学位論文要旨



No 128444
著者(漢字) 石曽根,道子
著者(英字)
著者(カナ) イシソネ,ミチコ
標題(和) ザンビア銅開発史にみる資源便益と地域住民への分配
標題(洋)
報告番号 128444
報告番号 甲28444
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 博創域第803号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 国際協力学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 佐藤,仁
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 柳田,辰雄
 東京大学 教授 堀田,昌英
 京都大学 教授 島田,周平
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、ザンビア・コッパーベルト州を事例に、銅開発の歴史を遡りながら、鉱物資源の周辺に暮らす人々の生活が何によって規定されてきたのかを明らかにするものである。

1.問題設定と研究目的 (第1章)

21世紀に入り、中国やインドなどかつて途上国と呼ばれていた国々の著しい経済成長にともない、エネルギー・鉱物資源の需要が拡大し、アフリカに賦存する鉱物資源への注目が高まっている。アフリカ諸国の政府は資源歳入で潤い、石油・鉱山会社は膨大な利益を得ているにもかかわらず、その裏で資源産出地域に住む人々が取り残され、資源開発の恩恵を受けていないというケースが報告されている。他方で、「豊富な」資源への注目に加え、「不足」への支援という観点から「貧しいアフリカ」に対する援助に再び目が向けられている。アフリカの発展を考えるには、不足だけに目を向けるのではなく、アフリカに備わっているものからその潜在的な能力を見出す視点も重要であるという問題意識から、本論文はアフリカの資源問題に着目した。

アフリカの資源国が数多く存在する中で、本論文が特にザンビアに着目する理由は次の2点に集約される。1)ザンビアの資源開発の歴史が他のアフリカ諸国と比べて長い、2)ザンビアは内政的・社会的に安定している、という点である。こうした特徴をもつザンビアを事例に、本論文は、豊富な鉱物資源の周辺に住む人々の暮らしぶりの水準はどのような要因に決定づけられ、またその暮らしぶりはどのように変容してきたのか、という問いを立てた。この問いを明らかにすることで、国の経済成長と資源産出地域に暮らす人々の生活ぶりがどのようなメカニズムによってつながっているのかを捉えることができると考えた。

2.既存研究と本論文の分析視座 (第2章)

本論文では、既存研究として鉱物資源開発に関連した社会科学的研究である「資源の呪い研究」・「アメリカの資源社会学」・「日本の環境社会学」を取り上げ、レビューを行った。資源の呪い研究は、主に豊富な資源を有する途上国の政治経済に着目し、豊富な資源に依存することで、経済成長が妨げられるだけでなく、政治腐敗やレント・シーキングなど政治的な発展も妨げられることを指摘してきた。資源の呪い研究が国レベルの経済的・政治的停滞に着目する一方で、アメリカの資源社会学は、地域レベルの貧困に着目し、天然資源に依存する地域が経済停滞や貧困に陥りやすいメカニズムを明らかにしてきた。日本の環境社会学は鉱物資源開発に必ずともなう環境汚染の問題に着目し、それは技術的な対策によって対処されるものではなく、社会性や政治性が絡んでくることを論じてきた。

従来、これらの研究はそれぞれの文脈で議論され、互いに参照されることはなかった。異なる時代・地域および着目する変数の違いにもかかわらず、鉱物資源をめぐる社会学研究としてこれら3つの分野を一緒に論じることで、以下の検討課題が明らかとなった。1)国レベル(マクロ)と地域レベル(ミクロ)のそれぞれで生じている現象をつなげて捉える視点の重要性、2)資源がもたらす便益の分配および資源へのアクセスへの着目、である。こうした既存研究の検討課題を踏まえ、先に示した問いを明らかにするために、本論文はSeekingsとNattrass による分析枠組みに変更を加えた図1を用いて、ザンビア・コッパーベルト州の資源がもたらす便益・損失の分配を考察した。

