学位論文要旨



No 128508
著者(漢字) 岡,大嗣
著者(英字)
著者(カナ) オカ,ダイジ
標題(和) 非がん食道粘膜におけるDNAメチル化異常 : とくに喫煙および飲酒との関係について
標題(洋)
報告番号 128508
報告番号 甲28508
学位授与日 2012.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3984号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 准教授 朝蔭,孝宏
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 清水,伸幸
内容要旨 要旨を表示する

【背景】 食道扁平上皮癌(esophageal squamous cell carcinoma;ESCC)は多中心性発生を来しやすいことから、遺伝子上の変異あるいはエピジェネティックな変化が蓄積した背景粘膜を母地として発生していると考えられている。本研究では、喫煙と飲酒が、背景食道粘膜におけるDNAメチル化異常の蓄積にどのように関与しているかを明らかにすることを目的とした。

【方法】 3種類のヒトESCC細胞株(KYSE30、KYSE220、KYSE270)を脱メチル化剤である5-Aza-2'- deoxycytidineで処理後、RNAを抽出、オリゴヌクレオチドマイクロアレイを行うことにより、ESCC細胞株において、プロモーター領域CpGアイランドのメチル化によって不活化されている遺伝子を網羅的に探索した。

国立がんセンター中央病院で施行された食道切除術の手術標本から、60例のESCC検体およびその背景食道粘膜を採取するとともに、それぞれの症例について喫煙歴および飲酒歴を聴取した。これらの検体より抽出したゲノムDNAを材料に定量的メチル化特異的ポリメラーゼ連鎖反応(MSP)を行い、それぞれについて全分子数に対する各マーカー遺伝子のメチル化分子数の割合(メチル化レベル)を計測した。

【結果】 47個の遺伝子が、3種のESCC細胞株のうち少なくとも1種においてメチル化により不活化されていた。これらの遺伝子について、6例のESCC検体およびその背景粘膜におけるメチル化状態をMSPで解析したところ、24遺伝子がESCC特異的にメチル化されていた。うち定量的MSPに使用可能なプライマーを設計できた14個の遺伝子(CLDN6、GPR158、HOXA9、MT1M、NEFH、PKP1、PPP1R14A、PYCARD、RSPO4、TSPYL5、UCHL1、ZFP42、ZIK1、ZSCAN18)をマーカー遺伝子として使用した。

喫煙期間については、5個の遺伝子(HOXA9、MT1M、NEFH、RSPO4、UCHL1)の背景粘膜におけるメチル化レベルとの間に有意な相関関係(それぞれρ = 0.268; P = 0.044、ρ= 0.405; P = 0.002、ρ = 0.285; P = 0.032、ρ = 0.300; P = 0.024、ρ = 0.437; P = 0.001)が認められた。対照的に、飲酒の有無による背景粘膜のメチル化レベルを比較すると、GPR158(P = 0.035)、NEFH(P = 0.047)、PPP1R14A(P = 0.011)、ZSCAN18(P = 0.004)の4遺伝子において、飲酒有群でメチル化レベルの有意な低値がみられた。アルコール摂取量についても、PYCARDのメチル化レベルとの間に、不活性型aldehyde dehydrogenase 2遺伝子(ALDH2)をもつ患者群において負の相関関係(ρ = -0.334; P = 0.025)が認められた。

ESCC検体においては、マーカー遺伝子のメチル化レベルが6%以上のものをメチル化陽性とした。ESCCにおいてメチル化されている遺伝子の数とその背景粘膜におけるメチル化レベルとの関係を解析したが、有意な相関関係は認められなかった。

【結論】 本研究結果により、喫煙への曝露によって食道粘膜にエピジェネティックな発がんの場が形成され、この微小環境からESCCが発生することが示唆された。また、飲酒、喫煙は異なるエピジェネティックな作用をもつと考えられた。エピジェネティックな発がんの場は、今後ESCCのリスク診断や予防の重要な手がかりとなることが予想される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は食道扁平上皮癌(ESCC)の発生に深く関わっていると考えられる飲酒および喫煙が、食道粘膜にどのようなエピジェエネティックな変化を与えているか明らかにするため、ESCCの背景食道粘膜におけるDNAメチル化異常について定量的な計測を行い、飲酒、喫煙との関係を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.3種類のヒトESCC細胞株を脱メチル化剤で処理後、オリゴヌクレオチドマイクロアレイを行うことにより、少なくとも1種の細胞株でプロモーター領域CpGアイランドのメチル化によって不活化されている遺伝子47個を抽出した。これらの遺伝子について6例のESCC検体およびその背景粘膜におけるメチル化状態をメチル化特異的PCR(MSP)で解析し、ESCC特異的にメチル化され、定量的MSPで解析可能な14個の遺伝子(CLDN6、GPR158、HOXA9、MT1M、NEFH、PKP1、PPP1R14A、PYCARD、RSPO4、TSPYL5、UCHL1、ZFP42、ZIK1、ZSCAN18)を得た。

2.得られた14個の遺伝子について、60例のESCC検体およびその背景食道粘膜でのメチル化状態を定量的に計測した。検体ごとに、定量的MSPによって全分子数に対する各遺伝子のメチル化分子数の割合(メチル化レベル)を求めた。背景粘膜におけるメチル化レベルと患者の喫煙歴との相関関係を検討したところ、5遺伝子(HOXA9、MT1M、NEFH、RSPO4、UCHL1)において喫煙期間とメチル化レベルとの間に有意な相関がみられた。背景粘膜におけるメチル化レベルと飲酒歴との検討では、飲酒歴を有する群において、飲酒歴の無い群に比べ4遺伝子(GPR158 、NEFH、PPP1R14A、ZSCAN18)でメチル化レベルの有意な低値がみられた。飲酒、喫煙は異なるエピジェネティックな作用をもつことが示された。

3.ESCC検体においてはメチル化レベルが6%以上のものをメチル化陽性とし、ESCCにおけるメチル化された遺伝子の数とその背景粘膜におけるメチル化レベルとの関係を解析したが、有意な相関関係は認めなかった。

以上、本論文は網羅的探索によって得られたESCC特異的にメチル化される14個の遺伝子について、ESCCの背景食道粘膜における少量のメチル化を定量的に解析し、長期の喫煙がこれらのメチル化を誘発することを明らかにした。本研究は喫煙に対する習慣的な曝露からESCC発生に至るメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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