学位論文要旨



No 128502
著者(漢字) 伊藤,紀子
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ノリコ
標題(和) ケニア農村世帯の生計戦略 : 「脱農業化」論に関する一考察
標題(洋)
報告番号 128502
報告番号 甲28502
学位授与日 2012.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第312号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中西,徹
 東京大学 准教授 矢坂,雅充
 東京大学 教授 田嶋,俊雄
 東京大学 教授 末廣,昭
 東京大学 教授 髙橋,昭雄
内容要旨 要旨を表示する

本論文の目的は、ケニアの後発農村地域で2010年に行った家計調査データを主として用いながら、調査地に住む世帯の生計戦略の実態と、その社会的背景を包括的にあきらかにすることである。第1章では、アフリカ農村開発をめぐる先行研究をまとめ、研究方法を提示した。近年、アフリカ農村の貧困問題の諸相を、世帯の営む生計の実態検討を通じてあきらかにしようとする「生計アプローチ」の分析枠組みに依拠した研究の蓄積が進んでいる。各地で行われた生計研究は、農村世帯が世帯内の労働を多様な経済活動に分散させる「生計多様化」が、リスクを緩和し、生計の安定性や生活水準の上昇を達成するうえで重要な戦略であることを指摘している。こうした研究を踏まえ、ブライスソンは、生計の長期的変容を、出稼ぎによる人口流出、非農業活動就業の拡大、小農が大規模な商業的農家と土地なし農業労働者に分かれる農業労働形態の変化、非生産人口の社会経済的疎外といった、住民の生計が小農的な生産様式を離れる「脱農業化」という視角で捉えることを提示した。農産物市場の発達していない辺境農村では、出稼ぎにより労働が不足し、農業への投資が行われず農地の売却や耕作放棄が起き、非農業に従事できない高齢者の困窮や飢餓が深刻化していることが報告されている。ただし、生計アプローチの視角からは、世帯間の相互作用を通じて形成される社会関係の全体像と個別世帯の生計の関連といった、生計の社会的背景を把握することが困難である。そこで本論文では、世帯の資産アクセスを媒介し、成果の分配にもかかわる、住民の社会ネットワークの構造と機能を検討し、農村経済の地域的個性に対する理解を深め、近年の開発研究における画一的な分析枠組みと、脱農業化の方向性を強調する貧困削減政策に対し、新たな見解をもたらすことを狙う。

第2章では、調査地の生計の背景をまとめた。ケニアの開発政策を概略し、多様な地域での生計研究の成果を整理した。貧困地域の生計の実態をミクロレベルで把握するための家計調査を実施する地域として、ビクトリア湖・ウガンダ国境沿いにあり都市へのアクセスが悪い西部州ブニャラ県にある隣接3村を設定した。この地域に住むルイヤ族の慣習では、父系の出自集団であるクラン単位で土地を占有し、クランの土地に家を建て、農業や放牧を行うという生活が営まれてきた。今日では居住単位の核家族化が進んでいるが、クランへの所属意識は強く、近隣に住む親族は「コンパウンド」という集団を築き、日常的に相互扶助を行っていることを述べた。

第3章から第5章にかけては、世帯単位の生計戦略分析を行った。まず調査村に住む223世帯の所得源内訳データを用い、主要な生計戦略パターンを検討した。その結果、主要な生計戦略は、(1)ビクトリア湖での漁業、(2)行商や日雇労働など非正規非農業、(3)自給農業を中心とする所得源多様化、(4)教師や公務員など正規非農業、(5)他世帯からの贈与への依存に分けられた。調査地では、(3)の自給農業を中心として多様な所得源を持つ世帯や、(2)や(4)の非農業からほとんどの所得を得る世帯が多かった。高齢で資産の少ない世帯の一部は(5)の他世帯からの贈与に生活を頼っていた。

