学位論文要旨



No 128478
著者(漢字) 山中,紀明
著者(英字)
著者(カナ) ヤマナカ,ノリアキ
標題(和) 子宮内胎児外科手術のための同軸レーザ誘導照射内視鏡システム
標題(洋)
報告番号 128478
報告番号 甲28478
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第389号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 准教授 正宗,賢
内容要旨 要旨を表示する

序論

胎児疾患のうち双胎間輸血症候群の治療として,胎盤上吻合血管レーザ凝固術が行われている.現状では,ファイバ内視鏡とレーザファイバを並列に配置しているために,レーザスポットの目標血管への位置決めが困難である.また,術具の操作中に,胎盤に接触して出血させる危険性がある.そこで先行研究として,単一光学系を通して観察とレーザ光伝達を同軸で行い,内視鏡を移動させることなく視野内の任意の点へレーザ照射が可能な内視鏡を開発した.同内視鏡システムではレーザ照射点の位置決めはクリックのみの操作により行われる.そのため,危険性の低減,簡易な手術を実現する可能性がある.

しかし,胎児外科において使用可能な大きさではなく,レーザ出力も十分なものではない.また,同内視鏡の設計論が明確ではなかった.そのため,同内視鏡の設計論を確立し,内視鏡の細径化とレーザの高出力化を行う必要がある.また,術中には母体の呼吸動や体動,また動脈の拍動により対象血管が移動する.そのため,操作性の向上のために,対象の移動に対応できることが望まれる.

目的

本研究では,胎盤上吻合血管レーザ凝固術における術具の操作性を向上させ,より安全な手技とするために,内視鏡を移動させることなく任意の点へのレーザ照射を可能とする内視鏡とシステムを開発する.具体的には,以下の3 点を行う.

・観察と高出力レーザ照射を同軸で行い視野の任意点へレーザを誘導する内視鏡の構成手法を明確にし,臨床使用可能な大きさで開発する.

・レーザ照射において,呼吸や体位変化による目標の移動に対応可能な追従機能を開発する.

・上記内視鏡と追跡機能を統合したシステムにおいて,評価実験を行い,臨床応用における有用性を検証する.

同軸レーザ誘導内視鏡システムの概要

内視鏡画像の取得とレーザ照射を単一の内視鏡光学系を通して行い,内視鏡の移動を必要とせずレーザ照射点を変更可能とする.また,移動対象を画像処理によって追跡しつつレーザ照射点を制御する.それにより術者は目標点を内視鏡画像上でクリックし,レーザ照射スイッチを押すだけで目標血管の凝固が可能となる.そのため,内視鏡操作による危険性と術者の負担を低減することができる.

同軸レーザ誘導内視鏡の解析・設計

本同軸レーザ誘導内視鏡においては,カメラ光学系とレーザ光学系とで1本の内視鏡を共有する.ただし,カメラ光学系とレーザ光学系は異なる仕様を持つため,接眼レンズ系を独立とし対物レンズ系とリレーレンズ系とを共有する.

胎児外科において使用可能な内視鏡として,照明を除き外径3.5 mm,有効長250 mm以上,視野角70°以上を実現する.本設計においては,対物レンズ系としてレンズ3枚を用い,リレーレンズ系としてGRINロッドレンズを用いる.このGRINレンズ1本で十分な有効長を確保しレーザ光の反射面を最少の2面に抑えることで,高伝達効率を実現する.

また,細径内視鏡内のレーザ光の伝達と誘導角度の制御においては,ケラレの問題が生じる.そこでガウシアン分布のレーザ光においてケラレを考慮した伝達モデルを考案した.そして,シングルモードファイバレーザを用いることで,レーザ照射点の高出力密度を確保し,ケラレを最小限として高伝達効率と広誘導角度を実現する.さらに,レーザ照射点を変更するレーザ誘導光学系において,ガルバノスキャナの配置も広誘導角度を確保する直接接続の構成とし,内視鏡レンズの破損を防ぐためにレンズ表面での出力密度が一定値以下となるよう設計を行う.

レーザ照射のための目標追跡

術中の母体の呼吸等により照射対象の血管が移動する可能性がある.そのため,移動対象へのレーザ照射をより安全に行い,術者の負担を低減するために追跡を行う.追跡においては,レーザ照射のために,広域追跡,リアルタイム処理,羊水内浮遊物に対し頑健な追跡を行う必要がある.広域追跡のために逐次追跡を行い,目標点を喪失した際に再追跡を行うために目標検出を行う.

また,処理コスト低減のために,画像の縮小や低コストの特徴点抽出手法を用いる.

浮遊物は,周囲より高輝度,円形に近い形状,胎盤とは異なる移動量を持つという3つの観点により追跡候補から除外し,頑健な追跡を行う.

