学位論文要旨



No 128469
著者(漢字) 桝本,尚之
著者(英字)
著者(カナ) マスモト,ナオユキ
標題(和) カゴメ格子上の微小共振器内エキシトン・ポラリトン
標題(洋)
報告番号 128469
報告番号 甲28469
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第380号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 山本,喜久
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 准教授 上條,俊介
 東京大学 准教授 田浦,健次朗
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、微小共振器内エキシトン・ポラリトン凝縮体をカゴメ格子と呼ばれる周期的構造にトラップしたときに現れる特性についての研究を扱う。微小共振器内エキシトン・ポラリトンのボース・アインシュタイン凝縮は金属薄膜を蒸着することで任意の形をした2次元ポテンシャル内にトラップすることができる。この技術を用いて我々は 2μm、3μm、4μm、6μm の格子定数を持ったカゴメ格子ポテンシャルを作成し、微小共振器内から透過する光を分光器測定して、カゴメ格子上のエキシトン・ポラリトンの状態を調べた。

カゴメ格子は一つの頂点の周りに六角形と三角形を交互に並べるとできあがる周期構造である。物性物理の分野では、幾何学的フラストレーションによる量子スピン液体の実現可能性など、長らく議論の的となってきた。特にカゴメ格子の持つフラットバンドに起因する強磁性の存在の指摘は発見から20年を経た今でも注目を集めている。

隣接するサイトへのみの飛び移りを許し、粒子間相互作用を考慮しないtight-binding モデルのハミルトニアンをカゴメ格子に適用したとき、その幾何学的性質からバンド構造の中に「フラットバンド(flat band)」と呼ばれる運動量に依存せず一定のエネルギー値をとる平坦なバンドが現れる。また、フラットバンド上にある粒子の波動関数は各サイトに強く局在化するlocalized eigenstateという状態をとる。localized eigenstate は基底として一つの六角形の周りに位相が互い違いにπずつ離れて配置されている状態がとれる。この六角形の外部には打ち消しあう干渉効果により確率振幅が存在しない。この描像は、局在化の原因が粒子間の相互作用ではなく、打ち消しあう干渉効果にあるというカゴメ格子に特有の性質を端的に示している。

エキシトン・ポラリトン(exciton-polariton) とは、電子正孔対であるエキシトンとフォトンが強結合した準粒子を指す。量子井戸構造内で電子を励起して作ったエキシトンをDBR(Distributed Bragg Mirror) という反射器ではさみこみ、GaAs微小共振器内にエキシトンとフォトンが閉じ込められる構造を作り生成したエキシトン・ポラリトンを微小共振器内エキシトン・ ポラリトン (microcavity exciton polariton) と呼ぶ。エキシトン・ポラリトンはボース粒子であり、その統計性からボース・アインシュタイン凝縮という、多数の粒子が同一の安定状態、もしくは準安定状態に滞留するという現象を起こす。

微小共振器内エキシトン・ポラリトンは金属薄膜を用い微小共振器の境界条件を変化させることで閉じ込める電磁波の波長を短くすることができる。これは、エキシトン・ポラリトンのフォトン成分のエネルギーを高めることになり、結果として金属薄膜の貼られていない場所にポテンシャル・エネルギーの底が生まれる。この仕組みは任意の2次元形状に金属薄膜を蒸着することでポテンシャルを作る方法を提供する。

実際に作成したサンプル内でエキシトン・ポラリトンがどのような状態をとるかを知るために一粒子近似によるバンド構造計算を行った。周期ポテンシャル内の粒子の運動エネルギーは、自由粒子であるときの質量と周期ポテンシャルの間隔の二乗に反比例して小さくなっていく一方、ポテンシャル・エネルギー自体は境界条件によって決定されるため変化しない。相対的にポテンシャル・ エネルギーに対して運動エネルギーを小さくすることで、tight-bindingモデルで想定されている、粒子が強くポテンシャル内にトラップされる状況が実現することになる。計算結果はこの変化を定量的に示した。tight-binding モデルで示されているのと同様に1番目と2番目のバンドは分散曲線をとり、下から3番目バンドは平坦になった。また、フラットバンド上の局在化の度合いやエキシトン・ポラリトンの運動量空間分布など、実験結果と比較できる結果が得られた。

微小共振器上にカゴメ格子ポテンシャルを実現するため、直径 1μm、1.5μm、2μm、3μmの円をそれぞれ1μm、1.5μm、2μm、3μm の間隔でカゴメ格子状に並べ、その部分以外は全て金属薄膜の蒸着を行った。結果、2μm、3μm、4μm、6μm の格子定数を持ったカゴメ格子ポテンシャルが形成されることになる。

