学位論文要旨



No 128462
著者(漢字) 中妻,啓
著者(英字)
著者(カナ) ナカツマ,ケイ
標題(和) 身体表面を介した入力インタフェースのための位置情報と能動接触のセンシング
標題(洋)
報告番号 128462
報告番号 甲28462
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第373号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 篠田,裕之
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 暦本,純一
 東京大学 准教授 亀岡,弘和
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、ユーザの身体表面を始めとする面をインタフェースとして用いるヒューマン・コンピュータ・インタフェース(Human Computer Interface, HCI)システムを目的とする面上の接触および位置情報計測手法について扱う。位置情報は時間と並び事物の状態を記述する重要な物理量であり、物や人の位置を正確に取得する技術はセンサネットワーク、ロボット、ユビキタスコンピューティング、ヒューマンコンピュータインタフェースなど広範な分野で重要とされている。特に本論文では日常環境で多くの物体が机や床などの面に触れている点、面が印刷物からディスプレイまで情報提示・入力デバイスとして広く利用され人間と事物との重要なインタフェースである点に注目し、面上の位置情報取得について扱っている。

本論文の前半部分では物の表面における位置情報に注目し、二次元通信環境におけるデバイス位置・方向計測手法の提案と試作機による実証を行っている。二次元通信は二次元通信シートと呼ばれる面上の導波路を介して、シート上に置かれたノード間が無配線・非接触にデータ・電力伝送を実現する技術である。本論文では二次元通信シートに位置情報を導体パターンとしてコーディングし、静電容量センサによりこれを読み取りセンサ自身の位置・方向を決定する手法を提案し、提案手法についてその性質や限界についての理論的考察を行っている。具体的には17 m四方のシート上で7 cm角のセンサが一意に位置・方向を同定できることを示している。また、試作機の実装と実証実験も行っており位置については4 mm以下、回転角については3 deg以下の高精度な位置・方向測定を達成している。

前半部分で二次元通信環境において二次元通信シートという面に接触するデバイスの位置計測法を扱ったのに対し、後半部分ではこれを物の表面から身体表面へと発展させ入力インタフェースに応用可能な位置・接触センシングについて扱っている。

近年、スマートフォンやタブレット端末に代表される高機能の携帯型情報機器の普及がめざましい。こうした情報機器のほとんどは従来の携帯電話などと異なり情報提示を行うディスプレイ(スクリーン)とユーザが入力を行うインタフェースを一致させたタッチスクリーンを採用している。これは、高機能化・複雑化した現代の情報端末の操作に必要な多様な入力インタフェースを限られたサイズの機器上で表現するための工夫であると考えることができる。また従来のフィジカルなボタンやダイヤルといった入力インタフェースに比べ、製造の工数の減少、メンテナンス性の向上といった利点がある。さらに状況に応じてプログラマブルにボタンなどの配置を変更できる点も多様なインタフェースの設計ができる。

一方タッチスクリーンを利用したインタフェースの問題点として、操作指によるディスプレイの遮蔽や、物理的なボタン等が無いことによる触覚フィードバックの欠如が指摘されている。本論文の後半では、これらの問題点を解決するための手法としてユーザの身体表面を接触するインタフェースのための新たな計測手法を提案する。すなわち、従来タッチインタフェースで行われてきたポインティング入力、タップ入力等の操作を我々の身体上に触れることにより実現するという枠組みである。身体をインタフェースとして利用する利点は我々が持つ以下の2つの身体感覚を利用するという視点から整理することができる。

まず一つ目の身体感覚として体性感覚を取り上げる。現状のタッチスクリーンデバイスではGUI(Graphical User Interface)が採用されている。一方、現在は音声インタフェースやジェスチャ入力などGUIの代替となる入力モダリティへの期待が高まっている。これはGUI機器を操作する際に、ディスプレイに視線を集中することを要求されるために、小型機器によって様々な動作を行いながら機器の操作も同時に行うという状況では危険が生じるといった理由がある。また、現在の動作を止めることなく操作ができれば、デバイスを使用する際の快適度も上がる。

