDSの質問群10問、バイアスを把握する質問9問、回答者に「地域の環境指標」を対応させるために必要な「現住所」を町単位で問う質問1問であった。バイアスは、「性別」「学年」「居住年数」「家と学校にいる時間(家学校)」「子どものころの遊びの経験(遊び)」「環境問題に対する家族の態度(家族態度)」「ペット飼育の経験(ペット)」「野外レジャーの経験(レジャー)」「情報源」である。道徳的価値観質問紙調査は、対象地域である神奈川県相模原市内の14校の高校生を対象に実施された。対象生徒数は、おおよそ3520であり、この数は相模原市内の全日制高校における1学年規模の生徒の88%に該当する。結果、2971の回答が得られ、2847を有効とした。

第2章で述べたクラスターに従って、分析したところ、NLの質問が多いクラスターの得点が高く、税など、強制的に徴収されるものに関する質問が多いクラスターの得点が低い結果となった。これは、第1回予備質問紙調査のときと同じ傾向を示しており、信頼性の高い結果であると考えた。また、環境問題については、かなり漠然とした不安をもっているが、具体的な行動をしなければならない質問やふだんの生活で、自分が環境に負荷を与えているという意識は低くなっていた。

学校単位に道徳的価値観の得点を集計してみたところ、道徳的価値観の得点が全体的に高い学校、低い学校を明確に示すことができた。また、下位尺度それぞれについても、学校による違いを示すことができた。学校による、ある程度の差を表現できたのは、道徳的価値観尺度で比較に適した質問が選別されていた結果だと考える。また、学校の状況に応じて、高校における環境教育について提案を行った。

第4章 地域の環境指標の把握

「緑被率」は、相模原市の『緑の実態調査報告書』の資料と、航空写真をもとにGISソフトTMTmips6.8を使って、町ごとに写真を切り抜き、PhotoShopElements3.0を使って緑被地のピクセル数を測定することにより計算した。「緑視率」は、高さ1.5m、焦点距離28mmのレンズで北、北東、東、南東、南、南西、西、北西の8方向を撮影し、写真の中で緑が写っている割合を算出し、その平均値をその地点の「緑視率」とする方法を採用した。この方法は、相模原市が実施した『新しい総合計画策定のための市民アンケート調査』のデータとの対応を用いて検証を行った結果、その地域の緑の量を感じて答えている項目と、かなり高い相関があり、測定された緑視率が地域の環境をとらえる指標として適していると判断した。「騒音」は、日常生活している中で感じているということを考えて、環境騒音とし、1.2mの高さでL50法を用いて測定した。「緑視率」と「騒音」の測定は2009年6月9日から10月23日、および2010年6月4日から6月24日までの期間で、平日の午前9時から午後5時の間に、1地点につき1度だけ行った。測定地点は、対象地域において、北緯35°35'11″7および東経139°21'18″5の線を縦横の軸とし、そこから500mおきに線を引いた時にできる格子点において行った。以上の方法で得られた結果を基に、第2章で作成した道徳的価値観尺度を使った本調査のデータと照らし合わせることができるように、2km×2kmと設定した高校生の日常の生活範囲を考慮に入れた「緑被率」「緑視率」「騒音」を計算した。

第5章 高校生の環境問題に対する道徳的価値観と地域環境指標との関係

「地域の環境指標」のデータ、第3章のバイアスのデータ、もう1つのバイアスである「偏差値」のデータを独立変数、道徳的価値観尺度の得点を従属変数として重回帰分析を行った。重回帰式への当てはまりは良くなく、本研究で影響があると考え選出した要素だけでは、道徳的価値観を予測はできなかった。この結果は、道徳的価値観が、より多くの要素によって形作られていることを示している。ただ既往研究から選出した「性別」「家学校」「遊び」「家族態度」「ペット」「レジャー」については、豊富な経験や、家族の厳しい態度に接することによって、道徳的価値観の得点が高くなる傾向が現れていた。また標準化係数の値の大きさから判断すると、「家族態度」の影響が強く、次いで「レジャー」が強くなっていた。また「情報源」のうち「本」や「勉強」の影響も比較的高くなっていた。回答者が選ぶ情報源は、テレビやインターネットが多かったが、本や学校の勉強の影響の方が強くなっていることがわかった。