第4章では、調査地で行われている農業の経営実態をあきらかにした。農家は、親族からの分割移譲や非親族からの借入などによって農地を取得していた。農地は一部の世帯に集中せずに、世帯の多様な主体への働きかけや、富の分配や独占のための戦略的な行動を通じ、多くの世帯に細分化され取得されており、土地なし農業労働者もほとんどいなかった。農家の大半は、小規模な農地で低生産型農業を営んでいるが、生産が自給レベルを大幅に下回るため、市場から食糧を購入する必要に迫られていた。

続いて、農業のリスクが大きい中でどのような出稼ぎや非農業活動が行われているのかを第5章で検討した。出稼ぎ労働者は少なく、出稼ぎ先からの送金も小額であった。近年では、出稼ぎ労働は縮小傾向にあり、帰村し農業を始める人も増加している。一方、在村の非農業活動就業はかなり進展していた。ただし、安定的雇用・現金所得の得られる教師や公務員などの正規非農業に従事できる世帯は少なく、ほとんどが魚の転売や日雇い労働などの非正規非農業に従事する。収入が低く不安定であるため、1人が複数の職業を兼業したり、複数の構成員が非農業活動を行うなど、世帯内で明確な分業が行われていなかった。

このように、調査地でも先行研究の指摘と同様に、農業の収益性が低く、非農業活動が生計において重要になっていた。ただし、多くの世帯が農業を離れつつあるというわけでもなく、新たに農地を取得する動きが活発化していた。農業の生産性・収益性が低く、安定的な非農業雇用機会も不十分な状況で、小規模な農地を取得することは世帯の生計にとってどのような意義があるのか、自給農業を中心に所得源を多様化している世帯の生計がどのように維持されているのか、他の世帯からの贈与に依存した生計がどのように成り立つのか、という点については、「脱農業化」の視角や世帯内分業の観点から十分に説明することは困難であった。

そこで、第6章からは、調査村にはりめぐらされている社会ネットワークに注目し、世帯の生計の成立過程を再考した。その結果、農地や非農業への就業に対するアクセスや、世帯間の協業や成果の分配をもたらす要素として、社会関係が生計に果たす役割が重要であることが示された。第6章では、父系親族集団の分布と機能を検討するため、調査世帯を、近くに父系親族を持ち集団に属する所属世帯と、同じ村に親族を持たない単独世帯に分類した。村で多数派を占めるクランが形成する大規模な集団内では、農地の移譲や労働交換、非農業への職業紹介、現金や現物の贈与が盛んで、各世帯に帰属する多様な資産・成果が、集団内で再分配されていた。所属世帯の多くは近隣に農地を取得し、第3章で分類した(3)の農業を中心とした生計多様化戦略をとる。親族からの紹介を受けて(4)の正規非農業活動に従事する世帯は、農家や高齢の親族に現金の贈与を行い、(3)や(5)の生計をとる世帯を支えている。このような相互関係を通じ、集団レベルで生計が多様化され、農家や高齢者も不足する資産や成果にアクセスし、生計を安定化させることが可能な地位を獲得していた。ルイヤ族の慣習にもとづき、父系親族の間では農地を平等に分配する圧力がはたらくが、余所者にも無償で農地が分け与えられるということはほとんどない。そのため単独世帯は農地の取得が困難で、姻族や知り合いから農地を借りていることもあるが、利用の権利は不安定である。多くの単独世帯は(1)漁業や(2)非正規非農業を生計の中心とし、他世帯との間で行う贈与も少ないため、所属世帯に比べ、生計の多様性・安定性を確保しにくい地位にあった。ただし、親族ネットワークの発達度や機能は、村によって異なっていた。有力な親族集団が存在せず、多くの単独世帯によって構成される流動性の高い村では、親族集団内の分業や余所者への排除に起因する、資産アクセスにおける所属世帯の優位性や、所属世帯と単独世帯間の生計の差異が、他村ほどあきらかでなかった。

