No | 128430 | |
著者(漢字) | 内宮,万里央 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウチミヤ,マリオウ | |
標題(和) | 海洋における原核微生物群集の時空間変動およびそれに関わる環境要因に関する研究 | |
標題(洋) | Spatiotemporal variations in prokaryote community and their regulation by environmental factors in the ocean | |
報告番号 | 128430 | |
報告番号 | 甲28430 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第789号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 自然環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <第1章 序論> 1980年代における微生物ループの概念提唱が端緒となり、海洋環境における従属栄養性原核微生物(細菌・古細菌)に関する情報の集積が精力的に展開されてきた。この結果、基礎生産者由来の有機炭素のうち、約半分が海洋表層において原核微生物によって無機化されること、また表層から中深層(表層以深、海底以浅の水柱)へ輸送された有機炭素のうち大部分が原核微生物によって無機化されることが明らかとなり、海洋炭素循環の駆動における原核微生物群集の重要性が強く認識されてきた。またこの認識は同時に、原核微生物群集の「時空間的変動性」や「その制御に関わる環境要因」に関する知見の集積を新たな課題として提起した。しかしながら、その後集積された原核微生物群集の時空間変動性とその制御に関する知見は、主に低~中緯度海域の表層を中心とした極めて限定的なものであり、その他の海洋空間(極域および海洋中深層)において適応可能であるかは不明であった。特に、気候変動の影響を最も受けやすい海域の一つである北極海や、原核微生物群集によって多量の有機炭素の無機化が行われる中深層といった重要な海洋空間における情報が不足していた。これらの情報の不足は、気候変動が海洋生態系および炭素循環へ及ぼす影響予測の上でも大きな障壁となっていた。 本研究では、北極海および海洋中深層における原核微生物群集の時空間変動性およびその制御に関わる環境要因を明らかにすることを目指し、観測的・実験的研究に取り組んだ。具体的には、以下に設定した課題に対して結論を得ることを目的とした。(1)海洋表層における原核微生物生産速度は淡水流入の影響を受けるか、(2)中深層における原核微生物群集は、水塊移入の影響を受けるか、(3)中深層における原核微生物群集は時間変動をするか、また有機物供給や水温上昇に応答するか。本論文では、第2-4章において各課題の検討を行い、第5章において総論を行った。 <第2章 北極海表層における原核微生物群集の空間変動> 北極海表層は、近年の気候変動の影響により急激に淡水化が進行している海洋空間である。海洋表層における原核微生物生産速度は一般に、基礎生産者由来の有機炭素供給(基礎生産速度またはクロロフィルaが代替変数として使用される)および水温によってその変動が説明されると考えられて来た。しかしながら北極海における既往研究によると、原核微生物生産速度の変動のうち基礎生産者由来の有機炭素供給および水温で説明可能な割合は40%程度であり、その他の環境要因の寄与が大きい可能性が指摘されてきた。一方、北極海における淡水流入の主要な構成要素である融氷水・河川水は有機炭素に富み、その流入は北極海における有機炭素の主要供給経路の一つであると考えられてきた。しかしながら現在までに、北極海表層において淡水流入を考慮した原核微生物群集の変動解析例は存在しなかった。この観測事実の欠損は、淡水化の進行に伴う微生物生態系への影響予測における大きな障壁となっていた。そこで本研究では、北極海表層における原核微生物生産速度に対する淡水流入の影響を明らかにすることを目的とし、研究を実施した。観測は西部北極海カナダ海盆海域に設置した8観測点において実施し、環境変数および原核微生物変数に関わる試料を鉛直的に採取した。淡水流入の指標として塩分を用い、原核微生物生産速度とクロロフィルa、水温、および塩分との関係性を明らかにした。その結果、クロロフィルaおよび水温が高い空間、および淡水流入が顕著な空間において原核微生物生産速度が高い傾向が見られた。変数選択重回帰分析の結果、以下の式が得られた:log10[原核微生物生産速度] = 1.77 + 0.11・[水温] -0.07・[塩分] + 0.67・log10 [クロロフィルa] (n = 63, p < 0.01, r2 = 0.74)。原核微生物生産速度の変動はクロロフィルa、水温、および塩分によってその74%が説明されることが明らかになった。