学位論文要旨



No 128434
著者(漢字) 小笠原,理紀
著者(英字)
著者(カナ) オガサワラ,リキ
標題(和) 断続的/継続的レジスタンストレーニングが筋サイズと筋機能に及ぼす影響
標題(洋) Effects of periodic and continued resistance training on muscle size and function
報告番号 128434
報告番号 甲28434
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第793号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 教授 神保,泰彦
 東京大学 特任教授 杉浦,清了
 東京大学 特任准教授 福崎,千穂
 東京大学 准教授 久保,啓太郎
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

骨格筋量を増加させるために、アメリカスポーツ医学会などの健康やスポーツにかかわる団体では週2・3回の頻度でのレジスタンストレーニングの実施を推奨している。また、トレーニング効果を維持するためには少なくとも週1回程度の頻度でトレーニングを実施しなくてはならないことが知られている。したがって、トレーニング効果を維持もしくは増加させるためには週1回程度以上のトレーニングを"継続"して実施しなければならない。それ以下の頻度でのトレーニング、究極的にはトレーニングの中止(脱トレーニング)は時間とともに脱適応を進行させてしまう。しかし、レジスタンストレーニングによる筋肥大の程度はトレーニング開始から6~8週間程度までの初期応答が大きく、その後はトレーニングの継続とともに徐々に低下してくることが知られている。一方、脱トレーニングは確かに時間依存的に脱適応を引き起こすが、比較的長期間の脱トレーニング後にトレーニングを再開(再トレーニング)した場合には初期応答に匹敵する筋肥大が観察されたことも報告されている。この結果は、脱トレーニングの後にはレジスタンストレーニングによる骨格筋の応答性がトレーニング開始初期のレベルまで回復することを示唆する。もし骨格筋サイズへの影響の少ない短期間の脱トレーニング後の再トレーニング時に長期間の脱トレーニング後と同様な変化が観察されるのであれば、脱トレーニングは単にトレーニング効果を逆戻りさせるネガティブな側面を持ったマイナス要因であるのではなく、むしろトレーニングの継続による骨格筋適応の停滞を避け、効果的に骨格筋量を増加させていくための一つの有効な手段となることが期待される。そこで本研究では、短期間の脱トレーニングが筋サイズ・筋機能に及ぼす影響とその後の再トレーニング時の骨格筋の応答性に及ぼす影響について明らかにすることを目的として、ヒトを対象とした実験を行った。さらに、動物実験から再トレーニング時の骨格筋適応の分子的メカニズムについて検討を行った。

【研究1】断続的/継続的レジスタンストレーニングによる筋サイズ・筋機能の経時変化

これまで、比較的長期間の脱トレーニング後の再トレーニング時に初期応答に匹敵する筋サイズの増加が観察されたことが報告されている。しかし、脱トレーニングの期間が長期間だったこともあり、筋サイズは相当に低下していたため、再トレーニング時の筋肥大と脱トレーニングの期間がどのように関係するかは不明であった。また、短期間の脱トレーニングと再トレーニングを繰り返した"断続的な"トレーニングの効果は不明であった。

そこで、レジスタンストレーニング習慣のない若年男性に対して最も筋肥大反応が大きいことが予想される6週間のレジスタンストレーニングの後に短期間(3週間)の脱トレーニングと6週間の再トレーニングをそれぞれ2回繰り返す計24週間のトレーニングプログラムを実施した。また、別のレジスタンストレーニング習慣のない若年男性に対して24週間継続して漸進的レジスタンストレーニング("継続的"トレーニング)を実施した。両群ともトレーニング内容は同一であり、最大筋力の75%負荷強度でのベンチプレス運動を1セットあたり10回、2~3分間の休憩を挟んで3セット行った。その結果、レジスタンストレーニングを継続した場合には筋サイズは徐々に増加したものの、筋肥大率はレジスタンストレーニング開始初期に大きく、その後は徐々に小さくなった。一方、断続的トレーニング群では短期間の脱トレーニング時に有意ではないが筋サイズがわずかに低下したものの、再トレーニング時には繰り返し初期応答に匹敵する筋肥大が観察された。最終的に、断続的なトレーニングは実質的なトレーニング従事期間が短かったにもかかわらず、継続的トレーニング群と同等な筋サイズの増加が認められた(図1、2)。また、筋力(1-RMとMVC)や力の立ち上がり速度などの最終的な向上率も両トレーニングプログラム間で同等であり、断続的レジスタンストレーニングの効果は骨格筋の機能面での改善も伴ったものであった。