第7章では、多様な社会的紐帯の生計における役割分業について考察し、村ごとの社会ネットワークの構造を、生計の特色と関連させてあきらかにした。緊密な親族ネットワークが存在する村では、親族集団内の相互扶助が盛んであるが、親族集団間の分断や、余所者への排除も起きているとみられた。一方、余所者が多く親族ネットワークが希薄な村では、各世帯が独立して生計を立てる傾向にあり、金融講のネットワークを通じ非親族間の社会的紐帯が形成され、資産形成にも活用されていた。このような中で、夫と離婚した女性世帯主世帯は、重層的なネットワークから漏れ、資産や成果へのアクセスが困難で、極度の貧困に陥っていることが多かった。

以上の検討を通じ、調査地の生計の特色と、生計が成立する背景について、次のような結論を得た。調査地は農業の生産性が低く、農産物市場が未発達で、安定的な非農業雇用機会も不足している、貧困者の多く住む地域であった。それでも、出稼ぎによる人口流出や農業からの離脱、農村社会の崩壊が起きているともいえなかった。多くの世帯は農村にとどまり、非農業活動を行いながら農業に従事し続けており、高齢者や農家は他世帯から経済的援助を受け生計を維持できていた。このような生計の背景を理解するうえで、個別世帯の資産や経済活動だけでなく、世帯間の相互関係により形成される固有の社会構造の内実・役割を検討することが有益であった。個別世帯の資産の乏しさと、世帯内分業による生計安定化の困難さという制約のもとで、社会ネットワークを通じ、世帯レベルだけではなく、集団レベルで生計が多様化されていた。このような世帯間の相互関係の存在は、農家や高齢者の飢餓や極度の貧困を食い止めると同時に、多くの世帯による小規模な農地の保有、非集約的な農業の維持に貢献し、地域の食糧安全保障の面で一定の役割を担い続けていると考えられる。

本論文の事例から、貧困削減政策への含意として、次のような諸点が導かれる。すなわち、開発介入を行っても現地の社会ネットワークの諸相やその機能によって効果が異なること、住民の私的なネットワークから漏れた世帯を特定し貧困ターゲッティングに生かす必要があること、高齢者の生活を守り、農村社会のまとまりを維持し農村経済の長期的安定性を実現するうえで、農業の持続性を確保することは重要であり続けていると考えられる、ということである。

審査要旨 要旨を表示する

近年,アフリカ農村の貧困問題の諸相を,世帯の営む生計の実態検討を通じてあきらかにしようとする「生計アプローチ」の分析枠組みに依拠した研究が進んでいる。アフリカ各地で行われた生計研究は,農村世帯が世帯内の労働を多様な経済活動に分散させる「生計多様化」が,様々なリスクを緩和し,生計の安定性や生活水準の上昇を達成するうえで重要な戦略であることを指摘してきた。しかし,これらの研究は,個別主体の属性については精緻な実証分析として力を発揮するものの,アフリカ社会に固有な部族社会に内在する社会関係がもたらす分かち合いをはじめとする集団行動について,小集団の構造の特性から解明するという点では、十分力を発揮していない。提出された論文は,ケニアの後発農村地域で、著者自身が2010 年に行った家計調査データを主として用いながら,調査地に住む世帯の生計戦略の実態と,その社会的諸関係の間の連関をあきらかにすることによって,「生計アプローチ」が示す限界を克服することを目的としている。すなわち,本研究は、世帯の資産アクセスを媒介し,成果の分配にもかかわる,住民の社会ネットワークの構造と機能を検討することで,農村経済の地域的個性に対する理解を深め,それによって近年の開発研究における画一的な分析枠組みの適用や,脱農業化の方向性を強調する貧困削減政策に対し,新たな見解をもたらそうとする意欲的研究であると評価できる。本論文の構成は以下の通りである。

