学位論文要旨



No 128439
著者(漢字) 横井,直明
著者(英字)
著者(カナ) ヨコイ,ナオアキ
標題(和) 事前計測データに基づくPHS測位の高精度化
標題(洋)
報告番号 128439
報告番号 甲28439
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第798号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 准教授 広田,光一
 東京大学 准教授 小谷,潔
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

本論文では,物流管理において物流の効率化や,紛失の防止などに利用されているPHS位置推定技術に着目し,その高精度化を目的に各種位置推定手法の考案を行った.従来のPHSを用いた位置推定技術では,PHS基地局からの電波の受信強度を利用して移動端末の位置を検出する方式が採られる.つまり,端末周囲の障害物による電波の反射や減衰,環境ノイズ,多重波干渉などの影響を受けた受信強度を位置推定に利用する.そのため,従来法では数百メートルもの大きな誤差が生じる.本論文で提案する手法では,従来法において誤差となる要因を利用することを特徴とする.これにより,従来法の誤差原因を考慮し,加えてその影響を位置推定結果に積極的に反映させることが可能となり,PHSによる位置推定精度の高精度化が実現できることを示す.

2. PHS測位誤差の差分補正による拠点マッチング法

2.1 目的

実用化されている物流用PHS測位システムでは,拠点マッチングという手法を併用することで誤差を補正している.これは,物流拠点の位置を中心に半径1 kmの領域を設け,どの領域内に測位されたかにより端末の所在拠点を決定するものである.物流では輸送品は物流拠点に滞留することが多く,この方法は拠点間隔が2 km以上と広い地域では有効であるが,物流拠点の密集地域では端末の所在拠点を正確に特定することが困難である.そこで,事前計測情報を利用することで従来の拠点マッチングよりも高分解能な拠点判別手法の考案を目的とする.

2.2 事前情報に基づく拠点マッチング法の概要

ここでの提案手法では,まず複数地点において事前にPHSによる位置計測を行い,各地点における測位パターンを記録する.次に,この事前情報により測定場所が未知なPHS受信データの取得拠点の識別を行う.本手法は,事前計測した実際の測位結果により各拠点への判別領域を決定するため,近接した拠点間でも各判別領域が分離することを条件に端末の所在拠点が特定できる.

2.3 各測定地点における測位領域の分離性

各地点における測位分布領域は,都心部のように基地局が密に設置されている地域ほど短い移動距離でも端末で受信できる基地局の組合せが大きく入替わるため,分離し易い.そこで,本手法で比較的判別が難しい地域と考えられる郊外エリアにおいて,基地局電波の計測及び測位計算を行い,提案手法の有効性を検証した.その結果,測位結果がばらつく範囲には計測地点毎にそれぞれ再現性があることと,測定間隔が周辺の基地局間隔よりも狭くなると複数の地点において測位結果が分布する領域は重なり易くなることを確認した.

2.4 判別領域の分離度の向上

従来のPHSによる位置推定結果は,電波の受信強度が最も高かった基地局付近に測位される傾向があるため,周辺の基地局間隔よりも狭い間隔ではこの最大基地局は同一となり,Fig. 1に示すように各測位領域は重なり易くなる.そこで,これまでは事前に取得した測位結果を各地点における特徴量としたが,この二次元の特徴量に新たに最大基地局の受信強度値を追加し,三次元の特徴空間中において各地点における判別領域の分離を図った.三次元空間中における蓄積データを用いることで,基地局間隔よりも狭い地点間でも拠点判別が可能となった.

3. 記録データの分散を考慮した拠点マッチング法

3.1 目的

前述した三次元の事前情報に基づく拠点マッチング法に加えて,事前記録した測位データ (以下,記録データ) と,測定地点が未知な測位データ (以下,テストデータ) との類似性を統計的に評価することで測定地点を判別する方法を検討した.これにより,複数地点における判別領域が重なった場合でも,与えられたテストデータの所在拠点の識別結果を得ることができる.

3.2 マハラノビス距離による類似度評価

テストデータと各地点の記録データ間の類似度をマハラノビス距離によって評価し,この距離が最短となった拠点へと識別を行う方法を提案した.マハラノビス距離とは,各記録データの平均値とテストデータ間の直線距離を記録データの標準偏差で除した値で定義される.これにより,記録データが複数重なっている場合でも与えられたテストデータが,過去に記録したどの拠点のデータと類似しているか確率的に評価できるため,識別精度の向上が見込める.

3.3 確率的な類似度評価法による拠点判別精度の評価

判別精度を検証するため,50 m間隔の6地点で取得した各140回分の測位データ (Fig. 2) を記録データとして使用し,それとは別の各70回分のテストデータに対して測定地点の識別を行った.その結果,50 mの拠点間隔においても95%の確率で正確な拠点識別が行えることを確認した.従来の拠点マッチングでは2 kmの拠点間隔がないと確実な判別は行えないが,本手法ではその1/40となる50 mの拠点間隔でも高い正答率で端末の所在拠点を判別することができた.