【研究2】レジスタンストレーニングの継続および脱トレーニングが骨格筋サイズの調節に関与する細胞内シグナル伝達系に及ぼす影響

研究1において、レジスタンストレーニングの継続に伴い筋肥大反応が停滞したのに対し、脱トレーニング後の再トレーニング時には再び初期応答に匹敵する筋肥大反応が観察された。しかし、その分子レベルでのメカニズムは不明であった。

そこで、動物レジスタンストレーニングモデル(被験動物はSDラット)を用いて、レジスタンストレーニングの継続および脱トレーニングによって、骨格筋サイズの調節に関与する細胞内シグナル伝達物質の一過性レジスタンス運動に対する応答の変化について検討した。その結果、筋タンパク質の合成に関与し、筋肥大に貢献すると考えられるribosomal protein S6(rpS6)の一過性レジスタンス運動に対するリン酸化反応が、初回運動時には運動終了から24時間後に増加が観察されていたが、12回もしくは18回1日おきにトレーニングを継続すると増加が観察されなくなった。一方、12回のトレーニングの後に12日間の脱トレーニングを行った場合、運動を行うと(再トレーニング時に対応)、再びrpS6のリン酸化の増加が観察された。mTORシグナル経路の下流にあるp70S6Kと4E-BP1の一過性反応においては、トレーニングの継続や脱トレーニングに伴う明らかな変化は観察されなかったが、rpS6と同様な傾向がERKシグナル経路の下流にあるp90RSKのリン酸化反応においても観察された。

【まとめ】

本研究により、(1)レジスタンストレーニングの継続によって筋肥大反応が停滞してくる一方で、筋サイズへの影響が少ない短期間の脱トレーニング後の再トレーニング時には初期応答に匹敵する大きな筋肥大が再び起こること、(2)そのような変化の一要因として、筋サイズの調節に関与する細胞内シグナル伝達物質のレジスタンス運動に対する感受性の変化が関与していること、(3)レジスタンストレーニングを短期間の脱トレーニング期間を挟んで断続的に行い、再トレーニング時のトレーニング効果を繰り返し利用することで、最も一般的に行われている漸進的なレジスタンストレーニングを継続するよりも少ないトレーニング総時間および総容量で同等の筋肥大・筋機能改善が可能であること、が示された。

これらの結果は、脱トレーニングは単にトレーニング効果を逆戻りさせるネガティブな側面を持ったマイナス要因であるというものではなく、トレーニングの継続による骨格筋適応の停滞を避け、効果的に骨格筋量を増加させていくための一つの有効な手段となりうることを示唆する。

図1 筋横断面積の経時変化

トレーニング前からの筋横断面積の変化率は.Z回の脱トレーニング後に継続的トレーニング群に比べ有意に小さかったが(p<0.05)、24週間後の最終的な変化率に有意な差は認められなかつた。

図2 1日あたりの筋肥大率

トレーニングを継続した場合にはトレーニング開始から6週間の筋肥大率が大きく、9週以降の筋肥大率はトレーニング開始から6週間の筋肥大率に比べ有意に小さかった(p<0.05).一方、2回の再トレーニング時にはトレーニング開始から6週の初期応答と同等な筋肥大率が観察された.

図3 p90RSKとrpS6の急性リン酸化反応の経時変化

初回運動時(1B)に観察されp90RSKとrpS6酸化の増加は、トレーニングの継続に伴い観察されなくなった(12Bと18B)。しかし、脱トレーニング後にはリン酸化の増加が再び観察された(DT)。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、効率的なレジスタンストレーニングプログラムの開発を最終的な目的とした基礎的研究の成果をまとめたものである。全8章から構成され、第1章ではレジスタンストレーニング(筋力トレーニング)の一般的意義とそのプログラムや実践における問題点が、第2章および第3章では研究背景および当該研究の目的と具体的課題が的確に述べられている。トレーニングを長期間継続する上で、数週間~数ヶ月にわたる完全休息(ディトレーニング)をとることについては、筋力低下と筋サイズの減少をもたらすというネガティブな面が主に強調されてきた。一方、近年の研究から、トレーニングにより一度肥大した筋にはある種の「記憶」が残り、ディトレーニング後にトレーニングを再開した場合には、著しく早期のうちに筋サイズと筋力の回復が起こること、ディトレーニングにより筋線維タイプが速筋方向に移行し、筋収縮速度が増大することなども明らかになってきている。これらは、長期間のトレーニングプログラムの中に適切な期間のディトレーニングを組み入れることにより、筋肥大と筋力増強効果をさらに高めたり、筋の収縮特性を改善したりすることができる可能性を示すが、そのような視点での研究はこれまで全く行われていない。本論文では、ディトレーニングに実際にそのような効果があるかについて、まずヒトを対象とした実践的研究により明らかにし、さらにその細胞内レベルでのメカニズムについて、ラットのトレーニングモデルを用いた分子生物学的研究によって調べることを目的としている。

