学位論文要旨



No 128500
著者(漢字) 笹本,良子
著者(英字)
著者(カナ) ササモト,ヨシコ
標題(和) 超許容フェルミ型(10C, 10Bγ)荷電交換反応による非スピン単極共鳴の研究
標題(洋) Study of the isovector non-spin-flip monopole resonance via the super-allowed Fermi type charge exchange (10C, 10Bγ) reaction
報告番号 128500
報告番号 甲28500
学位授与日 2012.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5863号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 井手口,栄治
 東京大学 教授 小林,富雄
 東京大学 准教授 浜垣,秀樹
 東京大学 教授 松本,浩
 東京大学 教授 大塚,孝治
内容要旨 要旨を表示する

圧縮率と直接関係する非圧縮率は、陽子と中性子が同位相で振動する荷電スカラー型について、単極共鳴のエネルギーから実験的に導出されてきた。一方、陽子と中性子が逆位相で振動する荷電ベクトル型単極共鳴とそれに対応する荷電ベクトル型非圧縮率については、中性子過剰核物質の性質解明には不可欠であるにも関わらず実験データはきわめて少ない。その主な要因は、実験手法の欠如であった。今までの実験手法の中には、(π±,π0) だけでなく、(7Li,7Be) や((13)C,(13)N) など重イオン荷電交換反応を用いたデータも存在するが、これらの実験データで互いに異なった結果を示している部分もある。

このような状況の中で、RI ビームを用いて初めて可能になる超許容フェルミ型荷電交換反応((10)C,(10)B) 反応を用いると、荷電ベクトル単極共鳴を選択的に励起することができる。荷電ベクトル単極共鳴はアイソスピン△T =1, スピン△S=0 のアイソベクトル非スピン反転型の励起モードであるが、核子あたり100-400 MeVのエネルギー領域では、△T=△S=1 であるアイソベクトルスピン型の有効相互作用が非スピン反転型に比べて数倍大きいため、非スピン型を選択的に励起する反応を用いない限りスピン反転型による不定性は排除できない。しかし、((10)C,(10)B) 反応では、10B の励起状態の中の0+ 状態を同定することで、スピンパリティ0+ の荷電類似状態間の遷移を利用でき、アイソベクトル非スピン反転型を選択的に励起することができる。

この((10)C,(10)B) 反応を用いて単極共鳴の性質を知るためには、高分解能スペクトロメータだけでなく、二次ビームとして生成される(10)Cビームの運動量広がりによる位置および角度広がりをを小さくする必要がある。そこで、理化学研究所RIBF施設に新たに建設された高分解能SHARAQスペクトロメータとスペクトロメータに接続するビームラインに分散整合技術を適用し、二次ビームを用いた高分解能測定を目指した。

二次ビームは一般的に一次ビームに比べ運動量・角度広がりが大きく、またビーム強度が弱い。そのため、ビーム調整時には、直接検出器でビーム軌道を測定することが可能である。一方、ビーム強度が弱いため、ビーム軌道を測定し、ビーム輸送の状態を判断するまでに時間がかかる。そのような状況下では、できるだけ効率的に短時間で調整を終了させることが重要である。そこで、ビームラインを構成する磁石に対して、精密な磁場測定を行い、その結果をイオン光学計算コードに組み込み、事前に磁石の応答関数を得、数回の磁石強度の変更で調整できるようにした。また、ビーム輸送の状態を判断するには輸送行列を実験的に求めることが有効であるが、SHARAQ スペクトロメータの場合、ビームラインの各焦点面は分散整合を実現するために大きな光学的分散を持ち、二次ビームの持つ大きな運動量広がりのため像がぼやけてしまう。そのため、輸送行列を実験的に求めることすら容易ではない。そこで、ビームの運動量広がりによらない新たな量を導入することで、光学的分散の大きな焦点面でも輸送行列(focus condition)の調整を可能にした。開発したすべての技術を統合し、効率的なビーム診断・調整方法を確立し、最終的には約半日で分散整合調整を可能にした。分散整合を達成することで、要求分解能を満たすことができた。

((10)C,(10)B) 反応の非スピン反転遷移に対する有効性を検証するために、RIBF 施設にて実験を行った。実験では、核子あたり200 MeV(純度95% 以上)の10C ビームを7Li および90Zr 標的に照射し、荷電交換反応により生成された10B をSHARAQスペクトロメータで磁気分析した。ビームラインには分散整合を適用し、開発した調整方法を用いて調整を行った。アイソベクトル非スピン反転型を選択するために、超許容フェルミ遷移の目印となる(10)B の0+ 状態からの1022 keV のガンマ線をNaI 検出器アレイ(DALI2) で検出した。この実験では、単極共鳴状態の性質を調べるためにも統計量も重要であったため、大強度の(10)C ビーム(≒ 2x106 pps)をイベント毎にビームライン上に設置された検出器で測定したことも特徴である。