4. 等電位データによる連続位置推定法

4.1 目的

事前情報に基づく拠点マッチングでは,事前実験により特徴量が記録された拠点への位置推定結果の補正しか行えず,事前計測が行われていない拠点への判別ができない.そこで,事前計測を行なっていない地点における受信信号パターンを補間・推定し,この推定値を測位計算時に反映することでPHSによる位置推定精度の向上を図ることを目的とする.

4.2 従来法における測位誤差要因

従来のPHS位置推定技術では,端末で受信した各基地局の位置情報と基地局-端末間の電波伝搬距離に対する電波の減衰特性を基に端末位置を計算する.しかし,実環境における電波の受信強度は,伝搬距離の影響よりもFig. 3に示すように障害物による反射や減衰の影響を強く受けるため,これを考慮していない従来法における位置推定精度は低下する.

4.3 等電位データに基づく位置推定手法

測位精度の向上のためには障害物などによる電波減衰の影響を測位結果に反映させることが必要となる.そこで,事前計測によりFig. 3のように作成した障害物の影響を含む基地局毎の電波強度分布図を用いる位置推定手法を提案する.提案手法ではFig. 4に例を示すように電波強度分布図をもとに,テストデータにおいて「どの基地局」が「どれぐらいの電波強度」で計測されたかといった受信パターンを満たす地点を位置推定結果とする.

4.4 提案手法における位置推定精度評価

本手法の位置推定精度の評価を行った結果,従来法では平均誤差が270 mとなったデータを用いた場合,提案手法での平均誤差は89.3 mとなった.つまり,従来法と比較すると,平均誤差が約70.0%低減するという結果が得られた.この結果から,実測値を基に作成した電波強度分布図を位置推定に利用することで,従来法では考慮されない実際の電波伝搬特性を位置推定結果に反映できるため,高精度に端末位置の推定が行えることが分かる.

5. 等電位線の出現確率を考慮した連続位置推定法

5.1 目的

移動端末による電波強度の計測値は,同一地点で連続計測を行った場合でも常に変動する.そのため,この計測ノイズの影響によって等電位データによる位置推定結果には誤差が生じる.そこで,計測ノイズの影響を位置推定時に許容するため,計測ノイズによる受信強度の分散傾向を考慮した確率的評価による位置推定手法を提案する.

5.2 電波強度計測ノイズの分散傾向

受信信号強度に含まれるノイズの分布傾向を定点計測によって評価した.この結果,同一地点における電波の受信強度は正規分布に従ってばらつき,また,信号強度の強い電波ほど計測値の分散が大きい傾向がみられた.

5.3 確率的処理による位置推定法

得られた知見から,計測値の分散傾向と電波強度分布図を利用して端末の各地点での存在確率のモデル化を行った.ノイズ傾向を考慮することで,未知データが「どの地点」で「どれぐらいの確率」で計測されるか確率的な評価が可能になり,Fig. 5に示すように受信された基地局ごとに存在確率分布が求まる.さらにFig. 6のように,各基地局情報によって得られた各地点の存在確率を掛け合わせることで,未知データが計測される確率が最大となる地点を位置推定結果とした.

5.4 確率的位置推定手法の精度評価

Fig. 7に各手法での誤差の分布を示したように,従来法で平均誤差270 mであったのに対して,提案手法では誤差54.7 mとなり,平均誤差が約79.8%低減する結果が得られた.本手法では,事前計測値を基に実環境における電波伝搬特性やノイズによる計測値のばらつきを考慮して統計的に矛盾の少ない地点を位置推定結果として絞り込めるため,高精度化が実現できたと考えられる.

6. 結言

本論文では,物流において利用されているPHS位置推定技術に着目し,従来法において誤差となった要因を考慮するため,事前計測によって得られた情報を利用する位置推定手法を各種提案することで高精度化を実現した.各提案手法では事前計測が必要となるが,電波伝播シミュレータや三次元電子地図を利用することでより簡便に事前情報の推定が行える可能性がある.

Fig. 1各地点における位置推定結果の分布

Fig. 2 三次元特徴空間における判別領域の分布

Fig. 3 障害物による電波強度分布への影響

Fig. 4 等電位情報に基づく位置推定手法例

Fig. 5 移動端末の存在確率分布

Fig. 6端末存在確率分布の合成による位置推定

Fig. 7 従来法と提案手法による測位誤差分布の比較

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「事前計測データに基づくPHS測位の高精度化」と題し,全6章からなっている.物流管理に利用されているPHS測位技術の高精度化を目的に,事前に記録した受信電波情報に基づいて端末の測定地点を推定する手法を考案し,これをまとめた.

