学位論文要旨



No 128433
著者(漢字) 長澤,寛規
著者(英字)
著者(カナ) ナガサワ,ヒロキ
標題(和) バイポーラ膜電気透析法の環境技術への応用 : 設計手法の確立とその実証
標題(洋)
報告番号 128433
報告番号 甲28433
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第792号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 大友,順一郎
 東京大学 教授 徳永,朋祥
 東京大学 教授 戸野倉,賢一
 東京大学 特任教授 柳沢,幸雄
 成蹊大学 教授 山崎,章弘
内容要旨 要旨を表示する

1. 静脈系物質フローにおける分離技術

消費活動に伴って発生する排出物を収集し,有価物のリサイクルや有害物の適正処理を行う静脈系と呼ばれる一連の処理フローにおいて,分離技術は不可欠な要素技術である.排出物を扱うという制約から,静脈系の分離技術は,低コストかつ分離操作に伴う追加的な物質及びエネルギーの投入や二次廃棄物の発生を可能な限り抑制することが強く求められる.

2. バイポーラ膜電気透析法:現状と課題

電気透析法によるイオンの分離とバイポーラ膜と呼ばれる複合膜による水の解離反応を組み合わせたバイポーラ膜電気透析法 (Bipolar Membrane Electro-Dialysis, BMED) は,中和塩から酸及びアルカリを製造する溶液系の膜分離技術として知られている[1].

BMED法は電気的なイオンの移動を利用するため,追加的な物質の投入を行うことなく中和塩等の混合物からそれを構成するイオンを別個に分離可能であり,二次廃棄物の発生を抑制可能という特徴がある.

また,溶液中に潜在的に存在する酸及びアルカリを利用して溶液のpHを制御可能なことから,溶液系の分離技術の多くで問題となるpH調整に伴う酸及びアルカリの消費を低減することが可能である.

このように,バイポーラ膜電気透析法は静脈系の分離技術として有望な技術であるといえるが, BMED法の利用は単純な酸及びアルカリの回収に限られている.

本研究では,BMED法を静脈系の分離技術として幅広く展開することを目指し,より複雑な組成を持つ混合物に対してBMED法を適用するための設計手法を構築することを目的とした.また,構築した設計手法を実際のプロセス設計に適用し手法の妥当性を実験的に検証するとともに,BMED法の静脈系の分離技術としての有効性を明らかにすることを目的とした.

3. BMEDプロセスの設計手法の確立

3.1. 設計手法の概要

本研究で確立した設計手法は,プロセスの類型化を行い各類型に応じて適用可能な分離パターンを構成する工程と,物質移動論に基づいて構築したBMEDモデルにより分離性能の評価及びプロセスの詳細設計を行う工程から成る(Fig. 1).

3.2. 類型化による分離パターンの構成

本研究では,従来の経験に依存した分離パターンの構成過程を整理し,与えられた処理対象の性状やBMED法による分離操作の目的に応じて,Fig. 2に示す基本となる7通りの分離パターンから,候補となる分離パターンを系統的に絞り込む設計指針を構築した.

本研究ではBMEDプロセスは処理の目的によって除去型と回収型に,溶解平衡反応の有無によって液相型と相変化型に,分離対象のイオンと競合するイオンの符号によって異符号分離型と同符号分離型に類型化した.

【除去型】対象成分を取り除くことが目的で,被処理液の終状態に制約がある.

【回収型】対象成分の単離が目的で,対象物質の濃度や純度に制約がある.

【液相型】対象成分の分離はイオン交換膜を介した移動のみにより行われる.

【相変化型】対象成分が相変化によって液相から脱離する反応を分離に利用可能.

【異符号分離型】分離対象と競合成分が異符号であり,電気泳動の方向の違いにより相互分離を行う.

【同符号分離型】対象成分と競合成分が同符号であり,電気泳動の速度差やマスキングにより相互分離を行う.

処理対象の性状や分離操作の目的によりプロセスを類型化することにより,Fig. 2のチャートから適用可能な分離パターンを絞り込むことが可能である.

3.3. BMEDモデルによる分離性能評価

本研究では,はじめに準静的モデルを用いて上記の工程で候補として絞り込まれた分離パターンの分離可能性の判定を行う.準静的モデルはBMEDプロセスにおけるイオンの移動が濃度勾配の影響を受けず,物質の移動量が電気透析槽を通過した電気量のみで決まる理想的状況を仮定した物質移動モデルである.

さらに,準静的モデルで分離可能と判定された分離パターンに対して動的モデルを用いた分離性能の評価を行い,プロセスに実際に適用する分離パターンの選定を行う.具体的な評価指標としては,処理容量や所要エネルギーを計算することが可能で,それらを比較することにより,最適な分離パターンの選定を行う.

【処理容量】[m3/m2/s]

単位膜面積,単位時間当たりに処理可能な被処理液の体積を表す.