逐次追跡の処理は以下の通りである.照明の変化の影響を抑えるために内視鏡画像をLoG(Laplacian of Gaussian)画像に変換する.しかし,LoG画像では胎盤の羊水中の浮遊物や鏡面反射領域も強調される.そこで,中心輝度が周囲の円周上の全ての画素の輝度より閾値以下となる場合に除外するという円形フィルタを考案した.それにより,浮遊物や鏡面反射領域を除去する.特徴点抽出にはFAST(Features from Accelerated Segment Test)を用い高速に多数のコーナを抽出する.得られた特徴点のオプティカルフローを求め,Homography行列の計算においてRANSAC(Random Sample Consensus)を用いることで,誤追跡点を除去する.この際,複数フレームにかけて追跡した特徴点に対し計算することで,1フレームでは取り除けない移動量の差の小さい浮遊物を除去する.そして,照射目標点と各特徴点との相対位置に基づき目標点を計算する.さらに,目標点周りの類似度を計算し追跡の正確さを検証する.

また,目標検出において,初期画像とSURF特徴点と特徴量を保存し,追跡に失敗した場合や視野外に外れた場合には,SURF特徴点の一致により目標点を検出する.

目標追跡機能を有する同軸レーザ誘導内視鏡システム

システムとしては,PC,レーザ内視鏡,内視鏡カメラユニット,ガルバノスキャナユニット,レーザ装置により構成される.またソフトウェアの構成としては,画像取得,目標追跡,スキャナ制御,レーザ装置制御の各機能をマルチスレッドとして処理する.

目標点の指定からガルバノスキャナの制御のために,カメラとスキャナの座標系の統合を行う.カメラキャリブレーションにはチェッカーボードを用いた手法を用いる.スキャナのモデルとして,カメラモデルと同等のモデルを用い,チェッカーボードを用いた内視鏡画像に基づくキャリブレーションを行う.この際,カメラ光学系とレーザ光学系が内視鏡を共有していることから,歪みを補正しないカメラ仮想座標系においてキャリブレーションすることで,高精度な位置決めを可能とする.

評価実験

内視鏡画像の画質の評価として,解像度と色収差の評価を行った.解像度の指標であるMTF50の値は画像全体において, 0.096 cycles/pixelであった.また,距離20 mmにおけるMTF50は平均1.2 cycles/mmであった.また,色収差は平均1.37 pixelであった.

またレーザ照射における評価を行った.照射スポット径は10~20 mmの距離において0.17~0.29 mmであった.また最大伝達効率に対し90%の伝達効率となる範囲をレーザ誘導範囲と定めると水平方向に42.6°,鉛直方向に46.4°で角度の変更が可能である.また,レーザ出力最大伝達効率として66.2%,最大出力33.8 Wでのレーザ照射が可能であった.またレーザ照射位置決め精度評価実験において,距離10~20 mmで平均0.12~0.17 mmの誤差であった.鶏肝臓を用いたファントム実験において,距離20 mmからの照射において照射点の直径は,50 W照射時に3 mmまで拡大した.

追跡性能について,臨床において撮影された動画において胎盤上血管の追跡を行った.その結果として,レーザ照射を行っている状況において,300フレームにかけて10 pixel以下の誤差で追跡が可能であった.また,目標喪失後の検出誤差は4.2 pixelであった.

内視鏡と追跡機能を統合したシステムに対し,in vivo実験を行った.内視鏡をステージに搭載し,呼吸動を模倣した動きを生成し,内視鏡画像上で目標血管を指定してレーザ照射を行った.その結果として,照射点とその末梢側の血管の収縮を確認した.

考察

内視鏡として,レーザ照射時に血管の変化を確認可能な画質が確保されたと考えられる.また,レーザ照射においては,レーザ出力の高伝達効率と小径レーザスポットによって,生体組織の凝固に必要なレーザ出力密度を実現することができる.さらに,広域のレーザ誘導範囲が実現されたことから,レーザ照射前の内視鏡の位置決めも容易となると期待される.また,レーザ照射点の位置決めは,血管径に対し十分な精度を得られたと考えられる.目標追跡は10 s程度の間であるが小さな誤差で追跡可能であることが示され,レーザ照射に十分適用可能である.内視鏡と目標追跡を統合したシステムに対するin vivo実験より,システムとして移動血管を凝固するに足る性能を有していると考えられる.これより,レーザ凝固術を簡易かつより安全に行える可能性が示された.臨床における要求としては,さらなる細径化,腹側胎盤へアプローチするために射視鏡や軟性鏡への適用がある.また治療の応用としては,出血時の止血や表層の病変部のレーザ凝固による治療が考えられる.さらに遠隔治療の実現可能性を有し,医療の発展に寄与するものと考えられる.

結論

双胎間輸血症候群に対する胎盤上吻合血管レーザ凝固術のために,内視鏡を移動させることなく移動する任意の照射目標点へレーザ照射を行う同軸レーザ誘導照射内視鏡システムを提案した.本内視鏡システムでは,クリックのみにより移動対象を含めて目標点の簡易なレーザ凝固が可能となり,より安全な手技が実現される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,子宮内胎児外科手術用の同軸レーザ誘導照射内視鏡システムとして,双胎間輸血症候群の治療を目的としている,胎盤上吻合血管レーザ凝固術を安全かつ正確に行うことは極めて重要である.これを実現するために,本研究では下記の3点について開発することを目的としている.

