No | 128429 | |
著者(漢字) | 渡部,陽介 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ワタナベ,ヨウスケ | |
標題(和) | 地域アイデンティティとしての農村景観の認識構造に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the perception of rural landscapes in relation to local identity | |
報告番号 | 128429 | |
報告番号 | 甲28429 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第788号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 自然環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 農村地域では、少子高齢化や過疎化、農林業の衰退、ライフスタイルの変化を背景に、景観との関わりが希薄化するといった事態が進行している。こうした事態は、従来、食料自給率の低下や、生活・営農環境の悪化、国土保全機能の低下、生物多様性の低下等の観点から問題視されてきた。 しかし、近年では、地域アイデンティティの喪失といった観点からも問題提起がなされるようになってきた。本研究における地域アイデンティティとは、地域の物的環境と関連づけられて形成され、居住経験を有する者の間で共有される、地域に対する愛着や誇り、帰属意識の総称である。地域アイデンティティの喪失は、居住者に精神的ストレスを与えるだけでなく、協働による地域づくりを阻害してしまう危険性もある。景観との関わりの希薄化による地域アイデンティティの喪失は、看過することのできない問題だと考えられる。 そうした中、近年、地域アイデンティティの形成・継承における景観との関わりの重要性が改めて強調されるようになってきた。しかも、従来、保全対象とされてきた棚田や歴史的建造物、自然風景地といった景観のみならず、集落の町並みや農林地、社寺、河川等、生活や生業に密接に関連し、一見、どこにでも存在するような景観との関わりまでもが地域アイデンティティの観点から注目されるようになってきている。 地域アイデンティティの形成・継承に向け、どのように景観との関わりを再生していけばよいのか。地域アイデンティティの形成・継承に向けた景観との関わりの再生は、農村地域が抱える重要課題のひとつである。こうした社会的課題に応えるべく、地域アイデンティティの観点から農村地域の景観に関する知識を蓄積していくことが学術分野に求められている。とりわけ、景観に関する計画や施策を作成していく際の基礎的な情報である、地域アイデンティティの観点から、どのように景観が認識されているのか、という問いは、上記の社会的課題に応えていくためには、優先して解かれるべきものだと考えられる。 計画系分野では、これまでも農村景観に関する議論が行われてきた。従来の研究は、旅行者や専門家といった普遍的な視点から景観の審美性・快適性が重視される一方、地域的な視点を強く反映した地域アイデンティティについては主題として扱われてこなかった。しかし、本来、地域アイデンティティとは、審美性・快適性といった普遍的な視点からだけで論じるべきものではないと考えられる。景観に美や心地よさを感じるのは、日々の暮らしの中の一部の経験でしかないはずである。さらに、普遍的な視点からは積極的に評価されない景観が、地域アイデンティティとして認識される可能性もあると考えられる。地域アイデンティティの観点からどのように景観が認識されるのか。この基本的かつ重要な問いは、未だ十分に取り組まれていないと考えられる。 以上の問題意識のもと、本研究は、地域アイデンティティとしての農村景観の認識構造を解明することを目的とした。以下に、本研究で得られた主な成果を示す。 第1章では、まず、農村地域の景観を巡る社会的課題として、景観との関わりの希薄化による地域アイデンティティの喪失、および景観を通じた地域アイデンティティの形成・継承、の2つが存在していることを示した。次に、明治以降から現在までの農村景観に関わる議論の系譜の整理を通じて、審美性・快適性といった普遍的な視点が強調される一方、地域的な視点が強く反映される地域アイデンティティについては、主題として扱われてこなかったことを示した。そして、地域アイデンティティとしての農村景観の認識構造の解明に向けて、1)地域アイデンティティとして認識される農村景観の解明、2)地域アイデンティティとして認識される農村景観と経験の関係の解明、3)地域アイデンティティとしての農村景観の認識と他出の関係の解明、の3つの研究課題を設定した。 第2章では、農村地域の居住者に対する集団インタビュー調査に基づき、研究課題1の「地域アイデンティティとして認識される農村景観の解明」に取り組んだ。具体的な調査は、福島県会津若松市周辺の農村地域の中から5つの農業集落を選定し、「住環境を共有する者同士が語り合う」集団インタビュー調査を実施した。分析については、テキストマイニングの手法を用いて、得られた語り合いのデータから景観要素を抽出し、出現頻度を算出した。その結果、1)地域アイデンティティとして認識される景観要素の多くが、行政施策では対象とされていないこと、2)普遍的な視点から積極的に評価されない景観要素であっても地域アイデンティティとして認識される可能性があること、の2点が明らかになった。 第3章では、農村地域の居住者に対する集団インタビュー調査に基づき、研究課題2の「地域アイデンティティとして認識される農村景観と経験の関係の解明」に取り組んだ。具体的な調査は、第2章と同様である。分析は、得られた語り合いのデータから景観と経験を抽出し、共起頻度を求めた。その結果、1)遊び仕事を含む、生業と遊びといった経験は、集落の別に関わらず、地域アイデンティティとして認識される景観要素との関連が強いこと、2)集落の自然特性・社会特性に応じて、地域アイデンティティとして認識される景観要素との関わりが多様性を有していること、の2点が明らかになった。 