我々が提案する身体表面への接触を検出するインタフェースでは、我々が持っている体性感覚を利用して従来視覚で行ってきた役割のうち、入力位置制御の役割を代替することが可能であると考えている。ここで重要な点は、身体表面をインタフェースとして利用することで操作者と入力対象の原点を一致させることができることがある。原点を共有することで、体性感覚のみによって正確に身体上の特定の位置を指示できることは、目を閉じた状態で自身の身体上の様々な部位を触ってみることで容易に実感することができる。

二つ目の身体感覚としては皮膚感覚があげられる。既に述べたように急速に普及が進むタッチスクリーンデバイスへの要求として従来のフィジカルなボタンの操作のように、デバイスを目視しなくても簡単な操作を実現する触覚フィードバックが望まれている。これに対し、我々の提案手法では身体表面へ接触する際に生じる皮膚感覚によりこうした要求に答えるインタフェースシステムを構築可能であると考えている。従来のフィジカルなボタンを有する機器で視覚補助なしに操作ができていた理由は、指先の感覚で操作すべきボタンが認識できたからである。これは、キーボードのタッチタイピングでも同じことが言える。タッチスクリーンはインタフェースデザインの自由度とのトレードオフとして、こうした触感によるインタフェースの認識手段を排除した。しかし、身体表面をタッチインタフェースとして利用すれば、操作を行う手や指にとっては通常のタッチスクリーンを操作するときと変わらない一様な触感しか得られなくても、操作対象となる身体表面では今どこが触れられているかが認識できる。すなわち、身体表面上に簡単に覚えられる程度のボタン等のコントロールを配置しておけば、皮膚感覚によりどの位置を指示するかを制御することで視覚に頼ることなく入力操作を行うことができる。

以上の枠組みを実現するため、本論文後半では以下の2つの手法を提案している。

まず本論文前半の二次元通信シート上の位置情報計測手法を衣服に拡張し、衣服を利用してユーザが自身の胴体に触れる動作をセンシングするシステムを提案する。提案手法を身体表面上でのポインティング入力として用いた際の特性、特に操作入力時に視覚フィードバックが得られない際の体性感覚・皮膚感覚の影響についてユーザ評価実験を実施し、既存入力手法との比較による検証を行っている。

さらに、衣服を利用した手法では特殊なパターンを持つ衣服を身に付けユーザが手カメラデバイスを把持する必要があるが、手の甲に直接触れる指先位置を検出するためリストバンド型センサを利用した手法を提案する。手は我々の全身の中でも極めて高い皮膚感覚を持つことが過去の調査により知られている。また、操作する側の手で最もアクセスが容易な身体部位として空いているもう片方の手をインタフェースとして利用する利点も持つ。提案されるリストバンド型センサでは指先位置の検出は手首に配置される赤外光反射センサアレイにより行われる。複数の赤外光反射センサにより得られる反射光強度分布から指先の位置を算出する。

後半で提案した2つの手法については、身体表面上でのポインティング性能を調査するための被験者実験を行った。実験からは、比較手法として用意した光学式マウスやポインティング・スティックに対し、皮膚感覚あるいは体性感覚を利用できるという特長が、特に視覚フィードバックの無い状況で顕著に表れる結果が得られた。

これらの手法を実際のインタフェースシステムとして利用する場合は、身体上(胴体上、手の甲上)のどの位置にどういった機能を割り当てるかのインタフェース設計が重要になる。そこで、身体表面をポインティング入力インタフェースとして利用する場合のインタフェース設計の指針として、上記2種類の手法でボタンコントロールを配置した際に隣り合うボタンをユーザが区別して指定できるおおよその配置間隔を調査する実験を行った。実験結果から、胴体上ではおよそ70 [mm]、手の甲上ではおよそ25 [mm]の間隔でボタンを配置すればユーザがどのボタンを指定したかを弁別可能である、という知見が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は物理的な面を介した新たな入力インタフェースを実現することを目的とし、物体や身体の表面における位置情報と能動接触のセンシング技術を提案・確立したものである。物体や人間およびそれらの各部の位置と時間の情報は、人間の意図や行動の履歴、それらを取り巻く環境との関係性を記述・把握するための主要な物理量であり、そのセンシング技術はセンサネットワーク、ロボティクス、ユビキタスコンピューティング、ヒューマンインタフェースなどの分野に共通する重要課題の一つと考えられている。特に本論文では、一般環境で多くの物体が机や床などの面に触れている点、また人間がおもに面に表示された情報をもとに思考し、面への接触を介して外界に意思表示を行っている点に着目し、面上での接触と位置の情報を取得する新しい形態のセンシングシステムを考察している。

