No | 128481 | |
著者(漢字) | 尾形,邦裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オガタ,クニヒロ | |
標題(和) | 人体力学構造と他者運動誘導を活用する身体運動スキルの解析とモデル化 | |
標題(洋) | Analysis and Modeling of Physical Skills Exploiting Human Body Dynamics and Target Motion Induction | |
報告番号 | 128481 | |
報告番号 | 甲28481 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(情報理工学) | |
学位記番号 | 博情第392号 | |
研究科 | 情報理工学系研究科 | |
専攻 | 知能機械情報学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 概要 人の身体は多リンク筋骨格系であると同時に反射や姿勢制御等により自律的な応答をする.このため,人が他者を対象として行う運動には,自他各々の身体の特性と応答性,およびそれらの相互結合が関与して,極めて複雑な系となる.これまでに介護動作の運動解析やロボティクスにおける実現について検討されてきたが,上述の系の特性を適切に活用する運動スキルやロボットにおける制御戦略に関する研究例はない.そこで本研究では高度な身体スキルを持つ介護士や武術の熟練者の運動を計測,解析することで自己及び他者の身体の特性を活用する運動スキルの解明を目指す.本論文ではこのようなスキルを自他身体誘導スキルと呼ぶこととする. 複雑な人の身体運動を解析する上で,大局的な力学構造,筋骨格構造,他者の身体運動という3点にそれぞれ着目することが重要であると考え,これらの要素に基づいて4種類の動作について解析を行った.その結果,大局的な力学構造に注目することで,急激な加速度変化の利用と倒れ込みを利用した戦略が見られた.筋骨格構造に注目することで,多数の筋の特性による特異な姿勢の利用が見られた.これらの身体運動によって,受け手は姿勢調節による立ち上がり動作や後退動作が誘導されている様子が確認された. 解析結果から得られたZMPの発散的変化などの運動特徴から力学モデルを導出し,動力学シミュレーション上で運動の再現性が確認された.また,引き上げ動作においても受け手の姿勢反射が重要な働きをしていることが明らかになった.解析から得られたスキルの工学的再現を示すために,押し動作を行うロボットを開発し,人を押す動作の実験を行った所,運動スキルに基づく動作によって受け手の運動に有意な変化が確認された. また,解析から得られたスキルが熟練者に限定されたものではなく,一般的に有効なスキルであることを示すために,一般人にスキルを教示し,教示前後での振舞いの変化を解析した.その結果,スキルの教示によってパフォーマンスの向上が確認された.特に注目するべき点は,教示したスキルは簡易な表現でありながら,高いパフォーマンスを引き出している点である.このことから,簡易だが動作の成否を分ける運動表現を本研究ではコツと定義する. 以下,各章の要旨をまとめる. 第1章:序論 本章では,従来までの人やロボットが他者を対象として行う運動の研究成果を俯瞰することで,従来研究では十分な議論がされていない自己及び他者の運動の利用の必要性について述べている.そこで本論文では自己及び他者の身体を利用した運動スキルの解明を目指し,高度なスキルを有する人物の運動解析によってこれを実現する.本論文では,介護士および武術の熟練者である甲野善紀から実験協力を得た. 第2章:自他身体誘導スキルと運動解析 本章では,人の身体の複雑さや他者を対象として行う運動における問題点を考察している.その上で,(1)大局的な力学構造,(2)筋骨格構造の利用,(3)他者の身体運動の3つの要素が動作解析において重要であると捉えている.さらに,これらの要素を収斂することで動作の成否を分けるコツが得られると考察している.そこで,各動作解析においてこのコツの導出を目的としている.また,解析する動作を受け手が受動的に振る舞う場合と自律的に振る舞う場合とで分類し,それぞれ3章及び4章で述べる. 