第4章では、質問紙を用いた景観評価調査を通じて、研究課題3の「地域アイデンティティとしての農村景観の認識と他出の関係の解明」に取り組んだ。具体的な調査は、熊本県熊本市周辺地域の居住者および他出者を対象に、地域アイデンティティとしての農地景観の評価、基本属性(年齢、職業、居住歴、生育環境)を尋ねた。さらに、居住者および他出者に対するインタビュー調査も合わせて実施した。その結果、1)居住歴が地域アイデンティティとしての農地景観の認識に影響を与えること、2)地域アイデンティティとしての農地景観の認識は、居住者よりも他出者の方が相対的に高いこと、3)他出を契機とした非日常化および相対化、が地域アイデンティティとしての農地景観の認識に影響すること、の3点が明らかになった。 第5章の「結論」では、2~4章から得られた成果をまとめた。加えて、従来までの景観研究の議論や哲学や地理学、環境倫理学、風土論における知見を踏まえ、本研究の意義や今後の景観研究の指針について考察を行った。本研究の意義としては、従来の景観研究が見落としてきた、1)地域アイデンティティとしての農村景観の両義性を明らかにしていること、2)地域アイデンティティとしての農村景観の認識における、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚といった五感全体および生業や遊び、信仰といった営み全体を通じた関わりの重要性を指摘していること、の2点を挙げた。今後の景観研究への指針としては、1)安易な審美性・快適性の偏重に陥ることなく、地域アイデンティティとしての農村景観の両義性を認めていくこと、2)、視覚以外の五感を通じた景観との関わりについても着目していくこと、3)生業や遊び、信仰といった関わりを個別に解明しているだけでなく、全体的な関わりを理解していくこと、の重要性を指摘した。さらに、景観と主体の関わり全体性の理解に向けては、4)本研究で採用した「住環境を共有する者同士の語り合い」という手法とともに、ふれあい調査のような、より実践に即した住民参加型の調査手法を併用していくこと、の重要性を指摘した。 | |
審査要旨 | 本論文は全5章から構成される。 第1章では、社会背景の整理および既往研究のレビューがなされ、農村地域の重要課題である地域アイデンティティの形成には、土地固有の農村景観との関わりが重要であるとの論点が示されている。そして、論文の目的として地域アイデンティティとしての農村景観の認識構造を解明することが掲げられている。また、目的の達成に向けて、「(1)地域アイデンティティとして認識される農村景観の解明」、「(2)地域アイデンティティとして認識される農村景観と経験の関係性の解明」、「(3)地域アイデンティティとしての農村景観の認識に影響を与える個人属性の解明」、の3つの研究課題が提示されている。 第2章「地域アイデンティティとして認識される農村景観の解明」は、本論文の第1の研究課題に対応している。本章では、農村地域の居住者を対象とした集団インタビュー調査およびテキストマイニングの手法が用いられ、土地固有の農村景観が地域アイデンティティとして認識されることが明らかにされている。 第3章「地域アイデンティティとして認識される農村景観と経験の関係性の解明」は、本論文の第2の研究課題に対応している。本章では、第2章で取得した語り合いのデータを対象に、出現した景観と経験の関係がテキストマイニングの手法で分析され、土地固有の農村景観との生業と遊びの経験を通じた関わりが、地域アイデンティティの認識に不可欠であることが明らかにされている。 第4章「地域アイデンティティとしての農村景観の認識に影響を与える個人属性の解明」は、本論文の第3の研究課題に対応している。本章では、写真を用いた景観評価調査にもとづき、地域アイデンティティとしての農地景観の評価と年齢・職業・居住歴・生育環境といった個人属性との関連が議論されている。考察では、特に居住歴が着目されており、生まれ育った地域からの他出が契機となり、地域アイデンティティとしての農村景観の認識が高まることが指摘されている。 第5章「結論」では、前章までの議論が結論としてまとめられている。加えて、哲学や地理学、環境倫理学、風土論といった人文社会科学分野の知見が参照されながら、本研究の意義や今後の景観施策への展望について考察が行われている。具体には、地域アイデンティティの形成に向けては、土地固有の農村景観との生業・遊びを通じた関わりを一体的に保全していくことの重要性が論じられている。 論文審査においては、景観という用語の意味や国内外の景観論の系譜における本研究の位置づけを明確にすること、景観認識の普遍性・地域性の観点から研究の構成を再検討すること、対象地域の自然・社会特性および人文社会科学分野の知見を踏まえ第2章・第3章の考察を補強すること、等の指摘がなされた。とくに、研究の構成については、個人属性に着目して議論を展開している第4章の位置付けを景観認識の普遍性・地域性と関連付けて再検討することが必要との指摘がなされた。加えて、論文の内容を理解するために必要な基礎情報がやや不足しているとされ、とくに、対象地域の地図・現地写真および分析のデータ・手続きについて情報を加える必要があるとの指摘がなされた。 しかし、これまでの普遍性を重視する景観研究では、景観と居住者の関わりが視覚に限定して捉えられ、景観認識の地域性が主題とされてこなかったのに対し、地域アイデンティティの観点から、生業や遊びといった景観と居住者の多様な関わりを重視し、特定の地域でのみ共有される景観認識が論じられていることは高く評価され、学位に十分に値する成果との結論に至った。 なお、本論文の第2章から第4章にかけては、横張 真、落合基継との共同研究の成果を含むものであるが、いずれの章の議論も、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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