具体的には本論文の前半部分で二次元通信媒体を備えた物体表面におけるデバイスの位置・方向計測手法が提案されている。通信媒体を構成する導体層のメッシュ形状に位置情報を付与し、これを静電容量センサで読み取ることで、環境側には追加の機能を付加することなく位置・回転角の高精度測定を実現している。後半部分では、ユーザー自身の身体への能動接触とその位置を取得する手法に取り組み、ユニークかつ実用可能性の高いセンシング手法を提案している。その一つは衣服に位置情報コードを印刷し、カメラデバイスを手に持ちながら身体に接触することで接触位置を取得する手法であり、もう一つはリストバンド型センサにより、手指の感覚や動作を妨げるデバイスを装着することなく手の甲に接触する指先位置を検出する手法である。屋外を歩きながら、あるいは他の作業をしながらでも利用でき、体性感覚・皮膚感覚の補助を得ながら操作できるインタフェースの可能性を示し、試作システムにおいてその効果を検証している。このような本論文は以下の6章から構成される。

第1章は序論であり、面上の位置情報取得という本論文の研究背景と着眼点について述べている。この章では、位置情報取得技術やこれらを利用したインタフェース技術など本論文の関連研究が概観され、本研究の位置付けを明確にしている。

第2章は「二次元通信におけるデバイス位置・方向検出」と題し、物体の表面に接触するデバイスの位置および回転角の計測手法の提案と試作機による実証がなされている。二次元通信とは、シート状の導波路を介してその上に置かれたデバイスが無配線・非接触にデータ・電力を伝送・取得する技術である。本章では通信媒体中の導体層に位置情報をコーディングすることで、環境側には新たな機能を追加することなくセンサ自身の位置・方向を決定する手法が提案されている。提案手法についてはその特長や限界の理論的考察の他、実証実験により高精度な位置・方向測定が達成されたことが報告されている。

第3章は「衣服を介した胴体表面への接触によるポインティング入力システムとその評価」と題し、人間の身体表面での接触位置を計測し、ユーザーが自身の胴体に触れる動作を取得する新規なシステムが提案されている。物理的なセンシング手法の提案に加え、試作した入力インタフェースによってユーザー評価実験を実施し、入力時に生じる体性感覚・皮膚感覚が操作に与える効果が検証されている。またこのような入力インタフェースが適する利用状況や応用シーンについて具体的な提案がなされている。

第4章は「手の甲への指先の接触によるポインティング入力システムとその評価」と題し、手の甲への指先の接触位置を取得しポインティング入力として利用することの提案がなされその特性について評価実験が実施されている。

第5章は「手の甲への接触位置をセンシングするリストバンド型入力インタフェース」と題し、第4章で提案した指先位置計測を装着型センサによって具体化するためのリストバンド型デバイスを提案している。手首に装着した赤外光反射センサアレイにより手の甲に触れた指先位置を取得する。手指の感覚や動作を妨げないという本システムの特性を活かした利用状況や応用シーンが提案されており、体験型展示を通じその有効性・応用可能性を検討している。

第6章は結論であり、本論文の提案および成果の総括が述べられている。

以上要するに、本論文は物体や身体の表面における位置情報と能動接触をセンシングする新規な技術を提案・確立し、それらのインタフェース技術としての応用について提案・検証したものである。本論文で提案され、立証された手法は計測工学をはじめユビキタスコンピューティング、ヒューマンインタフェース、ロボティクス、その他行動認識、コミュニケーションなどをテーマとする諸工学分野に貢献する。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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