学位論文要旨



No 128505
著者(漢字) 伊藤,賢司
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ケンジ
標題(和) 拡散MRIにおける統計解析を目的とした全自動かつ高速な帯状束の抽出法の開発および臨床例による検証
標題(洋)
報告番号 128505
報告番号 甲28505
学位授与日 2012.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3981号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 桐生,茂
 東京大学 准教授 正宗,賢
 東京大学 講師 磯山,隆
 東京大学 講師 秋本,崇之
内容要旨 要旨を表示する

【背景】近年、拡散MRIの画像解析により、白質線維束の可視化や拡散異方性の定量化が可能である。拡散異方性の指標には、FA(Fractional Anisotropy)が最も一般的に用いられている。神経束の定量解析は、線維追跡により特定線維束の走行経路を可視化した線維束像(トラクトグラフィ)の平均FA値などの算出に基づいており、健常群と疾患群の統計学的検討に用いられている。特に、帯状束を対象とした疾患としては、統合失調症、アルツハイマー病、パーキンソン病(Parkinson Disease: PD)、認知症を伴うパーキンソン病(PD with dementia: PDD)などがある。これらの疾患において帯状束のFA値の低下が報告されており、帯状束の評価は疾患の診断補助に対して有用になると考えられる。

線維追跡は、特定神経束の描出を目的とするため、関心領域(Region Of Interest: ROI)を設定する必要がある。線維束の抽出問題としては、ROIを手動で設定することによる再現性の低さや多症例解析に要する多大な時間が挙げられる。これまでに、手動ROI設定問題に対処するため、アトラスに基づいた方法が報告されている。しかし、アトラス手法の結果は位置合わせやアトラス構築の質に影響されやすい。そこで、帯状束が脳梁の背側上端を走行していることに着目し、脳梁形状を利用した帯状束の自動抽出法を開発する。

【目的】本研究では、拡散MRIにおける統計解析を目的とした帯状束の自動抽出法であるAuto diffusion tensor Fiber Tracking(AFT)とVoxel Classification(VC)の2種類の自動抽出法を開発し、健常群、PD群とPDD群の3群の臨床データによりその妥当性を検証することを行う。特に、以下の内容を行う。各手法により抽出された帯状束領域の一致率、領域内のFA値の比較、各群において統計解析した結果と先行文献の内容の整合性により手法の妥当性の評価を行う。また、比較として、手動ROIを用いたManual diffusion tensor Fiber Tracking(MFT)法も行う。

【提案手法】前処理として、正中矢状断面の検出、脳梁抽出、画像の回転補正を行った。帯状束は、脳梁(Corpus Callosum: CC)の位置に基づき前部と後部に自動で分けた(図1)。図2に、帯状束の2つの自動抽出法のフローチャートを示す。AFTは、Box VOI (Volume Of Interest)内のFA値と交差角度のしきい値処理により抽出されたボクセル群を帯状束のROIに設定し、線維追跡を行う方法である。Box VOIは、帯状束計測境界(CCa,CCm,CCp)の正中矢状断面の脳梁接点に設定する。交差角度は、脳梁の接方向と白質線維の最大固有値方向の角度差である。一方、VCは、線維追跡を使用せずに帯状束を直接抽出する方法である。

【基礎実験】対象は、順天堂大学医学部附属順天堂医院の神経内科の専門医により診断されたprobable PDDであるPDD群10名と、健常者(Normal Control:NC)群10名である。MFT法は、入力者間のばらつきを評価するため、3人(診療放射線技師1名、放射線科医2名)が行った。各手法により抽出された領域は、Jaccard係数(一致率)、未抽出および過抽出のボクセル数により評価した。また、NC群とPDD群において抽出された帯状束領域内の平均FA値を用いて、統計学的検討(Studentのt検定、JMP 9.0.2)を行った。

MFT法により抽出された帯状束領域の一致率は入力者間で平均0.70とそれほど高くはなく、入力者間のばらつきを抑制するのが困難であるとわかる。これはROIの入力スライス位置やROIの形状などが入力者間で異なることに起因している。一方、AFT法とMFT法による一致率は平均0.72と入力者間の結果と同程度であったが、VC法とAFT法、VC法とMFT法の結果は約0.60と低かった。AFT法とMFT法を比較したときの過抽出および未抽出のボクセル数は、VC法とAFT法、VC法とMFT法のものよりも多かった。これは、抽出アルゴリズムの違いに起因している。AFT法とMFT法では同一の線維追跡アルゴリズムを使用しているため、VC法よりも類似した領域が抽出されたと考えられる。図3に、MFT法を基準にしたときのAFT法とVC法の抽出結果を示す。

