No | 128445 | |
著者(漢字) | 村山,麻衣 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ムラヤマ,マイ | |
標題(和) | 社会システムの変革期におけるガバナンスに関する基礎的研究 : 気候変動枠組条約の技術移転交渉および日本・地方都市の公共交通対策 | |
標題(洋) | A Fundamental Study of Governance in Transformation of Social Systems : Views of Negotiation on Technology Transfer at United Nations Framework Convention on Climate Change and Consideration on Public Transportation for Rural Cities in Japan | |
報告番号 | 128445 | |
報告番号 | 甲28445 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(国際協力学) | |
学位記番号 | 博創域第804号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 国際協力学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 気候変動対策の議論は、国際交渉、国政、地方自治、企業等を担う様々なアクターにおいて一般的になされるようになったが、複雑な社会を低炭素社会の指標として二酸化炭素排出量の違いのみで捉えてしまえば、様々な課題を抱えた社会システムの長期的な変革を求めることは困難になると思われる。少子高齢化、過疎化、社会福祉・厚生の向上等、個別の地域社会に内在する他の課題との関係性を見据えて低炭素社会形成を議論する必要がある。 本研究は、グローバルな気候変動枠組条約における技術移転問題の交渉、およびローカルな日本・地方における公共交通対策という異なるレベルの事例を対象とし、ガバナンスの観点から、低炭素社会の形成に対する障壁を明らかにすることを目的としている。本論文の全体構成は、図1に示すとおりである。 第1章は序論である。気候変動問題に対する本研究の立場として、気候変動に関する科学的知見をまとめると共に、本研究が、二酸化炭素削減を主張する立場ではなく、どのような社会を形成するのかという包括的なガバナンスに力点を置いていることを述べている。大量消費をしない仕組みに、社会を形成する基盤を変革する必要性について指摘している。また、さまざまな概念を含む用語については、例えば、本研究におけるガバナンスとは、社会システムを形成するアクター間の、公共的性質を持つある課題に対しての、ある意思決定(目標設定・制度設計・予算設定)過程、およびその実施の状態と定義する等、用語の定義をしている。 研究の方法は、第一に、国際交渉の場合、気候変動枠組条約の公式報告書により交渉議題を精査し、国内政策の場合、政府の公式文書、政策に関する既往研究、および地方自治体の二酸化炭素排出データにより、気候変動に関する中央、および地方の国内政策の現状を整理することで、国際交渉、および国内政策それぞれの場合における歴史的経緯、および総論と事例課題との関係を明らかにしている。第二に、気候変動問題以外の観点からの課題も持合わせている、国際交渉における制度的な技術移転問題、および地域における公共交通課題のそれぞれに着目し、事例分析している。技術移転問題の場合は、交渉の公式見解書を用いて途上国、および先進国の見解を構造化し、既往研究による技術移転のメカニズムと比較分析している。日本の公共交通課題の場合は、地方長距離第三セクター鉄道のある三地域を対象に、複数アクターに対してヒアリング調査をしている。第三に、気候変動枠組条約における技術移転問題の交渉、および日本・地方における公共交通対策という二つの異なる事例を比較分析するために、グローバル性、総論性、および制度の硬直性の三つの視点とその構成要素を提示している。 第2章は、気候変動問題を社会の包括的な議題として捉え、社会システムの変革という観点から、ガバナンスが求められる背景、およびガバナンスの概念を整理して論じている。俯瞰的視点が必要である複合的な問題領域、および不確実性を有する科学的知識から政策への帰結等の課題の変化が背景にあることを論じ、既往研究におけるガバナンスの概念の分類に加えて、工学的および社会学的に捉えた社会システム、シナリオとしての社会、および都市計画の各分野から考察した場合について論じている。温室効果ガス排出量の削減目標の決定は、技術対策の導入量の試算による削減の実行可能性が求められるため、現状の社会のさまざまな課題との調和を生みださず、社会システムの変革の対策ではなく、経済成長を指針とした生産拡大の見込める技術対策に偏向しているといえる。また、ガバナンスに関する研究においても、俯瞰的な総論と個々の事例となる各論との関係についての議論が不足していることを指摘している。 