変動に対する塩分の寄与(=変動係数、14%)はクロロフィルa (54%)に次いで高く、水温(3%)よりも高かった。また、変動に対する塩分の潜在的影響(=標準回帰係数の絶対値、0.39)についてもクロロフィルa (0.53)に次ぎ高く、水温(0.27)よりも高いことが明らかになった。以上の結果により、北極海表層における原核微生物生産速度の変動要因として、基礎生産者由来の有機炭素供給および水温に加え、淡水起源の有機炭素が重要である可能性が初めて明らかとなった。 <第3章 北極海中深層における原核微生物群集の空間変動> 海洋中深層における原核微生物生産速度の鉛直分布は一般に、粒状態有機炭素の沈降による鉛直一次元的な供給を反映して、水深に対して両対数で直線的に減衰することが知られている(鉛直モデル)。北極海では、表層における基礎生産が著しく低い一方で、周辺海域由来の有機物に富む太平洋起源水が中層の上部(100-300 m)へ流入するという特徴が知られ、その情報が原核微生物生産速度へ反映されることが期待された。しかしながら現在まで、北極海中深層における原核微生物生産速度の空間分布に関する情報は極めて限定的であった。この観測事実の欠損は、環境変動が中深層の原核微生物群集へ及ぼす影響予測の上で大きな障壁となっていた。本研究では、北極海中深層における原核微生物生産速度の空間変動を明らかにすることを目的とし、研究を実施した。西部北極海カナダ海盆に設置した6観測点において原核微生物変数に関わる試料を採取した。その結果、水深300-3,000 mにおいて原核微生物生産速度の鉛直分布が-1.33(±0.05)の傾きを持つ鉛直モデルで表現され、表層基礎生産に起因する粒状態有機炭素の沈降による供給を反映している可能性が初めて明らかになった。一方で、中層上部(100-300 m)においては顕著に鉛直モデルから外れ、鉛直一次元的な粒状態有機炭素供給以外の寄与が示唆された。この空間は、太平洋起源水の流入する水深帯に一致しており、周辺海域由来の有機炭素が水塊移入を介して北極海中層上部の原核微生物生産速度へ影響している可能性が初めて示された。 <第4章 海洋中深層における原核微生物群集の時間変動およびその変動要因としての有機炭素供給・水温の役割> 海洋中深層における環境要因は表層に比較して季節変動性が小さく、これを反映して原核微生物の季節変動も小さいと考えられてきた。しかしながら一方、表層基礎生産や中層における水塊の生成・移入の季節変動性に応答して、中深層の原核微生物が季節的に変動する可能性が指摘されていた。また、海洋中層における原核微生物群集は一般に、乏しい有機物供給および低水温によってその成長が極めて強く制限されていると考えられてきた。しかしながら現在まで、有機物および水温による制限の実験的検証は表層海域で主に実施されおり、中深層における研究例は存在しなかった。上記の観測事実・実験事実の欠損は、環境変動の影響がどの様に海洋中層における原核微生物群集へ波及するか予測する上で大きな障壁となっていた。本研究では、(1)海洋中深層における原核微生物群集の季節変動性を明らかにすること、および(2)原核微生物群集に対する有機物供給・水温上昇の影響を評価することを目的として亜寒帯および亜熱帯海域に設置した時系列観測点において研究を実施した。その結果、原核微生物生産速度の鉛直分布は、亜寒帯海域に特徴的である中冷水の存在が認められる中層上部(100-150 m)において大きく季節変動する傾向が見られた(最大91%)。一方で亜熱帯海域においても、この海域に特徴的である亜熱帯モード水の移入が認められる水深帯(100-500 m)において極めて顕著な季節変動性を検出した(最大130%)。これらの結果は、中層における原核微生物が水塊の生成・移入に伴う有機物供給を反映して季節変動している可能性を示唆していた。培養実験の結果、原核微生物生産速度は有機物添加および水温上昇によって有意に増進され、中層における原核微生物群集が有機物および水温に影響されることが初めて実験的に明らかとなった。 <第5章 総論> 本研究では、新規の観測事実・実験事実の提供を通じて、序論で掲げた各課題に対して各章で回答を得た。その結果、従来から認識されてきた基礎生産者由来の直接的な有機炭素供給に加え、海洋表層では淡水流入を介した、中層においては水塊移入を介した有機炭素供給が原核微生物群集の変動要因として重要である可能性が初めて示唆された。また、海洋中深層における原核微生物群集が、表層に匹敵する季節変動性や有機炭素供給・水温上昇に対する応答を示すことが初めて明らかとなった。今後取り組むべき具体的な課題として、淡水や水塊移入に伴って供給される有機炭素の相対的寄与やその微生物利用性の検討が挙げられる。 本研究で得られた成果は、海洋環境変動の影響が従来認識されていたよりも「複合的」にまた極めて「動的」に原核微生物生態系へ影響する可能性を示唆している。さらに、この影響は有機炭素の無機化量やそのパターンの変化を介して、気候変動へフィードバックする可能性がある点においても重要である。今後さらに顕在化する気候変動が、原核微生物群集および炭素循環へ及ぼす影響を追跡評価することが重要である。 | |
