学位論文要旨



No 128465
著者(漢字) 石塚,宏紀
著者(英字)
著者(カナ) イシヅカ,ヒロキ
標題(和) ユーザ参加型センシングの研究
標題(洋)
報告番号 128465
報告番号 甲28465
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第376号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,徹
 東京大学 教授 瀬崎,薫
 東京大学 教授 喜連川,優
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 准教授 豊田,正史
内容要旨 要旨を表示する

通信機能を備えたセンサを環境に多数配置し,個々のセンサから得られたセンサデータをセンサ間で構成するネットワークを通して収集するセンサネットワーク技術が発展し,多数の応用例が開発されている.一方で,構造的に計算機に近い特徴を有し,多種センサを搭載した高機能携帯電話の普及により,人々は,意識することなく常時ネットワークに接続可能なユビキタス社会で生活している.近年,街を往来する個々人が,多種センサを搭載した高機能携帯電話を用いて環境をセンシングし,携帯電話網を通してセンサデータを収集することで,より拡張性の高いセンサネットワークを構築するユーザ参加型センシングの研究が注目されている.現在のユーザ参加型センシングの研究動向は,個々の応用例に特化した研究開発にとどまっているため,システムアーキテクチャの一般化が行われていない.ユーザ参加型環境センシングの概念が浸透してきた今だからこそ,実用化に向けたシステムアーキテクチャの定義と個々の要素研究が必要であると考える.ユーザ参加型センシングには,3つのシステムサイクルが存在する.まず,参加者登用サイクルにて,センシングに協力可能なユーザを登用する.次に,データ収集サイクルにて,街を移動する参加者が取得したセンサデータを収集する.3つ目に,データ解析サイクルにて,収集されたセンサデータを解析し,得られた知見を参加ユーザや社会へと還元する.本論では,ユーザ参加型センシングにおける各システムサイクルで必須となる要素技術を研究し,ユーザ参加型センシングの実用可能なシステムアーキテクチャを示すことを目的としている.本論文は大きく分けて3つの研究から成る.(1)ユーザ参加型センシングにおける参加者選出機構 KEIANの設計,(2)ユーザ参加型センシングにおけるクライアント機構の設計,(3)道路ネットワーク構造を考慮したセンサデータの索引手法 KDRN-Treeの設計である. 以下にそれぞれについての詳細を述べる.

(1) ユーザ参加型センシングにおいてデータ収集は,街を往来する人々によって成される.そのため,時空間的に均一でより多くのデータを収集できるかどうかは,参加したユーザの質によって大きく左右される.既存の参加者選択手法は,管理者が指定したデータ収集領域内で活動する候補者の行動を分析することで最終的に参加者を選出する.しかしながら,候補者の携帯電話を利用した継続的な行動分析は,端末の電池を著しく浪費するため非現実的である.そこで本研究では,候補者が日常的に利用しているソーシャルメディアによって行動分析を行うことで参加者を効率的に選択可能な機構 KEIANを設計した.ソーシャルメディアによるユーザの行動予測は,これまでにない試みであったが,一定の精度を示すことが明らかとなった.

(2) ユーザ参加型センシングにおいて,参加者が,直接的に実世界の様子を発信可能なクライアントが必要である.そこで,環境情報だけでなく,実世界の街の様子を画像にて共有可能なクライアント機構 Kitokito写真システムを提案し,プロトタイプを実装した.このプロトタイプを用いて,一般ユーザに,提案クライアントを使用した実地実験を行い,その使用頻度とセンシングへの貢献における動機付けについて調査を行った.結果として,ユーザ参加型センシングへの貢献の動機付けについての知見が得られた.

(3) ユーザ参加型センシングにおける収集データは,参加者が街を移動しながら取得している.そのため,収集データは,道路ネットワークに沿って取得されているという特徴を有している.多数ユーザによって収集された膨大なデータを高速に処理するために,道路に沿った多次元データを高速に検索可能なKDRN-Treeを提案した.また評価実験を通して,検索処理におけるKDRN-Treeの有用性を示した.KDRN-Treeは,既存手法であるK-D-B-Treeに対して最大43%の検索速度向上を確認した.さらに,実環境実験を通して(2)で実装したユーザ参加型センシングのクライアントを用いてユーザ参加型動的ストリート画像フローの生成を行い,KDRN-Treeの実用的なシステムへの適応可能性を確認した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「 ユーザ参加型センシングの研究」と題し、固定のセンサではなくスマートフォン等の携帯端末に具備されるセンサを用いて、センシングを行うとユーザ参加型センシングに関して、参加者の登用からセンサデータ管理までその効率的な運用のためのシステムアーキテクチャの構築を行ったものであり、全七章から構成されている。