しかし、FAをしきい値に用いるMFT法やAFT法の線維追跡には、ノイズや部分体積効果により追跡が早期に停止し、その結果、停止直前までの追跡経路が抽出されないことにより、帯状束が過小評価される場合がある。一方、VC法でもFA値、交差角度、およびBox VOIの大きさの平均分布から逸脱した領域があると未抽出が生じる場合がある。図4に、VC法を基準にしたときのAFT法の抽出結果を示す。

表1に、健常群と疾患群におけるFA値の結果を示す。AFT、VC、MFTいずれの手法においても前部および後部帯状束のFA値がNC群よりもPDD群で有意に低下した。この傾向はKamagataらの報告内容と一致しており、AFT法とVC法の2つの自動抽出法にはNC群とPDD群を識別する能力があることが示された。

【臨床実験】本実験では、NC群、PD群、PDD群の各15名を用いて、AFT法とVC法の2つの自動抽出法を比較した。各群において抽出された帯状束領域内の平均FA値を用いて、統計学的検討(多重比較におけるTukey HSD補正をしたt検定、JMP 9.0.2)を行った。表2に、健常群と疾患群におけるFA値の結果を示す。AFT、VCいずれの手法においても、前部帯状束のFA値はNC群よりもPD群、PDD群で有意に低下し、後部帯状束のFA値はNC群よりもPDD群で有意に低下した。この傾向は、Kamagataらの報告内容と一致する。また、VC法の結果のみに、PD群よりもPDD群で後部帯状束のFA値の有意な低下が見られた。この結果は、AFT法だけでなく、MFT法によるKamagataらの研究内容でも観察されなかった。しかし、この傾向は、ROIベースによる方法を用いたMatsuiらの報告と一致している。同報告でMatsuiらは、PDD群において後部帯状束のFA値がPD群よりも有意に低下し、PDの認知症発症に伴い後部帯状束のFA値が低下することを示唆している。従って、VC法はMatsuiらの報告を支持し、AFT法よりも有用性が高いと考えられる。

【全体の考察・結論】提案手法の利点は、拡散MRIにおける統計解析を目的とした帯状束の自動抽出法を実現した点である。一般に、手動で作成したROIの線維追跡による抽出法には、再現性や作業効率が低いという問題がある。これまでに、アトラスに基づいた研究が行われているが、位置合わせの精度や解析時間、およびアトラス構築の質が問題になる場合がある。本研究では、アトラスを構築せずに帯状束と脳梁の位置関係に着眼し、世界で初めて脳梁形状を利用して帯状束を抽出する2種類の自動抽出法を開発した。また、高速な処理を実現した点も本手法の利点である。本研究で開発した方法は、一般的なラップトップパソコンを用いて1症例あたりVC法では約30秒、AFT法では約40秒で全処理を行うことができ、臨床での利用が十分に可能である。MFT法の実務作業時間は約10分である。従って、本手法を用いれば、全自動かつ高速に多症例データを解析できる。

本手法の現時点の限界は、VC法を基準にするとAFT法では線維追跡の早期停止による抽出不足がある。これはノイズなどが原因であるため、平滑化などの改善方法によりある程度解決可能であると考えられる。また、AFTを基準にしたVC法ではBox VOIの大きさや交差角度などのしきい値による抽出不足がある。これは患者個々の頭部の大きさに合わせたBox VOIのパラメタ調整、および帯状束領域を細分割し、各領域での最適なしきい値の調整を行うことで、この問題は解決可能であると考えられる。

神経束においてはgold standardを定義するのは困難であり、現在のところ、生体内の特定神経束の構造が正しく抽出されたかを判断するには十分である方法はなく、必要条件である方法を用いて評価することが重要である。そのため、本研究で用いた異なる症例群を識別する能力により、開発した手法を評価することは重要性が高いと言える。しかし、専門的知識を有する複数の者が合議により定義した領域を用いて、抽出領域を評価する方法も十分ではないが、今後の検討では必要条件を積み重ねる上で重要であると考えられる。

本研究では、NC群、PD群、PDD群の3群の症例データを使用し、帯状束のFA値による群間比較の結果と先行文献の内容の整合性により、開発した手法の妥当性を評価した。AFT、VCいずれの方法を用いても、前部帯状束においてはNC群と2つの疾患群のFA値に有意な差が認められ、後部帯状束ではNC群とPDD群の間のみFA値に有意な差が認められた。また、VC法により抽出された後部帯状束のみに、2つの疾患群のFA値に有意な差が認められた。これらの傾向は過去の報告と一致しており、VC法はAFT法よりも疾患の診断補助に対する有用性が高いと示唆される。以上の結果より、開発した手法の臨床での有用性が明らかになった。今後は更に提案手法の改善を行い、多症例および多疾患の症例データに基づく検証を行う。