第3章:他者との協調に基づく自他身体誘導動作 本章では,受け手が受動的に振る舞う動作の計測及びその解析結果について述べている.本章では片手で引き上げる動作と介護における移乗動作を扱っている. 引き上げ動作では受け手を引き上げる短い時間の間に2つの力学構造が存在していることが分かった.1つは急激な加速度変化の利用,もう1つは自己の体重を利用した倒れ込みの利用である.この倒れ込みの利用は介護における移乗動作でも見られ,自らの体重を利用することで少ない力で高いパフォーマンスを実現することができている.また,この戦略は足部の地面との接地状態の変化という簡易な表現にまとめることができる. 引き上げ動作では肘部の筋骨格構造が持つ特異な性質を利用することで,腕の姿勢を拘束し,体幹の出す力を有効に活用していることが確認された. 第4章:他者の運動を誘導する身体力学構造 本章では,受け手が自律的に振る舞う動作の計測及びその解析結果について述べ,片手で他者を押す動作と竹刀で他者の姿勢を崩す動作を扱っている. これらの動作に共通する運動の特徴として,受け手が持つ主体者の運動の予測を撹乱する点にある.受け手は予測と異なる外乱に対し,姿勢調節のために後退あるいはしゃがみ込む動作を行なっている.押し動作では瞬間的に強い外乱を与え,竹刀で姿勢を崩す動作では力の方向を変化させている.これらの運動は地面との瞬間的な接地状態の変化によって実現され,第3章の動作との共通した力学構造が見られる. このように,受け手が自律的に振る舞う動作ではタスクの遂行は困難に思えるが,受け手の予測を撹乱することで少ない力でタスクが実現されていると考えられる. 第5章:自他身体誘導動作の力学モデルとシミュレーション 本章では,第3章及び第4章で解析した動作の力学モデルの導出及びシミュレーションを行うことで,これまでに得られた運動スキルに基づいて動作が再現されることを示す. (1) 運動の大局的な力学構造ではZMPを入力として重心軌道を計算することで,地面との接地状態の変化から全身の運動の再現を示した.(2)人の持つ筋骨格の特性を数値計算することで,運動において手先が出す異方性のある力や多関節筋構造が運動に大きく寄与していることが示された.(3)主体者のみならず受け手を含めた動力学シミュレーションから,受け手の身体のリンク系の利用や自律反射の誘導が動作の成否において重要であることが明らかになった. 第6章:自他身体誘導スキルのロボットにおける実現 本章では,第5章で求めた力学モデルの工学的応用として押し動作を行うロボットを開発し,解明されたスキルに基づく押し動作の実験について述べている. ここではスキルの重要な要素のみ実装するために腕部と上体部のみ開発した.このロボットは空気圧人工筋で駆動し,各身体は人の筋配置に基づいて空気圧人工筋を取り付けている. ロボットによる人を押す実験を行ったところ,コツに基づく動作によって受け手の後退動作の誘導を実現できた.一方で,受け手はロボットの押し動作を受け続けることで後退動作が誘導されなくなることが見られた.これはロボットが力任せに押しているのではなく,受け手の予測を撹乱していたことを意味している. 第7章:自他身体誘導スキルの検証 本章では,第6章で開発したロボットは人の身体全体を構成するものではないため,一般人にスキルを教示することでタスクに対するパフォーマンスの変化を解析する. 本研究では引き上げ動作と押し動作の2つの動作を扱った.検証実験の結果,コツの教示によるパフォーマンスの変化に有意な差が見られ,解析から得られたコツが甲野だけではなく一般に有効なスキルであることが確かめられた.一方で,各動作において甲野の運動よりもパフォーマンスが低く,本論文で得られたスキルが甲野の運動を完全に再現できていないと考えられる. 第8章:自他身体誘導スキルの考察 本章では,これまでの議論の流れをまとめ,解析した動作同士の類似点と相違点を考察することで自他身体誘導動作に共通するスキルについて考察している. 本論文では,身体スキルの解明及びその効果を検証する方法論を構築した.それは以下のようにまとめられる. 1.大局的な力学構造,筋骨格構造,他者の身体運動に着目した解析を行う. 2.解析された動作の力学的効果を検証するために動力学シミュレーションによる検証を行う. 3.抽出された運動特徴に基づいてロボットの機構系と制御系を実装し,人との実験によって有効性を検証する. 4.