学位論文要旨



No 128501
著者(漢字) 太田,緑
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ミドリ
標題(和) 分裂酵母減数分裂におけるSpindle Pole Bodyの再編成機構
標題(洋) Reorganization of the Spindle Pole Body during meiotic differentiation in fission yeast
報告番号 128501
報告番号 甲28501
学位授与日 2012.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5864号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 准教授 末次,志郎
 東京大学 准教授 大杉,美穂
 東京大学 准教授 舘林,和夫
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

真核生物において中心体は微小管重合中心として機能する。体細胞分裂期では正しく紡錘体を形成するために、中心体の数は細胞周期において厳密に制御されている。一方、減数分裂は1 回のDNA 合成に続いて2 回の連続した染色体分配が行われる特殊な分裂様式である。しかし、減数分裂期における中心体制御の分子機構は明らかになっていない。

本研究では、分裂酵母を用い、減数分裂期への分化に伴うSpindle Pole Body (SPB: 酵母における中心体に相当する構造)の挙動に注目してライブセル観察を行った。その結果、体細胞分裂から減数分裂への移行とともに、多くのSPB 構成因子のSPB への局在が極度に減少し、第1 分裂開始前に再びSPB に局在することがわかった。このような現象は体細胞分裂期ではみられず、減数分裂前期においてのみSPB 構成因子が大規模に再編成されることが分かった。このSPB 再編成には、接合フェロモンに応答するMAP キナーゼが、第1 分裂開始前のSPB 再構築には、サイクリン依存性キナーゼ CDK1、Polo キナーゼ Plo1 およびhalf-bridge 因子Cdc31/centrin が必要であった。

体細胞分裂期において活性化したPlo1 はSPB に局在するが、興味深いことに、減数分裂前期においてPlo1 はキネトコアに局在し、SPB には局在しないことが報告されている。そこで、減数分裂前期のSPB 再編成とPlo1 局在の関わりを調べるため、Plo1 を強制的に減数分裂前期SPB に局在させた。その結果、減数分裂前期SPB から消失していた因子が早期にSPB へと蓄積し、第1 分裂開始時にSPB 数の増幅が見られた。また、Cdc31 の温度感受性変異株では、制限温度において第1 分裂開始前のPlo1 のSPB 局在が減少した。以上の結果から、Plo1 は第1 分裂開始前にCdc31を介してSPB に局在し、正確なSPB 再構築を確立していることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

学位申請者太田緑は、分裂酵母を用いて減数分裂期におけるスピンドル極体(Spindle Pole Body、以下SPBと記載;高等生物の中心体に相当する細胞小器官)の挙動を解析した。真核生物は体細胞分裂と生殖細胞を生み出すための減数分裂の2つの分裂様式を持ち、細胞の種類や生育環境によってこれらの分裂様式を使い分けている。体細胞分裂では1回のDNA複製に対して1回の核分裂が起こり、2つの娘細胞が形成される。一方、減数分裂では1回のDNA複製に対して2回の連続した分裂がおこり、4つの娘細胞が形成される。減数分裂の制御には体細胞分裂と共通した因子に加え、組み換えや連続した2回の分裂の制御に関わる減数分裂特異的な因子が関与している。

中心体は真核生物の主要な微小管重合中心として、細胞構造の維持や細胞小器官の配置に機能している。分裂期の細胞では複製した2つの中心体が双極紡錘体を形成し、染色体の正確な分配に重要な役割を果たしている。また、近年では細胞周期制御の反応の場としての中心体の役割も重要視されている。中心体は減数分裂期の細胞においても紡錘体形成中心として機能しているが、その必要性は生物種および細胞種(精母細胞、卵母細胞)で異なっている。また、分裂酵母では中心体に相当するSPBが減数分裂期の染色体分配に加えて、相同染色体の対合や組み換えにも機能していることが示されている。このように減数分裂期の中心体は、体細胞分裂期と同様に微小管重合中心として機能することに加え、減数分裂期特異的な役割を果たすために特別な制御を受けることが推測される。しかしながら、減数分裂期の中心体制御機構については未だ不明な点が多い。申請者は、分裂酵母細胞が体細胞分裂過程から減数分裂過程に分化する際、SPBがどのような制御を受けているかの解明を目指した。

研究結果は1章と2章とに分けて記載されている。1章では、減数分裂期への分化に伴うSPB構成因子の挙動に注目して生細胞観察を行い、体細胞分裂から減数分裂への移行とともに、多くのSPB構成因子のSPBへの局在が極度に減少し、第1分裂開始前に再びSPBに局在することが示されている。このような現象は体細胞分裂期には見られず、減数分裂移行後から減数分裂前期においてSPBの構成が大規模に再編成されることを指し示している。さらに、このSPB再編成には、接合フェロモンに応答するMAPキナーゼが必要であり、第1分裂開始前のSPB再構築には、サイクリン依存性キナーゼ1(CDK1)およびPoloキナーゼ(Plo1)が必要であった。

体細胞分裂期には活性化したPlo1がSPBや核に局在することが知られている。これに対し、減数分裂前期において、Plo1はキネトコアや核に局在し、SPBには局在しないことが報告されている。そこで申請者は、SPB再編成とPlo1局在の関わりを調べるため、Plo1を強制的に減数分裂前期SPBに局在させた。その結果、減数分裂前期にSPBから消失していた因子が早期にSPBへと蓄積し、第1分裂開始時にSPB数の増幅が見られた。さらに、第1分裂開始前にPlo1がSPBへ局在するためにhalf-bridge因子Cdc31/centrinが必要であった。以上の結果から、Plo1は第1分裂開始前にCdc31を介してSPBに局在し、正確なSPB再構築に寄与していることが分かった。

2章では、CDK1やPlo1のSPB再構築に関わる基質を特定するため、複数のSPB構成因子を大腸菌で発現精製しin vitroリン酸化アッセイを行っている。その結果、SPB構成因子Sad1がPlo1によって、Pcp1がCDK1とPlo1によってリン酸化されることが分かった。さらに、ペプチドアレイ解析を用い、Pcp1がPlo1によりリン酸化される部位として10カ所のセリン、スレオニンを同定した。これらのセリンおよびスレオニンを全てアラニンに置換した変異型Pcp1.10AがPcp1の減数分裂における発現をシャットオフした株に見られる胞子形成の異常を抑圧するかを調べた。その結果、変異型Pcp1.10Aを発現した株では野生型Pcp1を発現した株に比べて、正常な4胞子を形成する細胞の割合が減少した。したがって、これらの10カ所の部位のうち少なくとも一部はPcp1の機能に不可欠であることが示唆された。

以上、太田緑は本研究により、減数分裂過程においてSPBの再編成と再構築がおこるという興味深い現象を明らかにし、そこに働く主要な制御因子を特定した。またこの現象が、SPBの過剰複製を抑える意義を持つと考えられることを示した。これらの研究成果は、減数分裂におけるSPB/中心体の新しい役割を示唆する重要なものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は佐藤政充、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、太田緑に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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