第3章は、気候変動枠組条約における国際交渉について、条約以前の気候変動問題に対する国際交渉の場の設定、および条約の交渉議題に関する歴史的経緯を精査して、条約を生みだした要素、および条約から生み出された構造を明らかにしつつ、交渉を停滞させている構造を分析している。歴史的経緯の精査に用いた情報は、2005年から2009年の交渉会場における観察・調査を踏まえ、気候変動枠組条約の公的文書である交渉報告書(1995年から2009年の毎年のCOP報告書、および2005年から2009年の毎年の京都議定書締約国会議:CMPの報告書)、各種決議書等である。気候変動枠組条約における「共通だが差異ある責任」の南北対立についての交渉は、「共通」な制約を設けることに初期に失敗し、条約に盛り込まれた先進国の約束に関する「差異」についての交渉が停滞、代わりに途上国への配慮に関する適応策等の交渉議題が増えてきたことがわかった。交渉の基盤にあるのは南北問題である技術移転問題であり、これが、将来枠組み交渉の一つの妥協点となると同時に、ボトルネックになっているといえる。 第4章は、気候変動枠組条約における技術開発と移転の交渉議題について、議題内容の歴史的経緯や各国の公式な見解書の分析から途上国と先進国の対立を構造化している。その結果、条約の技術移転交渉において、途上国は新たな条約の枠組みを要求し、先進国は既存の市場メカニズムを重視するという見解の差異を明らかにしている。将来枠組み交渉の対立の妥協点として、技術移転に対する資金提供の枠組みが合意される等、進展を促すことができるよう交渉議題は整理されてきているといえる。しかし、市場経済の世界システムが継続される限り、経済格差の根本的解決ができないにも拘らず、気候変動枠組条約における技術移転問題は市場経済の枠組みに則った衡平性の問題に帰着されてしまっており、気候変動対策となる技術移転として、交渉課題が明確に設定されていないことが交渉のボトルネックになっているといえる。気候変動対策のためには、優先すべき技術移転分野を特定し、条約の技術移転交渉に政府以外の多様なアクターの見解を取り入れたガバナンスを構築することが重要であると思われる。 第5章は、日本の環境政策、および気候変動政策に関する歴史的経緯について、緩和策に関する法律、計画書、公式文書、および政策に関する既往研究から、気候変動に関する国内政策の成立過程、日本の温室効果ガス排出構造、地方公共団体の気候変動対策への取組み等を整理し、気候変動対策に対する公共交通対策の位置づけに着目している。その結果、地域の具体的なデータが不足していること、およびグローバルな観点と地域とを繋ぐ将来シナリオを作成しようとする意思決定の手段が不十分であること等の低炭素社会の形成に対する障壁を明らかにしている。歴史的経緯として、日本の気候変動政策が、京都議定書の削減目標に牽引され、産業界による省エネルギー政策の延長にあったことが、京都議定書以降の削減目標に対して産業界が拒否反応を示し、生産拡大を経済成長とする社会基盤そのものを変革していく政策に転換されにくい一因となっているといえる。気候変動対策は包括的であるがゆえに、地域における導入普及の促進が難しい面も持つといえる。環境自治体が公表しているデータを用いた自治体における二酸化炭素排出の傾向の分析では、評価すべき課題について指摘している。 第6章は、日本における地域公共交通に対する意思決定・実施過程について、三広域の第三セクター鉄道沿線地域(北近畿タンゴ鉄道周辺地域、松浦鉄道周辺地域、ならびに土佐くろしお鉄道周辺地域)における地方公共団体、鉄道事業者、およびバス事業者等の関係アクターへのヒアリングから事例分析している。日本の地方における公共交通の利用実態の要因を、広域ガバナンスの関係アクターのそれぞれの役割から論じている。各地域の公共交通に関して複数の将来シナリオを描きつつ、地域形成に著しく影響する要因を抽出するとともに、地方都市間の公共的課題の連携が弱いことが低炭素社会への移行の障壁となっていることを示している。 第7章は、グローバルな気候変動枠組条約における技術移転問題の交渉、およびローカルな日本・地方における公共交通対策の二つの異なる事例を通観し、両者を俯瞰して論ずることを目指している。グローバル性、総論性、および制度の硬直性の三つの視点とその構成要素を提示することによって、二つの事例の相対的な関係を示し、ガバナンスの特性について比較分析している。その結果、両者の異なる要素は、総論に対するボトルネック、アクターの集合性、およびアクターのインセンティブ手段等であることを明らかにしている。国内・地域のアクターによるガバナンス状況と国際レベルでの合意形成におけるガバナンスとを同時に捉えていくことの必要性を示し、地域にある多種多様な個別の課題も、地域の大局的な課題と結びつけることによって、対策が可能ではないかとの示唆を得ている。 第8章は結論である。本論文は、グローバルな気候変動枠組条約における技術移転問題の交渉、およびローカルな日本・地方における公共交通対策の二つの異なる事例を通観することで、低炭素社会の形成が、二酸化炭素削減という緩和策の観点のみでは不十分であること、および地域固有の多種多様な課題への対策も不可欠であること等を明らかにした。本研究の範囲内において、低炭素社会の移行の障壁として、個別・地域におけるグローバル課題に対する利益やリスク分担に関する検討が不足していること、アクター間で目標や将来シナリオの共有が不十分であること、すなわち、緩和策に関する課題と、社会全体の包括的課題に対する取り組みとの関連性が希薄であることが挙げられると考えられる。 図 1 本論文の全体構成 | |