・観察と高出力レーザ照射を同軸で行い視野の任意点へレーザを誘導する内視鏡の構成手法を明確にし,臨床使用可能な大きさで開発する.

・レーザ照射において,呼吸や体位変化による目標の移動に対応可能な追従機能を開発する.

・上記内視鏡と追跡機能を統合したシステムにおいて,評価実験を行い,臨床応用における有用性を検証する.

まず,内視鏡操作による危険性と術者の負担低減を目的に,内視鏡画像の取得とレーザ照射の光学系を同一とし,目標点を内視鏡画像上でクリックするだけで,レーザ照射による目標血管の凝固が可能となる.胎児外科での使用を考慮して,3枚の対物レンズ系とリレーレンズ系としてGRINロッドレンズを用いた.このGRINレンズ1本で十分な有効長を確保しレーザ光の反射面を最少の2面に抑えることで,高伝達効率を実現した.また,細径内視鏡内でのレーザ光の伝達と誘導角度の制御では,ケラレの問題を生じる.そこでシングルモードファイバレーザを用いて,レーザ照射点の高出力密度を確保し,ケラレを最小限として高伝達効率と広誘導角度を実現した.

術中は母胎の呼吸等により照射対象が移動する可能性があるため,広域追跡用に逐次追跡を行うことで,目標点を喪失しても再追跡が可能となった.また,逐次追跡の処理では,まず内視鏡画像をLoG(Laplacian of Gaussian)画像に変換する.その際強調される羊水中の浮遊物や鏡面反射領域の影響を抑えるために,円形フィルタを考案した.それにより,浮遊物や鏡面反射領域を除去に成功した.特徴点抽出にはFAST(Features from Accelerated Segment Test)を用いて特徴点のオプティカルフローを求め,Homography行列の計算で誤追跡点を除去した.

目標点を指定した後ガルバノスキャナを制御するため,カメラとスキャナの座標系の統合を行った.カメラキャリブレーションにはチェッカーボードを用い,内視鏡画像に基づくキャリブレーションを行った.この際,カメラ光学系とレーザ光学系が内視鏡を共有しているため,カメラ仮想座標系においてキャリブレーションすることで,高精度な位置決めを可能とした.

内視鏡画像の画質の評価として,解像度と色収差の評価を行っている.その結果,解像度はMTF50が画像全体で0.096 cycles/pixelである.また距離20 mmにおけるMTF50は,平均1.2 cycles/mm,色収差は平均1.37 pixelである.レーザ照射における評価では,10~20 mmの距離における照射スポット径が0.17~0.29 mmである.90%の伝達効率となる範囲をレーザ誘導範囲とすると水平方向に42.6°,鉛直方向に46.4°で角度の変更が可能である.また,レーザ出力の最大伝達効率を66.2%とすると,最大出力33.8 Wでのレーザ照射が可能であった.レーザ照射の位置決め精度では,距離10~20 mmで平均0.12~0.17 mmの誤差であった.鶏肝臓によるファントム実験で,距離20 mmからの照射において照射点の直径は,50 W照射時に3 mmまでの拡大を確認している.

追跡性能実験として,動画による胎盤上血管の追跡を行った.その結果,レーザ照射の追跡は,300フレームにおいて10 pixel以下の誤差であり,目標喪失後の検出誤差は4.2 pixelである.内視鏡と追跡機能を統合したシステムに対し,in vivo実験を行い,呼吸運動を模倣した動きにおける内視鏡画像上で目標血管を指定してレーザ照射を行った.その結果として,照射点とその末梢側の血管の収縮を確認している.

以上の結果から,レーザ照射時に血管の変化を確認可能な内視鏡が実現できたと言える.また,レーザ出力の高伝達効率と小径レーザスポットによって,生体組織の凝固に必要なレーザ出力密度を実現している.さらに,広域のレーザ誘導範囲が実現されたことから,レーザ照射前の内視鏡の位置決めも容易となり,血管径に対し十分な精度で位置決めが可能になった.目標追跡は10 s程度の間であるが小さな誤差で追跡可能であることが示され,レーザ照射に十分適用可能である.内視鏡と目標追跡を統合したシステムに対するin vivo実験より,システムとして移動血管を凝固するに足る性能を有していると考えられる.これより,レーザ凝固術を簡易かつより安全に行える可能性が示された.

これにより,双胎間輸血症候群に対する胎盤上吻合血管レーザ凝固術のために,内視鏡を移動させることなく移動する任意の照射目標点へレーザ照射を行う同軸レーザ誘導照射内視鏡システムが実現したと言える.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位論文として合格と認められる.

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