【所要電力量】[kWh/m3]

単位体積の被処理液を処理する際に要した電力量を表す.

本研究で構築したBMEDモデルは,物質移動現象の基礎式としてNernst-Planckの式を用い,水溶液中での拡散係数等の基礎的な物性値のみを用いて,BMEDプロセスにおける物質移動を再現するボトムアップ型のモデルである.従って,処理対象となる混合物の組成と基礎的な物性値さえ得られれば,BMEDプロセスを適用した場合の結果を容易に予測可能であり,本研究で構築したBMEDモデルはBMED法を静脈系の分離技術として幅広く展開する際の簡易設計手法としても有用なモデルである.

3.5. プロセスの最適化及び詳細設計

動的モデルを用いて,処理対象の性状や操作条件を変化させて数値計算を行うことにより,プロセスの最適化を行う.また,電気透析実験を並行して実施し,実験結果をモデルのパラメータにフィードバックすることにより,より詳細なプロセスの評価及び設計を行うことが可能である.

4. 実証実験

4.1. 排ガスからの二酸化炭素回収

二酸化炭素回収貯留は地球温暖化対策技術のひとつと考えられているが,二酸化炭素の分離回収に多量の熱エネルギーを要するため高コストであることが実用化の障害となっている.

ここでは,二酸化炭素の水溶液への溶解度がpHにより大きく変化することに着目し,BMED法によるpHスイングによって二酸化炭素分離回収を行うことを検討した.

適用可能な分離パターンとして,3室型の(2),2室-陽イオン移動型の(5)及び2室-陰イオン移動型の(6)の3つ分離パターンが考えられるため,準静的モデル及び動的モデルによる分離パターンの選定を行うとともに,電気透析実験により本研究で構築した設計手法による分離パターンの選定結果の妥当性を検証した.

Fig. 4にモデル計算及び電気透析実験で得られた二酸化炭素回収所要電力量の比較結果を示す.モデル計算及び実験結果とも所要電力量は2室-陽イオン移動型の(6)が最も小さく,3室型の(2),2室-陰イオン移動型の(6)順に増加した.この結果から,本研究で構築した設計手法による選定結果の妥当性が確認された.

さらに,2室-陽イオン移動型の(5)の分離パターンについて電流密度を変化させて二酸化炭素回収実験を行い,二酸化炭素回収所要電力量を最小で0.66 kWh/kg- CO2まで低減可能であることを確認した.

4.2. 工業排水からのホウ素化合物の除去

近年,ホウ素化合物の排水規制が強化されているが,効果的なホウ素除去技術は依然として確立されていない.ここでは,ホウ素の排水中での主な存在形態であるホウ酸の除去技術としてBMED法を適用することを検討した.

ホウ素除去に適用可能なセル構成としては3室型の(2)及び2室陰イオン移動型の(6)が考えられる.準静的モデル及び動的モデルによる評価を行い,Fig. 5に示すように排水基準(10 mg-B/L)を満たす濃度までホウ素の除去を行うためには,2室-陰イオン移動型の(6)の分離パターンが好適であるという結果を得た.

2室-陰イオン移動型の(6)分離パターンを用いてホウ素除去実験を行った結果,実際にホウ素除去が可能であることが確認された.また,排水のpHや共存成分の濃度を変化させて実験を行った場合にも排水基準を満たす濃度までホウ素を除去することが可能であり,BMED法がホウ素含有廃水処理技術として有効であることが示された.

5. 結論

本研究では,BMED法を静脈系の分離技術として展開するためのプロセス設計手法の構築を行った.本手法を用いれば処理対象の性状や操作の目的に応じた分離パターンを系統的に与えることが可能である.また,BMEDモデルを用いることにより,様々な分離パターンや操作条件を幅広く網羅してプロセスの分離性能の評価及び設計を行うことが可能となる.

実際に確立した設計手法を,具体的な問題に適用して,本手法を用いたプロセス設計の妥当性を確認するとともに,BMED法の静脈系の分離技術としての有効性を明らかにした.

[1] K. Mani, Journal of Membrane Science, 58, 117-138 (1991).

Fig. 1. BMEDプロセスの設計手法の概要

Fig. 2. 代表的なBMED法のセル構成

Fig. 3. BMEDプロセスの類型化.

Fig. 4. 二酸化炭素回収所要電力量.

Fig. 5. 動的モデルによるホウ素除去プロセスの計算結果.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,バイポーラ膜電気透析法の環境技術としての確立をめざし,プロセス設計手法を構築するとともに,事例研究によりバイポーラ膜電気透析法の環境技術としての有効性を実証することを目的としたものである.プロセスのモデル化を行い,モデルによる分離性能の定量的な評価に基づくプロセス設計手法を確立するとともに,実証実験を通じてモデルを用いたプロセス設計の妥当性及びバイポーラ膜電気透析法の環境技術としての実効性について検討している.