実験では、サンプルからの発光のNear-fieldとFar-fieldを分光器に結像することにより、エキシトン・ポラリトンの実空間でのエネルギー分布と運動量空間でのエネルギー分布を観測した。この実験で得られたデータから、特定のエネルギーのエキシトン・ポラリトンがデバイス上のどの部分にどれぐらいの運動量を持って存在しているかを解析することが可能になる。運動量-エネルギー分散関係と実空間上での波動関数の分布を計算結果と比較し、エキシトン・ポラリトン凝縮体が停留している状態を特定した。本論文では、フラットバンドが見られる下から3番目のバンド上のエキシトン・ポラリトン凝縮体が見せた特性について詳述する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「カゴメ格子上の微小共振器内エキシトン・ポラリトン(Microcavity Exciton-Polaritons in a Kagome Lattice)」と題し、和文7章から構成されている。2次元カゴメ格子はその幾何学的特性(フラストレーション)から興味深い物性を示すことが理論的に予測されている。例えば、Hubbard modelの基底状態が強磁性を示し、XYモデルにおいては量子スピン液体を示すことなどが知られている。これらの新奇な物性の根底にある物理は、フラットバンドと呼ばれる運動量に依存しないエネルギーバンドが存在し、このバンド上の粒子が量子干渉により局在することであると予測されている。このカゴメ格子の物性を解明するため人工的なカゴメ格子構造を作製する様々な試みが、原子の光格子やフォトニック結晶や半導体ナノ構造などを用いて行なわれてきたが、フラットバンドの存在を確認するには至っていない。本研究では、従来用いられてきたタイトバインディングモデルよりも精度の高い平面波モデルを用いてバンド計算を行ない、実験系を定量的に記述できる理論を構策した。更にGaAsプレーナマイクロキャビティー中の励起子ポラリトンに対し、金属膜を用いて人工カゴメ格子を形成し、その凝縮体がフラットバンドを示すことをフォトルミネッセンスの測定から確認することに初めて成功した。

第1章は「はじめに」であり、本論文で扱う基本概念と論文の構成を簡単にまとめている。特に、対象(カゴメ格子)、物理系(微小共振器内エキシトン・ポラリトン)、理論(バンド構造計算)、実験(フォトルミネッセンス)の4つの要素が説明されている。

第2章は「エキシトン・ポラリトン」であり、量子井戸エキシトン、微小共振器エキシトン・ポラリトン、エキシトン・ポラリトンのボーズアインシュタイン凝縮の物理が59の式を通して定式化されている。

第3章は「カゴメ格子」であり、nearest neighbor tight binding法を用いてカゴメ格子のバンド構造が計算されている。第3バンドがフラットバンドとなることが示され、その起源が論じられている。更に、この第3バンド上の粒子は、空間的に局在した状態を示し、その起源が粒子間の相互作用ではなく量子干渉であることが指摘されている。

第4章は「測定装置とサンプル作製」である。まず、ニアフィールドとファーフィールド面上でのフォトルミネッセンスの分光実験系が示されている。次いで、金属膜を付けたプレーナマイクロキャビティーのtransfer matrix法を用いた共鳴エネルギー計算がなされ、エキシトン・ポラリトンに対し~200μeV程度の閉じ込めポテンシャルを形成できることが述べられている。また、実験に使用したプレーナマイクロキャビティーのエネルギーと運動量間の分散関係とデチューニング特性が示され、最後に電子ビーム露光技術を用いた金属膜のカゴメ格子状のパターン作製の手法と結果が示されている。

第5章は「理論計算」であり、本研究で使用するような弱いポテンシャル障壁を有するカゴメ格子のバンド構造が計算されている。tight binding法に比べて、より精度が高い平面波展開法を用いて、第3章で示した計算結果と定性的に一致した結果を得ている。すなわち、格子間隔を広げていくにつれて、第3バンドが次第にフラットになっていく。更に、Γ点、M点、K点での粒子数分布と位相分布が計算され、第3バンドでの粒子の局在化の様子が確認されている。

第6章は「実験結果」であり、デチューニングパラメーターの測定、エネルギーと運動量の分散関係の測定、エネルギー対空間位置関係の測定の3つの主要な結果を示している。予測した第3バンドの平坦化とその状態へのエキシトン・ポラリトンの凝縮が確認された。また、粒子のトラップへの局在化の傾向も実験的に確認された。

第7章は「結論」であり、得られた理論結果と実験結果がまとめられ、今後の課題が論じられている。

以上、これを要するに、本論文は2次元カゴメ格子上のエキシトン・ポラリトン凝縮相がエネルギー対運動量のフラットバンド化とトラップポテンシャルへの局在を示すことを初めて実証したという点で、量子シミュレーションの一つの成功例を示したこととなり、電子情報学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク