No | 128435 | |
著者(漢字) | 門田,洋一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カドタ,ヨウイチ | |
標題(和) | 形状記憶圧電アクチュエータに関する研究 | |
標題(洋) | Shape Memory Piezoelectric Actuator | |
報告番号 | 128435 | |
報告番号 | 甲28435 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 博創域第794号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 人間環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに 一般に圧電アクチュエータの変位は電界に対して線形であるため(実際には若干のヒステリシスを持つ),その変位を維持するためにはDC電圧を印加し続ける必要がある.これは消費電力等の点から問題となることがある.そこで本論文では,通常の圧電アクチュエータと同様に電圧印加によって駆動する一方,印加電圧を0Vにしてもその変位を維持させる"形状記憶圧電アクチュエータ"を提案している.形状記憶圧電アクチュエータの原理として"電界インプリントを利用する手法","非対称電圧を利用する手法"の2つを提案し,それぞれの特性評価を行った.後者の原理について,X線回折や原子間力顕微鏡を用い,微視的な原理の解明を行った.また,歪みのメモリ効果の微視的な原理から,Preisach Modelと呼ばれるモデルの改良を行い,現象の理解を深めた.最後に提案した形状記憶圧電アクチュエータの設計指針について簡単に述べた. 2.電界インプリントを用いた形状記憶圧電アクチュエータ 形状記憶圧電アクチュエータの基本原理は,歪みのメモリ効果である.通常,強誘電体の分極特性はヒステリシスを有し(DEヒステリシス),メモリ効果を持ち不揮発性メモリ等に用いられている.一方で強誘電体の電界誘起歪みにはメモリ効果はないとされる.これは分極反転時の歪みのヒステリシス(バタフライ曲線)が電界に対して対称となるためである.しかし,電界インプリントと呼ばれる現象が生じるとこの特性が電界に対して非対称になると考えられる.原理の模式図を図1に示す.電界インプリントは強誘電体に内部電界が生じたように見える現象で,これにより通常D-Eヒステリシスは電界軸方向にシフトする.この時同様にバタフライ曲線も電界軸方向にシフトすると予測され,これにより,バタフライ曲線も電界0の状態で異なる2つの値を持つようになり,歪みにメモリ効果が生じる. 形状記憶圧電アクチュエータはこの2つの歪みの安定点を利用するため,パルス電圧によって駆動することができる.正のパルス,負のパルスを交互に印加し分極反転させることで,印加電圧0Vの状態で異なる変位状態を実現できる. 実際に,市販のソフト系PZTユニモルフアクチュエータを用いて実験を行った.アクチュエータに電界インプリントを生じさせるため,高電圧下で大きな直流電界を印加する処理を行った.その後アクチュエータをパルス電圧で駆動した結果を図2に示す.アクチュエータが印加電圧が0Vの状態で異なる変位を持ち,結果,その差分の変位200μmをメモリできる事が確認された.しかし,製作した形状記憶圧電アクチュエータをパルス電圧で連続駆動したところ,103回程度でメモリ量が最大値の60%程度まで低下することが分かった.これは連続駆動によって生じた電界インプリントが減少することが原因であると考えられる. 3.非対称電圧駆動による形状記憶圧電アクチュエータ 形状記憶圧電アクチュエータの新たな原理として,非対称電圧駆動によるメモリ効果を提案した.本原理では電界インプリントを必要とせず,疲労特性の改善が期待される.非対称電圧駆動による歪みのメモリ効果について図3に示す.通常は対称なバタフライ曲線も,印加電圧を非対称にすることで非対称となり,印加電圧0Vの点で異なる2つの歪みを持つ,すなわち歪みのメモリ効果を持つというものである. 市販のユニモルフアクチュエータを用いて形状記憶圧電アクチュエータの駆動実験を行ったところ,非対称の電圧振幅の駆動により,バタフライ曲線が非対称となり,歪みのメモリ効果が生じることが確認できた.また非対称な電圧振幅を持つパルス電圧によって,形状記憶圧電アクチュエータとしての駆動を確認した.新しい原理を用いて製作した形状記憶圧電アクチュエータの疲労特性について図4に示す.電界インプリントを用いたアクチュエータの場合メモリ量が早期に大きく低下しているのに対して,新しい原理のアクチュエータは106回まで駆動し,その際のメモリ量は最大値の80%程度を維持した.