第4章では、ヒトを対象とし、6ヶ月にわたり同じ相対負荷強度・量・頻度(3回/週)のトレーニングを継続した場合(継続群)と、6週間トレーニング・3週間完全休息というプログラムで行った場合(間欠群)の、筋横断面積(MRI測定)、最大筋力、収縮速度などの変化を経時的に比較した研究の結果を述べている。完全休息により筋横断面積、筋力は一時的に減少したものの、トレーニングを再開した後の回復速度が速く、6ヶ月後には最終的に両群で同等の筋横断面積と筋力の増加が認められた。間欠群での効果が、継続群での効果を上回ることはなかったものの、これらの結果は、数週間にわたる完全休息が、トレーニング全体としての効果に悪影響を及ぼさないこと、およびトレーニングの省力化・効率化につながることを示した点で新規性があり、意義の大きなものと考えられる。

第5章では、第4章の研究で示された、完全休息後にトレーニングを再開した場合に筋サイズと筋力が急速に回復するという現象のメカニズムを探るため、ラットのトレーニングモデルを用い、筋内線維内シグナル伝達系の変化を調べた結果が述べられている。ラット足底筋群に対し、1回/2日の頻度で18回(36日)にわたりトレーニング刺激を負荷した場合(継続群)、12回のトレーニング刺激後に、残りの12日間完全休息させた場合(休息群)、および対照群の3群を設定し、筋重量、筋力、タンパク質合成/分解に関わる細胞内シグナル伝達物質のリン酸化を、トレーニング開始直後、12回終了後(24日後)、18回終了後(36日後)の各ポイントで調べた。その結果、継続群では、トレーニング開始直後に比べて、タンパク質合成の活性化に関わるrpS6のリン酸化レベルと、その上流にあるp90RSKのリン酸化レベルが低下していたが、休息群では、36日後にはトレーニング開始直後と同等であった。一方、p70S6K、4E-BPIのリン酸化レベルについては継続群と休息群の間で差がなかった。これらの結果は、トレーニングの継続により、筋肥大に関わるシグナル伝達系の運動刺激に対する感受性が徐々に低下するが、一定期間の完全休息によりトレーニング開始時点と同レベルまで回復すること、そうした変化はmTOR系では起こらず、ERK系で起こることを示している。これらは新規の知見であり、トレーニングプログラムにおける短期間の完全休息の効果と、その分子生物学的メカニズムを示した点で意義が大きいものと評価される。

以上の結果に基づき、第6~8章で結論と今後の展望につき総括している。なお、第4章は安部孝、安田智洋、坂巻美歌子、尾崎隼朗との、第5章は石井直方、中里浩一、越智英輔、小林幸次、蔦木新、李基赫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。本論文の特筆すべき特徴は、運動・トレーニング刺激に対する筋の適応というテーマに対し、ヒトを対象とした実践的研究と、動物モデルを用いた分子生物学的研究の両面からアプローチし、分子からヒト身体へとつながるメカニズムを解明しようとしている点にある。このように技術的基盤の異なる2種の研究を、いずれも論文提出者が中心となって行ったことに対し、審査委員会では一致して高い評価を与えるものである。本審査に先立ち、2011年11月11日に行われた予備審査において、筋サイズと筋力の増加/現象の「速度」の算出と解釈についてより慎重に行うこと、ヒトを対象としたトレーニングプログラムと、ラットを対象としたトレーニングプログラムの関連性について考察を加えること、細胞内シグナル伝達系についてより包括的な考察を加えること、などの指摘がなされたが、本論文ではこれらのいずれについても十分な改善が見られると評価された。

従って、博士( 科学 )の学位を授与できると認める。

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