第1 章 研究の視角と方法

第2 章 調査地の生計の背景

第3 章 所得源からみる主要な生計戦略のパターン

第4 章 再生産される低生産型農業

第5 章 非農業活動の進展と世帯内分業

第6 章 父系親族関係の生計における役割

第7 章 多様な社会的紐帯と機能・役割分業

第8 章 結論:今後の課題第1章

【概要】

本論文の概要は以下の通りである。まず,第1 章では,アフリカ農村開発をめぐる先行研究と研究方法が提示されている。著者がその対立仮説として注目するのは,アフリカにおける住民の生計戦略の長期的変容を小規模な生産様式からの離脱と捉える,ブライスソンの「脱農業化」(de-agrarianization)論である。そして、この議論を援用すれば、農産物市場が低発達であるアフリカの辺境農村において,出稼ぎにより労働が不足し,農業への投資が行われず農地の売却や耕作放棄が起き,非農業に従事できない高齢者の困窮や飢餓が深刻化している現状を、適切に説明することができるとされてきた。しかし,著者は,この議論では,世帯間の相互作用を通じて形成される社会関係の全体像と個別世帯の生計の関連といった,生計戦略の社会的背景を十分把握することができないと批判し,新たなアプローチの必要性を指摘する。

これを受けて,第2 章では,ケニアの開発政策の変遷の下での多様な生計研究の成果の展望のうえに,調査地3 村落の生計の諸条件が議論されている。調査地域に住むルイヤ族は,父系の出自集団であるクラン単位で土地を占有し,農業や放牧を行う生活を営んできた。居住単位の核家族化が進む現在においても,クランへの所属意識は強く,近隣に住む親族間で日常的に相互扶助が行われ,依然として伝統的社会関係にもとづくコミュニティ資源が存在している、という重要な事実発見がなされている。

つづく,第3 章から第5 章では,世帯単位の生計戦略の詳細が分析される。第3 章では,223 世帯の主要な所得源からみた生計戦略パターンを,漁業,非正規非農業,所得源多様化,正規非農業,他世帯からの贈与への依存の5 つに分類することによって,調査地の特徴を抽出している。すなわち,調査地では,自給農業を中心として多様な所得源を持つ世帯や,非農業からほとんどの所得を得る世帯が多く,資産の少ない高齢者世帯の一部は他世帯からの贈与に生活を頼っている状況があきらかにされた。

第4 章は,調査地における農業経営分析にあてられている。この分析によって,(1)多くの農家が,親族からの分割移譲や非親族からの借入などによって経営農地を取得していること,(2)世帯の多様な主体への働きかけや,資産の公平な分配や独占への対抗などの戦略的な行動によって,農地の集中や極端な階層分化がみられず,土地なし農業労働者もほとんど存在しないこと,(3)その結果,農業は,小規模な農地での低い生産性によって特徴付けられることなど、興味深い事実が報告されている。

さらに,第5 章では,調査地における「脱農業化」の現状が検証されている。これまでの通説とは異なり,出稼ぎ労働者については,その数も送金額も少なく縮小傾向にあり,逆に帰村し農業を始める事例が増加している、という重要な指摘がなされている。また,農業の収益性の低さゆえに非農業活動が生計において重要になっているのは先行研究の指摘するとおりであるものの,多くの世帯が農業を離れつつあるのではなく,新たに農地を取得する動きが活発化している事実もあきらかにされる。このような事実発見にもとづき,著者は,従来の「脱農業化」論や世帯内分業についての議論に依拠する限り,小規模な農地を取得するメカニズム,自給農業を中心に所得源が多様化する生計の動態,他の世帯からの贈与に依存した生計が成立する条件などの重要な論点を,十分に説明することができないと結論づける。

そこで,つづく2 つの章では,著者は,調査村にはりめぐらされている社会ネットワークに注目し,世帯の生計の成立過程を再考することによって,代替的アプローチを提示する。すなわち,第6 章では,社会ネットワーク分析の活用によって,父系親族集団の分布と機能が検討されている。親族ネットワークの発達度合いやその機能は,村によって異なるものの,村落内多数派クランが形成する大規模な集団内は,多様な資産・成果を集団内で再分配するメカニズムを有していた。所属世帯の多くは近隣に農地を取得し,農業を中心とした生計多様化戦略をとる。親族からの紹介を受けて正規非農業活動に従事する世帯は,農家や高齢の親族に現金の贈与を行い,他の貧困世帯を支えている。他方,ルイヤ族の父系親族間に働く平等な農地分配の圧力は、非正規非農業に従事せざるを得ない余所者には一般に機能しにくいことが指摘されている。

