学位論文要旨



No 128503
著者(漢字) 大澤,朋子
著者(英字)
著者(カナ) オオサワ,トモコ
標題(和) Toll様受容体3のシグナル経路と抗ウイルス応答の役割
標題(洋)
報告番号 128503
報告番号 甲28503
学位授与日 2012.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3979号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 准教授 渡部,徹郎
 東京大学 講師 新井,郷子
内容要旨 要旨を表示する

Toll様受容体(Toll-like Receptors:TLRs)は病原微生物特有のパターン構造(Pathogen-associated molecular patterns:PAMPs)を認識し、炎症性サイトカインやI型インターフェロン(IFN)の産生および樹状細胞(Dendritic Cells:DC)の成熟を誘導し、自然免疫のみならず、その後の獲得免疫の誘導においても極めて重要な役割を果たすパターン認識受容体(Pattern Recognition Receptor:PRRs)である。これまでにヒトでは10種類のTLRファミリーが同定され、それぞれが特異的な病原体のPAMPsを認識することが知られており、下流のシグナル経路を介して、NF-κB(Nuclear factor of κB)やIRF (Interferon regulatory factor)などの転写因子が活性化し、炎症性サイトカインやI型IFN遺伝子の転写を誘導することが分かっている。

TLRファミリーのなかでも、TLR3はウイルス特有の二本鎖RNA(double -stranded RNA:ds RNA)を認識しI型IFNを誘導するという報告もあることから、抗ウイルス応答への関与が示唆されていたものの、そのシグナル経路や免疫応答における生理的な役割については不明な部分が多い。一方、dsRNAを認識して活性化されるPRRとして細胞質内受容体であるRIG-I(retinoic acid-inducible protein I)/MDA5(melanoma differentiation-associated gene 5)が同定され、これらの分子がもつRNAヘリカーゼドメインが細胞質内でdsRNA を認識し、I型IFN等を誘導することが報告された。特にdsRNA認識によるI型IFN遺伝子の誘導に関しては多くの細胞でTLR3よりもむしろRIG-I/MDA5経路の関与が大きいという認識が広がっている。そのため、従来のdsRNAをリガンドとして行われてきたTLR3経路の解析は、実はこれらdsRNA認識受容体による反応の総和をみていたものであり、TLR3特有の現象ではなかった可能性が考えられる。さらに、これまでにTLR3遺伝子欠損(TLR3 KO)マウスを用いて個体レベルでのTLR3の重要性を明確に示した報告は少なく、同経路特異的な機能や生体防御における役割には未知の部分が多く残されている。

一方で、TLR3の発現はDCやマクロファージなど特定の細胞に限局しており、また、その他の細胞における構成的な発現はI型IFNやウイルス感染により誘導されない限り低いことが知られており、このこともTLR3特異的なシグナル経路の探索を困難にしている要因の一つである。

本研究では、TLR3の特異的な機能を解明するため、TLR3遺伝子トランスジェニック(TLR3 Tg)マウスを作製した。TLR3の発現を人為的に高めることで、増強された同経路に特異的なシグナル 経路の解析を行うと共に、TLR3欠損マウスと比較検討することによって、TLR3が抗ウイルス応答に果たす役割の解明を行うことを試みた。

まず、TLR3のウイルス感染防御に果たす役割を検証するため、脳心筋炎ウイルス(EMCV)とコクサッキーウイルスB(CVB)の感染実験を行った。その結果、両ウイルスに対し、野生型マウスに比べTLR3 Tgマウスは抵抗性を、TLR3 欠損マウスは感受性を示した。そこで、TLR3の抗ウイルス応答機序を解析するため、TLR3 Tgマウス、野生型マウスおよびTLR3欠損マウスのCVB感染後の心臓と各系統マウスの腹腔内マクロファージを、dsRNAの合成核酸であるpoly I:C (Polyinosinic:polycytidylic acid)により刺激し、誘導遺伝子群を解析した。その結果、炎症性サイトカインおよびケモカイン産生が野生型と比較し顕著に増強していたのに対し、I型IFNの産生は野生型と同等であり、IFN誘導遺伝子群の発現増強もみられなかった。

また、TLR3Tgマウスにおけるシグナル経路を解明するため、TLRシグナルのアダプター分子であるMyD88(Myeloid differentiation primary response protein 88)およびTRIF(Toll/IL-1 receptor domain-containing adaptor inducing IFN-β)をTLR3 Tgマウスにから欠損させたマウスを解析した。その結果、MyD88 欠損/TLR3 Tgマウス由来マクロファージにおいて、炎症性サイトカインの顕著な減弱が確認された。

これらの結果から、TLR3はEMCVおよびCVB感染に対して重要な役割を担うことが示唆されただけでなく、TLR3はI型IFN以外の遺伝子誘導により抗ウイルス応答を引き起こしていることも示唆された。