この結果から,非対称電圧駆動による形状記憶圧電アクチュエータは良好な疲労特性を示すことが確認された. 4.ドメインスイッチングによる歪みメモリの微視的研究 非対称電圧駆動に依る歪みのメモリ効果は,ミクロには非180°ドメインのドメインスイッチング(DS)に起因すると考えられる(図5).そこで,X線回折を用いて,非対称電圧駆動時の各ドメインからの回折強度を測定し,その変化をマクロな歪みと比較した.その結果,マクロな歪みとX線回折から計算されたドメインの体積分率の関係には図6に示すような良好の線形関係があり,また定量的にも一致した.これらの結果から,非対称電圧駆動に依る歪みのメモリ効果がミクロには非180°ドメインのDSに起因することが確認された. また,圧電応答顕微鏡を用いて,非対称電圧駆動下のセラミックスのミクロなドメイン状態を観察した.この結果からも非対称電圧駆動によって,非180°ドメインの割合が変化していることが確認された. 5.Preisach Modelによるモデル化 歪みメモリのミクロな原理が非180°ドメインのDSであるとこが明らかになった.そこで非180°ドメインのDSによるミクロな歪みから,実際のマクロな歪みを扱うモデルを考案した.モデル化にはヒステリシスのモデリング手法のひとつであるPreisach Modelを用いた.Preisach Modelは通常,強磁性体のヒステリシスのモデリング等に用いられるもので,対象がヒステロンと呼ばれる微小な構成要素の集合であるとして扱う.ヒステロンは矩形のヒステリシス特性を持った要素で,この閾値の分布がマクロな特性を与える.しかし,通常のPreisach Modelの場合,強誘電体の分極状態が+または-の2状態しか扱えず,このままでは,非180°ドメインは扱えない.そこで新たに強誘電体の非180°ドメインのDSを含んだヒステロンを考案した.図7に通常のヒステロン及び考案した新しいヒステロンを示す.従来のヒステロンでは2値しか扱えなかったが,考案したヒステロンでは+,0,-の3状態を扱えるため,非180°ドメインのDSも扱うことができる.実際に考案したモデルを用いて強誘電体の電界誘起歪みを計算した例を実験値と共に図8に示す.計算値と実験値が良く一致することが分かる.提案した新しいモデルにより,強誘電体の電界誘起歪みのモデル化を行い,これにより非対称電圧下の歪み特性の計算が可能となった. 6.形状記憶圧電アクチュエータの設計指針 最後に得られた知見を元に形状記憶圧電アクチュエータの設計指針について簡単に示した.形状記憶圧電アクチュエータの原理として"電界インプリントを用いたもの","非対称電圧駆動を用いたもの"の2つを提案したが,疲労特性の観点から後者が有望であると考えられる.後者について,ミクロには非180°ドメインのDSが原理であることが示された.そこで,形状記憶圧電アクチュエータ適した材料について考察した.結果について表1にまとめる.圧電材料はその特性からソフト系とハード系に大別されるが,ドメインの動き易さ等の理由から形状記憶圧電アクチュエータに適するのはソフト系である.また,結晶系について,代表的な例として正方晶系と菱面体晶系を比較した.非180°ドメインのDSによるミクロな歪みは正方晶系が大きく有利である.一方でセラミックス全体における非180°ドメインのDSの割合は菱面体晶系が有利である.しかし,正方晶系でDSが急峻に生じるのに対して,菱面体晶系ではDSがブロードに生じる.これらを考慮すると,形状記憶圧電アクチュエータに適した結晶系は正方晶系であると考えられる. 通常市販されている強誘電体,圧電材料は,主に圧電定数が最大化するように設計されたものである.これに対して,形状記憶圧電アクチュエータでは,高い圧電定数はむしろ避けるべきで,重要なのは抗電界付近において非180°ドメインのDSが急峻に生じることである.従って,従来は低い圧電定数のため棄却されてきた材料が形状記憶圧電アクチュエータに適した材料となることも考えられる. 7.まとめ 本論文では,電圧0Vでも変位を維持することができる形状記憶圧電アクチュエータを提案し実証した.提案した新アクチュエータは通常の圧電アクチュエータと同様の材料,構造を用いながら従来とは異なる原理で駆動させる.新アクチュエータの原理はミクロには非180°ドメインのDSに起因する事を示し,それに基づきモデル化を行った.提案したモデルは形状記憶圧電アクチュエータだけでなく,一般的な強誘電体の歪みのモデリングに有用なものと考えられる.また,提案した新アクチュエータについて,その設計指針を示した. 図1. 電界インプリントによる歪みのメモリ効果 図2. パルス電圧駆動 図3. 非対称電圧によるメモリ効果 図4. 連続駆動による疲労特性 図5. ドメインスイッチングによる歪み 図6. マクロな歪みメモリとドメインの体積変化 図7. 従来のヒステロン(左)と考案したヒステロン(右) 図8. 歪みの実験結果及び計算結果 表1. 形状記憶圧電アクチュエータに適した材料特性 | |