3.事例研究

100年余りにおけるザンビアの銅開発史を考察するにあたって、本論文は政治体制ごとに植民地支配体制(1890-1964年)、独立後のアフリカ社会主義体制(1964-1990年)、資本主義体制(1990-現在)と3つの時代に区分し、各時代における資源政策と資源の周辺に暮らす人々が置かれてきた社会環境、享受できていた資源の便益、そして分配の結果について明らかにした。

3.1 植民地時代の資源開発(第3章)

イギリス政府から統治を託されたBritish South Africa Company(BSAC)は、領土を植民地化するとともに、天然資源の支配権を獲得するために自ら鉱業権の制定、地形図の作成、鉱山町条例の施行といった働きかけを行った。ザンビアにおける資源ガバナンスはこの植民地支配とともに形成された。コッパーベルトは鉱山開発を皮切りに、一躍近代的な都市化が進み、国内外からヒト・モノ・カネが集まってきた。民間鉱山会社は広範囲に及ぶ社会投資を行い、ヨーロッパ人とアフリカ人のそれぞれの鉱山町に次々と住宅を建設した。鉱山会社による鉱山町の建設は、条例で定められていたということもあるが、植民地時代における企業の温情主義経営の典型的な例であった。鉱山会社は、住宅、学校や病院だけでなく、映画館やスポーツクラブ、労働者の妻たちのために家庭教育プログラムといったものまで提供していた。鉱山で働くアフリカ人労働者は、いい住宅を提供され、病院にも容易にアクセスでき、比較的高い賃金を与えられていた。しかし、同じ職場で働くヨーロッパ人労働者との間には大きな格差が存在していた。

3.2 国有化時代の資源開発(第4章)

ザンビアが1964年に独立を迎えると、ザンビア政府はBSACから鉱業権を奪還し、これまで民間の手中にあった鉱山は国家に帰属するものと制定した。政治的独立は果たしたものの、経済的には依然として外国人に掌握されていた。ザンビア政府は外国人による支配に終止符を打ち、人種間の不平等を是正するため、民間鉱山会社の株式51%を接収する形で、鉱山会社の国有化を行い、また、管理職以上のポストを外国人からザンビア人に置き換えるというザンビア化を図った。政府の管轄下のおかれた鉱山会社(state-owned enterprises)は、以前にも増して"State"としての役割を担い、道路整備、公衆衛生システム、教育、病院、治安確保はもとより、鉱山に必要な技術や資質をもった人材を育てるために海外・国内の大学の奨学金や、ザンビア大学・技術訓練校と協同しながら、人材育成に励んだ。鉱山周辺の住民はこの時代にもっとも手厚い手当を享受できたといえる。

3.3 民営化時代の資源開発

財政破綻をきたしたザンビアに、IMFと世界銀行を代表格とする国際援助機関から経済自由化のコンディショナリティが突きつけられ、複数政党制選挙のもと勝利を得たチルバ大統領は援助機関による新自由主義経済理論に基づいた構造調整政策を受け入れ、経済の自由化を推し進めた。あらゆる規制緩和や投資環境の整備、国営・国有企業の民営化のなかでも、もっとも困難で複雑であったのが国有鉱山会社の民営化であった。鉱山会社を含め民営化の施策は非効率な政府や産業セクターを改善するために導入され、政府がより効率的に民主的に機能できるようにするためのものであった。ところが、政府の機能は急速に悪化し、鉱山周辺の人々の生活に大きな影響を与えた。従来なら、政府の管轄内であった国有鉱山会社が道路整備、ゴミ収集、治安管理といった基本的な社会サービスを提供していたが、国有鉱山会社を買収した外資系民間鉱山会社は社会サービスの提供は行わず、政府も財政および人材不足のため実行不能となっている。

4.結論(第6章)

3つの時代を通して、鉱物資源の支配権が常に為政者(主に政府)にあるということは変わっていないが、資源ガバナンスのあり方は、時代の要請に応じて変化してきた。そのときどきの世界情勢や資源市況、国際レジームならびに国家戦略の影響を受け、植民地時代の「コストを抑えた資源開発」、独立後の「国家による資源とその利益の囲い込み」、そして民営化後の「市場メカニズムに任せた資源開発」とういう方針のもと、資源ガバナンスのあり方が方向づけられ、それによって人々が被る資源の便益もしくは損失が増減し、資源の側に暮らす人々の生活が変容してきた。為政者によって策定された方針に基づいた、法改定や鉱山会社の経営体制といった鉱物資源管理のための介入は、資源の側に暮らす人々の生活に大きな影響を及ぼしてきた。