抽出された運動特徴を簡易な表現に落としこみ,人に教示することで,一般の人への効果を検証. これによって,計測動作から運動特徴を抽出し,抽出された運動特徴から運動を再現することで工学的実現性を示すことができる. 第9章:結論と展望 本論文の学術的貢献は,以下のようにまとめられる. 1.他者を対象として扱う運動は極めて困難であるが,その動作解析及びモデリングは十分になされていない.本論文ではこの複雑な身体スキルを解明する方法として,大局的な力学構造,筋骨格構造,他者の身体運動に基づくことで重要な運動特徴を抽出できることを示した. 2.上記の方法で抽出された運動特徴に基づいて,力学モデル及び簡易な運動表現(コツ)を導出することで動力学シミュレーション,実ロボット,一般の人において動作が再現されることを確認した. 本論文で提案したスキルの解明法により,自他各々の身体特性を考慮した動作における運動特徴が抽出された.今後は,この運動特徴を実用的なタスクへの適用を検討する必要がある.具体的には接地状態を調整する機構を持つ立ち上がり介助機器の開発が挙げられる. また,本論文では力学的効果や人の反射系の利用にとどまり,高度な人の認知や認識への影響には言及していない.自他身体誘導動作において,人の認知が与える影響を解明することで,人の高度な運動スキルの解明とそれを実装したロボットの開発が期待される. | |
審査要旨 | 本論文は「人体力学構造と他者運動誘導を活用する身体運動スキルの解析とモデル化」と題し,介護や武術などにみられる,人が他者を対象として行う運動のスキルの解明と工学的モデル化の研究をまとめたものであり,全9章からなる. 人の身体は多リンク筋骨格系であると同時に反射や姿勢制御等により自律的に応答する.このため,人が他者を対象として行う運動には,自他各々の身体の特性と応答性,およびそれら相互結合が関与し,極めて複雑な系となる.しかし,介護や武術の熟練者は,この系の特性を適切に活用することで,効率よく高い運動性能を達成しているように見える.本研究では,その技能を具体的定量的に解明し,工学的に利用可能なモデルとして示すことを目的とした. 従来のロボティクスで介護動作の実現例はあるが,ほとんどがアクチュエータのパワーに依存した力任せな方策であり,上述の意味のスキルを体系的に扱った例はない.バイオメカニクスの分野でも介護動作の研究は多いが,他者が受動的な場合に限定され,自律的応答を考慮した方策は十分に検討されていない. 以下の各章では,人体力学構造と他者の自律応答を活用した運動スキルに関して,問題分析,運動の計測及び解析,解析結果に対する力学モデルの導出,シミュレーションおよびロボットによる工学的再現,人によるスキルの再現性の検証,考察を行っている.成果として,自他身体運動スキルの解析法,スキルの構成要素とその機能的意味,スキルの工学的再現法を提示し,今後の研究課題についても具体的データに立脚して提案している. 第1章「序論」では,従来までの人やロボットが他者を対象として行う運動の研究成果を俯瞰することで,従来研究では十分な議論がされていない自己及び他者の運動の利用の必要性について述べている.そこで本研究では自己及び他者の身体に基づく運動スキルの解明を目的とし,高度なスキルを有する人物の運動解析によってこれを実現する. 第2章「自他身体誘導スキルと運動解析」では,他者を対象として行う運動における問題点を考察し,(1)大局的な力学構造,(2)筋骨格構造,(3)他者の身体運動の3つの要素が動作解析において重要であると捉えている.さらに,これらの要素を収斂することで動作の成否を分けるコツが得られると考察している.また,解析する動作を受け手が受動的に振る舞う場合と自律的に振る舞う場合とで分類する. 第3章「他者との協調に基づく自他身体誘導動作」では,受け手が受動的に振る舞う動作の計測及びその解析結果について述べている.本章では片手で引き上げる動作と介護における移乗動作を扱っている.これらの動作に共通する戦略として自己の体重を利用した戦略が見られた.これは力に頼らず,低コストで高いパフォーマンスを発揮することが可能となる.また,引き上げ動作は瞬間的な動作でありながら,急激な加速度変化と倒れ込みの勢いの利用という2つの力学構造が確認された. 第4章「他者の運動を誘導する身体力学構造」では,受け手の自律的応答を考慮した動作の計測及びその解析結果について述べている.