第一章は「序論」であり、ユーザ参加型センシングのシステムサイクルにおいては、従来のセンサネットワークでは必要がなかった「参加者の登用」が必要であることを指摘すると共に、本論文の概観を行っている。

第二章は「ユーザ参加型センシングの基礎と技術課題」と題し、まず従来のセンサネットワークの研究を概観し、これらにおいては、電力供給・時刻同期・時空間情報の取得において様々な問題があることを指摘しする一方、センサを搭載したスマートフォン等の携帯端末を用いたユーザ参加型センシングの利用によりこれらの問題が解決できる可能性があることを指摘した。更にユーザ参加型センシングのシステムサイクルが、参加者の登用・センサデータ収集・センサデータ管理という3つの段階に分類されることを指摘している。

第三章は「ユーザ参加型センシングにおける参加者登用機構」と題し、従来のような管理者が指定した空間領域内で既に活動を行っている参加者に対して参加継続の可否を判定する方式ではなく、参加候補者の行動をTwitterやfoursquare等の位置情報が付与されたマイクロブログへの投稿状況から判断し、質の良い参加者を選択するためのプラットフォームであるKEIANを提案し、その各モジュールについて論じている。KEIAN式は候補者の行動分析を行ってから参加者を選択する方式に比べ、行動分析のための端末の電力消費が無くユーザの負担感が少ないという利点を有する。

第四章は「ソーシャルメディアによるユーザ行動推定」と題し、第三章で提案したKEIANの中心的モジュールであるソーシャルメディアによる行動推定アルゴリズムについて論じている。foursquareにおいて位置情報付投稿を行ったユーザの中から十分な数のチェックインを行っているactive userの投稿を拾い出すと共に、平日と休日の行動履歴に有意な差が見られるため両者を独立して扱うことの必要性を示した。その上で、active userの行動履歴を時間と空間の両方を用いてクラスタリングを行った。次にこのクラスタを状態として定義し、その状態遷移からユーザの行動を推論するアルゴリズムを提案した。また、提案アルゴリズムはマルコフモデルに比べて推論精度が高いことを示すと共に、foursquareのチェックイン時刻も併せて利用することにより更なる性能改善を行った。

第五章は「ユーザ参加型センシングにおけるクライアント機構」と題し、ユーザ参加型センシングにおけるセンサデータ収集サイクルにおいては、クライアントにおけるユーザの負担を軽減することの重要性を指摘すると共に、これを解決するシステム事例としてKitokito写真システムの開発を行っている。本システムは、写真投稿を通じて季節や時間によって変動する街の様相をセンシングするためのものであり、時間と撮影場所だけでなく撮影方向も自動的に記録される特徴を有する。システムは写真撮影クライアント、センサデータ管理サーバ、データ可視化クライアントの3つの要素から構成される。本章では開発システムのユーザ利用調査実験を併せて行い、スマートフォン未経験者でも負担なく利用可能であるという評価結果を得た。

第六章は「道路ネットワーク構造を考慮した多次元空間索引手法」であり、ユーザ参加型センシングにおけるセンサデータ管理サイクル収集サイクルにおいては時空間情報以外のデータも伴った多次元構造のデータの高速検索性が重要であることを指摘し、その一つの解決策としてKikokito写真システムで収集した画像をストリート画像フローの形で提示するための空間検索手法の提案を行っている。KDRN-Treeと名付けられた本手法は実世界の道路構造を反映した多次元空間索引であり、連続した道路セグメントを保存してツリーを構成し力学的ポテンシャルモデルを用いて形状の正規化を行うため、道路パタンが不規則な場合でも検索処理効率が高いという特徴を有する。また、提案KDRN-Treeの性能を既存手法と比較しその有効性をシミュレーションによって示した。更に、KDRN-Treeを利用して、ストリート画像フロー生成の実システムの開発を行った。

第七章は「結論」であり論文の成果と今後の展開をまとめている。

以上これを要するに、ユーザ参加型センシングのシステムサイクルである参加者の登用・センサデータ収集・センサデータ管理のそれぞれの問題の解決を図り効率的な運用のためのシステムアーキテクチャの構築を行ったものであり、電子情報学上貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(情報理工学)の学位論文として合格と認められる。

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