学位論文要旨



No 128463
著者(漢字) 西川,記史
著者(英字)
著者(カナ) ニシカワ,ノリフミ
標題(和) アプリケーションの入出力挙動特性を利用したストレージシステム省電力技法に関する研究
標題(洋)
報告番号 128463
報告番号 甲28463
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第374号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安達,淳
 東京大学 教授 喜連川,優
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 坂井,修一
 東京大学 准教授 杉本,雅則
 東京大学 准教授 豊田,正史
内容要旨 要旨を表示する

人類が生成するデジタルデータの量は日々増加している.IDCのレポートによれば,電子的に生成され蓄積される情報及びコンテンツの量は,2015年には7ゼッタバイトを超えると予測されている.これら爆発的に増加するデジタルデータはセンサデータアーカイブや検索エンジン,顧客情報管理(オンライントランザクション処理システム)などのデータインテンシブアプリケーションにより管理・利用され,大規模なストレージに格納される.そのため今後ストレージの出荷容量の急増が予想されている.一方,データセンタにおけるIT機器の電力消費量の増加は著しく,データセンタの省電力が強く求められている.すなわち,デジタルデータの増加とも相まって急増するストレージの消費電力の削減は,データセンタにおける最重要の課題の一つとなっている.特に,アプリケーション実行時のストレージ省電力に関しては未だ検討されていない.

これまでにも多くのストレージ省電力手法が報告されているが,いずれもストレージレベルの入出力頻度に従いディスクを停止する等の手法により省電力を実現している.しかし,実際に入出力を発行するのはアプリケーションであり,ストレージレベルの入出力情報のみでは的確に省電力制御することは難しい.このためアプリケーションが長期間入出力を行わない場合でもストレージを稼働し続け電力を削減できない,あるいはアプリケーションが短期間で入出力処理を再開するにも関わらずストレージを省電力状態に移行しアプリケーションの性能劣化を引き起こす等の可能性がある.

データセンタでは,主にオンライントランザクション処理(OLTP)や意思決定支援システム(DSS)など,多くの入出力を伴うデータインテンシブアプリケーションが稼働している.これらアプリケーションの入出力の特性は,例えばOLTPではランダムな入出力,DSSでは一括読み取りなど,アプリケーション毎に異なる.そこで,アプリケーションの入出力挙動特性を用いることによりストレージに対する入出力の傾向を把握し,それをストレージの省電力に利用する新たな省電力手法を提案する.提案手法はアプリケーションの入出力挙動に合わせてストレージの省電力を実行するため,実行中のアプリケーションの性能を劣化させることなく,従来の手法と比較し高い省電力効果を得ることが期待できる.

ストレージのコンポーネントの中では,ハードディスクドライブ(HDD)の消費電力が最も高い.代表的なデータインテンシブアプリケーションであるOLTPが稼働している環境にて,提案手法の省電力の可能性及び効果を検討する.一般にOLTPでは入出力が頻繁なため,OLTP実行中のHDDの省電力は困難とされているが,OLTPの入出力挙動特性を詳細に解析することにより,実行中のOLTPにおいてもほとんど入出力がなされないデータがあることを示し,HDDの省電力の可能性があることを明らかにする.得られた入出力挙動特性を基にHDDの省電力を試み,5台のHDDを用いた実測により数%のトランザクションスループットの低下でHDDの消費電力を20%以上削減できることを確認した.

次に,提案手法をストレージに拡張し,アプリケーションレベルとストレージレベル双方の入出力挙動を利用した省電力手法を検討する.つまり,アプリケーションレベルの入出力挙動の分類とそれに基づく適切なストレージ省電力手法の選択による省電力を試みる.ファイルサーバ,OLTP,及びDSSの入出力トレースをストレージ上で再生,消費電力を実測し,従来手法と比較してストレージ消費電力を大幅に削減できることを確認した.

近年データセンタで用いられるストレージは,構成するディスク数やメディア種類(HDDやSolid State Disks (SSD)),RAIDレベル等様々なRAID構成を取る.今日RAIDは容量効率や信頼性,性能に重点を置いて構成されているが,新たにストレージの省電力の観点からのRAID構成を議論する.複数のRAID構成の電力及び性能をシミュレーションにより比較し,少数のドライブを用いたRAID0+1構成がRAID5構成より省電力効果が高いこと,及びアプリケーションにより消費電力削減のためのRAID構成が異なることを確認した.

また,データセンタで増大し続けるデータの入出力性能の確保と管理コストの低減を目的とした階層データ管理をストレージ省電力に取り入れ,データの利用者が求める性能要件を満たしつつストレージを省電力する手法を検討する.さらに,提案手法を用いた省電力ストレージ管理機構の実装を示す.データ統合・解析システム(DIAS)を用いて評価した結果,提案手法が性能要件を満たしつつ消費電力を75%削減できることを確認した.