本章では片手で他者を押す動作と竹刀で他者の姿勢を崩す動作を扱っている.これらの動作に共通する運動の特徴として,受け手が受ける外乱予測の撹乱にある.受け手は予測と異なる外乱に対し,姿勢調節のために後退あるいはしゃがみ込む動作を行なっている.受け手の自律的応答を含む動作はタスクの遂行では大きな力が必要に思えるが,受け手の予測を撹乱することで少ない力で実現することが可能となる. 第5章「自他身体誘導動作の力学モデルとシミュレーション」では,第3章及び第4章で解析した動作の力学モデルの導出及びシミュレーションを行うことで,これまでに得られた運動スキルに基づいて動作が再現されることを示す.(1) 運動の大局的な力学構造ではZMPを入力として重心軌道を計算することで,地面との接地状態の変化から全身の運動の再現を示した.(2)人の持つ筋骨格の特性を数値計算することで,運動において手先が出す異方性のある力や多関節筋構造が運動に大きく寄与していることが示された.(3)主体者のみならず受け手を含めた動力学シミュレーションから,受け手の身体のリンク系の利用や自律反射の誘導が動作の成否において重要であることが明らかになった. 第6章「自他身体誘導スキルのロボットにおける実現」では,第5章で求めた力学モデルの工学的応用として押し動作を行うロボットを開発し,解明されたスキルに基づく押し動作の実験について述べている.このロボットは空気圧人工筋で駆動し,腕部と上体部のみ開発した.実験の結果,コツに基づく動作によって受け手の後退動作の誘導を実現できた.一方で,受け手はロボットの押し動作を受け続けることで後退動作が誘導されなくなることが見られた.これはロボットが力任せに押しているのではなく,受け手の予測を撹乱していたことを意味している. 第7章「自他身体誘導スキルの検証」では,第6章で開発したロボットは人の身体全体を構成するものではないため,一般人にスキルを教示することでタスクに対するパフォーマンスの変化を解析する.本研究では引き上げ動作と押し動作の2つの動作を扱った.検証実験の結果,コツの教示によるパフォーマンスの変化に有意な差が見られ,解析から得られたコツが甲野だけではなく一般に有効なスキルであることが確かめられた.一方で,各動作において甲野の運動よりもパフォーマンスが低く,本論文で得られたスキルが甲野の運動を完全に再現できていないと考えられる. 第8章「自他身体誘導スキルの考察」では,引き上げ動作を例として取り上げ,スキルの解明から再現までを概観している.本論文では大局的な力学構造,筋骨格構造,他者の身体運動に注目することで重要な運動特徴を抽出している.具体的には「ZMPの発散的振舞い」ほか5個の特徴が得られた.その運動特徴から力学モデルを導出し,動力学シミュレーション上で引き上げ動作の再現を行なっている.また,運動特徴から簡易な表現としてのコツを導出し,それを人に教示した.その結果,運動に有意な変化が確認され,解析から得られた高度なスキルの一般性を示した.最後に,引き上げ動作以外の移乗動作,押し動作,竹刀で他者の姿勢を崩すとの比較を行うことで,本論文を総括している. 第9章「結論と展望」では,以上を総括した上で,複雑な運動における高度なスキルの解明及び検証する学問体系が本論文の学術的寄与であるとし結論づけている. 以上,これを要するに,本論文は,人体力学構造と他者の身体運動を活用した四種類の運動スキルに関して,重心やZMPによる大局的力学モデル,自身の筋骨格系の機構特性,他者の身体運動,の三つの観点で統一的に解析し,「ZMPの発散的運動」ほか5個の重要な運動特徴とその機能的意味を定量的に同定し,その全てが,重心ZMP軌道の指定に基づく力学的手法,あるいは両足接地状態と肘の角度の被験者への指示といった,ごく低次元の記述から実現されることを実証した.これにより,人が他者を対象として行う運動という複雑な系における効率的なスキルの解析法と構成原理を具体的に提示し,それを人間支援ロボット等に応用する工学的方法の基礎を構築した. 以上の理由から,本論文は知能機械情報学上貢献するところ大である.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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