図1 帯状束の計測領域

図2 帯状束の自動抽出法のフローチャート

図3 MFT法を基準にしたときのAFT法とVC法の抽出領域

左:AFT法の結果,右:VC法の結果

緑色:一致領域,赤色:未抽出領域,青色:過抽出領域

図4 VC法を基準にしたときのAFT法の抽出領域(2症例)

緑色:一致領域,赤色:未抽出領域,青色:過抽出領域

表1 健常群と疾患群におけるFA値の比較

表2 健常群と疾患群におけるFA値の比較

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、拡散MRIを用いた線維追跡において手動ROI(Region Of Interest)設定に起因する再現性や作業効率の低さを改善する方法として、帯状束を高速に抽出する2種類の自動抽出法を開発し、統計解析に応用したものであり、下記の結果を得ている。

1. 本研究では、帯状束が脳梁の背側上端を走行していることに着目し、世界で初めて脳梁形状を利用することにより、帯状束を自動抽出するAuto diffusion tensor Fiber Tracking(AFT)とVoxel Classification(VC)の2種類の方法を開発した。AFTは、帯状束計測境界の正中矢状断面の脳梁接点に設定したBox VOI (Volume Of Interest)内のFA値と交差角度(脳梁の接方向と白質線維の最大固有値方向の角度差)のしきい値処理により抽出されたボクセル群を帯状束のROIに設定し、線維追跡を行う方法である。VCは、AFTのROI抽出を応用して、線維追跡を行わずに帯状束を直接抽出する方法である。

2. 基礎実験として、開発した手法を、健常(Normal Control:NC)群10名、認知症を伴うパーキンソン病(Parkinson's Disease (PD) with Dementia:PDD)群10名の2群の症例データに適用し、以下の項目について検討した。比較として、手動ROIを用いたManual diffusion tensor Fiber Tracking (MFT)法も行った。

2.1抽出された帯状束領域の一致率

3人の入力者(診療放射線技師1名、放射線科医2名)が行ったMFT法では、抽出された帯状束領域の一致率は平均0.70とそれほど高くはなく、入力者間のばらつきを抑制するのが困難であった。これはROIの入力スライス位置や形状が入力者間で異なることに起因している。一方、AFT法とMFT法の一致率は平均0.72と入力者間の結果と同程度であるが、VC法とAFT法、VC法とMFT法の結果はそれぞれ約0.60と低かった。これは、AFT法とMFT法は同一の線維追跡アルゴリズムを使用しているため、VC法よりも抽出領域が類似したと考えられる。

2.2抽出された帯状束領域内のFA値の比較

開発した手法の妥当性の評価は、NC群とPDD群の2群を識別する能力により行った。AFT、VC、MFTいずれの方法を用いても、前部および後部帯状束においてNC群よりもPDD群のFA値は有意に低下した。この傾向は、過去の報告と一致しており、開発した手法で帯状束を正しく抽出していることが示唆された。神経束においてはgold standardを定義するのは困難であり、現在のところ、生体内の特定神経束の構造が正しく抽出されたかを判断するには十分である方法はなく、必要条件である方法を用いて評価することが重要である。そのため、本研究で用いた異なる症例群を識別する能力により、開発した手法を評価することは重要性が高いと言える。

3. 臨床実験として、NC群、PD群、PDD群の各15名の3群の症例データを用いて、次の項目について検討した。

3.1抽出された帯状束領域内のFA値の比較

開発した手法の妥当性の評価は、NC群、PD群、PDD群の3群を識別する能力により行った。AFT、VCいずれの方法を用いても、前部帯状束においてNC群よりも2つの疾患群のFA値は有意に低下し、後部帯状束ではNC群よりもPDD群のFA値は有意に低下した。また、VC法により抽出された後部帯状束のみに、2つの疾患群のFA値に有意な差が認められた。これらの有意差の傾向は過去の報告と一致しており、VC法はAFT法よりも疾患の診断補助に対する有用性が高いと示唆された。

4. 解析時間は、一般的なラップトップパソコンを用いて1症例あたりVC法では約30秒、AFT法では約40秒であり、臨床での応用が十分に可能であることが示された。また、MFT法では1症例あたり実務作業時間は約10分であった。本手法を用いれば、多症例データを全自動かつ高速に解析することが可能である。

以上、本研究では、拡散MRIにおける統計解析を目的とした帯状束の2種類の自動抽出法を開発し、NC群、PD群およびPDD群の3群の症例データに適用し、FA値による群間比較の結果と先行文献の内容の整合性により、AFT法とVC法の2つの手法の妥当性を評価した。VC法はAFT法よりも疾患の診断補助に対する有用性が高いと示唆され、開発した手法の臨床での有用性が明らかになった。本研究は疾患の診断補助に対して重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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