資源の側に暮らす人々の生活は、たとえその資源が地域で管理できるものではないにしても、資源からの便益にアクセスできるか・できないかに依拠している。為政者による鉱物資源への介入は、人々の就業機会、賃金、福利厚生、公共施設などといった資源がもたらす便益へのアクセスに影響をもたらすため、人々の生活ぶりに如実に反映されてきた。つまり、資源が生み出す便益の「分配」によって人々の生活は影響を受けてきたことが明らかとなった。

植民地時代や国有化時代とは異なり、資源産出地域における鉱山会社の役割が変わりつつある。今後、鉱山会社と政府のそれぞれ果たすべき役割のすみ分けがますます進むことが予想される。本来なら、民営化や経済の自由化改革は、民間でできることは民間に託し、政府による介入をできるだけ削減し、政府の規模を小さく効率的にするための政策であった。コッパーベルトのような資源産出地域においては、政府(特に地方政府)による行政の役割がいっそう求められることとなり、住民の生活にとっては資源がもたらす便益というよりも政府による社会保障の分配が重要となってくると考えられる。

1 Seekings, Jeremy and Nicoli Nattrass 2005. Class, Race, and Inequality in South Africa. New Haven: Yale University Press.

図1 コッパーベルトの資源分配をみる分析枠組み

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、アフリカのザンビアを調査対象として、豊富な鉱物資源の周辺に住む人々の生活水準がどのような要因に決定づけられ、その暮らしぶりがどう変容してきたのか、を文献に基づく歴史調査と現地調査を組み合わせて明らかにしようとした研究である。従来、国の経済成長と資源産出地域に暮らす人々の生活ぶりがどのようなメカニズムによってつながっているのか、ほとんど解明されていなかった。

論文では、文献調査と現地調査を組み合わせて、上記の問いに対して次のような結論を導いた。すなわち、3つの時代を通して、鉱物資源の支配権が常に為政者(主に政府)にあるということは変わっていないが、資源ガバナンスのあり方は、時代の要請に応じて変化してきたこと。そして、その時々の世界情勢や資源市況、国際レジームならびに国家戦略の影響を受け、植民地時代の「コストを抑えた資源開発」、独立後の「国家による資源とその利益の囲い込み」、さらに民営化後の「市場メカニズムに任せた資源開発」とういう方針のもと、資源ガバナンスのあり方が方向づけられてきたこと。論文は、これらの影響で、人々に分配される資源の便益もしくは損失が増減し、資源の側に暮らす人々の生活が変容してきたと結論した。

資源の側に暮らす人々の生活は、たとえその資源が地域で管理できるものではないにしても、資源からの便益にアクセスできるか(できないか)に依拠している。政府による鉱物資源への介入は、人々の就業機会、賃金、福利厚生、公共施設などといった資源がもたらす便益へのアクセスに影響をもたらすため、人々の生活ぶりに如実に反映されてきた。つまり、人々の生活の質に直接影響してきたのはマクロな景況よりも、資源が生み出す便益の「分配」であることが明らかとなった。

これに対して、審査会ではアンケートやインタビューなどの現場で得られた情報が本論に充分に活かされていない点、J.スコットのLegibility という概念の扱い方、鉱山の民営化後に政府がLegibility の軽減を許容した根拠などについて質問と批判が行われた。これらの欠点は指摘されたものの、本研究は、アフリカの鉱山という最も調査環境の厳しい場所で単独調査を行い、これまで知られていなかった鉱山労働者の実態に迫っただけでなく、それを環境・資源社会学等の理論的な枠組みと接合した力作であるとして、審査員一致で博士号の授与にふさわしいと判断した。

したがって、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。

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