図1 に、7Li(10C,10B) 反応において、ガンマ線検出器DALI2 で検出された10B から放出されたガンマ線スペクトルを示す。この図で、アイソベクトル非スピン反転型遷移の指標である1022 keV のガンマ線がはっきりと観測されていることがわかる。その隣には、アイソベクトルスピン反転型遷移を示す718 keV のガンマ線も見えている。得られたガンマ線スペクトルにおいて、10B の1740 keV の状態より上の励起状態からのfeeding は小さいことがわかった。なぜならば、feeding がある場合には1022 keV 以上にもガンマ線によるピークが観測されるはずだからである。また、7 標的の場合には、スピン反転遷移が起こった際には標的から430 keVのガンマ線が放出されることが知られている。標的からのガンマ線と10B からのガンマ線の同時測定の結果、718 keV の周辺にのみ標的からの430 keV が同時に観測され、718 keV のガンマ線のエネルギー領域でスピン反転遷移が選択できることが示された。

得られたデータからスピン反転、非スピン反転、バックグラウンドの成分を分離するため、シミュレーションで得たガンマ線検出器DALI2 でのスピン反転(718 keV)および非スピン反転(1022 keV) の応答関数を用いて、ガンマ線のスペクトルに対してフィッティングを行った。フィッティングで得られたスピン反転および非スピン反転の個数と、散乱角度の情報を用いて、散乱断面積の角度分布を求めた。得られた角度分布は単極共鳴に特徴的な前方ピークを示し、微視的DWBA計算コードを用いて計算した分布と比較すると、絶対値は異なるものの、分布形状は非常に似た結果を得た。また、最前方角度におけるスピン反転と非スピン反転の実験データの比は、核子あたり200 MeV におけるLove とFraney による核子核子有効相互作用の比でほぼ理解できることもわかった。

(90)Zr((10)C,(10)B) 反応において、DALI2 で検出された10Bから放出されたガンマ線スペクトルを図2 に示す。(90)Zr 標的の場合には、大きなバックグランドの上に718 keVおよび1022 keV のガンマ線が観測された。バックグラウンド源は、標的核が励起され、他の核に崩壊する際に放出される比較的エネルギーの高いガンマ線と、制動放射によるエネルギーの低いガンマ線が考えられる。7Li 標的の場合と同様に、DALI2 の応答関数を用いてスピン反転、非スピン反転、バックグランドの成分を分離し、角度分布を励起エネルギー10 MeV ごとに作成した。さらに、非スピン反転遷移についてのみ、バックグラウンドを引いた励起エネルギースペクトルを作成した。得られた角度分布は、各励起エネルギーごとに予想される状態の角度分布の組み合わせで理解できる結果だった。しかし、統計が少なかったため、大きなバックグラウンド成分を引く際に大きな誤差が生じ、より詳細かつ決定的な議論を行うためには、より高統計が要求される。

今回の研究により、((10)C,(10)B) 反応の非スピン反転遷移に対する有効性が検証され、(90)Zr のような比較的質量の重い標的核に対して本反応を適用する際に必要な改良点が定量的に議論できるようになった。重い標的の場合、ガンマ線検出器の信号雑音比の向上および高い検出効率が望まれる。例えば、次世代ゲルマニウム検出器GRETINA を用いると、今回の測定の約5 倍のエネルギー分解能を達成することができ、約5 倍の信号雑音比を得ることができる。その信号雑音比の下では、今回の測定でバックグラウンドを引く際に生じた誤差を約3 分の1 にすることができる。また、LaBr(3) 検出器からなるSHOGUN を用いると、今回の測定の約2 倍の検出効率およびエネルギー分解能が期待される。より高い信号雑音比および検出効率で測定を行うことで、アイソベクトル非スピン反転遷移の成分をより容易にかつバックグラウンドの引き算をより高い信頼度で行うことができると期待される。