審査要旨 | 本論文は強誘電体セラミックスを用いて歪みの維持に印加電圧を必要としない形状記憶圧電アクチュエータの原理を提案するとともに、実際にアクチュエータの製作およびそのモデル化を行ったものである。本論文のオリジナリティは主に以下の3点である。第1点は、電界インプリントによる強誘電体の諸特性の非対称化に注目し、これによる分極反転時の歪み、誘電率のメモリ効果を提案し、実証した点である。第2点は強誘電体の結晶格子の歪みの非対称性に着目し、非対称なドメインスイッチングによる歪みおよび諸特性のメモリ効果を提案し、実証した点である。またドメインスイッチングによる原理についてX線回折や原子間力顕微鏡を用い、微視的な視点からこれを確かめた。第3点はPreisach Modelにドメインの影響を入れたモデルを提案し、これを用いて歪みのバタフライ曲線のモデル化に成功した点である。 本論文は7章からなる。第1章では、まず本論文の概要と構成について述べている。また圧電体・強誘電体の基礎について述べると共に、従来の圧電アクチュエータにおける問題点を整理し、本研究の背景と目的について述べている。本研究の目的は、従来の圧電アクチュエータとは異なる原理を持つ形状記憶圧電アクチュエータを提案し実証することである。 第2章では、電界インプリント現象を利用した形状記憶圧電アクチュエータについて述べている。従来の強誘電体の諸特性において、メモリ効果を持つのは分極のみであり、歪みや誘電率にはメモリ効果はない。しかし本章では強誘電体における電界インプリント現象を利用することで歪みや誘電率にもメモリ効果が生じることを提案している。実際にバルクセラミックスアクチュエータを用いて、 歪みや誘電率のメモリ効果を実証すると共に、これを利用した形状記憶圧電アクチュエータを実現し、その諸特性を明らかにしている。 第3章では、非対称電圧駆動による形状記憶圧電アクチュエータについて述べている。本章では非対称な電圧印加による諸特性のメモリ効果を提案し、実証している。実際にバルクセラミックスアクチュエータを用いて形状記憶圧電アクチュエータを製作し、その諸特性の評価を行なった結果、電界インプリントを用いたアクチュエータに比べて良好な疲労特性を確認した。また非対称な電圧印加によるメモリ効果のミクロな原理は、非180°ドメインのドメインスイッチングであると考えられる。 第4章では、非対称電圧駆動によるメモリ効果について、そのミクロな原理を検証している。メモリ効果のミクロな原理は非180°ドメインのドメインスイッチングに起因すると考えられ、これをX線回折や圧電応答顕微鏡を用いた微視的な観察により確認した。X線回折によるドメインの観察とマクロな歪みを比較すると、メモリ効果として現れる歪みはX線回折から求めたドメインの体積変化による歪みと良く一致し、これに起因することが示された。また圧電応答顕微鏡によるミクロなドメイン構造の観察により、メモリ効果が生じる際のミクロなドメイン構造を明らかにした。 第5章では、ドメインスイッチングによるミクロな歪みからマクロな歪みを記述するモデルの構築を行なっている。モデル化にはヒステリシスのモデリング手法のひとつであるPreisach Modelを用いた。しかし従来のPreisach Modelでは非180°ドメインを扱うことはできない。そこでPreisach Modelに非180°ドメインを導入した新たなモデルを提案し、これを用いて強誘電体の歪みのバタフライ曲線のモデル化を行った。 第6章では、これまでの結果を踏まえ、形状記憶圧電アクチュエータの設計指針について主に材料の観点から述べている。強誘電体材料は主にハード系とソフト系に分類することができるが、形状記憶圧電アクチュエータに適しているのはソフト系と考えられる。また形状記憶圧電アクチュエータに適した結晶系について菱面体晶系と正方晶系を比較すると、正方晶系が形状記憶圧電アクチュエータには適していると考えられる。 第7章では、本研究のまとめと得られた学術的知見、そして今後の課題と展望について述べられている。 本論文は従来の圧電アクチュエータの問題点を克服する"形状記憶圧電アクチュエータ"という新しい概念を提案し、また実際にそれを検証したものである。さらに詳細な原理について明らかにし、それを元にモデル化や材料の設計指針についても記している。 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。 | |
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