「地域の環境指標」の影響は、上記の要素より全体的に小さくなっていて影響はかなり少ないと言える。ただREを従属変数としたときの「緑視率」の影響は、「家族態度」の1/3になっていて、全体で比べても3番目に影響が大きくなっていた。ただし、この影響は負の影響になっていて、「緑視率」が低いところに住む回答者は、REの得点が高いという結果になっていた。

道徳的価値観への影響を、バイアスを1つずつ排除した集団を多数作り、その集団すべてで影響を考える手法で分析を行った。その結果は、「地域の環境指標」の影響も含めて、重回帰分析の結果を支持するものであった。さらに「偏差値」が高い回答者は、道徳的価値観の得点も高いという傾向が現れていた。また、REだけを見ると、「緑視率」だけでなく、「緑被率」や「騒音」でも、負の相関を示す集団の数が、正の相関を示す数より多くなっている傾向があった。

第6章 総合考察

重回帰分析の結果、本研究で選出した要素だけでは、道徳的価値観を予測できるような結果にはならなかった。よって、「地域の環境指標」が、地域の環境を守る指標として使えるという本研究の仮説は否定されることとなった。しかし、既往研究で影響が強いと考えていた「家族態度」、「レジャー」などについては、予想どおり、道徳的価値観に影響があることが示された。よって、研究の進め方としては間違ってはいないと考えられる。ただ、学習の成果の表れとして使った「偏差値」、「地域の環境指標」やバイアスの選出数、あるいは「地域の環境指標」のデータの取り方などには問題があり、これらについては改善する余地がある。

「地域の環境指標」の中で、「緑視率」の影響が比較的強かったのは、他の研究でも示唆されているように、視覚による情報認知が重要だからではないかと考える。また影響が負であったのは、「危機感」への反応ではないかと考える。常に緑がたくさんある環境では、あまり環境のことを考えないが、緑がなくなるとに「危機感」が芽生えるのではないかと考える。このことは、緑視率が低くなってもかまわないと考えている人も、少なからずいることを示している。また相模原市においては、緑視率と緑被率は相関が高いこともわかっており、人々が認識する環境を守るという点では、物理的な緑の量を維持していくことは大切なことであると考える。また「騒音」についても、同様の傾向があるので、緑の量と同じ配慮が必要と考えられる。

これに付随して、研究で用いた環境問題に対する道徳的価値観尺度は、道徳的価値観の得点を短時間で得ることできる道具というだけでなく、高等学校における環境教育の教材として有効に使えることもわかった。また合計3度の質問紙調査によって、「自然と生物」の得点が高い、高校生は環境問題解決のためにお金を支出することには消極的である、環境問題に対して漠然とした不安は持っているものの、自分の行動と結びつけられない、などの結果が得られた。同じく高等学校における環境教育への提言に活用することができた。また「緑視率」の測定方法については、新しい方法を提案することができた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は全7章からなっている。第1章では、社会的ジレンマと言われている環境問題の解決のために重要である道徳的価値観を、既往研究と文献をレビューして新たな定義を行っている.そして環境問題解決のための道徳的価値観を高めるための環境教育を整備する上で事前把握が必須となる現在の高校生の環境問題に対する道徳的価値観を把握し、道徳的価値観がどのような要素に影響を受けるのかを把握することの意義を示した。具体的には神奈川県相模原市を対象に事例調査を行うこととしている。第2章では高校生の環境問題に関する道徳的価値観の尺度を作成するために、質問群を既往研究と独自の解析から道徳的価値観尺度を分類し、2度の予備調査により高校生の道徳的価値観の傾向を把握し、同時に質問群による道徳的価値尺度を構築している。第3章では、2章での質問群を用いて神奈川県相模原市内の全日制高校14校を対象に質問紙調査を行い3520の回答を得ている.本質問紙調査の結果を分析しデータの妥当性を明らかにし、学校単位の道徳的価値観の比較から環境教育の方針提案を導いている.一連の分析は、学校データを高校生の環境問題に対する道徳的価値観を把握、比較するために有効と考えられる道徳的価値観尺度を新たに作成する過程と作成された尺度を使った調査の結果を示したものである。第4章では、道徳的価値観に影響を与えると考えられる要素のうち、地域の環境指標として、相模原市の緑被率、緑視率と騒音を取り上げて検討し、それぞれの環境データを資料調査と現地調査より把握している.そして第2章、第3章で構築し集計した道徳的価値観尺度を使った調査の結果と対応させた態把握の方法を示している。第5章では、第1章から第4章までで集めた資料をもとに分析を行い、第6章、第7章で考察とまとめを出している。その内容は以下のようになる。