そこで、I型IFNによる抗ウイルス応答を排除したTLR3の役割を解析するため、I型IFN受容体遺伝子欠損(IFN AR1 KO)/TLR3 Tg(IFNAR1 KO / TLR3 Tg)マウスを作製し、CVBの感染実験を行った。その結果、IFNAR1 KO /TLR3 TgマウスではCVBに対して抵抗性を示すことを見出した。このことから、TLR3シグナルがI型IFNに依存しない機構で強力な抗ウイルス応答を誘導できることが示された。さらに、同マウスのCVB感染時の肝臓を用いてマイクロアレイ解析を行ったところ、炎症性サイトカインに加え、ケモカインおよびIFN-γとその誘導遺伝子群の誘導が顕著に増強していた。

そこで、ウイルス感染防御においてTLR3の下流で産生されるIFN-γの重要性を検討するため、IFNAR1 KO /TLR3 TgマウスにIFN-γ中和抗体を接種し、CVB感染への感受性を検討した。その結果、コントロール抗体接種群に比べて、IFN-γ中和抗体接種群でCVB感染への著しい感受性の増加がみられ、CVB感染におけるIFN-γの重要性が強く示唆された。

最後に、IFNAR1 KO /TLR3 Tgマウス肝臓においてIFN-γ産生細胞の探索を行ったところ、CD4+ T細胞、CD8+ T細胞およびNK細胞では、IFNAR1 KO マウス由来細胞と比較してIFN-γ産生に著変がなく、CD11b陽性(CD11b+)細胞で顕著にIFN-γの産生が増強していることが分かった。

以上の研究結果から、TLR3の発現を人為的に増強させたTLR3 Tgマウスを用いることで、今まで明らかにされていなかったTLR3の抗ウイルス免疫応答における役割の一部を解明することが出来た。すなわち、TLR3はI型IFNの産生より、むしろ炎症性サイトカインおよびケモカインの産生に重要であり、ケモカインにより局所に集簇したCD11b+細胞がIFN-γを誘導することがCVB感染防御に重要であることが証明された。今回得られた一連の結果は、TLR3-IFN-γ経路の存在を明らかにし、その経路が感染防御に果たす重要な機能を示したことで、自然免疫系の理解に新たな展開をもたらしたものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、これまで明確にされていなかったToll様受容体3(TLR3)の抗ウイルス応答における役割を明らかにするため、TLR3トランスジェニック(Tg)マウスおよびI型IFN受容体遺伝子欠損(IFN AR1)/TLR3 Tgマウスを用いて抗ウイルス応答機序の解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1.TLR3 Tg、野生型およびTLR3欠損マウスに対する脳心筋炎ウイルス(EMCV)およびコクサッキーウイルスB(CVB)感染実験を行った結果、TLR3 Tgマウスでは抵抗性を、TLR3欠損マウスでは感受性を示した。これらの結果から、EMCVおよびCVB感染に対してTLR3依存性の抗ウイルス応答機構の存在が示唆された。

2.上記抗ウイルス応答機序の解析のため、CVB感染時のTLR3 Tgマウスの心臓およびPoly(I:C)刺激時の腹腔内マクロファージを用いたRT-PCR法を行ったところ、TLR3による抗ウイルス応答で重要とされていたI型IFNの産生増強は認められなかった。さらに、I型IFNの影響を排除したIFNAR1欠損/TLR3 TgマウスはCVB感染に抵抗性を示した。これらの結果から、TLR3の抗ウイルス応答におけるI型IFN非依存性の機構の寄与が示された。

3.I型IFN以外で抗ウイルス応答に寄与する遺伝子群の探索として、IFNAR1欠損/TLR3 Tgマウス肝臓を用いたマイクロアレイ解析を行ったところ、炎症性サイトカイン、ケモカインに加え、抗ウイルス作用をもつII型IFNの誘導が顕著に増強されていた。そこで、CVB感染防御におけるII型IFNの重要性を検討するため、IFNAR1欠損/TLR3 TgマウスにCVB感染と同時にII型IFNの中和抗体接種を行ったところ、高いウイルス感受性を示した。これらの結果から、CVB感染防御においてTLR3下流のII型IFNが重要な役割を果たしていることが示された。

4.II型IFNの産生機序を解析するため、TLR3 Tgマウスの心臓および、IFNAR1欠損/TLR3 Tgマウスの肝臓を用いた免疫染色を行った結果、CD11b+細胞の顕著な集簇が認められた。さらに、感染後の心臓または肝臓から単離したCD11b+細胞を用いたRT-PCR法により、II型IFN mRNAの顕著な誘導増強が認められた。また、3のマイクロアレイ解析の結果、CCL5を初めとしたケモカインの顕著な誘導がみられたことから、感染局所に集簇したCD11b+細胞はケモカインの遊走作用によるものであることが示唆された。これらの結果から、CVB感染防御に重要であるII型IFNは、TLR3シグナルにより誘導されたケモカインの遊走作用により集簇したCD11b+細胞によって主に産生されていることが示された。

以上、本論文はTLR3 Tgマウスを用いたCVB感染に対する応答機序の解析から、I型IFN非依存性の、II型IFNによるウイルス応答機構の存在を明らかにした。本研究は、TLR3欠損マウスを用いた実験では解明に至らなかったTLR3 の抗ウイルス応答に果たす役割の一端を明らかにし、自然免疫系の理解に新たな展開をもたらしたものと考えられ、学位の授与に値する。

UTokyo Repositoryリンク