以上,本論文では,提案手法が,アプリケーションの入出力挙動を用いてストレージに対する入出力の傾向を把握することにより,アプリケーションの性能低下を抑えつつストレージの消費電力を大幅に削減できることを確認した.また,HDD,ストレージ,及びDIASを用いた実測により,提案手法が様々な規模のストレージに広く適用可能であることを確認した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「アプリケーションの入出力挙動特性を利用したストレージシステム省電力技法に関する研究」と題し、9章から構成される。デジタルデータの急増、低炭素化社会への要求を背景とし、ストレージシステムの消費電力が大きく増大している点に着目し、その省電力化に取り組む。入出力挙動を解析、その特性を利用することにより基幹アプリケーション稼働時においても僅かな処理性能低下に留め、ストレージの省電力を図る方式を提案する。データベースバッファ、ストレージキャッシュ等を利用した実行時省電力技法を創案し、大規模ファイルサーバ、オンライントランザクション処理、意志決定支援システム等の応用を用いてストレージシステム消費電力を実測し提案手法の有効性を明らかにする。

第1章は、「序論」であり、本論文の背景および目的について概観し、本論文の構成を述べている。

第2章は、「実行時ストレージ省電力フレームワーク」と題し、従来提案されて来た動的ストレージ省電力技法がアプリケーションレベルの入出力情報を用いていないことによる非効率性を有することを指摘し、アプリケーションの入出力挙動を監視、解析し、基幹アプリケーション実行時にもストレージ省電力が可能なフレームワークを提示している。

第3章は、「関連研究」と題し、ストレージシステム、ハードディスクの省電力手法に関する関連研究をまとめている。

第4章は、「MAID機能とハードディスク及びストレージシステムの消費電力特性」と題し、ハードディスク並びにストレージシステムの消費電力を実測し、ストレージ省電力手法においてハードディスク、ストレージシステムの停止の指標となる損益分岐時間を示す。

第5章は、「オンライントランザクション処理の入出力挙動特性を利用したハードディスクの実行時省電力技法」と題し、複数台のハードディスクから構成されるデータベースサーバ上でオンライントランザクションが稼働する場合の実行時省電力技法を創案し、入出力トレースを用いて提案手法の省電力効果を示す。オンライントランザクション処理の業界標準ベンチマークであるTPC-Cを用い、アプリケーションレベルの入出力挙動を表、索引の単位で解析した結果、毎分1000件以上のリクエストが発行される状況においてもストレージ省電力が可能となる入出力間隔が存在することを明らかにしている。当該解析結果を用い、アプリケーションレベルの入出力挙動に基づく複数のハードディスクに対する省電力に適したデータ配置と、データ一貫性保持プロトコルの有する特性を利用した遅延書き込みを特徴とする手法を提案している。TPC-Cの入出力トレースを用いて消費電力を計測し、その特失を明らかにしている。

第6章は、「大規模データインテンシブアプリケーションと連携した実行時ストレージ省電力技法」と題し、代表的な3つのアプリケーション、大規模ファイルサーバ、オンライントランザクション処理、意志決定支援システムを用い、アプリケーションレベルの入出力挙動から省電力化を考慮した4つの入出力パタンを抽出し、パタンごとに適した省電力技法を選択・実行する手法を提案している。入出力トレースを用いて消費電力を測定し、提案手法がアプリケーション処理性能の劣化を抑えつつ、従来手法に比べ省電力化出来ることを示している。

第7章は、「大規模ストレージシステムにおける省電力を考慮したRAID構成」と題し、近年の大規模ストレージが多様なRAID構成を支援していることを背景に、提案する実行時ストレージ省電力に加えストレージ構成時に省電力に有効なRAID構成法を明らかにしている。

第8章「階層的データ管理と省電力ストレージ管理機構」と題し、大規模データに対しては通常階層的データ管理が利用されるが、当該管理情報を利用した実行時ストレージ省電力手法を提案し、実運用システムトレースに適用することにより、その有効性を示している。

第9章「結論」では、本論文の成果と今後の課題について総括している。

以上これを要するに、本論文は、情報爆発時代において大規模化するストレージシステムにおける省電力化に着目し、アプリケーションレベルの入出力挙動を利用することにより処理性能の劣化を僅かに抑えつつストレージの大幅な省電力化を実現する手法を提案している。加えて、複数の代表的なアプリケーションに対し消費電力を実測することにより、提案手法の有効性を明らかにすると同時に、新たなストレージ構成、データ管理に繋がる知見を提示しており、電子情報学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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