図1: 7Li((10)C,(10)B) 反応において、ガンマ線検出器DALI2 で検出された(10)B から放出されたガンマ線スペクトル。

図2: (90)Zr((10)C,(10)B) 反応において、ガンマ線検出器DALI2 で検出された(10)B から放出されたガンマ線スペクトル。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなる。第1章では、本研究の背景と目的が示されている。荷電ベクトル型スピン非反転(ΔT=1, ΔS=0)単極共鳴(IVMR)は陽子密度と中性子密度がスピン変化を伴わずに逆位相で等方的に振動するモードである。そのエネルギーと幅は荷電ベクトル型非圧縮率に関係し、非対称核物質の性質理解に重要な情報を与えるため学術的意義は大きいが、これまでIVMRに関する実験データが乏しい状況にあった。先行研究として(π±, π0)反応や((13)C, (13)N), (7Li, 7Be)反応を用いた実験があったが、パイオンの荷電交換反応はΔT=1, ΔS=0の選択性は良いがバックグラウンドが大きく、安定核の重イオン荷電交換反応ではΔS=0の選択性が低く、これまでの測定はβ+型のみでβ-型は無かった。また実験データで互いに異なる結果を示す部分もあった。

本研究の新しい点は不安定核ビームを用いる事で(10)Cの基底状態から(10)Bの荷電類似状態(IAS)への超許容フェルミ型の0+→0+遷移を選択できる所にあり、β-型も実現している。これはT=0の安定核ビームでは実現できないものである。本研究のエネルギー領域の重イオン反応ではΔT=ΔS=1のスピン反転型ガモフテラー(GT)状態への寄与が大きく、スピン非反転状態を選択する事が難しい。そこで本研究はGT状態への寄与が小さい((10)C, (10)Bγ)反応を利用し、1.74MeVのIASからの1022keVのγ線を検出する事で(10)B中の0+状態を同定して荷電ベクトルスピン非反転型を選択的に励起するものである。本研究では反応標的7Li, (90)Zrを用いて反応の有効性を明らかにする事を目的としている。

第2章では、理化学研究所RIビーム施設(RIBF)で((10)C, (10)Bγ)反応実験を遂行するために必要なビーム量、標的厚、エネルギー分解能等の実験条件に関する考察が示されている。

第3章では、実験セットアップの詳細が述べられている。実験はRIBFで実施され、破砕片分離装置BigRIPSを用いて純度約95%、強度2×107ppsの(10)Cビームを得ている。また高分解能測定のため本研究では分散整合技術を適用するが、それに必要な高分解能ビームラインとSHARAQスペクトロメータ、およびビームライン検出器、γ線検出器の詳細が記述されている。

第4章では、SHARAQスペクトロメータでのイオン光学解析の詳細が示されている。必要な分解能を達成するには分散整合技術の適用が不可欠であるが、二次ビームの広い運動量・角度広がり、低いビーム強度などの困難を克服して効率的に短時間でビーム輸送を調整する方法について考察している。ビームラインを構成する電磁石に対して事前に精密な磁場測定を行い、その結果をイオン光学計算に組み込み、磁石の応答関数を得て短時間の調整を可能にしている。また新たにビームの運動量に依存しない量を導入して実験的に輸送行列を導出し、ビーム診断の調整法を確立している。この方法は本研究のみならずSHARAQスペクトロメータを用いた実験全般に活用できるもので、論文提出者の貢献が大きい。

第5章では、SHARAQスペクトロメータでの反応生成物の粒子識別、微分断面積の算出、γ線スペクトルとバックグラウンド、系統誤差の評価などデータ解析の詳細が述べられ、荷電ベクトルスピン非反転型遷移の指標となる1022keVのγ線ピークを確認している。

第6章では、まず7Li標的の実験データから((10)C,(10)Bγ)反応のスピン非反転遷移へのプローブとしての有効性に関する議論を行っている。IASより高い他の励起状態への遷移は実験とシミュレーションの比較から十分低い事を確認している。7Li標的とビームからのγ線スペクトルの解析および角度分布の解析結果はΔS=0の特徴を示しており、反応の有効性が評価できる。

次に(90)Zr標的の実験結果を議論しているが、ターゲットからのγ線バックグラウンドが大きく、その原因が考察されている。励起エネルギー30-40MeV領域での微分断面積の角度分布は前方ピークを示し、IVMRの存在と矛盾はしないが、統計量が不十分なため明確な結論を得るには至っていない。

更に((10)C,(10)Bγ)反応を使ったIVMR研究の見通しについて、(π+, π0)反応との比較と共に定量的に考察している。新型のγ線検出器を導入すればS/N比を改善して90Zr標的でのIVMR測定が実現できると期待される。

第7章では、本研究で得られた研究成果が要約されている。

本論文は、不安定核ビームによる重イオン荷電交換反応((10)C,(10)Bγ)でスピン非反転遷移の選択的励起に対する有効性を初めて示したものとして評価できる。実験は論文申請者を含む38名の共同で行われたが、実験課題の申請と実施に責任を持って行い、データ解析と物理量導出は論文提出者が主体となって行っている。特にSHARAQスペクトロメータでのビームのイオン光学解析については中心的な役割を果たしており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って博士(理学)の学位を授与できると認める。

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