第1章「序論」では,物流管理において荷役機器の位置追跡が必要とされる現状と,物流追跡を実現する位置情報システムにおける課題を説明し,本論文で扱う研究の目的を明らかにした.また,本研究におけるPHS測位技術の高精度化について,その目標精度を誤差100 mとすることを述べた.

第2章「PHS測位誤差の差分補正による拠点マッチング法」では,管理対象は物流拠点に滞留することが多いという物流の特性を利用した端末所在拠点の特定手法について検討を行った.考案した方法では,事前にそれぞれにおける測位結果が分布する領域を物流拠点単位で記録し,この事前記録情報を基にして,新たに与えられる未知データの測定地点を判別する.そのため,まず,測位結果の分布範囲は場所毎にそれぞれ再現性があることと,測定間隔が周辺の基地局間隔よりも狭くなると複数の地点において測位結果の分布領域は重なり易くなることを確認した.そこで,近接した拠点間において取得される特徴量の分離性を高めるため,新たな特徴量として受信基地局中で最大の受信強度値を追加した.これにより,基地局間隔よりも狭い地点間でも拠点判別が可能となった.

第3章「記録データの分散を考慮した拠点マッチング法」では,第2章において提案した三次元の特徴量を事前に各地点で記録し,さらに,各記録データと新規に与えられた未知データとの類似性を統計的な手法で評価することで,測定地点の判別を行う方法を検討した.記録データと未知データ間の類似性をマハラノビス距離で評価することで,各測位結果のばらつきの違いを考慮し,さらに単位の異なる三次元データの正規化が行なえるため,50 mの拠点間隔においても95%の確率で正しい拠点判別が行えることを示した.また,物流における位置管理では隣接した物流拠点間での所在拠点の特定が求められる.本提案手法により,物流拠点の間隔としては近い50 m間隔でも拠点判別が可能なことから,実務環境においても有用性が高いと考えられる.

第4章「等電位データによる連続位置推定法」においては,事前計測を行なっていない地点における受信信号パターンを補間・推定し,この推定値を測位計算時に反映することでPHSによる位置推定精度の向上を実現した.従来のPHS測位技術では,端末で受信した各基地局の位置情報と基地局-端末間の電波伝搬距離に対する電波の減衰特性を基に端末位置を計算する.しかし,実環境における電波の受信強度は,伝搬距離の影響よりも障害物による反射や減衰の影響を強く受けるため,これを考慮していない従来法における位置推定精度は低下する.そこで,事前計測値をもとにスプライン補間によって作成した障害物の影響を含む基地局毎の電波強度分布図を用いる位置推定手法を提案した.提案手法では,電波強度分布図をもとに未知データにおいて「どの基地局」が「どれぐらいの電波強度」で計測されたかといった受信パターンを満たす地点を位置推定結果とする.本手法により,従来法では平均誤差270 mとなる地域においても,平均誤差89.3 mと約7割の誤差削減効果を確認した.

第5章「等電位線の出現確率を考慮した連続位置推定法」では,第4章における手法に加えて,計測ノイズの影響を位置推定時に考慮する位置推定法を考案した.本手法は,計測ノイズによる信号強度の分散傾向を考慮した位置推定法であり,PHS測位精度の高精度化及び安定化が期待できる.信号強度の計測値について,その分布傾向を定点計測によって評価した結果,同一地点における信号強度は正規分布に従ってばらつき,また,信号強度の強い電波ほど計測値の分散が大きい傾向がみられた.この結果から,事前計測において電波強度が弱かった地点で強い電波が計測される可能性がほとんどないことを確認し,これらの知見から,場所ごとに管理対象が存在している可能性を評価する方法を検討した.取得された各基地局情報について,対象が存在する可能性の分布を求め,これらを乗じて得られる存在可能性を最大とする地点を測位結果とすることで,平均誤差が54.7 mとなり,従来法と比べて平均誤差が約8割削減されることを確認した.さらに,安定的に誤差100 m以内での測位が可能なことも示し,荷役管理に要求される測位精度 (誤差100 m) を本研究により達成できることを述べた.

第6章「結論」では,本研究の成果をまとめた.

以上のように,本論文では,物流管理における位置追跡技術の高精度化手法について検討し,事前計測情報に基づいた位置推定アルゴリズムを提案した.さらに提案した各アルゴリズムについて,フィールド実験により従来法との精度比較を行い,PHS測位技術の高精度化による物流管理への有効性を示している.

なお,本論文第2章,第3章,第4章,第5章は,川原靖弘,保坂寛,酒田健治との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める.

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