本論文では、新たに道徳的価値観を「環境問題に対する道徳的価値観とは、環境問題の中やそれを解決する際に現れる道徳的価値に対する個人の感覚のことで、道徳的価値を表現する行動力も含む」と定義した。道徳的価値観を把握するために新たに道徳的価値観尺度を作成し、神奈川県相模原市の高校生を対象に大規模な道徳的価値観質問紙調査を実施した。道徳的価値観尺度の作成に関しては最初に環境問題を、「地域と地球の環境」「自然と生物」「資源・エネルギー」「一般的配慮」の4つに分類した。4つに分類した環境問題全体を網羅するように多くの質問(質問群)を作成し、道徳的価値観を評価できるような選択肢とそれに対応する得点を用意した。これらの質問を使って、2度の予備質問紙調査を対象地域外の高校で行い、その結果に対して、平均点の検討、クロンバックのα係数の確認、G-P分析、再現性の確認を行い、道徳的価値観を評価しやすく、かつ信頼性のある質問を抽出して、道徳的価値観尺度を完成させた。

2度の予備質問紙調査と道徳的価値観質問紙調査の結果、「自然と生物」の得点が有意に高くなっていた。また、マスコミで扱われるような大きな環境問題に関しての得点も高くなっていた。しかし逆に、税など強制的に徴収されるものに関する得点は著しく低くなっていた。

道徳的価値観がどのような要素に影響を受けているかについては、既往研究から要素を抽出し、それらに関するデータを道徳的価値観質問紙調査から取り出した。さらに地域の環境からも道徳的価値観は影響を受けていると考え、「緑被率」「緑視率」「騒音」(「地域の環境指標」)についてもデータをそろえた。

分析の結果、本研究で取り上げた要素だけでは、道徳的価値観の得点を予想はできなかった。しかし、「子どものころの遊びの経験」「環境問題に対する家族の態度」「ペット飼育の経験」「野外レジャーの経験」は確実に影響があることが明らかになった。また「情報源」のうちの「本」や「学校の勉強」、さらに学習の成果と考えた「偏差値」についても比較的影響があることが明らかになった。「地域の環境指標」については、他の要素に比較して影響は小さかった。ただ、「資源・エネルギー」に関しては、「緑視率」が負の影響を与えているということは確実になっていた。「緑視率」の影響が比較的強く出ていたのは、視覚的な情報であることが大きく、影響が負の影響であることは、緑がなくなったときの危機感の現れではないかと考えられた。

これらの結果を基に、高校における環境教育のカリキュラムについて、総合的な学習の時間だけでなく、学校行事に組み込むことや、教科「環境」を新設して、保護者も一緒に教育するような提案を行うことができたことは重要と考えられる。

道徳的価値観の違いを明確にできるという意味において、尺度の有効性、信頼性は計3回の質問紙調査で証明された。さらに道徳的価値観尺度は、環境問題の解決に際して、考え方の別れる問題が残ってきており、本研究での質問紙を高校生に回答してもらうことで環境問題について考えさせることができるため、環境教育教材としても利用できるものとなった.

このように申請者は、環境問題の解決に重要な役割を果たす道徳的価値観に着目し、特に価値観が定まる年齢世代である高校生を対象として道徳的価値観を計測するための質問紙を作成し事例調査により完成させた.また高校生までの居住地周辺の環境指標との関係性についても調査を進めている。今後の若い世代の人々が環境問題に関する道徳的価値観の獲得し高めて行くために高校での環境教育において必要な計測手法を秋からにした.以上のことは自然環境研究の基礎的成果として評価できる。

従って、博士(環境学)の学位を授与できると認める.

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