本論文は5章からなる.第1章では静脈系マテリアルフローにおける分離操作の位置づけ,廃棄物や排出物の処理を行う静脈系の分離技術に求められる特徴について整理し,静脈系への適用に特化した分離技術の必要性について述べるとともに,静脈系分離技術として有望な手法としてバイポーラ膜電気透析法について言及している.

第2章ではバイポーラ膜電気透析法の技術的な特徴が整理され,静脈系分離技術として適用した際に期待される効果について述べられている.また,バイポーラ膜電気透析法の普及を推し進めるにあたっては,バイポーラ膜電気透析プロセスの分離性能を定量的に把握し,プロセスの設計を行う設計手法の体系化が必要であると述べており,そのような設計手法を確立するとともに実証実験を通じてバイポーラ膜電気透析法の静脈系分離技術としての有効性を明らかにするという本研究の目的と意義について述べている.

第3章では本研究で確立したバイポーラ膜電気透析プロセスの設計手法について述べている.設計手法は,バイポーラ膜電気透析プロセスを類型化し,それらの類型に応じた分離パターンを与える工程と,物質移動論に基づいて構築したバイポーラ膜電気透析モデルを用いて各分離パターンの分離性能を定量的に評価し,プロセスの具体的な設計を行う工程により構成されるものである.

本章で構築したバイポーラ膜電気透析モデルは,バイポーラ膜電気透析プロセスを構成する各要素の内部で起こる物質移動過程を表す基礎式を組み合わせることにより構築されたボトムアップ型のモデルであり,バイポーラ膜電気透析プロセスにおいてこのようなボトムアップ型のモデルを構築することはこれまでにない試みである.本モデルでは,プロセス内を移動する成分の水溶液中での拡散係数とイオン交換膜の特性を表す最も基本的なパラメータである膜の含水率及び固定電荷密度のみを用いてバイポーラ膜電気透析プロセスの物質移動を表すことができ,プロセス設計を行う際の分離性能の簡易評価手法として利用することが可能であることが述べられている.

第4章では実証実験により前章で確立した設計手法の妥当性の確認を行うとともにバイポーラ膜電気透析法の静脈系分離技術としての有効性を検証した結果について述べている.実証実験の具体的な対象は (1) 排ガスからの二酸化炭素分離回収,(2) ホウ素含有排水からのホウ素除去,(3) エッチング廃液からの銅回収,(4) 使用済みリチウムイオン二次電池からのリチウム及びコバルトの相互分離・回収である.

排ガスからの二酸化炭素分離回収では,二酸化炭素分離回収実験の結果と前章で構築したモデルによる数値計算結果の比較を行い,モデルの妥当性を確認し,前章で確立した設計手法によりバイポーラ膜電気透析プロセスの設計が可能であることを示している.また,実験結果から二酸化炭素分離回収に要するエネルギー及びコストを見積もった結果,既存技術である化学吸収法に比べて分離回収コストを低減できる可能性が示されている.

ホウ素含有排水からのホウ素除去では,初期条件や操作条件の影響を変化させて数値計算を行い,パラメータの影響を検証し,実験結果との比較がプロセス内の印加電圧が高い条件以外ではおおむね一致することを確認している.また,バイポーラ膜電気透析法は排水基準を達成するのに十分なホウ素除去性能を有しており,排水処理コストや二次廃棄物発生量の点で既存技術であるキレート樹脂法に比べて優位であることが示されている.

エッチング廃液からの銅回収では,高濃度の塩化銅水溶液から塩化物イオンを含まない状態で銅を回収することを試みている.銅が塩化物イオンと安定な錯体を作ることから高濃度の溶液では銅回収を行うことは困難であったが,錯体が解離する低濃度の溶液では銅回収が可能であったことから,錯体形成反応を利用することで,バイポーラ膜電気透析プロセスの分離性能を変化させることが可能であることが示されている.

使用済みリチウムイオン二次電池からのリチウム及びコバルトの相互分離では,リチウム及びコバルトを含む酸溶液からこれらの金属イオンを相互に分離回収する方法として錯体反応を利用した分離操作を提案し,コバルトと選択的に錯体を形成するEDTAを用いてコバルトを陰イオンの錯体とすることにより,リチウムとコバルトを相互に分離することに成功している.

第5章は本研究の結論である.

総じて、本論文の研究内容は、モデル化と実証実験の両者の検討を通じて,バイポーラ膜電気透析法が廃棄物や排出物の処理を行う静脈系の分離技術として有効な技術であることを明らかにしており、バイポーラ膜電気透析法の環境技術への応用展開に大きく貢献する内容であるとともに、博士論文としての質・量を十分に備えているものと評価する。

なお,本論文第4章は柳沢幸雄,山崎章弘,飯塚淳との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検討を行ったもので,論文提出者の寄与が充分であると判断する.

したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める.

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