審査要旨 | 本論文は5章から構成されている。第1章では、本研究に関連する一般的な背景として、海洋の炭素循環における原核微生物群集の役割に関する既往の知見を整理し、本研究の意義と目的を記述している。特に海洋全体では極域と海洋中深層における知見が不足している現状と、両者の環境が気候変動に伴い変化を受けることにより、海洋の炭素循環や生態系にどのような影響をもたらすのかを明らかにする必要性が強調されている。そして、本研究の具体的な目的については、以下3つの問題設定に対し回答を得るという形式をとっている。(1) 北極海表層における原核微生物生産速度は淡水流入の影響を受けているか。(2) 北極海中深層における原核微生物生産速度は、北極海および周辺海域からの有機物供給の影響を受けているか。 (3) 海洋中深層における原核微生物群集は季節変動をしているか。また有機物供給や水温上昇に応答しているか。 第2章では、問題設定(1)に基づき、北極海表層における原核微生物群集の空間変動に関する研究成果が記載されている。北極海表層は、近年の急速な気候変動に伴い淡水化の進行が指摘さている。流入淡水の主要な構成要素である融氷水・河川水は有機物に富むため、原核微生物群集に影響をもたらすことが予想されるが、これまでその寄与は明らかになっていなかった。本研究では、西部北極海カナダ海盆海域に設置した8観測点において、原核微生物群集の生産速度を測定し、各種環境パラメーターと重相関解析した。その結果、生産速度の変動に対する寄与は、有機物生産の指標となるクロロフィルaによるものが54%で最も高かったが、淡水影響の指標である塩分の寄与も、約14%で無視でき出来ないことを明らかになった。 第3章では、問題設定(2)に基づき、北極海中深層における原核微生物群集の空間変動に関する成果がまとめられている。近年の研究により、海洋中深層における原核微生物群集の生産速度は、有光層において生産された粒状有機物の鉛直輸送に大きく依存することが明らかになってきたが、北極海においても同様なメカニズムが存在しているかは不明であった。本研究では、中西部北極海カナダ海盆海域に設置した6観測点において、中深層における原核微生物群集の生産速度の鉛直分布を詳細に測定し、深度方向の減衰パターンから、有機物鉛直輸送との関連を解析した。その結果、水深300-3,000 mにおいて、原核微生物生産速度は深度に対し指数関数的に減少し、有機物の鉛直供給を反映していることが明らかとなった。一方、中層上部(100-300 m)においては鉛直一次元モデルから顕著に外れ、粒状有機物の鉛直輸送以外の寄与が示唆された。この層は有機物に富む太平洋起源水が流入する水深帯に一致しており、移流に伴う水平方向の有機物の輸送が原核微生物生産速度へ影響している可能性が初めて示された。 第4章では、問題設定(3)に基づき、海洋中深層における原核微生物群集の時空間変動およびその変動要因としての有機炭素供給・水温の役割に関する成果が記載されている。近年、海洋中深層において原核微生物群集が空間的にダイナミックに変動している可能性が示されつつあるが、いずれもスナップショット的な観測によって得られている知見によるもので、季節変動に関する報告は皆無であった。本研究では、西部北太平洋の亜寒帯と亜熱帯の定点において実施された時系列観測に参加し、中深層における原核微生物群集の生産速度の季節変動を初めて明らかにした。特に、年間を通じて基礎生産力の低い亜熱帯の定点において、中層(100-500 m)に大きな季節変動が確認されたのは大きな発見であった。この層は、亜熱帯モード水が形成、移流する層と一致しており、亜熱帯モード水による溶存態有機物の輸送が原核微生物群集の生産に大きな影響をもたらしている可能性が示された。また、船上において、中層の原核微生物群集生産に対する制御要因を調べるために、有機物添加、水温上昇による応答実験を行った結果、有機物供給と水温上昇は相乗効果として働くことが明らかとなった。 第5章では第1章で設定した(1)-(3)の設問に回答する形で、第2-4章の成果をまとめ、各成果の相互の関係を整理、まとめている。そして、将来的に気候変動が海洋環境の変化をもたらすと、海洋の原核微生物群集がそれにどのように応答し、それが海洋の炭素循環にどう影響し、最終的に気候変動にどうフィードバックするかについて議論を深めている。 なお、本論文第2章は、東京大学の永田、福田、海洋研究開発機構の菊地、西野氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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