審査要旨 | 気候変動対策の議論は、国際交渉、国政、地方自治、企業等を担う様々なアクターにおいて一般的になされるようになったが、複雑な社会を低炭素社会の指標として二酸化炭素排出量の違いのみで捉えてしまえば、様々な課題を抱えた社会システムの長期的な変革を求めることは困難になると思われる。少子高齢化、過疎化、社会福祉・厚生の向上等、個別の地域社会に内在する他の課題との関係性を見据えて低炭素社会形成を議論する必要がある。 本研究は、グローバルな気候変動枠組条約における技術移転問題の交渉、およびローカルな日本・地方における公共交通対策という異なるレベルの事例を対象とし、ガバナンスの観点から、低炭素社会の形成に対する障壁を明らかにすることを目的としている。 気候変動問題を社会の包括的な課題として捉え、社会システムの変革という観点から、ガバナンスが求められる背景、およびガバナンスの概念を整理して論じている。俯瞰的視点が必要である複合的な問題領域、および不確実性を有する科学的知識から政策への帰結等の課題の変化が背景にあることを論じ、既往研究におけるガバナンスの概念の分類に加えて、工学的および社会科学的に捉えた社会システム、シナリオとしての社会、および都市計画の分野から考察した場合について論じている。 気候変動枠組条約における国際交渉について、条約以前の気候変動問題に対する国際交渉の場の設定、および条約の交渉議題に関する歴史的経緯等を精査して、条約を生みだした要素、および条約から生み出された構造を明らかにしつつ、交渉を停滞させている構造、および条約全体の交渉に対して技術移転問題の交渉がボトルネックとなる交渉であることを分析している。 気候変動枠組条約における技術移転の交渉議題について、議題内容の歴史的経緯や各国の公式な見解書の分析から途上国と先進国との対立を構造化している。その結果、条約の技術移転交渉において、途上国は新たな条約の枠組みを要求し、先進国は既存の市場メカニズムを重視するという差異を明らかにしている。気候変動対策のためには、優先すべき技術移転分野を特定し、条約の技術移転交渉に政府以外の多様なアクターの見解を取り入れたガバナンスを構築することが重要であると論じている。 日本の環境政策、および気候変動政策に関する歴史的経緯について、緩和策に関する法律、計画書、公式文書、および政策に関する既往研究等から、気候変動に関する国内政策の成立過程、日本の温室効果ガス排出構造、地方公共団体の気候変動対策への取組み等を整理し、気候変動対策に対する公共交通対策の位置づけに着目している。その結果、地域の具体的な将来見通しを立案するために必要な詳細なデータが不足していること、およびグローバルな観点と地域とを繋ぐ将来シナリオを作成しようとする意思決定の手段が不十分であること等の低炭素社会の形成に対する障壁を明らかにしている。 日本における地域公共交通に対する意思決定・実施過程について、三地域における関係アクターへのヒアリング調査から事例分析している。各地域の公共交通に関して複数の将来シナリオを描きつつ、地域形成に著しく影響する要因を抽出すると共に、地方都市間の公共的課題の連携が弱いことが低炭素社会への移行の障壁となっていることを示している。 グローバルな気候変動枠組条約における技術移転問題の交渉、およびローカルな日本・地方における公共交通対策という二つの異なる事例を通観しつつ、グローバル性、総論性、および制度の硬直性の三つの視点とその構成要素を提示して、両者のガバナンスの特性について比較分析している。その結果、両者の異なる要素は、総論に対するボトルネック、アクターの集合性、およびアクターのインセンティブ手段等であることを明らかにしている。さらに、低炭素社会への移行の障壁として、個別・地域におけるグローバル課題に対する利益やリスク分担に関する検討が不足していること、アクター間で目標やシナリオの共有が不十分であること、すなわち、緩和策に関する課題と社会全体の包括的課題に対する取り組みとの関連性が希薄であることと論じている。 本論文は、グローバルな気候変動枠組条約における技術移転問題の交渉、およびローカルな日本・地方における公共交通対策という二つの異なる事例を通観することで、低炭素社会の形成が、緩和策の観点のみでは不十分であること、および地域固有の多種多様な課題への対策ばかりでは成立しないこと等を明らかにしている。国内・地域のアクターによるガバナンス状況と国際レベルでの合意形成のための交渉とを同時に捉えていくことの必要性を示した本研究の成果は、グローバルな公共的課題を担う関係アクターに有益な知見と示唆を与えていると考えられる。 したがって、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。 | |
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