第7 章では,多様な社会的紐帯の生計における役割分業について考察し,いくつかの興味深い事実が指摘されている。緊密な親族ネットワークが存在する村では,親族集団内の相互扶助が頻繁に観察される一方で,親族集団間の分断や,余所者への排除も起きている。逆に,親族ネットワークが希薄な村では,金融講のネットワークを通じ非親族間の社会的紐帯が形成され,資産形成にも活用されていた。このような中で,女性世帯主世帯は,重層的ネットワークから排除され,資産や成果へのアクセスが困難になり,極度の貧困に陥りやすいことが指摘されている。

【本論文の評価】

本論文の意義は次の点を数える。まず,個別世帯の資産の乏しさと,世帯内分業による生計安定化の困難さという制約のもとで,世帯レベルだけではなく,集団レベルでも生計が多様化されている実態を,社会ネットワーク分析を使って提示した点である。従来の議論は個人の属性を対象としているために,社会関係資本の重要性は指摘されていても,そこにおける社会関係がどのような構造を有するのかを分析することができなかった。本研究の意義は,こうした従来の分析の限界を社会ネットワーク分析の活用によって,具体的にあきらかにしている点で,これまでのアフリカ研究にはみられない顕著な独創性を有している。

さらに,単に,従来の生計戦略アプローチ批判のために対象ネットワークの構造分析を行っているのではなく,重要な開発問題へのフィードバックを試みている点も評価できる。本研究は,「開発における女性」,マイクロ・ファイナンス,農村非正規部門など,現代における開発研究の課題に対しても大きな意義を有する研究となっている。とくに女性世帯主世帯が集団レベルでの重層的ネットワークから排除され、極度の貧困に陥りやすいという事実を見いだした点は、最終的に公的な扶助を必要としている対象を示唆しており、開発問題における生活支援のあり方に重要なメッセージを投げかけている。

また,周到な準備に基づく実態調査から得た一次資料を用いている点で,後進の研究の発展にも大きく貢献している。対象地域の社会人類学的研究を広範に渉猟し,社会集団の属性から隣接する3 つの地域の比較分析を複数回にわたって行っており,収集されたデータも貴重なものである。

提出された論文の主要部分は,既に関連学会で4 度にわたり発表されており,公表された論文も査読中1本を含め3 本を数え,アフリカ研究の分野において高い評価を得ている。

しかしながら,本論文にも問題点がないわけではない。まず,先行研究の「脱農業化」論にとらわれすぎてしまい,論文の主旨がときに見えにくくなっている点が挙げられる。生計アプローチに対する問題設定により絞った方が、論文の構成をより明瞭にしえたのではないだろうか。また,本研究において用いられている諸概念は,主流となっている農業経済学のそれと異なるケースが散見される。この点はアフリカ農業に関する先行研究の諸概念に依拠した結果であるとしても,概念の設定と使用については、より繊細な配慮が必要であったように思われる。さらに,この種の研究に社会ネットワーク分析を取り入れた先進性はあるとしても,その分析は,問題を発見し説明する場面では力を発揮するが,仮説を検証する場面では固有の限界がある。また,著者は,社会ネットワークを先験的に取り上げたのではなく,社会人類学の先行研究にもとづき,慎重に選択している。この点をより明示的に説明してほしかった。

しかし,これらの問題点は,今後の研究課題として残されたものと考えるのがふさわしく,本人もこれを十分に自覚しており,本論文の学術的価値を損なうものでは決してない。これらの点を総合的に判断して、審査委員の全会一致で、本論文が博士論文にふさわしいとの冒頭の結論に至った。

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